わかる共形変換第 9 回 / 帳簿だったはずのものが、牙をむく

第4回で見つけ、第5回で回収した「逆符号」── その本当の請求書が、ここで届きます

共形因子は、
ゴーストだった 古典では無害でした。\(\phi\) はまるごとゲージだったからです。
でも量子の経路積分は「ゲージだから見ないでおく」を許してくれません。

必要な道具:符号を見ること、指数関数が爆発するのを想像すること 作用が下に非有界になる

第4回で重力を書き換えたとき、ディラトン \(\phi\) の運動項の符号が逆を向いていました。第5回では、その符号のせいでポテンシャルが全部「丘」になることも見ました。どちらのときも「古典では無害です」と付け加えて、先へ進んだ。今回はその請求書です。 1978年、ギボンズ・ホーキング・ペリーは、この符号ひとつのせいで重力の量子論がそもそも定義できないことを指摘しました。共形因子問題 ── 量子重力のいちばん古い泣きどころを、正面から見ます。

01復習 ── どこが逆だったか

第4回で出た形をもう一度。

$$S=\frac{c^4}{16\pi G}\int\!\sqrt{-\tilde g}\,\Big[\phi^2\tilde R+6(\tilde\partial\phi)^2\Big]d^4x$$

健全なスカラー場なら、運動項は \(-\tfrac12(\partial\phi)^2\) というマイナスで始まります。ところがここは \(+6\)。符号が逆です。

 健全なスカラー場共形因子 \(\phi\)
運動項\(-\tfrac12(\partial\phi)^2\)\(+6(\partial\phi)^2\)
運動エネルギー
激しく動くとエネルギーが上がる(抑制される)エネルギーが下がる(促進される)
呼び名ふつうの場ゴースト

ゴーストのまずさは、一行で言えます ── 激しく振動するほど得をする。ふつうの場は動けば動くほどエネルギーを食うので落ち着きますが、この場は逆で、暴れれば暴れるほどエネルギーが下がる。止まる理由がありません。

02なぜ古典では困らなかったのか

第4回05節で見た通り、\(\phi\) はまるごとゲージでした。共形変換ひとつで好きな値に固定できてしまう。\(\phi=1\) と決めれば標準の絵、\(\tilde g=\) ミンコフスキーと決めれば質量が育つ絵 ── どちらでも同じ物理です。

動く自由がないものは、暴走のしようがない。だから古典では、この符号は「気持ち悪いけれど実害なし」で済みました。第5回で玉が丘を転がったときも、転がり方はフリードマン方程式で一意に決まっていて、勝手に加速したりはしなかった。

数え上げが効いていた 第4回の「場+1、対称性−1、差引ゼロ」── ゴーストである \(\phi\) はちょうど対称性に食べられて、物理的な自由度として残らない。ゴーストがいるのに安全だったのは、それがゲージだったからです。ここが崩れると、話が変わります。

03量子では「見ないでおく」が通らない

量子重力を作るとき、いちばん素直な方法は経路積分です ── 考えうるすべての時空の形について、重み \(e^{-S_E}\) を付けて足し上げる。

$$Z=\int\!\mathcal{D}g\;e^{-S_E[g]}$$

ここで \(S_E\) はユークリッド化した作用(時間を虚軸に回したもの。前シリーズ第9回でやったウィック回転です)。この積分が意味を持つには、\(S_E\) が下に有界でなければなりません。下限がなければ \(e^{-S_E}\) がいくらでも大きくなり、和が発散してしまう。

ところが ── ユークリッド化した重力の作用には、あの逆符号がそのまま入っています。

計算 ── いくらでも負にできることを確かめる

① ユークリッド作用の共形因子の部分

$$S_E\;\supset\;-\frac{6}{16\pi G}\int\!(\partial\phi)^2\,d^4x\qquad(\text{ユークリッドでは }(\partial\phi)^2\ge0)$$

② 共形因子を、細かく振動させてみる

$$\phi(x)=1+\varepsilon\sin(2\pi k x)\qquad\Longrightarrow\qquad \int_0^1\!(\partial_x\phi)^2dx=2\pi^2k^2\varepsilon^2$$

③ したがって

$$S_E\;\propto\;-2\pi^2k^2\varepsilon^2\qquad\xrightarrow{\;k\to\infty\;}\;-\infty$$

振動を細かくするだけで、作用はいくらでも負にできる。 重み \(e^{-S_E}\) はいくらでも大きくなり、経路積分は発散します。しかも \(\varepsilon\) は小さいままでいい ── ほんの少しさざ波を立てるだけで、細かくしさえすれば勝ててしまう。

図:上は共形因子のさざ波 \(\phi=1+0.15\sin(2\pi kx)\)。下はそのときのユークリッド作用。細かくするだけで作用は落ち、経路積分の重みは爆発する
k = 1 S_E = −0.44 → 経路積分の重み e^(−S_E) = 10^0.2
共形因子 φ(x) ユークリッド作用 S_E(下へ落ちる)

ツマミを右へ動かしていくと、上のさざ波はほんの少ししか大きくならないのに、下の作用はまっさかさまに落ちていきます。\(k=20\) で重みは \(10^{77}\)。もっと細かくすれば、いくらでも。これでは「すべての時空を足し上げる」が定義できません。

04ギボンズ・ホーキング・ペリーの処方と、その限界

1978年、ギボンズ・ホーキング・ペリーはこの問題を明確にし、応急処置も提案しました ── 共形因子の積分路を、実軸ではなく虚軸に沿って取る(\(\phi\to i\phi\) の向きに回す)。すると符号がひっくり返り、少なくとも1ループの近似では積分が収束します。

ただし、これは処方であって解決ではありません。

非線形な一般化が確立していないゆらぎが小さいときの処方としては機能するが、それを厳密かつ非摂動的にどう定義するかは未確立。「正作用予想」という未証明の仮定に頼る部分が残ります。
いまも計算の現場で顔を出すブラックホールのエントロピーに量子補正を入れようとすると、必ずこの逆符号にぶつかります。40年以上たっても、迂回しながら進んでいる状態です。
いくつもの別の道が試されている共形セクターの繰り込み群を真面目に追う、漸近安全性の枠組みで扱う、ユニモジュラー重力のように共形因子を最初から力学から外す ── どれも決定打には至っていません。
◇ ◇ ◇

05このシリーズにとっての意味

ここで、少し立ち止まってください。いま暴れているのは、私たちがこのシリーズでずっと動かしてきた場です。

第3回では、\(\phi=a\) を動かして「光が遅くなる」の正体を突き止めました。第4回では、それがゲージだと示しました。第5回では、ポテンシャルの上を転がらせました。第6回では、その勾配で無次元比を作りました。あの \(\phi\) が、量子重力でいちばん扱いにくい自由度だったのです。

今回の一行

「膨張は帳簿にすぎない」── そう言えたのは古典まで。
量子重力では、その帳簿こそが、いちばん先に壊れる。

前シリーズ最終回「重力を、この絵に入れられるか」は、重力が繰り込めないところで終わっていました。今回はその同じ壁を、別の角度から見たことになります ── 繰り込みの問題以前に、足し上げるべき和が定義できない。そしてその原因は、シリーズがずっと「自由に選んでいい」と言ってきた、まさにその自由度でした。

正直な線

共形因子問題は、重力を経路積分で量子化しようとしたときに現れる問題です。「重力の量子論が存在しない」ことの証明ではありません。実際、この困難を迂回する枠組み(弦理論、ループ量子重力、漸近安全性など)はいくつも提案されています ── どれもまだ、決着していないというだけです。

また、逆符号そのものはアインシュタイン重力を書き換えたから現れた病ではありません。第4回の書き換えをしなくても、共形因子は最初からアインシュタイン・ヒルベルト作用の中でこの符号を持っています。書き換えは病気を作ったのではなく、見えるようにしただけ。 これはこのシリーズの、たぶんいちばん誠実な成果です。

練習問題
  1. ゴーストが「激しく動くほど得をする」のはなぜか、運動項の符号から説明せよ。
    答えを見る
    運動エネルギーの符号が負だから。ふつうの場は速く動くほどエネルギーが上がって抑制されるが、ゴーストは速く動くほどエネルギーが下がるので、止まる理由がない。
  2. \(\phi=1+0.15\sin(2\pi kx)\) で \(k\) を 1 から 10 にすると、\(\int(\partial_x\phi)^2dx\) は何倍になるか。
    答えを見る
    \(2\pi^2k^2\varepsilon^2\) は \(k^2\) に比例するので 100 倍。さざ波の高さ(\(\varepsilon\))はそのままでも、細かくするだけで作用は 100 倍負になります。
  3. 古典では \(\phi\) のゴーストが無害だったのはなぜか。
    答えを見る
    \(\phi\) がまるごとゲージで、共形変換ひとつで好きな値に固定できたから(第4回05節)。物理的な自由度として残らないので、暴走する余地がない。量子の経路積分は全部の値を足し上げるので、この逃げ道が使えません。
  4. (やや難)第4回の書き換えをしなければ、この問題は避けられるか。
    答えを見る
    避けられない。共形因子は書き換えの有無にかかわらず、もとのアインシュタイン・ヒルベルト作用に最初から含まれています。第4回の書き換えは問題を作ったのではなく、はっきり見える形にしただけ。だからこの困難は、共形変換という道具の欠陥ではなく、重力そのものの性質です。

まとめ帳簿こそが、いちばん先に壊れる

共形因子 \(\phi\) の運動項は \(+6(\partial\phi)^2\) ── 健全な場の \(-\tfrac12(\partial\phi)^2\) と符号が逆で、これをゴーストと呼びます。古典では \(\phi\) がまるごとゲージだったので無害でした。しかし量子の経路積分は全部の場の値を足し上げるので、この逃げ道が使えません。ユークリッド作用に \(-\!\int(\partial\phi)^2\) が入っている以上、共形因子を細かく振動させるだけで作用はいくらでも負になり(\(S_E\propto-k^2\))、重み \(e^{-S_E}\) が爆発して積分が発散します ── 共形因子問題(ギボンズ・ホーキング・ペリー 1978)。

積分路を虚軸に回す処方は1ループでは効きますが、非線形な一般化は未確立で、ブラックホールのエントロピーの量子補正などでいまも顔を出します。そして重要なのは、暴れているのがこのシリーズでずっと動かしてきた場そのものだということ。「膨張は帳簿にすぎない」と言えたのは古典まで ── 量子重力では、その帳簿がいちばん先に壊れます。ただし書き換えが病気を作ったのではありません。書き換えは、もとから中にあった符号を、見えるようにしただけです。

この文書は「わかる共形変換」シリーズ第9回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。アインシュタイン・ヒルベルト作用における共形因子の運動項が逆符号を持つこと、その結果ユークリッド重力作用が下に非有界となり経路積分が発散すること(共形因子問題)は、Gibbons, Hawking & Perry (1978, Nucl. Phys. B138, 141) 以来知られた標準的な問題です。共形因子の積分路を虚軸方向に取る処方が少なくとも1ループで機能すること、およびそれが「正作用予想」に依存し非線形な一般化が未確立であることも、同論文以来の認識です。本文の \(\int_0^1(\partial_x\phi)^2dx=2\pi^2k^2\varepsilon^2\)(\(\phi=1+\varepsilon\sin2\pi kx\))は初等的な計算で、図の数値もこの式によります。図は共形因子セクターのみを取り出した模式的な計算であり、完全な重力作用の評価ではありません。共形因子問題は経路積分による量子化に固有の困難であり、量子重力が存在しないことの証明ではありません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーでさざ波を細かくし、作用が落ちていく様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。