既知で最小の質量 ── その桁外れの軽さは、宇宙で最大のスケールからの手紙
第4回までで「有限の床がどう湧くか」を、ヒッグスと閉じ込めの両方で見終えました。今回からは、床の最小値へ向かいます。既知の素粒子で最小の非ゼロ質量 ── それがニュートリノ。あまりに軽く、電子の1000万分の1以下です。なぜそんなに軽いのか。その種明かしがシーソー機構で、しかもそこから、最小の質量が宇宙で最大のスケールを指しているという、思いがけない一望が開けます。
質量のはしごを見ます(\(\text{eV}\) 単位)。トップクォーク \(1.7\times10^{11}\)、陽子 \(9.4\times10^8\)、電子 \(5.1\times10^5\) ── そしてニュートリノは \(0.05\) 以下。電子から数えても7桁下、桁が崩れ落ちています。
第3回のヒッグス式 \(m_f=y_f v/\sqrt2\) で言えば、もしニュートリノもヒッグスから素直に質量をもらう(ディラック型)なら、湯川結合は \(y_\nu\sim3\times10^{-13}\)。トップ(\(y\approx1\))の12桁下。第2回のカイラル対称性のおかげで「小さくても技術的には自然」ですが ── なぜ1個だけ、そんなに小さいのか。 素直なヒッグスでは、答えになりません。
決定的な特徴があります。右巻きニュートリノ \(\nu_R\) は、標準模型のどのゲージ荷も持たない、完全に中性な粒子。すると、他のフェルミオンには禁じられているマヨラナ質量(粒子と反粒子が同じ、という型の質量)が書けます。
\(\nu_R\) は完全中性 → マヨラナ質量 \(M\) が許される。
しかも \(M\) は電弱スケール \(v\) に縛られない ── 自然に巨大(大統一スケール)でよい。
ここが効きます。ヒッグス由来の質量(第3回)は \(v\approx246\) GeV に縛られていました。でもマヨラナ質量 \(M\) を止めるものは何もない。だから \(M\) は、加速器のはるか上 ── \(10^{14\text{–}15}\) GeV のような巨大な値を、自然に取れるのです。
電弱スケールのディラック質量 \(m_D\)(ヒッグス由来)と、巨大なマヨラナ質量 \(M\) が同居すると、質量の"天秤"はこうなります。対角化(=実際の質量を求める)と、固有値が2つ出ます。
\(m_D\sim100\) GeV(湯川 \(\sim1\) の自然な値)、\(M\sim10^{15}\) GeV を代入
$$m_\nu\sim\frac{(100\ \text{GeV})^2}{10^{15}\ \text{GeV}}=10^{-11}\ \text{GeV}=0.01\ \text{eV}$$観測どんぴしゃ。\(10^{-13}\) の不自然な湯川は要りません。 自然な O(1) の結合と、自然に巨大な \(M\) を使うだけで、ニュートリノの桁外れの小ささが "比" として自動で出る ── 小ささの原因は、\(M\) の大きさだったのです。
いまの式を逆に読みます。観測された \(m_\nu\) から、隠れた \(M\) を求める。
加速器では絶対に届かない大統一スケール \(10^{14\text{–}15}\) GeV が、宇宙で一番軽い粒子の重さから読み取れてしまう。ニュートリノの軽さは、宇宙で最大のスケールからの手紙だったのです。第4回が「無次元の走りが自分でスケールを生む(UV自己完結)」だったのに対し、今回は最小の質量が、はるか高エネルギーを覗く窓になる。同じ "質量" でも、指している方向がまるで違います。
絶対値は、まだ完全には分かっていません。独立な4つの取っ手が、それぞれ違うものを見ています。
正直な現状:少なくとも1個は 0.05 eV 以上、合計は 0.1 eV 以下、一番軽いのは 0 かもしれない、ディラックかマヨラナかも未決着。シーソーは最有力の"物語"ですが、まだ実証されていません。その引き金が 0νββ です。
今回は合言葉 \(c\cdot t=\text{一定}\) を前面に出していません。ニュートリノの軽さは素粒子の内部構造(UV側)の話で、宇宙の膨張とは無関係だからです。宇宙の大きさが決める "最小の床"(IR側)は次回・第6回で、そこで \(c\cdot t\) が正当に効きます。今回(UV)と第6回(IR)が、逆方向から同じ meV 付近に迫るのが、最終回への布石です。
数値は代表値で、\(m_D\) や \(M\) の取り方で桁は動きます。シーソーには何種類か(Type I/II/III)あり、ここでは最も基本的な Type I を描いています。
ニュートリノは既知で最小の質量(電子の1000万分の1以下)。素直なヒッグスでは \(10^{-13}\) の不自然な湯川が要る。だが \(\nu_R\) が完全中性なのでマヨラナ質量 \(M\)(\(v\) に縛られず巨大でよい)が許され、シーソー \(m_\nu\approx m_D^2/M\) で自然に軽くなる。逆に読めば \(M\sim v^2/m_\nu\sim10^{14}\) GeV ── 最小の質量が、宇宙で最大のスケール(大統一)を指している。
これは "床の最小値" の、素粒子側(UV)からの答え。測り方は振動・宇宙論・KATRIN・0νββ の4つで、絶対値やディラック/マヨラナはまだ未決着。次は同じ最小の床に、まったく別の方向 ── 宇宙の大きさ ── から迫ります。
印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで重い相棒 M を上げると、ニュートリノがシーソーで下がります。「答えを見る」で解答が開きます。