番外編②で「縛る相手を間違えていた」と結論した。では、正しく言い直すと何になるのか
番外編②で、\(c\cdot t=\text{一定}\) は「共動ハッブル半径が一定になる唯一の膨張則」=計算機のアドレス空間が動かない条件だと分かりました。今回はそれをもっと原始的な言葉に落とします。セルとティックだけの言葉に。すると一行になります ── 地平面は、1プランク時間に1プランク長だけ進む。 そして今回の本題は、その先です。なぜ「1」なのか。 答えは、一般相対論のいちばん基本的な不等式の、ちょうど等号のところにありました。
ハッブル半径 \(R_H=c/H\) の伸びる速さを計算します。\(a\propto t^p\) なら \(H=p/t\) なので \(R_H=ct/p\)、したがって
$$\frac{dR_H}{dt}=\frac{c}{p}$$これをプランク単位(長さ \(\ell_P\)、時間 \(t_P\)、そして \(\ell_P/t_P=c\))で測ると、単位が全部消えて ただの数になります。
| \(p\) | セル/ティック | 何が起きるか |
|---|---|---|
| 1/2(放射) | 2.000 | 地平面が光より速く進む → 未交信の領域が入ってくる |
| 2/3(物質) | 1.500 | 同上 |
| 1(\(c\cdot t=\)一定) | 1.000 | 光とロックステップ。入りも出もしない |
| 2 | 0.500 | 光のほうが速い → 交信済みの領域が出ていく |
地平面が、1プランク時間に1プランク長だけ進む。セルオートマトンのロックステップそのもの。
\(dR_H/dt=c\) を積分すれば \(R_H=ct\)。両辺をプランク単位で測ると ──
地平面のセル数
$$\frac{R_H}{\ell_P}=\frac{1.306\times10^{26}\,\mathrm{m}}{1.616\times10^{-35}\,\mathrm{m}}=8.0776\times10^{60}$$経過ティック数
$$\frac{t_0}{t_P}=\frac{4.355\times10^{17}\,\mathrm{s}}{5.391\times10^{-44}\,\mathrm{s}}=8.0776\times10^{60}$$比
$$\frac{R_H/\ell_P}{t_0/t_P}=1.000000$$宇宙は \(8\times10^{60}\) ティック走り、その半径は \(8\times10^{60}\) セル。1ティックに1セル、ぴったり。
ところがメモリのほうは、そうはいきません。ビット数は面積、つまり半径の2乗に比例するからです。
$$N=\frac{\pi(R_H/\ell_P)^2}{\ln2}=2.96\times10^{122}\ \text{bit},\qquad \frac{dN}{d(\text{tick})}=7.3\times10^{61}\ \text{bit/tick}$$半径は1セル/ティックなのに、メモリは \(10^{61}\) ビット/ティックで増える。番外編②の「メモリ過多・クロック過少」の正体は、面積が半径の2乗だからでした。
ここが今回の本題です。「1」は要請ではなく、もっと基本的な不等式の等号として出てきます。
光線や観測者の束がどう集まっていくかを支配するのがレイチャウドゥリ方程式。共動観測者の合同(ずれも渦もない)では、膨張率 \(\theta=3H\) について
レイチャウドゥリ方程式
$$\frac{d\theta}{d\tau}=-\frac{\theta^2}{3}-4\pi G(\rho+3p)$$FLRW(\(\theta=3H\))に入れると、見慣れた式になる
$$\frac{\ddot a}{a}=-\frac{4\pi G}{3}(\rho+3p)$$右辺の \(\rho+3p\) は能動的重力質量。これが正なら引き寄せ(減速)、負なら押し広げ(加速)。
この \(\rho+3p\ge0\) という条件には名前があります ── 強いエネルギー条件(SEC)。「ふつうの物質は、光線を集める向きに働く」という要請です。そして
\(c\cdot t=\text{一定}\) は、強いエネルギー条件の ちょうど飽和。不等式の等号のところに乗っている。
飽和すると、レイチャウドゥリ方程式の第2項がまるごと消えます。
$$\frac{d\theta}{d\tau}=-\frac{\theta^2}{3}\qquad\Longrightarrow\qquad \theta=\frac{3}{t}$$膨張が減っていくのは、自分自身のせいだけ。 物質は光線の焦点化に一切寄与しません。メリア自身がこれを「能動的重力質量がゼロ」と呼んでいます。
物質が焦点化に寄与しないなら、因果構造は物質がない場合と同じはずです。実際、そうなります。
| スケール因子 | 空間曲率 | 密度 | 膨張率 \(\theta\) | |
|---|---|---|---|---|
| ミルン宇宙(空っぽ) | \(a\propto t\) | \(k=-1\) | \(\rho=0\) | \(3/t\) |
| \(R_h=ct\)(物質入り) | \(a\propto t\) | \(k=0\) | \(\rho\ne0\) | \(3/t\) |
合同の膨張史 ── 光線がどう集まるか ── が完全に一致します。違いは空間曲率だけ。そして今日の宇宙で「正味の重力効果がゼロ」になっている物質の量は
$$M=\frac{c^2R_H}{2G}=8.8\times10^{52}\ \mathrm{kg}=4.4\times10^{22}\ M_\odot$$太陽 \(4\times10^{22}\) 個ぶんの物質が、正味の重力効果ゼロ。 押しと引きが厳密に釣り合っている、ということです。
強いエネルギー条件には、もうひとつ重い役割があります ── ホーキング=ペンローズの特異点定理の仮定です。
| \(w\) | SEC | 特異点定理 |
|---|---|---|
| \(w>-1/3\) | 成立 | 定理が働く → 特異点は避けられない(放射・物質はここ) |
| \(w=-1/3\) | 飽和 | ちょうど境界に乗っている |
| \(w<-1/3\) | 破れ | 仮定が外れる(インフレーションはここ) |
第6回で「共形変換したら特異点が消えたように見えて、無次元比を作ったら対数的にぎりぎり残った」と書きました。あれは偶然ではありません。 \(c\cdot t=\text{一定}\) は特異点定理の境界そのものに乗っているので、特異点は消えないが、いちばん弱い形でしか残らない。
実際、共動観測者の固有時は \(\tau=t\) なので \(t=0\) に有限時間で到達します ── 測地的不完全、つまり特異点はある。ただし発散はすべて対数的(第6回の \(\eta\to-\infty\)、番外編②の音響地平線)。最弱の特異点です。
ついでに、有名な「偶然の一致」が一つ片付きます。平坦 FLRW では
プランク単位で書くと
$$\frac{M}{m_P}=\frac{R_H}{2\ell_P}$$これはどんな \(p\) でも成り立つ恒等式。ハッブル半径は、いつでも中身のシュワルツシルト半径にぴったり等しい。
ディラックが「大数の一致」と呼んだ \(M/m_P\sim R/\ell_P\) は ── フリードマン方程式の言い換えにすぎませんでした。 偶然ではなく、定義から出る関係です。検算:\(R/\ell_P=8.078\times10^{60}\)、\(M/m_P=4.039\times10^{60}\)、比はちょうど 1/2。
情報の言葉に直すと、もっと簡潔になります。
ここまでシリーズで出てきた \(a\propto t\) の特徴づけを、全部並べます。
七つとも、\(a\propto t\) の言い換えです。第5回で「三重の境目」と書いたものが、七重になりました。これだけの性質が一点に集まるのは、それ自体が驚くべきことです ── だからこの補助線は、これほど長く人を惹きつけてきたのだと思います。
美しさと正しさは別だ、というのがこのシリーズの一貫した立場でした。最後にもう一度、判決を確認します。
| 判定 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| ✗ | 元素合成でヘリウムが \(10^{-3}\) しか作られない | 番外編① |
| ✗ | 放射が結合できないので \(z>103\) で破綻。地平線問題が戻る | 番外編② |
| ✗ | \(w_{\rm DE}=-0.476\)(観測 \(-1.03\pm0.03\) から18σ)、\(\beta=0.954\)(Cassini の280倍) | 番外編② |
| ✗ | \(t<5\) 秒でブソーの共変エントロピー境界を破る(\(t=1\) 秒で25倍、プランク期で \(10^{88}\) 倍) | 今回 |
最後の一つは今回の計算です。少し丁寧にやります ── ブソーの共変エントロピー境界を、この宇宙に正面から当てます。
① 面を選ぶ
ブソーの境界は「面積 \(A\) の2次元面から出る、収束する(\(\theta\le0\))ヌル面(光シート)を横切るエントロピーは \(A/4\ell_P^2\) 以下」。平坦 FLRW で自然な面は見かけの地平面 \(R_A=1/H\)(=ハッブル半径)です。そこから内向き・過去向きに出る光線は \(a\) も \(r\) も減るので面積が減る ── 正当な光シートになります。
② 光シートを横切るエントロピー
共動半径 \(r_A\) の球の中の物質は、すべてこの光シートを一度だけ横切ります。だから
$$S=s(t)\cdot\frac{4\pi}{3}R_A^3,\qquad A=4\pi R_A^2$$③ \(S\le A/4\ell_P^2\) を整理する
$$\boxed{\ \ s\ \le\ \frac{3H}{4\ell_P^2}\ \ }$$エントロピー密度の上限が、ハッブル率で決まる。
時間依存を見ます。\(s\propto a^{-3}\propto t^{-3p}\)、\(H\propto1/t\) なので
$$\frac{s}{3H/4\ell_P^2}\ \propto\ t^{\,1-3p}$$| \(p\) | \(1-3p\) | 遡ると |
|---|---|---|
| 1/3(stiff, \(w=1\)) | 0 | 比が一定 ── 一度飽和したら、ずっと飽和 |
| 1/2(放射) | −0.5 | ゆっくり近づく |
| 2/3(物質) | −1 | 近づく |
| 1(\(c\cdot t=\)一定) | −2 | いちばん速く破る |
数値を入れると、標準宇宙論との差が異様になります。
今日
$$s=2.9\times10^{9}\ \mathrm{m^{-3}},\qquad \frac{3H_0}{4\ell_P^2}=2.2\times10^{43}\ \mathrm{m^{-3}}\qquad\Longrightarrow\qquad \text{使用率}=1.3\times10^{-34}$$\(a\propto t\)(比 \(\propto t^{-2}\))
$$t=5.0\ \text{秒で比}=1,\qquad t=1\ \text{秒で}25,\qquad t=t_P\ \text{で}\ 8.6\times10^{87}$$標準宇宙論(放射優勢、比 \(\propto T\))
$$s=\frac{2\pi^2}{45}g_*T^3,\quad H=1.66\sqrt{g_*}\,\frac{T^2}{M_{\rm Pl}}\quad\Longrightarrow\quad T\le\frac{2.84\,M_{\rm Pl}}{\sqrt{g_*}}\ \ (g_*=100\ \text{で}\ 0.28\,M_{\rm Pl})$$つまり 標準宇宙論はプランク期に \(O(1)\) で境界にちょうど乗り、それ以後はずっと満たす。一方 \(a\propto t\) はプランク期に \(10^{88}\) 倍破る。
破れ始めるのが \(t=5\) 秒というのも効いています ── 元素合成の中性子凍結(\(t\sim1\) 秒)が、まるごとこの中に入る。 番外編①の元素合成の失敗と、情報の資源超過が、同じ時期を指しています。
最後にひとつ、逆から問いましょう。\(s=3H/4\ell_P^2\) を恒等的に要求したら、どんな宇宙になるか。
すなわち \(w=1\)(stiff matter/キネーション)。上の表で \(1-3p=0\) になる点と一致します ✓
ビット数(地平面エントロピー)を一定に保つ → \(a\propto e^{Ht}\) ド・ジッター
アドレス空間(共動ハッブル半径)を一定に保つ → \(a\propto t\) \(c\cdot t=\)一定
メモリ使用率(ホログラフィック飽和度)を一定に保つ → \(a\propto t^{1/3}\) \(w=1\)
つまり ── \(c\cdot t=\text{一定}\) は「アドレッシング」を最適化しているが、「メモリ使用率」は最適化していない。 有限リソース計算機としてどの資源を固定するかで、答えは三つに割れます。番外編②の結論「縛る相手を間違えていた」の、いちばん具体的な形がこれです ── 光シート上の情報量を縛ると \(a\propto t^{1/3}\) が出る。\(a\propto t\) は出ない。
01節の「地平面が光より速く進む」(\(p<1\) で \(dR_H/dt>c\))は、因果律違反ではありません。ハッブル半径は因果的な境界ではなく、単に \(c/H\) という長さです。ものが光より速く動いているわけではない。「セル/ティック」という言い方は計算機の比喩であって、時空が本当に格子だと主張しているのではありません。
08節の \(s\le3H/4\ell_P^2\) は、ブソーの共変エントロピー境界を見かけの地平面という特定の面に当てた結果です。ブソーの境界は任意の面について主張するので、他の面ではもっと強い条件になりえます ── ここで示したのは「少なくともこの面で破れる」ことです。またこの計算はエントロピーが共動的に保存されるという仮定に立っています。実際の宇宙には再加熱などのエントロピー生成があるので、遡ったときの \(s\) はもっと小さかった可能性がある。ただし \(a\propto t\) の破れは \(10^{88}\) 倍なので、生成で埋めるのは相当に苦しい。標準宇宙論側の \(T\le0.28M_{\rm Pl}\) も1ループ的な見積もりで、係数は \(g_*\) の取り方に依存します。
\(c\cdot t=\text{一定}\) を計算機の言葉に落とすと一行になります ── \(dR_H/dt=c\)、地平面は1プランク時間に1プランク長だけ進む。積分すれば \(R_H/\ell_P=t/t_P=8.08\times10^{60}\)、セル数とティック数が厳密に一致。メリアが付けた \(R_h=ct\) という名前が、そのまま「1ティックに1セル」でした。
そして「なぜ1なのか」の答えは、レイチャウドゥリ方程式にあります。\(\ddot a/a=-(4\pi G/3)(\rho+3p)\) の右辺がゼロ ── 強いエネルギー条件のちょうど飽和。物質は光線の焦点化に一切寄与せず、因果構造は空っぽの宇宙と同じ(メモリとアドレッシングの分離)。特異点定理の境界にも乗っているので、特異点は消えないが最弱の形でしか残らない。おまけにディラックの大数仮説は、ただの恒等式でした。七つの特徴づけが一点に集まる ── だからこの補助線は美しい。それでも、元素合成・放射・観測・ホログラフィック境界の四つが、それぞれ独立に否と言います。
最後の一つは今回、ブソーの共変エントロピー境界を見かけの地平面に当てて出しました ── \(s\le3H/4\ell_P^2\)。標準宇宙論はプランク期に \(O(1)\) でこの境界に乗り、以後ずっと満たすのに対し、\(a\propto t\) は \(t=5\) 秒から遡って破りはじめ、プランク期には \(10^{88}\) 倍。そして境界を恒等的に飽和する膨張則を逆算すると \(a\propto t^{1/3}\)(\(w=1\)) で、\(a\propto t\) ではありません。\(c\cdot t=\text{一定}\) が最適化しているのはアドレッシングであって、メモリ使用率ではなかった。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで膨張則の指数を変え、地平面の階段が光と一致する点が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。