物質を入れると、ディラトンはゲージでいられなくなり、坂を転がりはじめる
第4回の結論はこうでした ── 重力を共形変換すると、スケール因子はディラトン場 \(\phi\) になり、「膨張をどこに持たせるか」はゲージの選び方にすぎない。物理の自由度は増えていない。ただしそれは、重力だけを見ていたからです。 宇宙には物質があります。物質を入れた瞬間、\(\phi\) は「どうとでも選べるゲージ」でいられなくなり、ポテンシャルを背負って動きはじめる。そしてそのポテンシャルの形は、物質の性質ひとつで完全に決まってしまいます。
まず、物質のどんな性質が効くのかを見当つけましょう。第4回で手に入れた対称性は \(\tilde g\to\Omega^2\tilde g,\ \phi\to\phi/\Omega\) でした。この対称性を物質が壊さなければ、\(\phi\) はゲージのままでいられます。
物質が共形変換を壊すかどうかを測る量が、エネルギー運動量テンソルのトレース \(T^\mu{}_\mu\) です。宇宙論では物質を「密度 \(\rho\)、圧力 \(p\)、状態方程式 \(p=w\rho c^2\)」で表しますから、
これがゼロになるのは \(w=1/3\) のときだけ。つまり放射(光)だけが共形変換を壊さない。光は質量を持たず、大きさの基準を何も持ち込まないからです ── 物差しを取り替えても、光には区別がつかない。
逆に言えば、\(w\ne1/3\) の物質はどれも共形対称性を壊し、その破れ具合 \((3w-1)\rho\) がそのまま ディラトンを押す力 になります。ここから先は、その力の正体を式で取り出す作業です。
膨張宇宙の基本式(フリードマン方程式)を、第4回の舞台 ── 共形時間 \(\eta\) と場 \(\phi=a\) ── の言葉に翻訳します。以下 \(' = d/d\eta\) です。
① フリードマン方程式を共形時間で書く
宇宙時間での \(H=\dot a/a\) は、\(dt=a\,d\eta\) より \(H=a'/a^2\)。これを \(H^2=\tfrac{8\pi G}{3}\rho\) に入れて整理すると
$$(\phi')^2=\frac{8\pi G}{3}\,\rho\,\phi^4$$② 物質の薄まり方 \(\rho\propto\phi^{-3(1+w)}\) を入れる
$$(\phi')^2=K\,\phi^{\,1-3w},\qquad K\equiv\frac{8\pi G\rho_0}{3}$$③ 「運動エネルギー + ポテンシャル」の形に並べ替える
$$\tfrac12(\phi')^2\;+\;\underbrace{\Big(-\tfrac{K}{2}\phi^{\,1-3w}\Big)}_{U(\phi)}\;=\;0$$左辺は、質量1の粒子がポテンシャル \(U\) の中を \(\phi\) 軸上で走っているときの力学的エネルギーそのもの。フリードマン方程式は、それがぴったりゼロだと言っています。
ここは味わってください。膨張宇宙の方程式が、一次元の玉ころがしになりました。しかも全エネルギーがちょうどゼロ ── 「宇宙の全エネルギーはゼロである」という有名な言い回しは、正確にはこの式のことです。
エネルギー保存の式を \(\eta\) で微分すれば(\(\phi'\phi''+U'\phi'=0\))、見慣れた形が出ます。
加速度 = −ポテンシャルの傾き。物質の状態方程式 \(w\) は、ディラトンのポテンシャルの「べき」だった。
指数に注目してください ── \(1-3w\)。01節で出てきたトレース \((3w-1)\rho\) と、符号違いの同じ数です。偶然ではありません。共形対称性の破れ具合が、そのままポテンシャルの形になっている。
あとは \(w\) を入れるだけです。宇宙論でおなじみの四人を並べます。
| 物質 | \(w\) | \(\rho\propto\) | ポテンシャル \(U(\phi)\) | \(\phi(\eta)\) | \(a(t)\) |
|---|---|---|---|---|---|
| 放射 | \(1/3\) | \(a^{-4}\) | 平ら(力ゼロ) \(U=-K/2\) | \(\propto\eta\) | \(t^{1/2}\) |
| 物質 | \(0\) | \(a^{-3}\) | 一定の傾きの坂 \(U\propto-\phi\) | \(\propto\eta^2\) | \(t^{2/3}\) |
| \(c\cdot t=\)一定 | \(-1/3\) | \(a^{-2}\) | 質量項 \(U=-\dfrac{\phi^2}{2t_0^{2}}\) | \(e^{\eta/t_0}\) | \(t\) |
| 宇宙定数 Λ | \(-1\) | 一定 | 自己結合 \(U\propto-\phi^4\) | \(-1/(H_0\eta)\) | \(e^{H_0t}\) |
左半分は宇宙論の教科書の最初のページ、右半分は素粒子論の言葉です。放射はポテンシャルを持たない自由な場、物質は一定の力に押される場、宇宙定数は \(\phi^4\) の自己結合 ── どれも場の理論では毎日見る顔ぶれ。そして真ん中の赤い行が、このシリーズの主役です。
ツマミを右端(放射)に振ると丘は真っ平らになり、左へ動かすほど急な下り坂になっていきます。玉は必ず \(\phi=0\)(ビッグバン)から出発して右へ転がる ── 全エネルギーがゼロなので、頂上では必ず速度ゼロです。
表の赤い行をよく見てください。\(w=-1/3\) は、三つのまったく別に見える意味で境目に立っています ── そして三つは、同じ一つの事実です。
第3回で「\(a\propto t\) だと共形時間 \(\eta\) が \(-\infty\) まで取れて、ミンコフスキー全体を覆う」と書きました。あれの理由が、いまはっきりします ── ポテンシャルが二次だからです。二次の丘の頂上は、無限の時間をかけないと登れない。放物線の頂点で速度がゼロになる、あの感覚そのものです。
表をもう一度見ると、気になることがあるはずです。\(U\) の頭に、どれもマイナスが付いている。谷ではなく丘ばかり。玉は転がり落ちる一方で、戻ってきません。
これは第4回の宿題の回収です。あのとき、ディラトンの運動項の符号が逆を向いていること(ゴースト)を見ました。健全な場なら \(-\tfrac12(\partial\phi)^2\) となるところが \(+6(\partial\phi)^2\) だった。運動項の符号が逆なら、ポテンシャルの効き方も逆になります。 健全な場が谷に落ち着くところで、この場は丘を下る。
そして丘の上を転がり続けるということは、止まらないということ。膨張が終わらないのは、この符号のせいだ ── と読むこともできます。もちろんこれは書き換えた側の言い方で、もとの絵では単に「宇宙が膨張し続けている」と言うだけのこと。同じ事実が、別の言葉では別の顔をする、というだけです。
今回の \(U(\phi)\) は、フリードマン方程式を書き換えて取り出した実効ポテンシャルです。「宇宙にこういうポテンシャルを持つ場が実在する」と言っているのではありません ── 物質の状態方程式を、ディラトンの言葉に翻訳するとこう見える、という辞書です。第4回の数え上げ(場+1、対称性−1、差引ゼロ)は、ここでも生きています。
そして、\(w=-1/3\) を誰が作るのかは、この回では一切答えていません。放射も物質もダークエネルギーも \(w=-1/3\) ではないので、宇宙全体の総和がぴったり \(-1/3\) になる必要があります(\(R_h=ct\) 宇宙が要求しているのは、まさにこれ)。それが自然に実現するかは未解決で、しかも額面で初期宇宙まで走らせると元素合成が壊れます ── 番外編で正面から扱います。ポテンシャルが美しいことと、そのモデルが正しいことは、別の話です。
物質を入れるとディラトンはゲージでいられなくなる。押すのはエネルギー運動量テンソルのトレース \((3w-1)\rho c^2\) で、これがゼロの放射だけが共形変換を壊さない。フリードマン方程式を共形時間で書き直すと \(\tfrac12(\phi')^2+U(\phi)=0\) という全エネルギーゼロの玉ころがしになり、ポテンシャルは \(U(\phi)=-\tfrac{K}{2}\phi^{1-3w}\) ── 状態方程式が、そのままポテンシャルのべきになる。
放射は平ら(自由場)、物質は一定の坂、宇宙定数は \(\phi^4\)、そして \(c\cdot t=\text{一定}\) はちょうど質量項 \(U=-\phi^2/2t_0^2\)。この \(w=-1/3\) は、①ポテンシャルが二次になる ②共形時間が無限になる ③加速がゼロになる、の三つが同時に起きる分水嶺で、三つは同じ一つの事実の別の顔でした。ポテンシャルが全部「丘」なのは、第4回で見たゴーストの符号がそのまま効いているからです。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで状態方程式 w を変え、ポテンシャルの形と膨張のしかたが連動して変わる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。