わかる質量第 5 回 / ここから「床の最小値」へ

既知で最小の質量 ── その桁外れの軽さは、宇宙で最大のスケールからの手紙

最小の質量・UV編:
ニュートリノはなぜ軽い 既知で最小の非ゼロ質量は、電子の1000万分の1以下。
その軽さを "シーソー" で解くと、最小の質量が、宇宙で最大のスケール(大統一)を指していることが見えてくる。

必要な道具:第3回のヒッグス式、第2回のカイラル対称性、割り算 フック式:\(m_\nu\sim v^2/M\)

第4回までで「有限の床がどう湧くか」を、ヒッグスと閉じ込めの両方で見終えました。今回からは、床の最小値へ向かいます。既知の素粒子で最小の非ゼロ質量 ── それがニュートリノ。あまりに軽く、電子の1000万分の1以下です。なぜそんなに軽いのか。その種明かしがシーソー機構で、しかもそこから、最小の質量が宇宙で最大のスケールを指しているという、思いがけない一望が開けます。

01まず、どれだけ軽いか

質量のはしごを見ます(\(\text{eV}\) 単位)。トップクォーク \(1.7\times10^{11}\)、陽子 \(9.4\times10^8\)、電子 \(5.1\times10^5\) ── そしてニュートリノは \(0.05\) 以下。電子から数えても7桁下、桁が崩れ落ちています。

第3回のヒッグス式 \(m_f=y_f v/\sqrt2\) で言えば、もしニュートリノもヒッグスから素直に質量をもらう(ディラック型)なら、湯川結合は \(y_\nu\sim3\times10^{-13}\)。トップ(\(y\approx1\))の12桁下。第2回のカイラル対称性のおかげで「小さくても技術的には自然」ですが ── なぜ1個だけ、そんなに小さいのか。 素直なヒッグスでは、答えになりません。

02手がかり ── ニュートリノだけ、別の書き方が許される

決定的な特徴があります。右巻きニュートリノ \(\nu_R\) は、標準模型のどのゲージ荷も持たない、完全に中性な粒子。すると、他のフェルミオンには禁じられているマヨラナ質量(粒子と反粒子が同じ、という型の質量)が書けます。

ニュートリノだけの特権

\(\nu_R\) は完全中性 → マヨラナ質量 \(M\) が許される。
しかも \(M\) は電弱スケール \(v\) に縛られない ── 自然に巨大(大統一スケール)でよい

ここが効きます。ヒッグス由来の質量(第3回)は \(v\approx246\) GeV に縛られていました。でもマヨラナ質量 \(M\) を止めるものは何もない。だから \(M\) は、加速器のはるか上 ── \(10^{14\text{–}15}\) GeV のような巨大な値を、自然に取れるのです。

03シーソー機構 ── 小ささは、大きさの裏返し

電弱スケールのディラック質量 \(m_D\)(ヒッグス由来)と、巨大なマヨラナ質量 \(M\) が同居すると、質量の"天秤"はこうなります。対角化(=実際の質量を求める)と、固有値が2つ出ます。

シーソー ── 片方を上げると、片方が沈む
$$m_{\text{軽}}\approx\frac{m_D^{2}}{M},\qquad m_{\text{重}}\approx M$$
やってみよう ── ニュートリノの重さを出す

\(m_D\sim100\) GeV(湯川 \(\sim1\) の自然な値)、\(M\sim10^{15}\) GeV を代入

$$m_\nu\sim\frac{(100\ \text{GeV})^2}{10^{15}\ \text{GeV}}=10^{-11}\ \text{GeV}=0.01\ \text{eV}$$

観測どんぴしゃ。\(10^{-13}\) の不自然な湯川は要りません。 自然な O(1) の結合と、自然に巨大な \(M\) を使うだけで、ニュートリノの桁外れの小ささが "比" として自動で出る ── 小ささの原因は、\(M\) の大きさだったのです。

図:シーソー。支点は電弱スケール \(m_D\)(不動)。スライダーで重い相棒の質量 \(M\) を上げると、ニュートリノ \(m_\nu\) が下がる。両者は対数目盛で支点をはさんで対称 ── まさにシーソー
M を動かすと、ニュートリノの重さが変わります。
ニュートリノ m_ν(軽い) 重い相棒 N(質量 M)

04だから、最小の質量が最大のスケールを指す

いまの式を逆に読みます。観測された \(m_\nu\) から、隠れた \(M\) を求める。

最小の質量が、最大のスケールを教える
$$M\sim\frac{v^2}{m_\nu}\sim\frac{(100\ \text{GeV})^2}{0.05\ \text{eV}}\sim2\times10^{14}\ \text{GeV}$$

加速器では絶対に届かない大統一スケール \(10^{14\text{–}15}\) GeV が、宇宙で一番軽い粒子の重さから読み取れてしまう。ニュートリノの軽さは、宇宙で最大のスケールからの手紙だったのです。第4回が「無次元の走りが自分でスケールを生む(UV自己完結)」だったのに対し、今回は最小の質量が、はるか高エネルギーを覗く窓になる。同じ "質量" でも、指している方向がまるで違います。

◇ ◇ ◇

05では、どうやって測る? ── 4つの取っ手

絶対値は、まだ完全には分かっていません。独立な4つの取っ手が、それぞれ違うものを見ています。

振動
質量の"差"だけが見える\(\sqrt{\Delta m^2_{\rm sol}}\approx0.0086\) eV、\(\sqrt{\Delta m^2_{\rm atm}}\approx0.050\) eV。→ 一番重いのは 0.05 eV 以上。ただし絶対値も順序も不明。
宇宙論
構造形成を抑える度合いPlanck+銀河分布で \(\Sigma m_\nu\lesssim0.07\text{–}0.12\) eV。最強だが ΛCDM 依存。
KATRIN
β崩壊の端点(直接・モデル非依存)トリチウム崩壊の運動学だけから \(m_\beta<0.45\) eV。弱いが仮定なし。
0νββ
マヨラナなら起きる二重β崩壊未発見(\(m_{\beta\beta}\lesssim0.03\text{–}0.2\) eV)。検出できればマヨラナ確定=シーソーの裏付け

正直な現状:少なくとも1個は 0.05 eV 以上、合計は 0.1 eV 以下、一番軽いのは 0 かもしれない、ディラックかマヨラナかも未決着。シーソーは最有力の"物語"ですが、まだ実証されていません。その引き金が 0νββ です。

おまけ ── だから物質が存在する シーソーの重い相棒 \(N\) が初期宇宙で CP を破って崩壊すると、レプトン数の非対称が生まれ、それがバリオン非対称に転換される(レプトジェネシス)。つまりニュートリノの軽さの機構が、「なぜ宇宙に反物質でなく物質が残ったか=なぜ我々が存在するか」に繋がっている可能性がある。最小の質量が、存在の理由まで指しているのです。
正直な線

今回は合言葉 \(c\cdot t=\text{一定}\) を前面に出していません。ニュートリノの軽さは素粒子の内部構造(UV側)の話で、宇宙の膨張とは無関係だからです。宇宙の大きさが決める "最小の床"(IR側)は次回・第6回で、そこで \(c\cdot t\) が正当に効きます。今回(UV)と第6回(IR)が、逆方向から同じ meV 付近に迫るのが、最終回への布石です。

数値は代表値で、\(m_D\) や \(M\) の取り方で桁は動きます。シーソーには何種類か(Type I/II/III)あり、ここでは最も基本的な Type I を描いています。

練習問題(今回の内容で解けます)
  1. なぜニュートリノだけマヨラナ質量が許されるのか、一言で。
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    右巻きニュートリノ \(\nu_R\) が標準模型のゲージ荷を一つも持たない完全中性粒子だから。電荷などを持つ他のフェルミオンは、粒子=反粒子とするマヨラナ質量が対称性で禁じられる。
  2. シーソー \(m_\nu\approx m_D^2/M\) で、\(m_D\sim100\) GeV、\(M\sim10^{15}\) GeV のとき \(m_\nu\) は?
    答えを見る
    \((100)^2/10^{15}\) GeV \(=10^{-11}\) GeV \(=10^{-2}\) eV \(=0.01\) eV。観測されたニュートリノ質量と同じオーダー。不自然に小さい湯川を使わずに出る。
  3. 「最小の質量が、最大のスケールを指す」とはどういうことか。
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    シーソーを逆に解くと \(M\sim v^2/m_\nu\sim10^{14}\) GeV。一番軽い粒子(ニュートリノ)の軽さから、加速器では届かない大統一スケールが読み取れる。小ささが、巨大さを覗く窓になっている。

第5回まとめ小ささは、大きさの裏返しだった

ニュートリノは既知で最小の質量(電子の1000万分の1以下)。素直なヒッグスでは \(10^{-13}\) の不自然な湯川が要る。だが \(\nu_R\) が完全中性なのでマヨラナ質量 \(M\)(\(v\) に縛られず巨大でよい)が許され、シーソー \(m_\nu\approx m_D^2/M\) で自然に軽くなる。逆に読めば \(M\sim v^2/m_\nu\sim10^{14}\) GeV ── 最小の質量が、宇宙で最大のスケール(大統一)を指している

これは "床の最小値" の、素粒子側(UV)からの答え。測り方は振動・宇宙論・KATRIN・0νββ の4つで、絶対値やディラック/マヨラナはまだ未決着。次は同じ最小の床に、まったく別の方向 ── 宇宙の大きさ ── から迫ります。

この文書は「わかる質量」シリーズ第5回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ニュートリノ質量の桁外れの小ささ、右巻きニュートリノがゲージ一重項(中性)であることによるマヨラナ質量の許容、Type I シーソー機構 \(m_\nu\approx m_D^2/M\)、それを逆算した \(M\sim v^2/m_\nu\sim10^{14\text{–}15}\) GeV(大統一近傍)、質量差からの下限(\(\sqrt{\Delta m^2_{\rm atm}}\approx0.05\) eV)、宇宙論的上限(\(\Sigma m_\nu\lesssim0.07\text{–}0.12\) eV)、KATRIN の直接上限、0νββ とマヨラナ性、レプトジェネシスは、いずれも確立した物理/現行の研究テーマです。絶対質量・質量順序・ディラック/マヨラナの別は未確定です。数値は代表値で、\(m_D,M\) の取り方に依存します。図は対数目盛でシーソー関係 \(\log m_\nu + \log m_N = 2\log m_D\) を模式化したものです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで重い相棒 M を上げると、ニュートリノがシーソーで下がります。「答えを見る」で解答が開きます。