「わかる共形変換」第9回が行き止まりになった、まさにその場所から始めます
このシリーズは解説ではありません。自由研究です。
仮説を選んで、自分で計算して、合っているか確かめて、間違えたら間違えたと書く。
今回はその第1回として、量子重力のいちばん古い泣きどころに、いちばん素朴な方法で殴りかかります ──
数える、という方法で。
「わかる共形変換」の第9回で、こういう場所に着きました。時空の形を全部足し上げる ── それが 経路積分による量子重力です。
$$Z=\int\!\mathcal{D}g\;e^{-S_E[g]}$$この和が意味を持つには \(S_E\) が下に有界でなければいけません。ところが重力の作用には、 共形因子(=物差しの倍率、宇宙の大きさ)の運動項が逆符号で入っています。だから 共形因子を細かく振動させるだけで、作用はいくらでも負にできる。
$$\phi(x)=1+\varepsilon\sin(2\pi k x)\quad\Longrightarrow\quad S_E\;\propto\;-k^2\;\xrightarrow{\;k\to\infty\;}\;-\infty$$重み \(e^{-S_E}\) が爆発して、和が定義できない。ギボンズ・ホーキング・ペリー(1978)が指摘した 共形因子問題です。積分路を虚軸に回す応急処置はありますが、40年以上たっても 決定打はありません。
上の式をもう一度見てください。\(k\to\infty\) で発散する。つまりいくらでも細かい波を許している ことが効いています。連続の記述は、細かさに上限を置きません。
ここで素朴な疑問が出ます。離散にして、差分式で書いたらどうなるのか。 格子ゲージ理論は、まさにそれで場の理論を非摂動的に扱えるようにしました。 格子 QCD は「時空は格子である」と主張しているのではありません。格子は正則化であって、 最後に格子間隔をゼロに持っていく。それでも途中の計算は有限で、計算機で回せる。
重力で同じことをやると何が起きるか。それが今回の自由研究です。
4次元でいきなりやると手に負えないので、2次元(空間1次元+時間1次元)でやります。 ずるいようですが、これには積極的な理由があります。
2次元では、計量の3成分から微分同相の2つを引いて、重力の自由度は共形因子ひとつだけ。
つまりこの計算は、暴れている当人だけを取り出した実験になります。しかも厳密に解けるので、
あとで答え合わせができる。
作り方はこうです。時刻 \(t\) の「空間」を、長さ \(l_t\) の輪(円周を \(l_t\) 本のリンクでできた多角形にしたもの) とします。時刻 \(t\) と \(t+1\) のあいだを、三角形で隙間なく埋める。
合わせて \(l_t+l_{t+1}\) 個。これが「1ティックぶんの時空」です。この作り方には 時間の向きが最初から入っています ── 三角形は必ず下から上へつながり、 途中で時間が枝分かれしたりちぎれたりしない。因果的、という言葉はそういう意味です。
さて、埋め方は何通りあるでしょうか。ここが今回の全部です。
下の各リンクについて「その三角形のてっぺんが、上の輪のどの頂点か」を決めれば、埋め方が決まります。 輪を一周するあいだ、てっぺんは後戻りできません(後戻りしたら三角形が重なる)。 つまり、進む量 \(d_i\ge 0\) を \(l_t\) 個並べて合計が \(l_{t+1}\) になればいい ── そして 「どこから始めるか」の自由度が \(l_{t+1}\) 通り。
式を信じないで確かめました。三角形を1個ずつ実際に並べて全部列挙し、重複を消して数える プログラムを書いて、上の式と突き合わせます。
| \(l\) | \(l'\) | 力ずくの列挙 | 式 \(\Gamma(l+l')/\Gamma(l)\Gamma(l')\) | 一致 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 1 | 1 | ○ |
| 2 | 2 | 6 | 6 | ○ |
| 3 | 4 | 60 | 60 | ○ |
| 4 | 4 | 140 | 140 | ○ |
| 5 | 6 | 1260 | 1260 | ○ |
| 列挙できる範囲(35 通りの組すべて)で完全一致 | ||||
重みを付けます。三角形1個につき \(e^{-\lambda}\) ── これが宇宙定数項です。2次元では 曲率項 \(\int\!\sqrt{g}R\) がオイラー標数(ただの定数)になるので、 力学に効く作用は体積項だけ。
$$S_{\rm bare}=\lambda N,\qquad N=\text{三角形の総数}$$全部の形を足し上げると、\(N\) 個の三角形でできる形は高々 \(\mathcal{N}(N)\) 通りしかないので、
$$Z=\sum_{\text{形}}e^{-\lambda N}=\sum_N \mathcal{N}(N)\,e^{-\lambda N}$$が収束するかどうかは、\(\mathcal{N}(N)\) の増え方と \(e^{-\lambda N}\) の減り方の勝負です。 母関数を作ると、この勝負の分かれ目がぴたりと出ます。
これは三角形1個あたりのエントロピーです。1個増やすごとに、形の選択肢が2倍に増える。
経路積分が存在する条件は、無次元の比ひとつで書けます:
数値でも確かめました。\(g=0.45\) で部分和は \(20.25\)、閉じた形 \(g^2/(1-2g)^2=0.2025/0.01=20.25\) と 小数点以下まで一致。\(g\) を \(0.5\) より大きくすると、部分和は跳ね上がります。
ここからが本題です。もう一度確認してください ── いま書き下した作用は \(S_{\rm bare}=\lambda N\) だけ。宇宙の大きさが時間とともにどう変わるかを罰する項、 つまり運動項は、一行も入れていません。
ところが、配位の重みは作用だけでは決まりません。
$$W[\{l\}]=\underbrace{\prod_t N(l_t,l_{t+1})}_{\text{形の数(エントロピー)}}\times\underbrace{e^{-\lambda N}}_{\text{作用}}$$「宇宙の大きさの列 \(\{l_t\}\)」から見た有効作用は、対数を取って
$$S_{\rm eff}[\{l\}]=\lambda\sum_t(l_t+l_{t+1})\;-\;\sum_t\ln N(l_t,l_{t+1})$$第2項が、数え上げから来る項です。これを大きい \(l\) で開いてみます。
厳密値と突き合わせると、\(l=l'=10^4\) で相対誤差 \(9\times10^{-10}\)。合っています。 これを有効作用に入れると:
運動項が出ました。しかも符号は【正】。
これは作用から来たものではありません。作用には運動項が無かったのですから。
100 パーセント、二項係数から来ています。
係数も確かめました。厳密値から \(\Delta l\) の2次の係数を取り出すと、\(l=6400\) で 予想 \(1/(4l)\) との比が 1.00012。
| 第9回(連続) | ここ(離散) | |
|---|---|---|
| 動かす場 | 共形因子 \(\phi\) | 空間の大きさ \(l_t\)(2次元では同じもの) |
| さざ波を細かくすると | \(S_E\propto-k^2\)、いくらでも負 | 運動項 \((\Delta l)^2/4l\) が増える |
| 重み \(e^{-S}\) | 爆発する | 減る |
| 違いは | エントロピーを数えたか、数えなかったか。それだけ | |
数字で見ます。\(T=64\)、\(L=200\) の宇宙に、\(l_t=L+A(-1)^t\) というさざ波を立てて 有効作用を測ると:
| さざ波の高さ \(A\) | 0 | 5 | 10 | 20 | 40 |
|---|---|---|---|---|---|
| 経路積分の重み | \(10^{-517}\) | \(10^{-521}\) | \(10^{-531}\) | \(10^{-573}\) | \(10^{-742}\) |
振動させるほど損をする。 第9回では、まったく同じ操作で重みが爆発していました。
ここまでは紙の上の話です。実際に回してみましょう。下の図は、あなたのブラウザの中で 本物のモンテカルロが走っています。宇宙の大きさの列 \(\{l_t\}\) を、上の重みに従って メトロポリス法で更新しています(帯の自由度は厳密に積分済みなので、近似はありません)。
ツマミは \(\beta\) ── 数え上げをどれだけ真面目に数えるかです。 \(\beta=1\) が本物。\(\beta=0\) は「形の数はどれも同じ」とみなした場合。 \(\beta<0\) は、数え上げを逆符号で入れた場合。
ただし素朴に重みを \(N^\beta\) にすると、\(\beta\) が体積項まで動かしてしまいます (実効的な体積項の係数は \(\lambda-\beta\ln2\) なので)。それだと 「宇宙定数が負になったから膨らんだ」のか「運動項の符号が変わったから壊れた」のかが 区別できません。そこで数え上げから \(\ln2\) の分を先に引いてから \(\beta\) を掛けます:
$$\ln W_{\text{帯}}=\beta\Big[\ln N(l,l')-\ln2\,(l+l')\Big]\;-\;\lambda\,(l+l')$$こうすると体積項の係数は \(\beta\) によらず \(\lambda\) で一定になり、 \(\beta\) が動かすのは運動項だけになります。見えているものが1つに絞れました。
\(\beta=1\) では、なめらかに広がる宇宙が立ちます。\(\beta\) を 0 に近づけると、 隣り合う時刻がお互いを気にしなくなり、形がばらばらになる。そして \(\beta\) を負にした瞬間、破裂します。
手元で測った数字を置いておきます(\(T=40\)、\(\lambda=0.004\) 固定、15万掃引)。
| \(\beta\) | 1.0 | 0.6 | 0.3 | 0.1 | 0.02 | 0.0 | −0.02 | −0.1 | −0.3 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| \(\langle N\rangle\) | 744 | 2,124 | 3,596 | 5,105 | 6,972 | 9,920 | 2.2×10⁶ | 7.4×10⁶ | 1.0×10⁷ |
| \(\langle(\Delta l)^2/l\rangle\) | 2.26 | 4.33 | 10.0 | 37.7 | 240 | 1,781 | 1.1×10⁹ | 2.3×10¹⁰ | 4.3×10¹⁰ |
\(\beta<0\) の列は、上限(\(2^{20}\))に張り付いた数字です。つまり 止めなければどこまでも大きくなる。第9回の「激しく振動するほど得をする」が、 そのまま目の前で起きています。
表を左から右へ見ていくと、\(\beta\) が小さくなるほど宇宙は大きく荒くなり、 \(\beta=0\) をまたいだところで3桁跳ねます。体積項は動かしていないので、 これは運動項だけのせいです。境目は \(\beta=0\) ── つまり
微視状態を「正の符号で数えたか」だけが、 経路積分が有限か発散かを分けている。
経路積分は、作用と測度の二人三脚です。
$$Z=\int\!\underbrace{\mathcal{D}g}_{\text{測度=状態の数}}\;\underbrace{e^{-S_E[g]}}_{\text{作用}}$$連続の議論は、\(S_E\) が下に非有界だと言っていました。それは正しい。でも それだけでは発散するとは言えません。作用がどれだけ負でも、そういう形が 十分に少なければ和は収束するからです。
離散にすると、その「どれだけあるか」が数えられるようになります。答えは 三角形1個につき2通り、つまりエントロピーは \(\ln 2\) で有限。 一方、作用は三角形1個につき \(\lambda\)。だから勝負は
$$\frac{\lambda}{\ln 2}\;\gtrless\;1$$という無次元の比ひとつに落ちます。連続の記述では、細かさに上限が無いぶん 状態数も無限になっていて、この比が作れなかった。 作用が病気だったのではなく、状態数を数えていなかったのです。
ここは慎重に。2次元は4次元の共形因子問題そのものではありません。 4次元ではアインシュタイン・ヒルベルト作用が最初から逆符号の運動項を持っていますが、 2次元では曲率項が位相不変量なので、素の作用に運動項自体がありません。 2次元で見えたのは「測度が運動項とその符号を決める」という機構のほうです。
その機構が4次元でも効いて、実際に逆符号を直していることは、 アンビョルン・ゲルリッヒ・ユルキェヴィッチ・ロルが4次元 CDT の数値実験で示しています ── 測った有効作用はミニ超空間作用と同じ形で、運動項の符号だけが逆になっており、 その差は微視的配位の数から来ている、と。今回の2次元の計算は、その機構を厳密にやったものです。
それから、これで量子重力が解けたわけではまったくありません。 CDT は「選ばれた葉層(時間の刻み)」を最初から入れています。その代償として ローレンツ対称性は創発として出てくるべきものになる ── そこが次の宿題です。
量子重力の経路積分は、共形因子(宇宙の大きさ)の運動項が逆符号なので作用が下に非有界になり、 定義できない ── 第9回はそこで止まりました。今回は同じ問題を、いちばん簡単な宇宙で 数え直しました。
2次元の因果的な格子で、時刻 \(t\) と \(t+1\) のあいだの埋め方を数えると \(N(l,l')=\Gamma(l+l')/\Gamma(l)\Gamma(l')\)。これは力ずくの列挙と完全に一致します。 三角形1個あたりのエントロピーは \(\ln 2\)、経路積分が存在する条件は 無次元比 \(\lambda/\ln2>1\) ひとつ。
そして素の作用に運動項が一行も無いのに、数え上げから運動項が生えます ── \((\Delta l)^2/(4l)\)、符号は正。さざ波を立てると重みは \(10^{-517}\to10^{-742}\) と減る。第9回では同じ操作で爆発していました。 違いは、エントロピーを数えたかどうかだけです。
数え上げの重み \(\beta\) を負にすれば、病気はいつでも呼び戻せます。つまり 健康と病気のあいだに壁は無く、数え方の符号ひとつで連続につながっている。 これが今回いちばん腑に落ちたところでした。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では β のツマミを負に倒すと、経路積分が壊れる様子が見えます。