わかる質量第 2 回 / ゼロには、見張り番がいた
なぜ光は "床ゼロ" でいられるのか ── 質量を禁じているものの正体
質量ゼロは、
対称性が守っている
第1回で「質量=消せないエネルギーの床」。放っておくと床は湧いてしまう。
ゼロは特別で、対称性が能動的に守っている ── 3人の見張り番の話。
必要な道具:第1回の「質量=床」、掛け算、対称の感覚
合言葉:質量²=ポテンシャルの底の曲がり
第1回で、質量とは「運動量を抜いても残るエネルギーの床」でした。光はその床がゼロだから止まれない。では ── なぜ光の床は、厳密にゼロでいられるのか。 素朴には「ゼロ=何もない=当たり前」と思いがちですが、物理はむしろ逆。放っておくと質量は湧いてしまう。 ゼロは特別な状態で、対称性が能動的に守っているのです。今回は、ゼロを守る3人の見張り番を紹介します。
01まず「質量が湧く」のが普通、と知る
問いをひっくり返します。ふつう「なぜ重いのか」を問いますが、正しくはこうです ── 何が、質量が湧くのを禁じているのか。 場の理論では、禁じる理由がなければ質量項はふつうに現れてしまう。だからゼロを保つには"理由"が要る。その理由が対称性です。
今回の見取り図
質量ゼロ = 対称性が「質量項」を禁じている状態。
質量が点く = その見張り番が外れる/破れる。
02見張り番① ゲージ対称性 ── 光子・グルーオンがゼロ
光子(電磁場 \(A_\mu\))の質量項は、書くとこうなります。
光子に質量を与える"はず"の項
$$m^2 A_\mu A^\mu$$
ところがこれは、ゲージ変換 \(A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu\lambda\) をすると形が変わってしまう=ゲージ不変でない。電磁気の理論はこのゲージ変換で不変でなければならないので、そもそもこの質量項を書き込めない。だから光子は質量ゼロ。
- 光子(電磁気の U(1))・グルーオン(強い力の SU(3))── 対称性が破れていない → 質量ゼロ。
- W・Z が重いのは、電弱の対称性がヒッグスで自発的に破れ、縦波モードを食べたから(→ 第3回)。破れずに残った組み合わせが、質量ゼロの光子。
つなぐ声(第1回の回収)
第1回で「止まれる粒子は縦波が1つ生える(偏光が2→3に増える)」と言いました。ゲージ対称性は、実は記述の"冗長さ"で、その余分な縦波を消しています。だからゲージ対称性がある=縦波がない=止まれない=質量ゼロ。「対称性が質量を禁じる」と「静止系がない」は、同じことの表と裏だったのです。
03見張り番② カイラル対称性 ── フェルミオンがゼロ
電子のようなフェルミオンの質量項(ディラック質量)は、左巻きと右巻きを混ぜ合わせる形をしています。
フェルミオンに質量を与える項(左右を混ぜる)
$$m\,\bar\psi\psi = m(\bar\psi_L\psi_R + \bar\psi_R\psi_L)$$
もし左巻きと右巻きが違う対称性を背負っているなら(=カイラル対称性)、この混合項は禁じられます。標準模型はまさにこれで、電弱対称性が破れる前は、すべてのフェルミオンが質量ゼロ。質量が入るのは、ヒッグスと結合してから ── \(m_f = y_f\,v/\sqrt2\)(→ 第3回でくわしく)。
つなぐ声(第5回への布石)
湯川結合 \(y_f\) が小さければ質量は小さい。しかも「小さいことがカイラル対称性で守られている」ので、技術的には自然です。電子が軽く、ニュートリノが桁外れに軽い(→ 第5回)のは、この見張り番のおかげで許されている。
04見張り番③ ゴールドストンの定理 ── 質量ゼロのスカラー
3人目は独立した機構です。連続的な"大域"対称性が自発的に破れると、破れた向きひとつにつき、厳密に質量ゼロの粒子(南部=ゴールドストン粒子)が1つ現れる。
- 物性のフォノンやマグノンは、厳密に質量ゼロのゴールドストン粒子。
- パイ中間子は、強い力のカイラル対称性が"近似的に"破れた擬ゴールドストンで、だから他のハドロン(〜1 GeV)より桁違いに軽い(約140 MeV)。「軽さ」まで対称性で説明できる実例です。
◇ ◇ ◇
05質量²は「ポテンシャルの底の曲がり」だった
3人の見張り番に共通する正体を、一枚の絵で。場のエネルギー(ポテンシャル \(V\))の谷底で、質量² = 底の"曲がり具合"(曲率)です。急な谷は強い復元力=重い。平らな谷は復元力ゼロ=質量ゼロ。ゴールドストン粒子とは、まさにこの"平らな方向"のこと。
質量の、もう一つの顔
$$m^2 \propto \left.\frac{d^2V}{d\phi^2}\right|_{\text{谷底}}\qquad(\text{平らな方向}\ \Rightarrow\ m=0)$$
図:ポテンシャル \(V(\phi)\) の谷底の"曲がり" k が質量²。スライダーで k を下げていくと、底が平らになり、復元力が消えて質量ゼロ(=対称な方向=ゴールドストン)に近づく
谷の曲がり k を動かすと、質量が変わります。
ポテンシャル V(φ)
平らな基準線(k=0=質量ゼロ)
k を 0 にすると、谷は真っ平ら。ボール(場)は左右どちらへ動いても戻される力を受けない ── これが「止まれない・エネルギーの床がゼロ」の、ポテンシャル側の姿です。対称性は、この"平らな方向"を作り出すことで質量ゼロを守っているのです。
06だから、ゼロは自明ではない ── そして質量が"点く"とき
まとめると、質量ゼロは3人の見張り番の帰結でした。
①ゲージ対称性質量項 \(m^2A_\mu A^\mu\) がゲージ不変でない → 光子・グルーオンがゼロ。
②カイラル対称性左右を混ぜる質量項が禁じられる → フェルミオンがゼロ(ヒッグス前)。
③大域対称性の破れ(ゴールドストン)破れた"平らな方向"に質量ゼロのスカラーが現れる。
そして質量が"点く"とは、見張り番が外れる/破れること。次回のヒッグス機構は、①の対称性をわざと自発的に破って、W・Z に縦波を食べさせ、フェルミオンには湯川で床を与える手口です。第1回の「消せない床」で言えば ── ゼロの床は対称性が守り、有限の床は対称性が破れて湧く。これがこのシリーズの背骨の、二枚目のカードです。
正直な線
今回も合言葉 \(c\cdot t=\text{一定}\) はあえて前面に出していません。対称性が質量を禁じる/許すのは、\(c\cdot t\) と無関係の標準物理だからです。無理に効かせないのが姉妹シリーズ番外③の教訓。このレンズが正当に効くのは、スケールが創発する第4回以降。
「光子は厳密にゼロ」は理論上の帰結で、実験は上限を押し下げているだけ(光子質量 \(<\) およそ \(10^{-18}\) eV)。またグルーオンは閉じ込めで自由には飛べず、「質量ゼロ」はあくまでラグランジアン上の話 ── 束ねると質量スケールが湧きます。これは第4回「質量ギャップ」への布石です。図は \(V=\tfrac12 k\phi^2\) の模式図で、k を質量²に見立てています。
練習問題(今回の内容で解けます)
- 光子に質量項 \(m^2A_\mu A^\mu\) を書けない理由を一言で。
答えを見る
この項がゲージ変換 \(A_\mu\to A_\mu+\partial_\mu\lambda\) で形を変えてしまい、ゲージ不変でないから。電磁気の理論はゲージ不変でなければならないので、質量項は許されず、光子は質量ゼロになる。
- 「質量² = ポテンシャルの底の曲がり」を使って、ゴールドストン粒子が質量ゼロである理由を説明せよ。
答えを見る
対称性が自発的に破れると、ポテンシャルに"平らな方向"(回すだけでエネルギーが変わらない方向)ができる。平らな方向は曲率ゼロ、つまり質量²=0。その方向の揺れがゴールドストン粒子で、だから厳密に質量ゼロ。
- パイ中間子が他のハドロンより「軽い」のはなぜか、対称性の言葉で。
答えを見る
強い力のカイラル対称性が"近似的に"破れているため、パイ中間子はほぼゴールドストン粒子(擬ゴールドストン)。完全に平らなら質量ゼロ、少しだけ傾いているので少しだけ質量を持つ ── だから約140 MeV と、他のハドロン(〜1 GeV)より桁違いに軽い。
第2回まとめゼロは、対称性が守る特別な状態
質量ゼロは自明ではなく、3人の見張り番の帰結だった ── ①ゲージ対称性(光子・グルーオン)、②カイラル対称性(フェルミオン)、③大域対称性の破れ(ゴールドストン)。共通の正体は「質量²=ポテンシャルの底の曲がり」で、対称性が作る平らな方向が質量ゼロを守っている。
第1回の「消せない床」に、二枚目のカードが加わりました ── ゼロの床は対称性が守り、有限の床は対称性が破れて湧く。では、その"破れ"はどう起き、床はどう湧くのか。次回、いよいよ質量の湧き方を見ます。
次回予告 ── 第3回
「質量は、二通りに湧く」。見張り番が外れると、床が湧く。電子はヒッグスから直接もらい(\(m_f=y_f v/\sqrt2\))、陽子は閉じ込めのエネルギーから生まれる(99%!)。同じ「質量」でも、湧き方はまったく違う。二つの起源を見分けます。