わかる質量第 1 回 / まずは「質量とは何か」から

「止まれる=重い」を、今度はきちんと式で

止まれること、それが質量 光は止まれない、だから質量ゼロ。質量とは「静止系を持てること」であり、
"運動量を全部抜いても残るエネルギー" のこと。たった一本の式が、光と物質を同時に説明します。

必要な道具:掛け算、速さ=距離÷時間、ルート フック式:\(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\)

導入版で「重さとは止まれること」と言いました。今回はそれを、ちゃんと式で確かめます。鍵になるのは、たった一本の式 \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\)。これを読むと「質量とは何か」が驚くほどはっきり見えます ── 質量とは、運動量をぜんぶ抜いても残るエネルギーの"床"。そして光は、その床がゼロだから、止まれない。

01「重い」とは、動かしにくいこと(慣性)

ニュートンの運動方程式 \(F=ma\) を思い出します。同じ力 \(F\) をかけても、質量 \(m\) が大きいほど加速度 \(a\) は小さい ── つまり動きにくい。空のカートは軽く押せて、満載のカートは同じ力ではなかなか動かない。この「動かしにくさ」が慣性質量で、今回の主役です。

つなぐ声 質量にはもう一つ「重力に引かれやすさ(重力質量)」の顔があり、二つは実験的にぴったり一致します(等価原理)。今回は動かしにくさ=慣性の顔に集中します。重力の顔は、シリーズ後半で宇宙の大きさと質量を結ぶときに戻ってきます。

02光は止まれない ── 「静止系がない」ということ

質量ゼロの粒子(光子)は、どの立場から見ても光速 \(c\) で動きます。どんなに速く追いかけても追い越せない。だから光子には「止まって見える立場(静止系)」が存在しません。一方、質量を持つ粒子は追い越して静止系に入れる ── 止まって見える視点を作れる。

質量の、いちばん素朴な定義

質量あり ⇔ 静止系を持てる(止まれる)
質量ゼロ ⇔ どの系でも光速(止まれない)

つなぐ声(第2回へ) 「止まれる」ことは、実は自由度が1つ増えることでもあります。止まれない光(スピン1)は偏光が2つ(横波だけ)。止まれる \(W,Z\) 粒子は3つ(縦波が生える)。この「縦波が1つ生える」が質量の指紋で、なぜ光がゼロでいられるのかは、第2回「対称性が質量を守る」で正面から扱います。

03質量とエネルギーは、同じ帳簿 ── \(E=mc^2\)

止まっている物体も、実はエネルギーを抱えています。それが静止エネルギー

静止しているときのエネルギー
$$E_0 = mc^2$$

\(c^2\) は途方もなく大きい数なので、ほんの少しの質量に莫大なエネルギーが眠っています。どれくらいか、実際に手を動かしてみましょう。

やってみよう ── 1グラムをエネルギーに

\(m=1\) g \(=10^{-3}\) kg、\(c=3\times10^8\) m/s を代入

$$E=mc^2=(10^{-3})\times(3\times10^8)^2=9\times10^{13}\ \text{J}$$

\(9\times10^{13}\) ジュールは、広島型原爆(およそ \(6\times10^{13}\) J)を超えるエネルギー。角砂糖ひとつぶんの質量に、都市を動かす勢いが圧縮されている ── 質量とは、それほど濃いエネルギーの塊です。

物体が動いているときは、運動量 \(p\) のぶんエネルギーが増えます。静止・運動・光をぜんぶ一本で書いたのが、今回のフック式です。

エネルギー・運動量・質量の関係(すべてを束ねる一本)
$$E^2=(mc^2)^2+(pc)^2$$

・静止(\(p=0\))→ \(E=mc^2\)(静止エネルギー=質量の顔)
・質量ゼロ(\(m=0\))→ \(E=pc\)(光子。運動量だけがエネルギー)

この一本が、物質(\(m>0\))と光(\(m=0\))を同時に説明します。同じ式の、二つの読み方にすぎなかったのです。

◇ ◇ ◇

04質量とは「運動量を抜いても残るエネルギー」

ここが今回の核心です。式 \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\) で、運動量 \(p\) をだんだん小さくしていくと、\(E\) は下がっていきます。でも ── どこまで下げても \(mc^2\) より下には行けない。 \(p=0\) でぴたりと底を打ちます。

質量の正体(式で言うと)

質量 \(m\) = 運動量をゼロにしても残るエネルギーの(\(p=0\) での \(E\))。
光子は床がゼロ(\(m=0\))なので、運動量を抜くと消えてしまう ── だから止まれない

図:エネルギー \(E\) と運動量 \(p\) の関係。質量あり(青)は \(p=0\) でも \(mc^2\) の"床"が残る。質量ゼロ(琥珀)は原点を通り、止まると消える。スライダーで \(p\) を動かしてみてください
運動量 p を動かすと E が変わります。
質量あり E=√((mc²)²+(pc)²) 質量ゼロ E=pc(光)

青い曲線は、運動量を抜いても \(mc^2\) の高さで止まる。琥珀の直線(光)は原点まで滑り落ちる。この「消せない床」こそが質量です。そしてこの視点 ── 抜いても残る最低のエネルギー ── は、シリーズ後半で「宇宙が許す最小の質量」や「質量ギャップ」として、もっと深い形でもう一度戻ってきます。質量とは、ある種の消せない床なのです。

05だから、質量は「部品の足し算」ではない

最後に、導入版で驚いてもらった事実を式で。陽子の質量はおよそ \(938\) MeV。ところが、中身の3つのクォーク(アップ2つ・ダウン1つ)の静止質量を足しても、わずか \(9\) MeV ほど。

やってみよう ── 陽子の重さの内訳 $$\frac{\text{クォーク3個の静止質量}}{\text{陽子の質量}}\approx\frac{9\ \text{MeV}}{938\ \text{MeV}}\approx 1\%$$

残りの約99%は、クォークを閉じ込める強い力(グルーオン場)のエネルギーが、\(E=mc^2\) で質量に化けたもの。質量は「部品の合計」ではなく、閉じ込められたエネルギーだったのです。

つまり質量の湧き方には、少なくとも二通りある ── 電子のようにヒッグスから直接もらう質量と、陽子のように閉じ込めのエネルギーから生まれる質量。この二つを、第3回でじっくり見分けます。

正直な線

\(E=mc^2\) の「質量」は静止質量(不変質量)を指します。「速く動くと重くなる」という言い方(相対論的質量)は、いまは使わないのが標準 ── 増えるのはエネルギーであって、質量 \(m\) は速度によらず一定です。この誤解は番外②で詳しく解きます。

また、今回は合言葉 \(c\cdot t=\text{一定}\) をあえて前面に出していません。質量が「静止系を持てること」や「エネルギーの床」であることは、\(c\cdot t\) を持ち出さなくても成り立つ標準物理だからです。このレンズが正当に効くのは、スケールが創発する第4回や、最小質量を宇宙の大きさが決める第6回。効かない場所で無理に効かせない ── これが姉妹シリーズ番外③の教訓でした。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. 質量ゼロの光子が「止まれない」理由を、\(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\) から一言で。
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    \(m=0\) なら \(E=pc\)。止まる(\(E\) を最小にする)には \(p=0\) が必要だが、そのとき \(E=0\) = 存在しないに等しい。運動量を抜くと消えてしまうので、光は常に動き続けるしかない(=静止系が定義できない)。
  2. 質量 1 kg の物体の静止エネルギーは何ジュールか(\(c=3\times10^8\) m/s)。
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    \(E=mc^2=1\times(3\times10^8)^2=9\times10^{16}\) J。1グラム(\(9\times10^{13}\) J)の1000倍。桁違いに大きい。
  3. 陽子の質量の約99%はどこから来るか、一言で。
    答えを見る
    クォークを閉じ込める強い力(グルーオン場)のエネルギーが \(E=mc^2\) で質量に化けたもの。部品であるクォークの静止質量の合計は約1%にすぎない。

第1回まとめ質量とは「消せないエネルギーの床」

質量とは「止まれること」=静止系を持てること。式で言えば \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\) の、運動量を抜いても残るエネルギーの床 \(E=mc^2\)。光は床がゼロ(\(m=0\))だから止まれず、常に光速で走る。そして質量は部品の足し算ではなく、閉じ込められたエネルギーでもある(陽子の99%)。

「消せない床としての質量」──この一言が、このシリーズの背骨です。ゼロの床(光)はなぜ守られるのか、有限の床はどう生まれるのか、そして床の最小値は何が決めるのか。次回からその床の"起源"を、一枚ずつめくっていきます。

この文書は「わかる質量」シリーズ第1回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。相対論的エネルギー・運動量関係 \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\)、静止エネルギー \(E_0=mc^2\)、質量ゼロ粒子が \(E=pc\) で光速に固定されること、陽子質量の大半(約99%)がクォークの静止質量ではなく量子色力学(グルーオン場)の結合エネルギー由来であることは、いずれも確立した物理です。本稿の「質量」は静止質量(不変質量)を指し、いわゆる相対論的質量は用いていません。図はエネルギー・運動量関係を \(c=1,\,mc^2=1\) の単位で描いた模式図です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで p を動かすと、質量の"床"が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。