わかる共形変換第 8 回 / 前シリーズ第6回と、正面から握手する回

「1/137 が 1/128 になる」は、共形対称性が壊れる音だった

共形対称性は、
量子で壊れる 第7回の結論は「質量がなければ共形不変」でした。── ただし、それは古典の話。
量子にすると、質量ゼロの理論でも対称性は必ず壊れます。そしてその壊れ方には、見覚えがあるはずです。

必要な道具:対数、傾き、そして前シリーズ第6回の記憶 \(T^\mu{}_\mu=\dfrac{\beta(g)}{2g}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\)

ここまで7回、共形変換を「物差しを取り替える操作」として扱ってきました。第7回では、光がその取り替えを素通りすることも見た。ところが ── 量子力学は、物差しを取り替えさせてくれません。 場の理論を定義するだけで、どうしても「細かさの基準」が一つ紛れ込む。その結果、古典的には完璧に共形不変だった理論が、量子にした途端に対称性を失います。これをトレースアノマリー(共形アノマリー)と呼びます。そして今回のいちばん大事な一行は、これです ── その破れは、前シリーズでさんざん見た「\(\alpha\) の running」そのものです。

01量子は、必ず「細かさ」を持ち込む

質量ゼロの理論を考えます。第7回の言い方では、長さの基準を何も持たない理論。ところが、この理論で実際に何かを計算しようとすると、必ず困ったことが起きます ── 無限に細かいところまで足し上げると、答えが発散する

だから場の理論では、「どこまで細かく見るか」を決めてから計算します。その基準を \(\mu\)(繰り込みスケール)と書きます。前シリーズ第6回の言葉なら「細かさのツマミ」です。

ここで、致命的なことが起きています。

量子化の代償

質量ゼロの理論には、長さの基準がなかった。
しかし理論を定義するために、基準 \(\mu\) を持ち込まざるを得ない。
→ 共形対称性は、量子化の時点で失われる。

物差しを持たない理論に、物差しを渡してしまった。第7回で「光は物差しを持たないから共形変換を素通りする」と書きましたが、量子論は光にも無理やり物差しを持たせてしまうのです。

02破れの大きさは、\(\beta\) 関数で測れる

基準 \(\mu\) を持ち込んだ以上、結合定数は「どの \(\mu\) で測ったか」に依存します。その依存の強さを表すのが \(\beta\) 関数です。

$$\beta(g)\equiv\frac{dg}{d\ln\mu}$$

そして共形対称性の破れは、ちょうどこの \(\beta\) で書けます。第5回・第7回で「共形対称性を壊しているかどうかの指標」として使った \(T^\mu{}_\mu\) が、古典ではゼロだったのに、量子では ──

トレースアノマリー
$$T^\mu{}_\mu=\frac{\beta(g)}{2g}\,F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\qquad(\text{質量ゼロのゲージ理論})$$

結合が走れば(\(\beta\ne0\))、共形対称性は壊れている。走らなければ(\(\beta=0\))、壊れていない。

この式は、二つのまったく違って見える事柄が同じ一つのことだと言っています。

素粒子論の言い方共形変換の言い方
結合定数が走る(\(\beta\ne0\))共形対称性が量子的に破れている
結合が走らない(\(\beta=0\))共形対称性が回復している(共形場理論)
\(\alpha\) が 1/137 から 1/128 になる破れの大きさを、実験で測っている
◇ ◇ ◇

03前シリーズ第6回が、ここに戻ってくる

前シリーズ第6回・前編のタイトルは「1/137 は、動く数だった」でした。細かく見るほど \(\alpha\) が大きくなり、\(Z\) ボソンの質量あたりのエネルギーでは 1/128 くらいになる ── 確立した実験事実です。

1ループの QED では、走り方はこう書けます。

計算 ── 走りの傾きを出す

① 1ループの走り(荷電粒子 \(N\) 種類ぶん)

$$\frac{d\alpha}{d\ln\mu}=\frac{2N}{3\pi}\alpha^2 \qquad\Longleftrightarrow\qquad \frac{d(1/\alpha)}{d\ln\mu}=-\frac{2N}{3\pi}$$

逆数で書くとただの直線になります。傾きは \(-2N/3\pi=-0.212\,N\)。

② 電子質量から \(Z\) ボソン質量まで

$$\ln\frac{M_Z}{m_e}=\ln\frac{91.19\ \mathrm{GeV}}{0.511\ \mathrm{MeV}}=12.09$$

③ electron だけ(\(N=1\))なら

$$\frac{1}{\alpha(M_Z)}=137.036-0.212\times12.09=134.5$$

実測は 127.95 なので、まだ足りません ── 電子以外の荷電粒子(ミューオン、タウ、クォーク…)も、それぞれの質量を超えたところから走りに参加するからです。実効的には \(N\simeq3.5\) 相当。走りの傾きは、宇宙にどんな荷電粒子がいるかを数えているのです。

図:\(1/\alpha\) の走り。\(N=0\)(\(\beta=0\))なら線は水平 ── これが共形不変。\(N\) を増やすと傾き、その傾きこそがトレースアノマリー
N = 1.0 β ≠ 0 → 共形対称性は破れている 1/α(M_Z) = 134.47(実測 127.95)
走る 1/α(1ループ) β = 0 の場合(共形不変) 実測 1/α(M_Z) = 127.95

ツマミを 0 にすると線は真っ平らになります。それが「共形不変な世界」の姿 ── どの細かさで見ても \(\alpha\) は同じ、つまり物差しの目盛りが物理に影響しない世界。私たちの宇宙はそうなっていません。線は傾いている。その傾きが、共形対称性の破れの大きさそのものです。

前シリーズ番外編⑥の回収 「1/137 が 1/128 になる」はどっちの動きか、という回がありました。答えは「時間の軸ではなくエネルギーの軸」。共形変換の言葉で言い直すと、いっそう鮮明です ── 時間で動くのはゲージの選択(第4回)、エネルギーで走るのはアノマリー(今回)。前者は帳簿で、後者は物理。前シリーズが「自由あり/自由なし」で分けた二つの軸は、この二つだったのです。

04破れの代償が、あなたの体重の 99%

「対称性が壊れた」と聞くと損をしたように感じますが、この破れはとんでもない仕事をしています。

質量ゼロの理論には、長さの基準がありません。ところが結合が走ると、「結合がある特定の値になる細かさ」という形で、基準が一つ生まれてしまう。何もないところから、スケールが湧いてくる ── これを次元変換と呼びます。強い相互作用の場合、その基準は数百 MeV のエネルギーで、\(\Lambda_{\rm QCD}\) と書かれます。

ここからが本題です。陽子の質量を、中身のクォークの質量から見積もってみましょう。

検算 ── 陽子の質量はどこから来るか

陽子は u, u, d の三つ

$$2m_u+m_d=2(2.16)+4.67=8.99\ \mathrm{MeV}$$

陽子の質量と比べると

$$\frac{8.99\ \mathrm{MeV}}{938.27\ \mathrm{MeV}}=0.96\%$$

クォークの質量(=ヒッグス由来)は、陽子の重さの1% しかありません。残りの 99% は、\(\Lambda_{\rm QCD}\) というスケール ── 共形対称性が量子的に破れたことで生まれたスケール ── から来ています。

今回いちばん言いたいこと

あなたの体重の 約 99% は、ヒッグスではなく
共形対称性が量子で破れたことから来ている。

質量ゼロの理論が、質量を作り出した。これは「対称性の破れの副産物」ではなく、私たちの世界に大きさというものが存在する理由そのものです。第7回で「質量がスケールを持ち込む」と書きましたが、そのスケールを最初に作ったのも、破れた共形対称性でした。

05破れが止まる場所は、あるのか

\(\beta(g)=0\) になれば、共形不変性は量子レベルで回復します。そういう点を固定点と呼び、そこで実現する理論を共形場理論(CFT)といいます。

自明な固定点 \(g=0\)結合がゼロなら走りようがない。ただし相互作用のない、退屈な理論。
非自明な固定点相互作用があるのに \(\beta\) がゼロになる特別な値。強く相互作用しながら共形不変 ── 相転移の臨界点の物理や、\(\mathcal{N}=4\) 超対称ヤン=ミルズ理論などが該当します。
2次元の特別さ第4回の練習問題で見た通り、2次元では共形結合 \(\xi=(D-2)/4(D-1)=0\)。おまけに共形対称性が無限次元になり、理論が厳密に解けてしまう。弦理論や統計物理の臨界現象が2次元 CFT で片付くのは、この事情です。

私たちの世界(4次元の標準模型)は、残念ながらどの固定点にもいません。だから \(\alpha\) は走り続けます。

06相互作用がなくても、曲がった時空では破れる

もっと悪い知らせがあります。相互作用をぜんぶ切って、質量ゼロの自由な場だけにしても、時空が曲がっていれば共形対称性は破れます

$$T^\mu{}_\mu=\frac{1}{16\pi^2}\Big(c\,C_{\mu\nu\alpha\beta}C^{\mu\nu\alpha\beta}-a\,E_4\Big)$$

右辺は曲率の2乗でできています。\(a,\ c\) は場の種類(スカラーか、フェルミオンか、ベクトルか)で決まる純粋な数。場が何個いるかを、時空の曲がりが数え上げてしまうのです。これはホーキング輻射やインフレーション中のゆらぎの計算に、実際に効いてきます。

つまり共形対称性の破れは、避けようがない。相互作用を切っても、曲率が残っていれば漏れる。

07だから第4回・第5回は、古典の話だった

ここで、これまでの回に注釈を入れておかなければなりません。

第4回で「場を1個増やして対称性を1個増やしたから、差し引きゼロ」と数えました。第5回で「これは書き換えであって物理ではない」と書きました。どちらも、古典の話です。

量子にすると、共形変換はただの書き換えではなくなります。フレームを取り替えるとアノマリー項が生まれ、二つのフレームの計算が完全には一致しなくなる。「どのフレームが物理的か」という問いが、古典では無意味だったのに、量子では意味を持ちうる ── この論争が現在も決着していないことを、最終回(第10回)で扱います。

正直な線

図の直線は1ループ・しきい値を無視した概算です。実際の \(1/\alpha(M_Z)=127.952\) は、各粒子がその質量を超えたところから順に走りに参加する効果(しきい値)と、強い相互作用によるハドロンの寄与を全部足し上げて得られる値で、単一の \(N\) では表せません。図の \(N\) は「その傾きなら実測点を通る」という実効値にすぎず、粒子の実際の数ではありません。

また \(\Lambda_{\rm QCD}\) の値はスキームと次数の取り方に依存し、「数百 MeV」以上の精度で一意の数字にはなりません。陽子質量の 99% がクォーク質量以外から来る、という結論そのものは格子 QCD で確立していますが、それを「\(\Lambda_{\rm QCD}\) という一つの数から出た」と言うのは、話を単純にしすぎた言い方です。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. \(\beta(g)=0\) の理論では \(T^\mu{}_\mu\) はどうなるか。それは何を意味するか。
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    \(T^\mu{}_\mu=(\beta/2g)F^2=0\)。共形対称性が量子レベルでも成り立っている=共形場理論。結合が走らないので「どの細かさで見ても同じ理論」になります。
  2. \(N=2\) のとき \(1/\alpha(M_Z)\) はいくらか。\(\ln(M_Z/m_e)=12.09\)、傾き \(-0.212N\)。
    答えを見る
    \(137.036-0.212\times2\times12.09=137.036-5.13=131.9\)。実測 127.95 にはまだ届きません。\(N\simeq3.5\) 相当で一致します。
  3. 陽子の質量 938 MeV のうち、ヒッグス由来(クォークの質量)は何 % か。
    答えを見る
    \((2\times2.16+4.67)/938.27=8.99/938.27\approx0.96\%\)。約 1%。残り 99% は共形対称性の量子的破れが作ったスケールから来ています。
  4. (やや難)第5回では「共形対称性を壊さないのは放射だけ」と書いた。今回の内容は、それをどう修正するか。
    答えを見る
    第5回の主張は古典の話。量子では、質量ゼロの放射(=光と荷電粒子の系)であっても \(\beta\ne0\) なら \(T^\mu{}_\mu\ne0\) になります。さらに時空が曲がっていれば、相互作用がなくても曲率の2乗に比例する項が残る。厳密に共形不変なのは固定点にいる理論だけで、私たちの宇宙はそこにいません。

まとめ走ることと、壊れることは、同じだった

量子化するには「細かさの基準 \(\mu\)」を持ち込まざるを得ず、その瞬間に共形対称性は失われる。破れの大きさはちょうど \(\beta\) 関数で測れて、\(T^\mu{}_\mu=(\beta/2g)F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\)。だから「結合が走る」と「共形対称性が破れている」は、同じ一つの事実の二つの言い方。前シリーズ第6回で見た \(1/137\to1/128\) は、破れの大きさを実験で測っていたことになります。

そして破れは損ではありません。走りは何もないところからスケールを生み(次元変換)、その \(\Lambda_{\rm QCD}\) が陽子質量の 99% を作っている ── あなたの体重のほとんどは、共形対称性が壊れたおかげです。破れが止まるのは \(\beta=0\) の固定点(共形場理論)だけで、標準模型はそこにいない。おまけに相互作用を切っても、時空が曲がっていれば曲率の2乗の形で漏れる。だから第4回・第5回の「書き換えだから安全」は、あくまで古典の話でした。

この文書は「わかる共形変換」シリーズ第8回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。トレースアノマリー(共形アノマリー、Weyl アノマリー)が \(\beta\) 関数に比例すること、\(T^\mu{}_\mu=(\beta(g)/2g)F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\)(質量ゼロのゲージ理論)、および \(\beta(g^*)=0\) の固定点で共形不変性が回復することは、いずれも標準的な結果です。QED の1ループの走り \(d\alpha/d\ln\mu=(2N/3\pi)\alpha^2\)、\(\alpha^{-1}(m_e)=137.035999\)、\(\alpha^{-1}(M_Z)=127.952\)(\(\overline{\rm MS}\))も標準です。本文および図の直線は1ループかつしきい値を無視した概算で、\(N\) は実測点を通す実効値であり粒子数そのものではありません。曲がった時空の共形アノマリー \(T^\mu{}_\mu=(16\pi^2)^{-1}(cC^2-aE_4)\) における \(a,c\) は場の内容で決まる定数です。陽子質量に占めるカレントクォーク質量の割合(約1%)は PDG の \(m_u=2.16\) MeV, \(m_d=4.67\) MeV(\(\overline{\rm MS}\), 2 GeV)による見積もりで、残りが QCD の力学に由来することは格子 QCD で確立しています。ただし \(\Lambda_{\rm QCD}\) の数値はスキーム・次数に依存します。共形変換の量子的な非同等性(フレーム依存性)については第10回で扱います。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで走りの傾きを変え、β=0 で線が水平=共形不変になる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。