わかる質量番外 ② / 身近な誤解を、二つ解く

「速く動くと重くなる」も「質量は保存する」も、実は正確ではない

質量は保存しない 第1回で質量は "不変の床" だと言った。でも街には二つの誤解が生き残っている。
E=mc² と第1回の式に戻って、"不変質量" の本当の意味を確かめます。

必要な道具:第1回の \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\)、第3回の "部品の和でない" 保存するのは 質量でなく エネルギーと運動量

第1回で、質量とは「運動量を抜いても残る、消せないエネルギーの床」でした。この "床" には大事な性質があります ── 誰から見ても同じ(不変)だということ。ところが世の中には、この性質と食い違う二つの誤解が根強く残っています ──「速く動くと重くなる」と「質量は保存する」。今回はこの二つを、E=mc² と第1回の式に戻って正します。行き着く先は少し意外です ── 静止質量の足し算は保存しないし、質量ゼロの粒子だけで、質量のある系が作れる

01誤解その1「速く動くと重くなる」

昔の教科書には「相対論的質量 \(m_{\rm rel}=\gamma m\)(速いほど大きい)」という言い方がありました。でも今は使いません。第1回の式に戻れば理由は明快です。

第1回の式で見る ── 増えるのは何か
$$E^2=(mc^2)^2+(pc)^2,\qquad E=\gamma mc^2,\quad p=\gamma mv$$

速く動くと \(E\) も \(p\) も増える。でも \(m\)(=床・切片)はびくとも動かない。増えるのはエネルギーであって、質量ではない。

「相対論的質量」という言い方をやめたのは、\(m\) が速度や向きで変わるように錯覚させ、\(E=mc^2\) の \(m\) と混乱を生むから。質量とは、その物がもつ "フレームによらない性質" ── 速くしても、向きを変えても、変わりません。

02質量は "不変" ── 誰から見ても同じ

ここが芯です。質量 \(m\) はローレンツ不変量。止まって見ても、猛スピードで飛びながら見ても、同じ値。第1回の "床" が、フレームを変えても高さを変えないのがこれです。

質量=4元運動量の "長さ"(不変)
$$(mc^2)^2 = E^2-(pc)^2\qquad(\text{どのフレームでも同じ値})$$

対照的に、エネルギー \(E\) はフレーム依存です ── 止まっていれば \(mc^2\)、動いて見れば \(\gamma mc^2\)。同じ物でも見る人で変わる \(E\) と、誰が見ても同じ \(m\)。この違いを混ぜたのが「動くと重くなる」の誤解でした。だから今は「静止質量」より「不変質量」と呼ぶのが正確です。

◇ ◇ ◇

03誤解その2「質量は保存する」── 足し算は保存しない

化学で習う "質量保存則" は、実は近似です。反応で静止質量の合計は保存しません。いちばん鮮烈な例が、電子と陽電子の対消滅

やってみよう ── 対消滅で質量が消える

電子+陽電子 → 光子2個

$$\underbrace{0.511+0.511}_{\text{静止質量あり}}\ \text{MeV}\ \longrightarrow\ \underbrace{2\ \text{個の光子}}_{\text{静止質量ゼロ}}\ (\text{合計エネルギー }1.022\ \text{MeV})$$

反応前は静止質量 \(1.022\) MeV ぶん。反応後は静止質量ゼロの光子だけ。静止質量の和は \(1.022\to0\) と消えた ── でもエネルギーは \(1.022\) MeV のまま、光として保存されている。核融合(太陽)や核分裂(原子炉)の "質量欠損" も、同じ話です。

本当に保存するもの

保存する:全エネルギー全運動量(4元運動量)。
保存しない:静止質量の "足し算"(\(\sum m_i\))。

04質量ゼロの部品から、質量のある系ができる

ここが今回いちばん面白いところ。複数の粒子からなるの質量(系の不変質量 \(M\))は、部品の静止質量の和ではありません。全エネルギーと全運動量から決まります。

系の不変質量(部品の和ではない)
$$(Mc^2)^2=\Big(\textstyle\sum E_i\Big)^2-\Big(\textstyle\sum \vec p_i\,c\Big)^2$$

すると驚くことが起きます ── 静止質量ゼロの光子2個でも、系としては質量 \(M\neq0\) を持てる。反対向きに飛ぶ2個の光子は運動量が打ち消し合い(\(\sum\vec p=0\))、でも全エネルギーは残る(\(\sum E\neq0\))から、\(M\neq0\)。下の図で、開き角を変えて確かめてください。

図:エネルギー \(E\) の光子2個(静止質量ゼロ・琥珀)が作る "系" の質量。開き角 θ を変えると、系の質量 \(Mc^2=2E\sin(\theta/2)\) が変わる。同じ向き(θ=0)なら \(M=0\)、反対向き(θ=180°)なら最大
開き角を動かすと、系の質量が変わります。
光子(静止質量ゼロ) 系の質量 M

これは第3回の "陽子の99%はグルーオン場のエネルギー" の、いちばん純粋な姿です。質量は "部品の性質" ではなく、"系のエネルギーと運動量の組み合わせ"。第1回の床 \((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\) が、1粒子だけでなく系全体でもそのまま成り立っている ── それが「不変質量」の本当の意味です。

正直な線 ── 「保存しない」の正確な意味

「質量は保存しない」が指すのは、あくまで個々の静止質量の "和" \(\sum m_i\) が保存しない、ということ。閉じた孤立系の全エネルギー・全運動量(=系の不変質量 \(M\))は、ちゃんと保存します。日常の「質量保存則」は、エネルギーのごく一部しか質量差に現れない低エネルギー近似として、実用上は十分よく成り立っているだけです。

また、相対論的質量 \(\gamma m\) は "間違い" というより古い記法で、現代の標準は不変質量のみを「質量」と呼びます。今回は合言葉 \(c\cdot t=\text{一定}\) とは無関係の、標準的な特殊相対論の話です。

練習問題(今回の内容で解けます)
  1. 「速く動くと重くなる」は、何が間違いか。
    答えを見る
    増えるのはエネルギー \(E=\gamma mc^2\) と運動量 \(p=\gamma mv\) であって、質量 \(m\) は不変(ローレンツ不変、第1回の "床")。速度で変わる "相対論的質量 \(\gamma m\)" は古い記法で、いまは使わない。
  2. \(e^+e^-\to2\gamma\) で、保存する量・しない量は?
    答えを見る
    保存する:全エネルギーと全運動量。保存しない:静止質量の和(\(1.022\) MeV ぶんが、すべて静止質量ゼロの光子のエネルギーに移る)。
  3. 静止質量ゼロの光子2個で、質量のある系ができるのはなぜか。
    答えを見る
    系の不変質量は \((Mc^2)^2=(\sum E)^2-(\sum \vec p\,c)^2\)。反対向きに飛ぶ2光子は運動量が打ち消し(\(\sum\vec p=0\))、全エネルギーは残る(\(\sum E\neq0\))ので \(M\neq0\)。質量は部品の和ではなく、系のエネルギーと運動量の組み合わせ。

番外②まとめ質量は "不変" だが、"足し算" は保存しない

質量 \(m\) はローレンツ不変(誰から見ても同じ)── だから「速く動くと重くなる」は誤解で、増えるのはエネルギーと運動量。一方、反応では静止質量の "和" は保存せず(対消滅・質量欠損)、保存するのは全エネルギーと全運動量。そして系の質量は部品の和ではなく \((Mc^2)^2=(\sum E)^2-(\sum \vec p c)^2\) ── 質量ゼロの光子2個でも、質量のある系が作れる。

第1回の床 \((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\) は、1粒子でも系全体でも成り立つ "不変な長さ"。それが「不変質量」の正体で、第3回の陽子99%と同じ話でした。動かしても不変、でも反応で系が変われば別の質量になる ── 混同しやすい二つを、これで切り分けられます。

この文書は「わかる質量」シリーズ番外②、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。相対論的質量(\(\gamma m\))が現代では標準的に用いられず、質量は不変質量(ローレンツ不変量、\((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\))を指すこと、エネルギー \(E=\gamma mc^2\) と運動量 \(p=\gamma mv\) がフレーム依存で速度とともに増えること、反応で静止質量の総和が保存せず全エネルギー・全運動量(4元運動量)が保存すること(対消滅 \(e^+e^-\to2\gamma\)、核反応の質量欠損)、多粒子系の不変質量が \((Mc^2)^2=(\sum E_i)^2-(\sum\vec p_i c)^2\) で与えられ部品の静止質量の和ではないこと、質量ゼロ粒子系でも不変質量が非ゼロになりうることは、いずれも確立した特殊相対論の内容です。閉じた孤立系の全4元運動量(したがって系の不変質量)は保存します。図は \(E=1\) 単位・2光子系の模式で \(Mc^2=2E\sin(\theta/2)\)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで開き角を変えると、質量ゼロの光子2個から系の質量が生まれます。「答えを見る」で解答が開きます。