共形アノマリーには、まったく違う二つの使い道があった ── ゼロにしろと言えば次元が、正であれと言えば向きが出る
第8回で、共形対称性は量子化すると壊れると見ました。破れの大きさは \(\beta\) 関数で測れて、それが「\(1/137\) が \(1/128\) になる」の正体でした。今回は、その壊れ具合そのものを主役にします。4次元ではアノマリーに係数が二つあり、その二つに二つの使い道がある ── ゼロにしろと要求すれば時空の次元が決まり、正であれと要求すれば繰り込み群に向きが出る。そして後者の証明に使う道具は、第4回で「スケール因子を場に格上げする」と言ったときに作ったディラトンそのものでした。最後に、その量の正体がエンタングルメント・エントロピーだと分かり、番外編②の「有限リソースの計算機」と合流します。シリーズを、ここで閉じます。
第8回では、共形対称性の破れを「応力テンソルのトレースが残る」と書きました。曲がった時空で、4次元では次の形になります。
\(W\) はワイル・テンソル(番外編⑤の主役)、\(E_4\) はオイラー密度(位相幾何の量)。係数が \(c\) と \(a\) の二つあります。
2次元だと、係数は一つだけ。それが中心電荷 \(c\) です ── 弦理論と 2次元臨界現象の主役。番外編⑥で見たとおり、2次元は共形対称性が無限次元になる特別な次元で、そのぶん \(c\) が強い意味を持ちます。
この \(c\) と \(a\) に、まったく違う二つの使い方があります。順に。
弦は、時空を1次元の紐が掃いていく 2次元の世界面で記述されます。ここで一つ問題が起きます。世界面の座標の取り方(=どう目盛りを振るか)は物理に影響してはいけない。ところが量子化すると、そこにアノマリーが出る。
だから、アノマリーがゼロでなければならない。 それが弦理論の無矛盾性の条件です。
ボソン弦:時空の座標 \(D\) 個(各 \(c=1\))+ ゴースト(\(c=-26\))
$$c_{\rm total}=D-26=0\qquad\Longrightarrow\qquad \boxed{D=26}$$超弦:ボソン \(D\) 個 + フェルミオン \(D\) 個(各 \(c=1/2\))+ ゴースト(\(-26\) と \(+11\))
$$c_{\rm total}=\frac{3D}{2}-15=0\qquad\Longrightarrow\qquad \boxed{D=10}$$アノマリー = 0 という一本の式が、時空の次元を決めてしまう。
第8回で「99% の質量の出どころ」だった量が、ここでは次元の方程式になっている。同じ \(c\) です。
もう一つの使い道。こちらは ゼロではなく大小を問います。
繰り込み群とは「細かいところを見ないことにして、粗い記述に移る」操作でした(第8回)。紫外(細かい)から赤外(粗い)へ流れる。この流れに向きがあるか── つまり戻れないのか ── は、長らく分かっていませんでした。
繰り込み群には向きがある。粗くする方向にしか流れない。そしてその向きを測る目盛りが、第8回のアノマリー係数だった。
面白いのは \(c\) のほうです。4次元では \(c\) には単調性がありません ── 減ることもあれば増えることもある。二つある係数のうち、片方だけが向きを持つ。
ここが今回いちばん気持ちのいいところです。a定理はどうやって証明されたのか。
手口はこうです。繰り込み群の流れの上では共形対称性が破れている ── だったら、破れを補償する場を一つ足してしまえ。すなわち、\(\Omega\) を場に格上げする。
共形因子 \(\Omega\) を、時空の性質ではなく時空の上に乗った場(ディラトン)として扱う。
そうすると理論全体が形式的に Weyl 不変になり、破れの情報はすべてディラトンの相互作用に押し込まれます。そこでディラトン同士の 2体散乱を計算すると ──
前方散乱振幅の \(s^2\) の係数に、ちょうど差が出る
$$\mathcal{A}(s)\ \supset\ \frac{a_{\rm UV}-a_{\rm IR}}{f^4}\,s^2$$ユニタリー性(光学定理)から、この係数は正でなければならない
$$a_{\rm UV}-a_{\rm IR}\ >\ 0$$確率が負にならない、というだけで繰り込み群の向きが出てしまう。
第4回で「スケール因子は時空の性質ではなく、時空の上に乗った場だった」と書きました。あれは絵解きのつもりでしたが、まったく同じ操作が、4次元の繰り込み群に向きがあることの証明技術でした。番外編⑤で「重力アノマリーを効かせるには \(\theta\) を場にするしかない」と言ったのも、同じ形です。このシリーズは、無自覚に一つの手口だけを繰り返していたことになります。
自由場では \(a\) が単純な足し算で数えられます。比は
$$\text{実スカラー}:\text{ワイル・フェルミオン}:\text{ベクトル}\ =\ 1:\tfrac{11}{2}:62$$標準模型を数えます。実スカラー 4(複素二重項)、ワイル 45、ベクトル 12(グルーオン8+W3+B1)。
| エネルギー | \(a\) ∝ | そこで抜けるもの |
|---|---|---|
| プランク 〜 173 GeV | 995.5 | 標準模型ぜんぶ(スカラー 0.4% / フェルミオン 24.9% / ゲージ場 74.7%) |
| 173 GeV 以下 | 772.5 | トップ、ヒッグス、W・Z |
| 4.2 GeV 以下 | 739.5 | ボトム |
| 1.3 GeV 以下 | 695.5 | タウ、チャーム |
| 0.2 GeV 以下 | 89.5 | QCD の閉じ込め(グルーオン8個と軽いクォーク) |
| 0.511 MeV 以下 | 78.5 | 電子 |
| 0.05 eV 以下 | 62.0 | ニュートリノ ── 残るのは光子だけ |
全体で \(a_{\rm UV}/a_{\rm IR}=16.06\)。そしていちばん大きな段差は QCD の閉じ込めで、そこだけで 7.77分の1 に落ちます。グルーオン8個ぶん \(8\times62=496\) ── これは標準模型の \(a\) の 49.8%。
宇宙が失った自由度の半分は、QCD が閉じ込めた瞬間に消えた。
第8回で「あなたの体重の99%はアノマリーの産物」と言いました。その質量を作った同じ閉じ込めが、アノマリー係数の半分を消したのでもあります。
では \(a\) は、いったい何を数えているのか。答えが出ています ── 球をひとつ描いて、その内と外を切り分けたときの、もつれの量です。
2次元(長さ \(\ell\) の区間)
$$S=\frac{c}{3}\log\frac{\ell}{\epsilon}+\text{定数}$$4次元(半径 \(R\) の球)
$$S\ \supset\ -4a\,\log\frac{R}{\epsilon}$$領域の形にも切り方の細かさ \(\epsilon\) にも依らない部分の係数が、そのまま \(c\) と \(a\)。
繰り込み群の向きは、情報の減少で決まっている。
\(a_{\rm UV}>a_{\rm IR}\) は「粗視化するとエンタングルメントが減る」の言い換え。「細かいところを見ないことにする」とは、文字どおり情報を捨てることだった ── それが定理として証明されている。
番外編②で、宇宙を有限リソースの計算機として書こうとしました。メモリ \(10^{122}\) ビット、クロック 140回、ランダウアー限界ぴったり。そのときの結論は「縛る相手を間違えていた ── 縛るべきは \(a(t)\) ではなく光シート上の情報量」でした。
いま、その「情報量」に定理が付きました。
片方は「宇宙に何ビットあるか」、もう片方は「見方を粗くすると何ビット失うか」。どちらも次元付きの量を一切使いません。ビットは無次元です。第10回の判定手続きどおり、情報は最初から右の列にいました。
シリーズを閉じるにあたって、二列に分ける作業をもう一度、最後までやります。
| 回 | 動かしたもの(帳簿) | 残ったもの(物理) |
|---|---|---|
| 3 | 時間座標の選択(光速が変わるのはこれ) | \(1+z=t_0/t_e\)、再結合の比 52.6、\(\alpha\) |
| 4 | ゲージ \(s\)(膨張を計量と場に配分) | 銀河間距離 ÷ 原子半径 |
| 5 | ポテンシャルの見かけ | 状態方程式 \(w\)、\(w=-1/3\) の三重の境目 |
| 6 | 曲率 \(R\)(\(\tilde R=0\) にもできる) | \(N=mc^2t/\hbar\)、プランク時間 |
| 7 | 物差しの目盛り(計量10成分のうち1個) | 光円錐=因果構造(残り9個) |
| 8 | ── | \(\beta\) 関数、\(1/137\to1/128\)、陽子質量の99% |
| 9 | ── | 共形因子問題(どのゲージでも消せない) |
| 番外④ | 質量の大きさ \(|m|\)、個々の位相 \(\theta_i\) | 質量比、位相差 \(\arg\det M\)、\(\bar\theta<10^{-10}\) |
| 番外⑤ | ニュートン定数 \(G\)、プランク質量 \(M_{\rm Pl}\) | \(\alpha_G=(m/M_{\rm Pl})^2\)、\(R\tilde R\propto\mathrm{Im}(\Psi_2^2)\) |
| 番外⑥ | 次元付きの量が、そもそも存在しない | \(\Delta\)、臨界指数、\(\alpha+2\beta+\gamma=2\) |
| 番外⑦ | ── | \(c\) と \(a\)。次元 \(D=10,26\) と、繰り込み群の向き |
左の列は、私たちがどう書くかの話。右の列だけが、世界について何かを言っています。16話でやったのは、この二列を正確に分けることでした。
01節の \(T^\mu{}_\mu=cW^2-aE_4\) は符号と規格化の約束が文献によって違います。02節の \(c\) の数え方(ゴーストの \(-26\)、\(+11\))は共変量子化での標準的な値ですが、これは弦理論という未検証の枠組みの内部での無矛盾性条件であって、時空が実際に10次元だという観測はありません。
03節の三つの定理はいずれも実在の結果ですが、a定理の証明は「UV と IR がどちらも CFT である流れ」についてのものです。4次元で \(c\) に単調性がないことも標準的な認識です。
05節の階段は自由場勘定による模式図です。厳密に言えば \(a\) は共形不変な固定点でしか定義されず、途中のエネルギーで「いまの \(a\)」を語ることはできません。また質量を持つベクトル(W・Z)や閉じ込めの扱いは、この数え方では乱暴です。段が必ず下がるのは場を取り除いているからで、a定理の検証にはなっていません ── あくまで「どこで何がどれだけ落ちるか」の見取り図です。
06節のエンタングルメント・エントロピーの式は係数の規約に依存し、4次元では領域の形や切り方の処方によって非普遍的な項が混ざります。07節の番外編②との「合流」は本稿による読み方で、a定理が宇宙のビット数について何かを言うわけではありません。08節の表は本シリーズの整理であり、標準的な教科書の分類ではありません。
第8回で測った「対称性の壊れ具合」には、4次元で二つの係数 \(c\) と \(a\) があります。そして二通りの使い道がありました。ゼロを要求すれば時空の次元が決まる ── ボソン弦で \(D-26=0\)、超弦で \(3D/2-15=0\)、すなわち 26 と 10。正を要求すれば繰り込み群に向きが出る ── \(a_{\rm UV}>a_{\rm IR}\)、これが a定理です。二つある係数のうち、向きを持つのは \(a\) だけでした。
そして a定理の証明の道具が、第4回のディラトンでした。破れた共形対称性を補償する場を足して形式的に Weyl 不変にし、その場の散乱振幅の \(s^2\) 係数に \(a_{\rm UV}-a_{\rm IR}\) が現れ、ユニタリー性から正だと分かる。「\(\Omega\) を場に格上げする」という、このシリーズが第4回でやり番外編⑤でも繰り返した一つの手口が、実は繰り込み群の向きを証明する技術だったのです。
標準模型で数えると \(a_{\rm UV}\propto995.5\)、深い赤外は光子だけで 62、比は 16.06。いちばん深い段は QCD の閉じ込めで、グルーオン8個ぶん 496 ── 宇宙が失った自由度の半分が、この一段で消えています。第8回で「あなたの体重の99%はアノマリーの産物」と言ったその閉じ込めが、同時にアノマリー係数の半分を消したのでした。
最後に \(a\) の正体。それは球をまたぐエンタングルメント・エントロピーの係数でした。だから \(a_{\rm UV}>a_{\rm IR}\) は「粗視化するともつれが減る」の言い換えで、繰り込み群が不可逆なのは、それが忘却だから。番外編②で「宇宙を有限リソースの計算機として書くなら、縛るべきは光シート上の情報量」と書きました。その情報量に、いま定理が付いています。ビットは無次元です ── 最初から、右の列にいました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーでエネルギースケールを下げ、\(a\) の階段が落ちていくのが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。