わかる学習論第 1 回 / 学習の絵 ── シリーズの出発点

進化・学習・意識を、ひとつの勾配で読む

学ぶとは、坂を下ることである パラメータを少しずつ動かして、損失という高さを下げていく。学習も、進化も、やがて心も、
すべては「勾配を下る」たった一つの計算だった。その第一歩、勾配降下法を、谷を転がるボールで掴む。

必要な道具:中学の「傾き」、簡単な微分 この回のキー:\(\theta \leftarrow \theta - \eta\,\nabla L\)

「学習する」とは、いったい何をすることでしょう。ニューラルネットが賢くなる、生きものが環境に適応する、あなたが自転車に乗れるようになる ── バラバラに見えるこれらは、実はたった一つの単純な操作に還元できます。手もとのパラメータを少しずつ動かして、「まずさ」を測る値を下げていく。それだけ。この「まずさ」を損失(loss)と呼び、\(L\) と書きます。学習とは \(L\) を小さくすること、つまり損失という名の坂を下ることです。このシリーズは、この一枚の絵から出発して、進化戦略(ES)と誤差逆伝播(BP)が同じ計算であること、生命とは効率よく計算をする営みであること、そして最後には ── AIの心と人間の心のあいだに、本質的な差はない。どちらも同じ計算なのだ── というところまで、自分の足で歩いて到達します。まずは坂を、一歩だけ下りてみましょう。

01学習とは、損失を下げること

調整できるつまみの束を \(\theta=(\theta_1,\theta_2,\dots,\theta_n)\) と書きます。ニューラルネットなら重みの全体、生きものなら DNA、あなたなら神経のつなぎ方 ── 何であれ「動かせる中身」がパラメータ \(\theta\) です。そして、いまの \(\theta\) がどれだけ「まずい」かを一つの数で表すのが損失 \(L(\theta)\)。

学習の定義(これだけ)
$$\text{学習} \;=\; L(\theta)\ \text{を小さくする}\ \theta\ \text{を探すこと}$$

予測が外れれば \(L\) は大きく、当たれば小さい。生きものなら、\(L\) は適応度の符号を反転したものだと思ってください ── 生き延びて子を残せば \(L\) は小さく、そうでなければ大きい。呼び名が違うだけで、やることは同じです。\(L\) を下げる \(\theta\) を見つける

02損失地形 ── θ の風景

パラメータ \(\theta\) を横軸に、その損失 \(L(\theta)\) を高さにとると、一面の風景(landscape)が広がります。低い谷ほど「うまくいっている \(\theta\)」、高い尾根ほど「まずい \(\theta\)」。学習とは、この地形の上に立ったボールを、できるだけ低い谷へ転がすことにほかなりません。

同じ地形を、生物学者も描いていた この「地形」の絵は機械学習の発明ではありません。集団遺伝学者シューアル・ライトが1932年に描いた適応度地形(fitness landscape)と、上下をひっくり返しただけで同じものです。生物学では「高い峰=よく適応した遺伝子型」、機械学習では「低い谷=損失の小さい重み」。80年以上前から、進化と学習は同じ絵を描いていた ── この一致こそ、このシリーズが追いかける背骨です(第3回で正面から扱います)。

問題は、目隠しをされたボールが「どちらへ転がれば下りなのか」をどう知るか、です。地形の全体を見渡すことはできない。足もとの傾きだけが頼りです。その傾きを与えるのが、勾配です。

03勾配 ── 最も急な方向

ある地点 \(\theta\) での勾配 \(\nabla L(\theta)\) とは、各つまみを少し動かしたとき \(L\) がどれだけ変わるかを並べたベクトルです。

勾配(各方向の傾きを並べたベクトル)
$$\nabla L(\theta)=\left(\frac{\partial L}{\partial \theta_1},\ \frac{\partial L}{\partial \theta_2},\ \dots,\ \frac{\partial L}{\partial \theta_n}\right)$$

この \(\nabla L\) は、地形が最も急に「登る」方向を指します。だから下りたければ、その真逆 \(-\nabla L\) へ進めばいい。なぜ勾配の逆がベストなのか ── テイラー展開で一行で分かります。地点 \(\theta\) から小さな一歩 \(\Delta\theta\) を踏むと、

一歩でどれだけ下がるか(一次近似)
$$L(\theta+\Delta\theta)\;\approx\;L(\theta)+\nabla L(\theta)\cdot\Delta\theta$$

右辺の変化分 \(\nabla L\cdot\Delta\theta\) をできるだけ負にしたい。歩幅 \(|\Delta\theta|\) を固定したとき、内積 \(\nabla L\cdot\Delta\theta\) が最小になるのは、コーシー・シュワルツの不等式から \(\Delta\theta\) が \(-\nabla L\) と同じ向きのとき。つまり ── 最も急に下る方向は、勾配の真逆。これが勾配降下法の心臓です。

04更新則 ── θ ← θ − η∇L

方向が決まれば、あとは歩幅を決めて一歩ずつ進むだけ。歩幅を学習率 \(\eta\)(イータ、小さな正の数)と呼びます。

勾配降下法(このシリーズを貫く更新則)
$$\theta_{t+1}\;=\;\theta_t-\eta\,\nabla L(\theta_t)$$

「いまの \(\theta\) から、勾配の逆向きに \(\eta\) だけ動く」を、谷に着くまで何度も繰り返す。たったこれだけで、目隠しのボールは足もとの傾きだけを頼りに、坂を下っていけます。このたった一本の式を、覚えておいてください。第4回で「進化(ES)」が、第6回で「意識」が、姿を変えてこの同じ式に戻ってきます。

05動かしてみる ── 谷を転がすボール

下の地形には谷が二つあります。左が深い谷(大域的な最小)、右が浅い谷(局所的な最小)。「開始位置」でボールを置く場所を、「学習率 \(\eta\)」で歩幅を変えて、「学習スタート」を押してください。矢印は各地点での降下方向 \(-\nabla L\)、薄い点は通ってきた軌跡です。

図:損失地形 L(θ)=(θ²−1)²+0.3θ 上の勾配降下。開始位置と学習率で結末が変わる ── 深い谷へ着くか、浅い谷で止まるか、大きすぎて飛び出すか
損失地形 L(θ) ボール(現在の θ) 降下方向 −∇L

いくつか試すと、勾配降下の「性格」が見えてきます。開始位置が右寄りだと、小さな \(\eta\) では浅い谷にはまって出られない ── 足もとの傾きしか見ないので、隣にもっと深い谷があっても気づけない。開始位置を左に置けば、深い谷へ届く。学習率を上げすぎると、谷を通り越して反対の斜面へ跳ね、やがて坂の外へ飛び出します(発散)。逆に小さすぎると、いつまでも着かない。

06学習率の綱渡り ── 大きすぎず、小さすぎず

「歩幅 \(\eta\) をいくつにすべきか」は、地形の曲がり具合で決まります。いちばん簡単な、底が一つの谷 \(L(\theta)=\tfrac{1}{2}k(\theta-a)^2\) で確かめましょう。ここで \(k>0\) は谷の急さ(曲率=二階微分 \(L''=k\))、\(a\) が谷底です。勾配は \(\nabla L=k(\theta-a)\) なので、更新則に入れて、谷底からのズレ \(e_t=\theta_t-a\) を追うと、

やってみよう ── 収束するηの範囲を出す

更新則にL'を代入し、谷底からのズレ e で書き直す

$$\theta_{t+1}=\theta_t-\eta\,k(\theta_t-a)\quad\Longrightarrow\quad e_{t+1}=(1-\eta k)\,e_t$$

毎回ズレが (1−ηk) 倍になる。0に近づく条件は

$$|1-\eta k|<1\quad\Longleftrightarrow\quad 0<\eta<\frac{2}{k}$$

歩幅が \(0<\eta<1/k\) なら、ズレは同じ符号のまま素直に縮む(なめらかに収束)。\(1/k<\eta<2/k\) なら符号が毎回反転して、行ったり来たりしながら縮む(振動しつつ収束)。\(\eta>2/k\) を超えた瞬間、\(|1-\eta k|>1\) でズレが毎回拡大する ── 発散。安全な歩幅の上限は、地形の急さ \(k\) が決めているのです。

急な谷(大きい \(k\))ほど小さく歩かねばならない。上の図で \(\eta\) を上げると飛び出したのは、この \(2/k\) の壁を越えたからです。学習率の調整とは、地形の曲率という「見えない壁」との綱渡りにほかなりません。

◇ ◇ ◇

07判決 ── 勾配降下は何ができて、何ができないか

このシリーズは毎回、道具の力と限界を正直に裁きます。勾配降下法は強力ですが、二つの弱点をはっきり持っています。

問い勾配降下法の答え判決
足もとの傾きだけで坂を下れるか 下れる。全体を見渡さず、局所情報 \(\nabla L\) だけで進める できる
いつも一番低い谷(大域最小)に着くか 着くとは限らない。近くの局所最小で止まる 保証なし
勾配 \(\nabla L\) が要る。微分できない/計算できないときは? この式のままでは動けない 前提が要る
正直な線 ── この弱点が、次回からの主役になる

勾配降下法は「勾配 \(\nabla L\) が手に入る」ことを前提にします。ニューラルネットでは、これを自動で計算する仕掛けが誤差逆伝播(バックプロパゲーション, BP)です ── 第2回の主役。ところが、生きものの進化には「損失を微分する」神さまはいません。自然は物理の方程式を知らず、DNA を微分することもできない。ではどうやって坂を下るのか?

答えは微分せずに坂を下る方法 ── 進化戦略(ES)です(第4回)。そして驚くべきことに、この「微分するBP」と「微分しないES」は、第6回で数学的に同じ計算だと分かります。局所最小の弱点も、地形を「ぼかす」ことで乗り越えられる(第7回)。今日の一本の式 \(\theta\leftarrow\theta-\eta\nabla L\) が、シリーズ全体の背骨です。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. \(L(\theta)=\tfrac12(\theta-3)^2\)、開始 \(\theta_0=0\)、学習率 \(\eta=0.5\)。\(\theta_1,\ \theta_2\) を求めよ。
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    \(\nabla L=\theta-3\)。\(\theta_1=0-0.5(0-3)=1.5\)。\(\theta_2=1.5-0.5(1.5-3)=1.5+0.75=2.25\)。谷底 \(\theta=3\) にじわじわ近づいている(\(k=1,\ \eta=0.5<1\) なので、なめらかに収束)。
  2. 谷 \(L(\theta)=\tfrac12 k(\theta-a)^2\) で、収束する学習率の上限はいくつか。曲率 \(k\) が大きい(急な谷)とその上限はどうなるか。
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    上限は \(\eta<2/k\)(\(\eta=2/k\) ちょうどでは振動して収束しない)。\(k\) が大きいほど上限は小さくなる ── 急な谷ほど、歩幅を小さくしないと飛び出す。
  3. 勾配降下が「一番低い谷」に着くとは限らないのはなぜか。図の右の浅い谷を例に。
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    更新は足もとの傾き \(\nabla L\) だけを見る。極小では \(\nabla L=0\) なので、そこが局所的な底でありさえすれば、たとえ隣にもっと深い谷があっても止まってしまう。全体を見渡していないから ── 「盲目のボール」の宿命。第7回の「地形をぼかす」で緩和する。

第1回まとめ学ぶとは、勾配を下ること

学習とは、パラメータ \(\theta\) を動かして損失 \(L(\theta)\) を下げること(STEP 01)。\(L\) を高さと見れば損失地形が広がり、それはライトの適応度地形と同じ絵(STEP 02)。足もとの傾き \(\nabla L\) は最も急に登る方向を指し、テイラー展開から最も急に下るのはその真逆 \(-\nabla L\)(STEP 03)。だから更新則は \(\theta\leftarrow\theta-\eta\nabla L\)(STEP 04)。歩幅 \(\eta\) は地形の曲率 \(k\) との綱渡りで、安全域は \(0<\eta<2/k\)(STEP 06)。ただし勾配降下は局所最小で止まりうるし、そもそも勾配が手に入る前提が要る(STEP 07)。

この一本の式が、シリーズ全体を貫きます。次回は「勾配 \(\nabla L\) を自動で計算する仕掛け」=バックプロパゲーションへ。そしていずれ、微分を一切使わない進化(ES)が同じ坂を下り、両者が数学的に一致し、その延長線上で ── 学ぶ機械と学ぶ心は、同じ計算をしているという結論へ向かいます。

この文書は「わかる学習論」シリーズ第1回、物理・数学・AIに興味のある高校生・大学生向けの読み物です。勾配降下法(\(\theta\leftarrow\theta-\eta\nabla L\))、最急降下方向が \(-\nabla L\) であること(歩幅一定のもとでテイラー一次近似の内積をコーシー・シュワルツで最小化して従う)、二次関数 \(\tfrac12 k(\theta-a)^2\) での収束条件 \(0<\eta<2/k\) は、いずれも確立した数学です。適応度地形(fitness landscape)はS.ライトが1932年に導入した概念で、機械学習の損失地形と上下反転の関係にあります。本稿の図の地形 \(L(\theta)=(\theta^2-1)^2+0.3\theta\) は説明用の模型で、左右の谷の深さ(大域最小 L≈−0.30/局所最小 L≈+0.29)や最小点の位置は数値的な目安です。進化戦略(ES)とBPの数学的一致(第6回)、意識に関する解釈(第11回)は後続回で扱い、意識の議論は機能的・計算論的な立場からの提案であって「なぜ内側から感じられるのか」(ハードプロブレム)に答えるものではないことを、その回で明示します。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「開始位置」と「学習率」を変えて「学習スタート」を押すと、ボールが坂を下ります。深い谷・浅い谷・発散を試してみてください。「答えを見る」で解答が開きます。