15話かけて「共形変換」と呼んできたものは、実は二種類あるうちの片方だけだった
このシリーズはずっと Weyl 変換(物差しを場所ごとに取り替える操作)を「共形変換」と呼んできました。ところが物理には、その名前で呼ばれるものがもう一つあります ── 平坦時空の共形群です。両者を並べると、シリーズがずっと計算していた「ウェイト」に正式な名前が付き、そして次元付きの量が一つも意味を持たない世界に出ます。そこでは観測量が \(\Delta\) という無次元数だけ。そしてその世界は思弁ではありません ── 水も、二酸化炭素も、一軸磁石も、臨界点でそこに落ちます。
混乱の元なので、先に分けます。
| Weyl 変換 | 共形群 | |
|---|---|---|
| やること | 計量を書き換える \(g\to\Omega^2g\) | 時空を動かす(座標変換) |
| 自由度 | 関数 \(\Omega(x)\) ひとつ = 無限次元 | 有限次元(\(d\ne2\) なら) |
| 性格 | ゲージ的な書き換え(帳簿) | 本物の対称性 |
| 本シリーズ | 第1回〜番外編⑤の主役 | 今回 |
共形群とは「平坦時空の座標変換のうち、計量を定数倍しか変えないもの」の全体です。個数を数えると、次元だけの関数になります。
内訳
$$\underbrace{\tfrac{d(d-1)}{2}}_{\text{回転}}+\underbrace{d}_{\text{並進}}+\underbrace{1}_{\text{拡大}}+\underbrace{d}_{\text{特殊共形}}=\frac{(d+1)(d+2)}{2}$$4次元では
$$6+4+1+4=15\qquad(\text{ポアンカレの }10\ \text{に、5つ足した})$$ポアンカレ対称性より 5つだけ広い。増えたのは「拡大」と「特殊共形変換」です。
| 次元 \(d\) | 共形対称性の個数 | 備考 |
|---|---|---|
| 1 | 3 | 共形量子力学 |
| 2 | 6 | この式が返すのは「大域的な部分」だけ。実際は無限次元 |
| 3 | 10 | 臨界現象の舞台 |
| 4 | 15 | 私たちの時空 |
| 6 | 28 |
2次元だけが例外です。 \(d=2\) では局所的な共形変換が無限にあり(正則関数の分だけある)、そのおかげで理論が厳密に解けてしまう。弦の世界面が2次元なのは、これが理由です。
共形場理論の主役はスケーリング次元 \(\Delta\) です。定義はこう ──
これは Weyl ウェイトそのものです。
つまり第3回のウェイト表も、第7回の \(\Omega^{D-4}\) も、番外編④の \(\tilde m=\Omega^{-1}m\) も、全部 \(\Delta\) を計算していました。名前を知らないまま。「もうひとつの共形変換」は、実はずっと同じ部屋にいたのです。
そして \(\Delta\) には二つの部分があります。
\(\gamma\ne0\) は「古典的に計算したウェイトが間違っている」ということ ── 第8回のアノマリーの、演算子ごとの姿です。
第8回では、アノマリーを \(\beta\) 関数で測りました(\(1/137\to1/128\))。演算子のレベルでは、それが \(\gamma\) になります。そして \(\gamma\) は実験で測れます。それが 05節です。
共形対称性が厳密に成り立つ理論(=共形場理論、CFT)では、次元付きの量が原理的に存在できません。長さの基準がないからです。では何が残るのか ── \(\Delta\) の一覧と、演算子どうしの掛け算の係数だけ。どちらも無次元です。
しかも \(\Delta\) は自由に選べません。ユニタリー性(確率が負にならないこと)が下限を与えます。
| 演算子 | \(\Delta\) の制約 | 4次元で | 意味 |
|---|---|---|---|
| スカラー | \(\Delta\ge\dfrac{d-2}{2}\) | \(\ge1\) | 等号は自由場 |
| 保存カレント \(J_\mu\) | \(\Delta=d-1\) | \(=3\) | 厳密(保存則が効く) |
| 応力テンソル \(T_{\mu\nu}\) | \(\Delta=d\) | \(=4\) | 厳密 |
ここからが本題です。CFT には、ラグランジアンを一切使わずに \(\Delta\) を決める方法があります。共形ブートストラップと呼ばれます。
これだけです。結合定数もカットオフも格子間隔も、次元付きの量は一つも入りません。 出てくるのは「この \(\Delta\) の組み合わせはあり得ない」という禁止領域で、その境界に折れ曲がり(キンク)が現れる。
そして 3次元イジング模型は、そのキンクの上に乗っています。純粋に数学的な排除領域の角に、自然が座っている。
この二つの数から、臨界現象のすべてが出ます。
まず異常次元を読み取ります。3次元の自由スカラーは \(\Delta=(d-2)/2=0.5\) ちょうどですから
$$\gamma_\sigma=\Delta_\sigma-0.5=0.0181489$$「Weyl ウェイトがどれだけ間違っているか」が、7桁の精度で分かっているということです。そしてこれには、統計物理でおなじみの名前が付いています ── \(\eta=2\gamma_\sigma=0.0362978\)。
統計物理の教科書に出てくる臨界指数は、全部 \(\Delta_\sigma\) と \(\Delta_\varepsilon\) の翻訳です。
独立なのは最初の二つだけ。残りの四つは従属です。
| 指数 | ブートストラップ | 実験・モンテカルロ | 何を測る量か |
|---|---|---|---|
| \(\eta\) | 0.036298 | 0.0363(2) | 相関の減り方 |
| \(\nu\) | 0.629971 | 0.6300(17) | 相関距離の発散 |
| \(\alpha\) | 0.110087 | 0.110(5) | 比熱の発散 |
| \(\beta\) | 0.326419 | 0.3265(15) | 共存曲線の形 |
| \(\gamma\) | 1.237075 | 1.2372(5) | 感受率の発散 |
| \(\delta\) | 4.789841 | 4.789(2) | 臨界等温線 |
そして、どんな \((\Delta_\sigma,\Delta_\varepsilon)\) を入れても必ず成り立つ関係が一つあります。
六つの指数は激しく動くのに、この組み合わせだけは 2 から動かない。番外編④の \(Q=2/3\) と、まったく同じ構造です。
ここが今回のいちばん大事なところです。水も、二酸化炭素も、一軸磁石も、二元合金も、臨界点で同じこの数に従います。 分子の形も結合の強さも、何ひとつ効かない。物質は舞台装置で、無次元数だけが物理 ── シリーズがずっと言ってきたことが、比喩ではなく実験事実として存在している。
\(\Delta\) には、もう一つ決定的な役目があります。その演算子を放っておいてよいかどうかの判定です。
3次元イジングで数を入れます。
| 演算子 | \(\Delta\) | \(d=3\) との大小 | 対応するツマミ |
|---|---|---|---|
| \(\sigma\)(\(\mathbb{Z}_2\) 奇) | 0.518149 | relevant | 磁場(対称性を保てば禁止) |
| \(\varepsilon\)(\(\mathbb{Z}_2\) 偶) | 1.412625 | relevant | 温度 |
| \(\varepsilon'\)(\(\mathbb{Z}_2\) 偶) | 3.829510 | irrelevant | 不要 |
対称性を保つ限り、relevant な演算子は \(\varepsilon\) ちょうど1個。だからツマミも1個 ── 温度だけ。
臨界点に届くのに何個ツマミを回すかは、無次元数の大小比較だけで決まっている。
\(\Delta_\varepsilon=1.41\ <\ 3\ <\ \Delta_{\varepsilon'}=3.83\) ── この一本の不等式が、臨界点が「面」ではなく「点」である理由です。そして \(\varepsilon'\) が \(d\) より大きいことが、普遍性そのもの:細かい違いは全部 irrelevant として流れ落ちる。
最後に、シリーズの結論のいちばん過激な実例を出します。ホログラフィー(AdS/CFT)の辞書です。
左辺は境界の無次元量 \(\Delta\)、右辺はバルクの次元付きの質量。同じ一つのものを、内側から見るか外側から見るか。
そして、ここから信じがたい結論が出ます。\(\Delta\) が実数であるためには \(m^2R^2\ge-d^2/4\) であればよく、\(m^2\) は負でも構わない。
| \(d\) | BF 限界 \(m^2R^2\ge\) | そこでの \(\Delta\) | \(m^2R^2=0\) なら |
|---|---|---|---|
| 2 | \(-1\) | 1.0 | \(\Delta=2\) |
| 3 | \(-2.25\) | 1.5 | \(\Delta=3\) |
| 4 | \(-4\) | 2.0 | \(\Delta=4\) |
平坦時空なら \(m^2<0\) はタキオン=不安定の代名詞でした。ところが AdS では違う。
安定かどうかを決めるのは \(m^2\) の符号ではなく、\(\Delta\) が実数かどうか。
次元付きの量の符号には、それ単独では意味がない。判定できるのは無次元量だけ ── 第10回の判定手続きが、そのまま安定性の定理になっている。
ここまで綺麗な話をしてきたので、合っていないものも出しておきます。イジングの隣、3次元 XY 普遍性クラス ── 液体ヘリウム4の λ点です。
理論(ブートストラップ、モンテカルロも一致)
$$\Delta_s=1.51136(22)\ \Rightarrow\ \nu=0.671754,\qquad \alpha=2-3\nu=-0.01526(30)$$実験(Lipa ら 2003、スペースシャトルで重力を消して測定)
$$\alpha=-0.0127(3)$$差 0.00256、およそ 6σ。どちらも精密なのに、合いません。
比熱の指数がゼロにごく近いので対数的な補正の扱いが難しく、実験側の解析にも理論側の外挿にも議論があります。いまも決着していない食い違いです。
01節の「Weyl 変換と共形群は別物」という整理は、教育的な切り分けです。実際には両者は密接で、「平坦時空を保つ diffeo と Weyl の組み合わせ」が共形群になります。また「Weyl 不変なら共形不変」は一般には成り立たず(逆は成り立つ)、条件付きの命題です。
04節のブートストラップは数値的な手法です。「イジングがキンクに乗る」ことは、キンクの位置がモンテカルロの値と一致するという意味であって、キンクがイジングであることの証明ではありません(近年は厳密な island 法で高精度に閉じ込められています)。表の \(\Delta\) の誤差は数値的なもので、系統誤差の見積もりを含みます。
05節の「実験・モンテカルロ」欄はさまざまな測定・計算のおおよその代表値で、単一の実験値ではありません。実在の流体や磁石は厳密な CFT ではなく、臨界点に十分近いときだけ指数が現れます(補正項があります)。
07節の \(\Delta(\Delta-d)=m^2R^2\) はスカラー場についての関係で、スピンがあると形が変わります。AdS/CFT 自体は予想であって、一般には証明されていません。08節の食い違いは実在の未解決問題ですが、実験・理論のどちらに原因があるかは定まっていません。
「共形変換」には二種類あります。このシリーズが 15話かけて扱ってきた Weyl 変換(無限次元、ゲージ的な書き換え)と、平坦時空の共形群(有限次元、本物の対称性、4次元で 15個)。ただし \(d=2\) だけは共形群も無限次元で、それが弦の世界面が 2次元である理由です。
そして両者はつながっていました。共形場理論の主役 \(\Delta\) の定義は \(\mathcal{O}\to\Omega^{-\Delta}\mathcal{O}\) ── \(\Delta\) は Weyl ウェイトそのもの。第3回のウェイト表も第7回の \(\Omega^{D-4}\) も、名前を知らずに \(\Delta\) を計算していたのでした。古典的なウェイトとの差 \(\gamma\) が異常次元で、それは第8回のアノマリーを演算子ごとに測ったものです。
共形ブートストラップは、次元付きの入力を一つも使いません ── クロッシング対称性とユニタリー性と対称性だけ。それで 3次元イジングの \(\Delta_\sigma=0.5181489\)、\(\Delta_\varepsilon=1.412625\) が決まり、そこから六つの臨界指数が全部出て、水も二酸化炭素も一軸磁石も同じ数に従う。\(\gamma_\sigma=0.0181489\)、つまり「Weyl ウェイトの間違い」が 7桁で測られている。そして \(\alpha+2\beta+\gamma\) は、どんな \(\Delta\) を入れても 2 から動きません。
さらに \(\Delta\) は、臨界点に届くのにツマミが何個要るかまで決めます。\(\Delta_\varepsilon=1.41<3<\Delta_{\varepsilon'}=3.83\) ── この一本の不等式が、臨界点が点である理由であり、普遍性そのものでもある。最後にホログラフィーの辞書 \(\Delta(\Delta-d)=m^2R^2\) が、帳簿(バルクの質量)と物理(境界の \(\Delta\))を同一物として結び、安定性を決めるのは \(m^2\) の符号ではなく \(\Delta\) が実数かどうかだと告げます。第10回の判定手続きが、そのまま安定性の定理になっていました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では二つのスライダーで \(\Delta\) を動かし、六本のバーが実験値に重なる点を探せます。「答えを見る」で解答が開きます。