進化・学習・意識を、ひとつの勾配で読む
第1回で、盲目のボールは足もとの傾きしか見ないがゆえに浅い谷にはまって出られない、と正直に裁きました。隣にもっと深い谷があっても気づけない ── これが勾配降下法の宿命でした。今日はこの弱点を、正面から緩める道具を手に入れます。合言葉は「ぼかす」。地形の細かい凹凸を、目を細めるように均してしまえば、浅い谷は消え、本当に深い盆地だけが残る。数学の言葉では、損失 \(L\) をガウス核で畳み込むこと。そしてこの操作こそ、前回 (第6回) の進化戦略 ES が知らず知らず計算していた \(\nabla L_\sigma\) の正体でした。ぼかしの強さ \(\sigma\) は、学習者が地形を見る解像度を決めるダイヤル ── 探索と活用のあいだで手を握る、一本のつまみです。
復習しましょう。学習とは損失 \(L(\theta)\) を下げること、更新則は \(\theta\leftarrow\theta-\eta\nabla L(\theta)\)。ところが \(\nabla L=0\) になる点は、大域最小だけとは限りません。局所最小 ── 隣にもっと深い谷があるのに、足もとが平らなせいで止まってしまう窪み ── がそこら中にあります。盲目のボールは、いま立っている谷が浅いのか深いのか、自力では判定できない。
ではどうするか。素朴なアイデアは「もっと遠くまで見渡せればいい」。でも地形の全体像を一望する神さまはいません。そこで発想を裏返します ── 地形のほうを、見やすく作り替える。細かい凹凸を均してしまえば、浅い窪みは埋まり、残るのは大づかみの起伏だけ。この「均す」を厳密にやるのが、ぼかし=平滑化です。
「ぼかす」とは、各点 \(\theta\) での値を、その近所の値の重み付き平均で置き換えることです。近い点ほど重く、遠い点ほど軽く。この重みにガウス分布 \(p_\sigma(\varepsilon)=\dfrac{1}{(2\pi\sigma^2)^{n/2}}\exp\!\left(-\dfrac{\|\varepsilon\|^2}{2\sigma^2}\right)\) を使ったものがガウス平滑化。均した後の損失を \(L_\sigma\) と書きます。
三つの顔は同じものです。左は畳み込み \(*\)(信号処理の言葉)、中は積分(重み付き平均そのもの)、右は期待値(「\(\theta\) の周りに \(\mathcal N(0,\sigma^2 I)\) でランダムに揺らして、\(L\) を平均する」)。\(\sigma\) が大きいほど揺らぎが広く、遠くまで平均に取り込むので、地形は強くぼける。この右辺の期待値 ── 見覚えがあるはずです。前回 ES がサンプルで推定していたのは、まさにこの \(L_\sigma\) の勾配 \(\nabla L_\sigma\) でした。
畳み込み \(L_\sigma=L*p_\sigma\) には、局所最小脱出のカギとなる三つの性質があります。
(1) いくらでもなめらかになる。 たとえ \(L\) が角ばっていて(微分できない点があっても)、ガウス核 \(p_\sigma\) は無限回微分できます。畳み込みでは微分を滑らかな側に載せ替えられる ── \(\nabla^k L_\sigma = L * \nabla^k p_\sigma\) ── ので、\(L_\sigma\) は無限回微分可能(\(C^\infty\))になります。ぼかしは、地形の角をすべて丸めてしまう。
(2) 浅い局所最小が消える。 近所を平均すると、細い尾根や浅い窪みは打ち消し合って均されます。\(\sigma\) を大きくするほど平均の範囲が広がり、まず浅い谷から順に消えて、最後には大づかみの盆地だけが残る。第1回でボールを閉じ込めていた浅い谷が、ぼかしで埋まるのです。
(3) \(\sigma\to0\) で元に戻る。 \(\sigma\to0\) のときガウス核はデルタ関数に潰れ(\(p_\sigma\to\delta\))、平均の範囲が一点に縮むので \(L_\sigma\to L\)。ぼかしをゼロにすれば、地形は生の \(L\) に戻ります。この「戻れる」性質が、後で焼きなましの土台になります。
最も簡単な地形 L(θ)=θ² を平滑化する(1次元)
$$L_\sigma(\theta)=\mathbb{E}\!\left[(\theta+\varepsilon)^2\right]=\mathbb{E}\!\left[\theta^2+2\theta\varepsilon+\varepsilon^2\right]=\theta^2+2\theta\underbrace{\mathbb{E}[\varepsilon]}_{0}+\underbrace{\mathbb{E}[\varepsilon^2]}_{\sigma^2}=\theta^2+\sigma^2$$ぼかしても足すのは定数 σ² だけ。勾配は動かない
$$\nabla L_\sigma(\theta)=2\theta=\nabla L(\theta)$$二次関数をぼかすと、地形全体が \(\sigma^2\) だけ持ち上がるだけで、形は変わりません。勾配 \(2\theta\) は \(\sigma\) によらず不変 ── だから ES の勾配推定(スタインの等式)が、二次関数では生の勾配 \(\nabla L\) とぴったり一致する特別な場合になっています。ただしこれは二次関数だからこその奇跡。谷が複数ある地形では、ぼかしは形そのものを変え ── 浅い谷を溶かします。それを次の図で見ましょう。
\(\sigma\) は単なる技術パラメータではありません。それは学習者(あるいは進化)が地形を見る「解像度」です。目を細めれば大づかみの起伏が見え、目を凝らせば細部が見える ── \(\sigma\) はそのピント調整のダイヤルなのです。
大きい \(\sigma\)(探索・exploration)。 地形は強くぼけ、浅い局所最小は消えて大域の盆地が浮かぶ。だからボールは浅い谷を脱出し、大づかみに「どのあたりが低いか」を掴めます。代償は、真の最適点がぼけること ── \(L_\sigma\) の底は、生の \(L\) の底と一般にずれます。
小さい \(\sigma\)(活用・exploitation)。 地形は生の \(L\) に近づき、最適点は正確。代償は、細かい谷が全部見えてしまうこと ── 手近な局所最小にすぐ嵌まります。
大きく見れば道に迷わないが的が甘い、小さく見れば的は正確だが罠に落ちる。この綱引きが探索と活用のトレードオフです。ならば ── 最初は大きく、だんだん小さくすればいいのでは? それが次の焼きなましです。
下の地形 \(L(\theta)\) には谷が三つあります。中央が深い谷(大域的な最小)、左右が浅い谷(局所的な最小)。細い曲線が生の \(L\)、太い曲線がぼかした \(L_\sigma\) です。\(\sigma\) スライダーを右へ動かすと、各グリッド点で近傍のガウス重み和を取る数値畳み込みで \(L_\sigma\) が計算し直され、浅い谷から順に溶けていきます。「ボールを転がす」で、\(L_\sigma\) の上を降下するボールがどの盆地へ落ち着くかも見られます。
\(\sigma\) を上げていくと、まず左右の浅い谷が消え、やがて地形はなだらかな単一の盆地になります(極小の数が \(3\to1\) へ)。この状態でボールを右端から転がすと、途中の谷に邪魔されず大域盆地へ滑り込む ── 第1回で出られなかった浅い谷を、ぼかしが埋めてくれたのです。ただし大きすぎる \(\sigma\) では \(L_\sigma\) の底が中央からずれ、生の最適点とずれていることにも注意してください。
探索と活用のいいとこ取りをする定石が焼きなまし(annealing)です。まず大きな \(\sigma\) で大域の盆地を掴み、次に \(\sigma\) を徐々に下げて精密化する。性質(3)より \(\sigma\to0\) で \(L_\sigma\to L\) なので、最後には生の地形の底 ── 本当の最適点 ── へ収束できます。序盤は大づかみに正しい盆地を選び、終盤で腰を据えて底を突く。金属を高温から徐々に冷やして結晶の欠陥を減らす焼きなましと、まったく同じ発想です。
ぼかし(平滑化)は局所最小脱出の強力な実用技ですが、ただ飯ではありません。正直に裁きます。
| 問い | ガウス平滑化の答え | 判決 |
|---|---|---|
| 浅い局所最小を脱出できるか | できる。\(\sigma\) を上げれば浅い谷は溶け、大域の盆地が浮かぶ | できる |
| 見つかるのは、生の地形 \(L\) の最適点か | いいえ。有限の \(\sigma\) では \(L_\sigma\neq L\) で、底の位置がずれる(平滑化バイアス) | σ有限だとずれる |
| それでも本当の最適点へ届くか | 届く。\(\sigma\to0\) へ焼きなませば \(L_\sigma\to L\)。ただしサンプル(コスト)が増える | 焼きなませば◯ |
ぼかしは局所最小脱出の実用技ですが、代償があります。大きな \(\sigma\) では真の最適点がずれる(\(L_\sigma\neq L\))。これは焼きなましで \(\sigma\to0\) にすれば回収できます ── ところが大きな \(\sigma\) はサンプルの分散を増やし、同じ精度の勾配推定に必要なサンプル数、すなわち計算コストを食う。「浅い谷を脱出する自由」は、コストと引き換えでしか手に入りません。ただ飯はないのです。
それでも、この \(\sigma=\)「解像度」という視点は、シリーズの背骨に直結します ── 生命は有限のエネルギー(=有限のサンプル)で地形を見て、学び、進化する。無限の解像度は買えない。ならば、この計算を実際に地球規模で回している実体とは何か? 次回、その主役を名指しします。
局所最小の弱点(第1回)を、地形を「ぼかす」ことで緩める(STEP 01)。ぼかしとはガウス核との畳み込み \(L_\sigma=L*p_\sigma=\mathbb{E}_\varepsilon[L(\theta+\varepsilon)]\)、これは前回 ES が計算していた \(\nabla L_\sigma\) の地形そのもの(STEP 02)。ぼかしには三性質 ── (1)無限回微分可能になる、(2)浅い局所最小が消える、(3)\(\sigma\to0\) で \(L\) に戻る(STEP 03)。二次関数では平滑化は勾配を変えず(定数 \(\sigma^2\) が乗るだけ)、スタインの推定が生の勾配と一致する特別な場合(calc)。\(\sigma\) は解像度=探索と活用のダイヤルで、大は全体像・小は精密(STEP 04)。図では \(\sigma\) を上げると極小が \(3\to1\) に(STEP 05)。焼きなまし(\(\sigma\) 大→小)で大域盆地を掴んでから精密化でき、\(\sigma\) は温度・粒度として宇宙論と響き合う(STEP 06)。ただし有限 \(\sigma\) は底をずらし、大 \(\sigma\) は分散=コストを食う ── ただ飯はない(STEP 07)。
ぼかしは、盲目のボールに「目を細める」自由を与えました。だがその解像度は有限のエネルギーで買うしかない。この「有限リソースで地形を見て学ぶ」という視点が、次回いよいよ地球規模へ拡大します ── 生命が回す、巨大な学習の計算機へ。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「ぼかしの強さ σ」を動かすと浅い谷が溶け、「ボールを転がす」で Lσ 上を降下するボールが見られます。「答えを見る」で解答が開きます。