わかる共形変換第 7 回 / 何が変換を素通りし、何がひっかかるのか

光には物差しがない ── だから共形変換は、光にとって何も起きていない

光は共形不変、
質量はそうでない ここまで何度も、共形変換を邪魔してきたのは質量でした。
その理由を正面から見て、そこからペンローズの「宇宙の両端を縫い合わせる」話へ進みます。

必要な道具:指数の足し算、次元を数えること \(\Omega^{D-4}\) / コンプトン波長

第5回では、共形対称性を壊さない物質は放射だけでした(\(T^\mu{}_\mu=(3w-1)\rho c^2\) がゼロになるのは \(w=1/3\))。第6回では、消えなかった無次元比に \(m\) が入っていました。どちらも犯人は同じ ── 質量です。 今回は、なぜ光だけが共形変換を素通りできるのかを、二行の計算で見ます。そして、その一点だけを頼りに宇宙の終わりと始まりを縫い合わせようとした人の話をします。

01二行で分かる ── なぜ4次元だけが特別か

電磁場の点数表(マクスウェル作用)を書きます。\(D\) 次元でやってみましょう。

$$S_{\rm EM}=-\frac{1}{4\mu_0}\int\!\sqrt{-g}\;F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}\,g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\;d^Dx$$

共形変換 \(g_{\mu\nu}\to\Omega^2g_{\mu\nu}\) を入れます。効くのは二か所だけです。

計算 ── 二行

① 体積の測り方は \(\Omega\) を \(D\) 個産む

$$\sqrt{-g}\;\longrightarrow\;\Omega^{D}\sqrt{-g}$$

② 逆計量が二つあるので \(\Omega\) を 4 個食う

$$g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\;\longrightarrow\;\Omega^{-4}g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}$$

\(A_\mu\) は添字が下にあるまま何も掛からず(ウェイト 0)、\(F_{\mu\nu}=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu\) もそのまま。だから残るのは

$$S_{\rm EM}\;\longrightarrow\;\Omega^{\,D-4}\times S_{\rm EM}$$

産んだ数と食った数が釣り合うのは、\(D=4\) のときだけ

次元 \(D\)残る因子結果
2\(\Omega^{-2}\)共形不変でない
3\(\Omega^{-1}\)共形不変でない
4\(\Omega^{0}=1\)ぴったり共形不変
5\(\Omega^{+1}\)共形不変でない
6\(\Omega^{+2}\)共形不変でない

第4回でも、4次元の特別さに出会いました ── 共形結合 \(\xi=(D-2)/4(D-1)\) が \(1/6\) になる、あの \(D=4\)。私たちの住む次元は、共形変換とやたら相性がいい。光と重力の両方が、4次元でだけきれいに共形の言葉に乗るのです。

前シリーズ番外編⑧との接続 「固定しない、が最強だった」で、ヤン=ミルズのラグランジアンが実質 \(-\tfrac14F^2\) 一本に決まってしまう、と書きました。今回の計算は、その \(-\tfrac14F^2\) がもう一つ別の対称性も、おまけで持っていたことを示しています。ゲージ不変性のために選ばれた形が、共形不変性まで無料で連れてきた ── 4次元だけの偶然です。

02質量は、長さを持ち込む

では質量はなぜひっかかるのか。第3回で見た通り、質量は共形変換のもとで \(\tilde m=\Omega^{-1}m\) と動かなければ、質量項が形を保ちません。つまり 「質量を固定したまま物差しだけ変える」ことができない

理由は、たった一行で言えます。

質量が持ち込むもの
$$\lambda_C=\frac{\hbar}{mc}\qquad(\text{コンプトン波長})$$

質量 \(m\) を一つ決めると、そこから具体的な長さが一つ決まってしまう。長さが決まるということは、物差しの目盛りが決まるということ。共形変換は「物差しを自由に取り替えていい」という操作ですから、勝手に目盛りを主張する相手とは、当然ぶつかります。

光は、この長さを持ちません。\(m\to0\) で \(\lambda_C\to\infty\) ── どんな長さも指定しない。だから光は共形変換に対して、何も言うことがない。「物差しを取り替えたよ」と言われても、比べる相手がいないので気づけないのです。

光は、時計も持っていない もっと言えば、光の世界線に沿った固有時間はゼロです。光子は「自分にとってどれだけ時間が経ったか」を測れない。長さの物差しも、時間の物差しも持たない ── スケールというものを、まったく知らない存在。それが「共形不変」の日常語訳です。

03時空 = 光円錐 + 物差し

ここで、共形変換とは何をする操作なのかを、いちばん深い言い方で押さえておきます。

計量 \(g_{\mu\nu}\) が \(\Omega^2g_{\mu\nu}\) に変わっても、\(g(v,v)=0\) を満たすベクトル \(v\) は変わりません(\(\Omega^2\cdot0=0\) だから)。つまり 光円錐は、まったく動かない。共形変換は因果構造 ── 何が何に影響できるか ── に一切触れないのです。

数を数えると、事情がはっきりします。

4次元の計量が持っている情報
$$\underbrace{10\ \text{成分}}_{\text{計量}}\;=\;\underbrace{9}_{\text{光円錐(因果構造)}}\;+\;\underbrace{1}_{\text{物差しの目盛り}}$$

共形変換が動かせるのは、この 最後の 1 個だけ。時空の情報の 10 分の 9 は、共形変換では触れられません。だから「共形変換で膨張が消えた」(第3回〜第6回)と言っても、消えたのは 10 分の 1 の部分だけ ── そう思えば、第6回で無次元比が生き残ったのも当たり前に見えてきます。

図:時空図の上に、光円錐(琥珀)と「物差し」=コンプトン波長(緑の円)を描いた。質量のツマミを下げると物差しは膨れて画面からはみ出し、ゼロで消える ── 円錐だけが残る
m = 1.00 物差し(コンプトン波長)が各点に存在する → 共形変換は「見える」
光円錐(共形変換で動かない) 物差し = コンプトン波長 出来事

ツマミを左端まで下げてみてください。緑の円は膨れ上がって画面から消え、琥珀の円錐だけが残ります。これが「質量ゼロの世界」の姿です ── 因果構造だけがあって、大きさの基準がない。そういう世界では、時空を \(\Omega\) 倍に伸ばしても誰も気づけない

◇ ◇ ◇

04宇宙の両端で、質量は効かなくなる

ここからが今回の本題です。「質量が効かない世界」は、思考実験ではありません。宇宙には、実際にそういう時期が二回あります。

ごく初期 ── 熱すぎて、質量が無視できる粒子の運動エネルギーが \(mc^2\) をはるかに超えていれば、質量はあってもないようなもの。電子の場合 \(T=m_ec^2/k_B=5.9\times10^9\) K が目安で、宇宙が数秒より若いころにあたります(電子・陽電子対消滅の時期)。このとき物質は実質 \(w=1/3\)、\(T^\mu{}_\mu\simeq0\) ── 共形不変
遠い未来 ── 冷えすぎて、質量を持つものが残らない加速膨張が続けば、物質はどこまでも薄まる。ペンローズは、十分に遠い未来では静止質量を持つ粒子が(崩壊などによって)実質的になくなり、残るのは輻射だけになる、と考えました。ここでも \(T^\mu{}_\mu=0\) ── 共形不変

両端がどちらも「物差しを持たない世界」になる。そこでペンローズはこう考えました ── 物差しを持たない世界どうしなら、共形変換で自由に貼り合わせられるのではないか。

05ペンローズの、共形サイクリック宇宙論

ロジャー・ペンローズが提案した共形サイクリック宇宙論(CCC)の骨格は、こうです。

ある宇宙(ペンローズは「アイオン」と呼びます)の遠い未来。加速膨張で無限に広がりきったその果ては、幾何としては無限の彼方にありますが、そこにあるのは物差しを持たない輻射だけ。だから共形変換で 無限を有限に縮めて、境界として描くことができる。第6回で私たちがビッグバンを \(\eta=-\infty\) へ押しやったのと、まったく逆向きの操作です。

一方、次の宇宙のビッグバン直後も、熱すぎて質量が効かない世界。こちらも共形変換で ゼロを有限に引き伸ばして、境界として描ける。

CCC の縫い目

前のアイオンの無限の未来 = 次のアイオンのビッグバン
縫い目では静止質量がゼロ、\(T^\mu{}_\mu=0\)、二つの時空は共形再スケールで結ばれる

ペンローズの言い方を借りれば ── 無限に膨張しきった宇宙の「感じ」は、生まれたての高密度な宇宙の「感じ」と、区別がつかない。 大きさを測る手段がないなら、大きいも小さいもないからです。

ここで効いているのは、今回 01 節から積み上げてきた事実だけです。質量のないものは共形変換を素通りする ── その一点で、宇宙の終わりと始まりを縫い合わせようとした。発想の潔さは、たしかに見事です。

正直な線

CCC はまだ検証されていない仮説です。少なくとも三つ、大きな宿題が残っています。
静止質量は本当に消えるのか。 電子が崩壊するという証拠はありません。ペンローズは何らかの質量の減衰を仮定しますが、標準模型にそんな機構はない。
共形因子 \(\Omega\) を一意に決める方法がない。 どう縫うかを決める処方が定まっておらず、研究者ごとに提案が食い違っています ── CCC のいちばん基本的な未解決点です。
観測的証拠は決着していない。 ペンローズらは CMB に前のアイオンの痕跡(同心円状の構造)を見たと主張しましたが、統計的有意性をめぐる議論は続いています。

このシリーズの立場は一貫しています ── 共形変換それ自体は、書き換えであって物理ではない。 CCC が物理になるためには、①のような「本当に新しい仮定」が必要で、その仮定はまだ支払われていません。第4回の数え上げ(場+1、対称性−1、差引ゼロ)を思い出してください。ただで手に入るものは、ただの帳簿です。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. 6次元でマクスウェル作用は共形不変か。残る因子は \(\Omega\) の何乗か。
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    \(\Omega^{D-4}=\Omega^{2}\) が残るので、不変ではない。体積が \(\Omega\) を 6 個産み、逆計量が 4 個しか食わないので 2 個余る。釣り合うのは \(D=4\) だけです。
  2. 質量 \(m\) の粒子が持ち込む「長さ」は何か。\(m\to0\) でどうなるか。
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    コンプトン波長 \(\lambda_C=\hbar/mc\)。\(m\to0\) で \(\lambda_C\to\infty\) となり、どんな長さも指定しなくなる。だから光は共形変換に対して何の主張も持たず、素通りします。
  3. 電子が「実質的に質量ゼロ」とみなせる温度はいくらか。\(k_B=8.62\times10^{-5}\) eV/K。
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    \(T=m_ec^2/k_B=5.11\times10^5/8.62\times10^{-5}=5.9\times10^9\) K。これより熱ければ電子は実質的に光と同じ扱いになります。宇宙が数秒より若かったころにあたり、ちょうど電子・陽電子対消滅が起きた時期です。
  4. (やや難)4次元の計量は 10 成分。共形変換で動かせるのは何個で、動かせないのは何個か。それは何を意味するか。
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    動かせるのは1個(全体のスケール=物差しの目盛り)、動かせないのは9個(光円錐=因果構造)。共形変換は時空の情報の 10 分の 1 しか触れないので、「変換で消えた」ものは高々その 1 個分。第6回で無次元比が生き残ったのは、この数え上げの当然の帰結です。

まとめスケールを知らないものだけが、素通りできる

マクスウェル作用は、体積の測り方が \(\Omega\) を \(D\) 個産み、逆計量二つが 4 個食うので、\(\Omega^{D-4}\) が残る ── 4次元でだけ、ぴったり共形不変。一方、質量はコンプトン波長 \(\hbar/mc\) という具体的な長さを持ち込むので、物差しの取り替えとぶつかる。光はその長さを持たず(固有時間すら持たず)、スケールというものを知らない。だから何も感じない。

もっと深く言えば、4次元の計量 10 成分のうち共形変換が動かせるのは1 個だけ(物差しの目盛り)で、残る 9 個(光円錐=因果構造)には触れられません。そして宇宙には、質量が効かなくなる時期が両端に二回ある ── 熱すぎる始まりと、薄すぎる終わり。ペンローズはその両端を共形変換で縫い合わせようとしました(CCC)。発想はこの回で見た一点だけに立っていますが、①静止質量が本当に消えるか ②共形因子をどう一意に決めるか ③観測的証拠、の三つが未解決のままです。

この文書は「わかる共形変換」シリーズ第7回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。マクスウェル作用が \(D=4\) でのみ共形不変であること(\(A_\mu\) のウェイトが 0、作用が \(\Omega^{D-4}\) 倍になること)、質量項が \(\tilde m=\Omega^{-1}m\) を要求すること、共形変換が光円錐(因果構造)を保つこと、および \(D\) 次元計量の \(D(D+1)/2\) 成分が共形構造とスケール 1 個に分かれることは、いずれも標準的な結果です。電子の質量に相当する温度 \(m_ec^2/k_B=5.93\times10^9\) K、放射優勢期でそれに対応する時刻が数秒程度であることも標準的な見積もりです。共形サイクリック宇宙論(CCC)は Roger Penrose による提案で、アイオン間の交差領域で静止質量が存在せず \(T^\mu{}_\mu=0\) となり二つの時空が共形再スケールで結ばれる、という構成をとります。共形因子を一意に定める処方が確立していないことは CCC の主要な未解決問題として認識されています。CMB における前アイオンの痕跡の主張については統計的有意性をめぐる議論が継続中です。本稿は CCC を支持も否定もせず、その論理が本文 01–03 節の性質のみに依拠していることを示すものです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで質量を変え、物差しだけが消えて光円錐が残る様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。