スケール因子は、時空の性質ではなく、時空の上に乗った「場」だった
第3回で、\(c\cdot t=\text{一定}\) の宇宙は共形変換でミンコフスキーになり、その同じ計量を宇宙時間で読むと「光速が遅くなる」になる、と分かりました。三つの絵が同じ物理だ、とも。でも なぜ、そんな都合のいい書き換えが許されるのでしょうか。 計量だけを見ていても、答えは出ません。物理法則そのもの ── 作用に共形変換をかけてみると、理由がはっきりします。そして途中で、少し驚くことが起こる。重力が、スカラー場ひとつに化けるのです。
物理法則を書く方法は二つあります。ひとつは「この式に従って動け」という運動方程式。もうひとつが作用で、こちらは点数表です。考えうるすべての経路にあらかじめ点数をつけておき、自然は点数が極値になる経路を選ぶ ── そういう書き方。
点数表のほうが便利なのは、対称性がひと目で見えるからです。運動方程式を10本にらむより、点数表を1本見て「この操作で点数が変わらない」と言えるほうが早い。今回やりたいのはまさにそれです。
重力の点数表は、アインシュタイン・ヒルベルト作用と呼ばれます。
読み方はこれだけで十分です。\(R\) は時空の曲がり具合(スカラー曲率)。\(\sqrt{-g}\) は体積の測り方で、計量が伸びれば体積も変わるぶんを補正する係数。合わせて「時空の曲がりを、時空全体で足し上げたもの」。この点数が極値になる、という条件からアインシュタイン方程式が出てきます。
第3回でやったのと同じ置き換えをします。ただし今度は、計量ではなく作用のほうへ。
$$g_{\mu\nu} = \phi^2\,\tilde g_{\mu\nu}$$ここで \(\phi\) は、第3回でスケール因子 \(a\) が担っていた役です(\(\phi=a\))。ただしこれから \(\phi\) を、時空の各点で値を持つ「場」として扱います。この一歩が、今回のすべてです。
必要な公式は二つ。体積のほうは素直で、4次元なので \(\phi\) が4つぶん出ます。曲率のほうは少し込み入っていますが、教科書に載っている標準的な結果です。
① 二つの公式(\(\omega=\ln\phi\) と書きます)
$$\sqrt{-g}=\phi^4\sqrt{-\tilde g},\qquad R=\phi^{-2}\Big[\tilde R-6\tilde\Box\omega-6(\tilde\partial\omega)^2\Big]$$② 掛け合わせて、\(\omega\) を \(\phi\) に戻す
$$\sqrt{-g}\,R=\sqrt{-\tilde g}\;\phi^2\Big[\tilde R-6\tilde\Box\omega-6(\tilde\partial\omega)^2\Big] =\sqrt{-\tilde g}\Big[\phi^2\tilde R-6\,\phi\,\tilde\Box\phi\Big]$$(\(\Box\ln\phi=\Box\phi/\phi-(\partial\phi)^2/\phi^2\) を使うと、\((\partial\phi)^2\) の項がきれいに消え合います)
③ 部分積分すると、符号が反転して残る
$$\int\!\sqrt{-\tilde g}\,\big(-6\phi\tilde\Box\phi\big)=+6\int\!\sqrt{-\tilde g}\,(\tilde\partial\phi)^2$$微分が片方から片方へ移り、マイナスがひとつ付いて、二つのマイナスが打ち消える。高校で習う部分積分と、やっていることは同じです。
もとの点数表には \(R\) しかありませんでした。いまは、曲率の項と、\(\phi\) が動くことに対する項の二つがある。重力が、幾何と場に分裂しました。
この形、実は素粒子論の教科書に載っています。6でくくり出してみましょう。
$$S = \frac{6c^4}{16\pi G}\int\!\sqrt{-\tilde g}\;\Big[(\tilde\partial\phi)^2+\tfrac{1}{6}\,\phi^2\tilde R\Big]d^4x$$角括弧の中は、共形結合したスカラー場そのものです。スカラー場を曲がった時空に置くとき、曲率との結合の強さ \(\xi\) は本来自由に選べます(\(\xi\phi^2R\) という項)。ところが
この特別な値のときだけ、質量ゼロのスカラー場の理論は共形変換のもとで不変になります。そして重力を書き換えたら、その特別な値がひとりでに出てきた。偶然ではありません ── もともと \(\phi\) は共形変換の因子として持ち込んだのだから、共形変換と相性のいい結合になるのは当然です。でも、当然が式の上に現れると気持ちがいい。
ここが今回のいちばん大きな話です。
もとの描像で、\(a(t)\) は時空そのものの性質でした。「空間が伸びている」という、入れ物の側の事実。ところが書き換えたあとの \(\phi\) は、時空の上に乗って値を持つ場です。入れ物 \(\tilde g\) と、中身 \(\phi\) に分かれた。膨張は、幾何から場へ引っ越したのです。
この \(\phi\) には名前があります。ディラトン(dilaton、伸び縮みの場)。そして第3回で見た「質量が \(\phi\) 倍になる」を思い出すと、この場の役割がはっきりします ── ディラトンは、すべての質量の目盛りを決める場です。
やっと最初の問いに答えられます。新しい点数表を眺めてください。\(\tilde g\) と \(\phi\) は、いつも \(g=\phi^2\tilde g\) という組み合わせでしか現れません。ということは ──
\(\tilde g\) を \(\Omega^2\) 倍しても、\(\phi\) を \(1/\Omega\) 倍すれば、積 \(\phi^2\tilde g\) は動かない。だから点数は1点も変わりません。共形変換が、この理論の対称性になったのです。
そして対称性があるということは、どう分けるかは自由だということ。膨張という一つの事実を、\(\tilde g\) に持たせるか \(\phi\) に持たせるかは、こちらが決めていい ── これが第3回の三つの絵の、正体でした。絵の違いは物理の違いではなく、ゲージの選び方だった。
青と緑はツマミに応じて激しく入れ替わるのに、紺の線はぴくりとも動きません。紺が表しているのは 「銀河間の固有距離 ÷ 原子の半径」 ── 望遠鏡と定規で実際に測れる、次元の消えた比です。原子半径は \(1/\tilde m\) に比例し、\(\tilde m=\phi m\) ですから、この比は \(\tilde a\cdot\phi\) に比例する。そして \(\tilde a\cdot\phi = a\) は、ゲージの選び方に依りません。
ここで立ち止まる必要があります。場を1個増やしたのに、物理は増えていないのでしょうか。数えてみましょう。
これは物理を足す操作ではなく、帳簿を書き換える操作だ、ということです。前シリーズの背骨がそのまま出てきました。ただし帳簿を書き換えたおかげで、選択の自由が目に見えるようになった ── それがこの書き換えの、唯一にして最大の利益です。
最後に、気持ちの悪いものを一つ置いていきます。もう一度、出てきた点数表を見てください。
$$S \supset \frac{c^4}{16\pi G}\cdot 6\int\!\sqrt{-\tilde g}\,(\tilde\partial\phi)^2$$健全なスカラー場なら、この項は \(-\tfrac12(\partial\phi)^2\) というマイナスで始まるはずです。ところがここは \(+6\)。符号が逆を向いている。こういう場をゴーストと呼びます ── 動けば動くほどエネルギーが下がるので、放っておくと際限なく暴走する。
いまは、まだ困りません。\(\phi\) は 05 節で見た通りまるごとゲージで、共形変換ひとつで好きな値に固定できてしまう。動く自由がないものは、暴走のしようもない。
困るのは、量子にしたときです。経路積分ではあらゆる場の値を足し上げるので、「ゲージだから見ないでおく」が通りません。1978年、ギボンズ・ホーキング・ペリーはこの符号のせいで重力の作用が下に非有界になることを指摘しました ── 共形因子問題。量子重力のいちばん古い泣きどころのひとつで、いまも完全には片付いていません。第9回で正面から扱います。
今回やったのは Stückelberg 型の書き換えです ── 「共形不変な重力理論を新しく作った」のではありません。もとのアインシュタイン重力と、物理的な中身は完全に同じ。06節の数え上げがその証拠です。共形対称性は、こうやってなら「後付けで」いくらでも作れてしまう、という点は忘れないでください。
't Hooft の主張は、ここから先の仮説です ── 「後付けで作れる対称性」ではなく「自然が本当に持っている、自発的に破れた対称性」だと見なそう、という提案。魅力的ですが、まだ証拠のある話ではありません。今回の計算が保証しているのは、あくまで「書き換えは正しくできる」ところまでです。
重力の点数表 \(S=(c^4/16\pi G)\int\sqrt{-g}R\) に \(g=\phi^2\tilde g\) を入れ、部分積分すると \(\;\phi^2\tilde R+6(\tilde\partial\phi)^2\;\) が出る。角括弧を 6 でくくれば係数は \(1/6\) ── 4次元の共形結合そのもの。重力は、共形結合したスカラー場ひとつに化けた。この \(\phi\) がディラトンで、すべての質量の目盛りを決める場です('t Hooft)。
そしてこの点数表は \(\tilde g\to\Omega^2\tilde g,\ \phi\to\phi/\Omega\) で不変 ── 共形変換が対称性になった。第3回で並べた三つの絵は、この対称性の三つのゲージ選択でした。ただし場を1個増やして対称性を1個増やしただけなので、物理の自由度は差し引きゼロ。帳簿の書き換えであって、新しい物理ではない。 代償として \(\phi\) の運動項は符号が逆(ゴースト)── 古典では無害、量子では厄介。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで「膨張を計量と場にどう配分するか」を連続的に変えられます。「答えを見る」で解答が開きます。