「光速が遅くなる」は、いったい何をした結果なのか ── 正体を、一本の式で押さえる
前シリーズ「わかる宇宙論」は、第1回から最終回まで 「宇宙が膨張している」を「光速がゆっくり遅くなっている」と読み替える という一本の補助線で走りました。番外編④では、その読み替えが成り立つ条件を二つ挙げた ── \(c_B\cdot a=\text{一定}\) と \(\alpha\) 不変。正しい答えでしたが、なぜその二つなのかは、はっきりしないままでした。第1回・第2回で用意した共形変換を使うと、二つとも同じ一つの操作から出てきます。しかも「光速が遅くなる」の正体が、たった一行で言えるようになる。
第1回で見た通り、共形変換(Weyl 変換)は一行で書けます。時空の各点で、長さの物差しを \(\Omega\) 倍する ── それだけです。
座標変換(同じ地図に別の目盛りを振る)とは違います。座標変換では時空の形は変わりませんが、共形変換は長さそのものを引き伸ばす。ただし各点で全方向いちように伸ばすので、角度は変わらない ── だから「共形(形を共にする)」と呼ばれます。
そして第1回で強調した通り、この操作は「時空を変えた」のではなく「物差しを取り替えた」と読むこともできます。単位系の変更を、場所ごとにやっているだけ。この二通りの読み方の間を行き来するのが、このシリーズ全体のテーマです。
舞台を用意します。平らな膨張宇宙(FLRW)の計量は、伸びない格子(共動座標 \(x\))とスケール因子 \(a(t)\) を使って
$$ds^2 = -c_0^2\,dt^2 + a(t)^2\,dx^2$$と書けます。前シリーズの \(c\cdot t=\text{一定}\) は、正体を明かせば \(a(t)=t/t_0\)(まっすぐ膨張)でした。これを共形変換で完全に平らな時空に持っていきます。二手で済みます。
まず座標変換だけ。時間の刻みを \(a\) で割った新しい時間 \(\eta\) を使います。
定義
$$d\eta = \frac{dt}{a(t)} = \frac{t_0}{t}\,dt$$積分すると
$$\eta = t_0\ln\!\frac{t}{t_0}\qquad\Longleftrightarrow\qquad t = t_0e^{\eta/t_0},\quad a(\eta)=e^{\eta/t_0}$$面白いことが起きています。宇宙時間で「まっすぐ」だった膨張 \(a\propto t\) は、共形時間で見ると指数関数 \(a\propto e^{\eta/t_0}\) になる。そして計量は、全体をくくり出せる形になります。
角括弧の中は、もう膨張していません。ただのミンコフスキー(平らな時空)です。膨張はぜんぶ、前についた一個の係数 \(e^{2\eta/t_0}\) に押し込まれました。
係数が一個くくり出せたなら、共形変換の出番です。\(\Omega = 1/a = e^{-\eta/t_0}\) を選べば、きれいに割り切れます。
厳密なミンコフスキー時空です。膨張は、跡形もありません。ここまでは、共形変換の教科書に載っている標準的な手続き ── FLRW 宇宙が「共形平坦」であることの、いちばん素直な確認です。
いま作った \(\tilde g\) は、\(\eta\) という時間座標で書いてあります。でも計量は、どの座標で書いても同じ計量です。もとの宇宙時間 \(t\) に戻して書いてみましょう。\(d\eta = (t_0/t)\,dt\) を代入するだけです。
代入
$$-c_0^2\,d\eta^2 = -c_0^2\Big(\frac{t_0}{t}\Big)^2 dt^2 = -\Big(\frac{c_0t_0}{t}\Big)^2 dt^2$$つまり
$$d\tilde s^2 = -\Big(\frac{c_0t_0}{t}\Big)^2 dt^2 + dx^2$$この係数、見覚えがあるはずです。前シリーズ第1回の、唯一のルールそのもの。
並べれば、答えが出ています。
「光速が遅くなる」とは、共形変換したあとの計量を、宇宙時間座標で読んだものだった。
同じ一つの \(\tilde g\) を、\(\eta\) で読めば光速は一定、\(t\) で読めば光速は \(c_0t_0/t\) で落ちていく。共形変換が「膨張を消す」仕事をし、時間座標の選び方が「その代償をどこに払うか」を決めている。前シリーズが「わかりやすい」と言って使い続けた見方は、この二段構えの産物でした。
ツマミを右に回していくと、下のほう(宇宙の初期)の目盛りがどんどん引き伸ばされ、それにつれて光の道がまっすぐになっていくのが見えます。膨張を時間側に押し込むとは、文字どおりこの引き伸ばしのこと。そして引き伸ばしきった右端(共形時間)では、光は最初から最後まで同じ速さで進んでいます。
ここまでは計量、つまり「入れ物」の話でした。共形変換は物質にも効きます。第2回で見た通り、\(\tilde g=\Omega^2g\) のもとで質量は
$$\tilde m = \Omega^{-1}m = a\,m$$と変換します(質量項 \(\int\sqrt{-g}\,m\bar\psi\psi\) が形を保つには、こう動くしかない)。\(c\cdot t=\text{一定}\) では \(a=t/t_0\) ですから ──
質量が増えるということは、ボーア半径 \(\hbar/(m c\alpha)\) は縮む ── 宇宙は膨張しておらず、原子のほうが縮んでいる。これが第2回で紹介した Wetterich の絵です。そして \(c\cdot t=\text{一定}\) では、その縮み方が「\(1/t\) に比例」という、いちばん簡単な形になります。
同じ変換を温度にかけると、もっと驚くことが起こります。温度もエネルギーなので \(\tilde T = aT\)。ところが膨張宇宙では \(T\propto 1/a\) ですから、
$$\tilde T = a\cdot\frac{{\rm const}}{a} = \text{一定}$$変換後の宇宙は、冷えません。 宇宙マイクロ波背景放射は、いつの時代も 2.725 K。では前シリーズ第7回・第9回・第10回が全部使っていた「宇宙の冷却」はどこへ行ったのか ── 質量の増加のほうに移ったのです。温度が下がって束縛エネルギーに追い抜かれるのではなく、束縛エネルギーが育って温度を追い抜く。同じすれ違いを、逆から見ている。
「同じ物理」なら、無次元の比は一致するはずです。再結合が起きる条件は「リュードベリ \(\div\) 熱エネルギー」で決まるので、両方の絵で計算して比べます。
膨張の絵(標準)
$$\frac{13.6\ \mathrm{eV}}{k_B\!\cdot\!(2.725\times1101\,\mathrm{K})} = \frac{13.6}{0.2586\ \mathrm{eV}} = 52.6$$共形変換した絵(温度一定・質量が育つ)
$$\frac{13.6/1101\ \mathrm{eV}}{k_B\!\cdot\!2.725\,\mathrm{K}} = \frac{0.01235}{2.348\times10^{-4}\ \mathrm{eV}} = 52.6$$分子と分母が両方 1101 倍ずれて、比だけが残る。観測が変わらないとは、こういうことです。
前シリーズ番外編④は、等価が成り立つ条件を二つ挙げました。共形変換の言葉で見ると、二つとも別々の要請ではありません。
条件1(\(c_B\cdot a=\text{一定}\))は、\(\Omega=1/a\) を選んだこと、そのものです。変換の中身を書き下しただけ。
条件2(\(\alpha\) 不変)のほうが面白い。\(\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\) を作る \(e,\hbar,c\) は、共形変換のもとでどれも動きません。電磁場の作用 \(\int\sqrt{-g}\,F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\) は 4 次元では共形不変で、\(\Omega\) が完全に打ち消し合うからです。だから
つまり \(\alpha\) 不変は「守らなければいけない条件」ではなく、共形変換をきちんとやれば勝手に成り立つ定理だった。番外編④が二つの条件を並べたのは正しかったけれど、二つ目は一つ目の帰結だったわけです。
| ① 空間が伸びる | ② 光が遅くなる | ③ 質量が育つ | |
|---|---|---|---|
| 計量 | もとの \(g\) | 共形変換した \(\tilde g=g/a^2\)(同じもの) | |
| 時間座標 | 宇宙時間 \(t\) | 宇宙時間 \(t\) | 共形時間 \(\eta\) |
| 光速 | \(c_0\) 一定 | \(c_0t_0/t\) | \(c_0\) 一定 |
| 質量 | 一定 | \(\propto t\) | \(\propto t\) |
| 温度 | \(\propto 1/t\) | 一定 | 一定 |
| 赤方偏移の説明 | 波長が伸びる | 昔の光は速かった | 昔の原子は軽かった |
| \(1+z\) | \(a_0/a_e=t_0/t_e\) | \(c(t_e)/c(t_0)=t_0/t_e\) | \(\tilde m_0/\tilde m_e=t_0/t_e\) |
三つとも、最後の行が同じです。②と③は同じ計量を違う時間座標で読んだ姉妹、①はそこから共形変換一つ分だけ離れた場所にいる。前シリーズが「レコードとCD」と呼んだ二枚の盤は、実は三枚あったのでした。
共形変換は書き換えです。書き換えただけで新しい予言は生まれません。ですからこの回は「\(c\cdot t=\text{一定}\) が正しい」と主張してはいません ── もし \(a\propto t\) なら、その姿はこうなる、と言っているだけです。膨張のしかたが本当に \(a\propto t\) かどうかは、観測が決める別の問題。
そして、その別の問題の答えは、いまのところ厳しい。\(a\propto t\) を初期宇宙まで額面で走らせると、冷却が遅すぎて元素合成が壊れます(Lewis ら 2016:ヘリウムの質量分率が観測の 0.25 に対して \(10^{-3}\) オーダー)。番外編で正面から扱いますが、共形変換で見方が三つに増えても、判決は三つとも同じです。無次元の比は、どの絵でも同じ値になるのだから。
\(c\cdot t=\text{一定}\) の宇宙は、共形時間 \(\eta=t_0\ln(t/t_0)\) に移してから \(\Omega=1/a\) の共形変換をかけると、厳密なミンコフスキー時空になる。膨張は跡形もなく消える。そして同じ計量を宇宙時間 \(t\) で読み直すと \(d\tilde s^2=-c_B(t)^2dt^2+dx^2\)、\(c_B=c_0t_0/t\) ── これが「光速が遅くなる」の正体。共形変換が膨張を消し、時間座標の選択が代償の払い先を決めていた。
物質の側では質量が \(\propto t\) で育ち、温度は一定になる。冷却は質量の増加に化ける。そして \(e,\hbar,c\) がどれも共形変換で動かないおかげで、\(\alpha\) は条件を課すまでもなく不変 ── 前シリーズ番外編④の「条件2」は、実は「条件1」の帰結でした。VSL がつまずいたのは、その操作を共形変換にし損ねたから。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで時間座標を宇宙時間から共形時間へ連続的に変えられます。「答えを見る」で解答が開きます。