光には物差しがない ── だから共形変換は、光にとって何も起きていない
第5回では、共形対称性を壊さない物質は放射だけでした(\(T^\mu{}_\mu=(3w-1)\rho c^2\) がゼロになるのは \(w=1/3\))。第6回では、消えなかった無次元比に \(m\) が入っていました。どちらも犯人は同じ ── 質量です。 今回は、なぜ光だけが共形変換を素通りできるのかを、二行の計算で見ます。そして、その一点だけを頼りに宇宙の終わりと始まりを縫い合わせようとした人の話をします。
電磁場の点数表(マクスウェル作用)を書きます。\(D\) 次元でやってみましょう。
$$S_{\rm EM}=-\frac{1}{4\mu_0}\int\!\sqrt{-g}\;F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}\,g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\;d^Dx$$共形変換 \(g_{\mu\nu}\to\Omega^2g_{\mu\nu}\) を入れます。効くのは二か所だけです。
① 体積の測り方は \(\Omega\) を \(D\) 個産む
$$\sqrt{-g}\;\longrightarrow\;\Omega^{D}\sqrt{-g}$$② 逆計量が二つあるので \(\Omega\) を 4 個食う
$$g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\;\longrightarrow\;\Omega^{-4}g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}$$\(A_\mu\) は添字が下にあるまま何も掛からず(ウェイト 0)、\(F_{\mu\nu}=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu\) もそのまま。だから残るのは
$$S_{\rm EM}\;\longrightarrow\;\Omega^{\,D-4}\times S_{\rm EM}$$産んだ数と食った数が釣り合うのは、\(D=4\) のときだけ。
| 次元 \(D\) | 残る因子 | 結果 |
|---|---|---|
| 2 | \(\Omega^{-2}\) | 共形不変でない |
| 3 | \(\Omega^{-1}\) | 共形不変でない |
| 4 | \(\Omega^{0}=1\) | ぴったり共形不変 |
| 5 | \(\Omega^{+1}\) | 共形不変でない |
| 6 | \(\Omega^{+2}\) | 共形不変でない |
第4回でも、4次元の特別さに出会いました ── 共形結合 \(\xi=(D-2)/4(D-1)\) が \(1/6\) になる、あの \(D=4\)。私たちの住む次元は、共形変換とやたら相性がいい。光と重力の両方が、4次元でだけきれいに共形の言葉に乗るのです。
では質量はなぜひっかかるのか。第3回で見た通り、質量は共形変換のもとで \(\tilde m=\Omega^{-1}m\) と動かなければ、質量項が形を保ちません。つまり 「質量を固定したまま物差しだけ変える」ことができない。
理由は、たった一行で言えます。
質量 \(m\) を一つ決めると、そこから具体的な長さが一つ決まってしまう。長さが決まるということは、物差しの目盛りが決まるということ。共形変換は「物差しを自由に取り替えていい」という操作ですから、勝手に目盛りを主張する相手とは、当然ぶつかります。
光は、この長さを持ちません。\(m\to0\) で \(\lambda_C\to\infty\) ── どんな長さも指定しない。だから光は共形変換に対して、何も言うことがない。「物差しを取り替えたよ」と言われても、比べる相手がいないので気づけないのです。
ここで、共形変換とは何をする操作なのかを、いちばん深い言い方で押さえておきます。
計量 \(g_{\mu\nu}\) が \(\Omega^2g_{\mu\nu}\) に変わっても、\(g(v,v)=0\) を満たすベクトル \(v\) は変わりません(\(\Omega^2\cdot0=0\) だから)。つまり 光円錐は、まったく動かない。共形変換は因果構造 ── 何が何に影響できるか ── に一切触れないのです。
数を数えると、事情がはっきりします。
共形変換が動かせるのは、この 最後の 1 個だけ。時空の情報の 10 分の 9 は、共形変換では触れられません。だから「共形変換で膨張が消えた」(第3回〜第6回)と言っても、消えたのは 10 分の 1 の部分だけ ── そう思えば、第6回で無次元比が生き残ったのも当たり前に見えてきます。
ツマミを左端まで下げてみてください。緑の円は膨れ上がって画面から消え、琥珀の円錐だけが残ります。これが「質量ゼロの世界」の姿です ── 因果構造だけがあって、大きさの基準がない。そういう世界では、時空を \(\Omega\) 倍に伸ばしても誰も気づけない。
ここからが今回の本題です。「質量が効かない世界」は、思考実験ではありません。宇宙には、実際にそういう時期が二回あります。
両端がどちらも「物差しを持たない世界」になる。そこでペンローズはこう考えました ── 物差しを持たない世界どうしなら、共形変換で自由に貼り合わせられるのではないか。
ロジャー・ペンローズが提案した共形サイクリック宇宙論(CCC)の骨格は、こうです。
ある宇宙(ペンローズは「アイオン」と呼びます)の遠い未来。加速膨張で無限に広がりきったその果ては、幾何としては無限の彼方にありますが、そこにあるのは物差しを持たない輻射だけ。だから共形変換で 無限を有限に縮めて、境界として描くことができる。第6回で私たちがビッグバンを \(\eta=-\infty\) へ押しやったのと、まったく逆向きの操作です。
一方、次の宇宙のビッグバン直後も、熱すぎて質量が効かない世界。こちらも共形変換で ゼロを有限に引き伸ばして、境界として描ける。
前のアイオンの無限の未来 = 次のアイオンのビッグバン
縫い目では静止質量がゼロ、\(T^\mu{}_\mu=0\)、二つの時空は共形再スケールで結ばれる
ペンローズの言い方を借りれば ── 無限に膨張しきった宇宙の「感じ」は、生まれたての高密度な宇宙の「感じ」と、区別がつかない。 大きさを測る手段がないなら、大きいも小さいもないからです。
ここで効いているのは、今回 01 節から積み上げてきた事実だけです。質量のないものは共形変換を素通りする ── その一点で、宇宙の終わりと始まりを縫い合わせようとした。発想の潔さは、たしかに見事です。
CCC はまだ検証されていない仮説です。少なくとも三つ、大きな宿題が残っています。
① 静止質量は本当に消えるのか。 電子が崩壊するという証拠はありません。ペンローズは何らかの質量の減衰を仮定しますが、標準模型にそんな機構はない。
② 共形因子 \(\Omega\) を一意に決める方法がない。 どう縫うかを決める処方が定まっておらず、研究者ごとに提案が食い違っています ── CCC のいちばん基本的な未解決点です。
③ 観測的証拠は決着していない。 ペンローズらは CMB に前のアイオンの痕跡(同心円状の構造)を見たと主張しましたが、統計的有意性をめぐる議論は続いています。
このシリーズの立場は一貫しています ── 共形変換それ自体は、書き換えであって物理ではない。 CCC が物理になるためには、①のような「本当に新しい仮定」が必要で、その仮定はまだ支払われていません。第4回の数え上げ(場+1、対称性−1、差引ゼロ)を思い出してください。ただで手に入るものは、ただの帳簿です。
マクスウェル作用は、体積の測り方が \(\Omega\) を \(D\) 個産み、逆計量二つが 4 個食うので、\(\Omega^{D-4}\) が残る ── 4次元でだけ、ぴったり共形不変。一方、質量はコンプトン波長 \(\hbar/mc\) という具体的な長さを持ち込むので、物差しの取り替えとぶつかる。光はその長さを持たず(固有時間すら持たず)、スケールというものを知らない。だから何も感じない。
もっと深く言えば、4次元の計量 10 成分のうち共形変換が動かせるのは1 個だけ(物差しの目盛り)で、残る 9 個(光円錐=因果構造)には触れられません。そして宇宙には、質量が効かなくなる時期が両端に二回ある ── 熱すぎる始まりと、薄すぎる終わり。ペンローズはその両端を共形変換で縫い合わせようとしました(CCC)。発想はこの回で見た一点だけに立っていますが、①静止質量が本当に消えるか ②共形因子をどう一意に決めるか ③観測的証拠、の三つが未解決のままです。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで質量を変え、物差しだけが消えて光円錐が残る様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。