「ゲージ」という言葉は、もともと物差しの目盛りのことでした
前シリーズ「わかる宇宙論」は、最初から最後まで一つの合言葉で走りました ── 次元付きは帳簿、無次元だけが物理。 光速を変えてもいい、空間を伸ばしてもいい、比さえ守れば観測は変わらない。あれは正しかったのですが、なぜ正しいのかは説明されていませんでした。理由には名前があります。共形変換(Weyl 変換)。そしてその名前は、ある失敗した統一理論に由来します。
一般相対性理論ができて数年。ヘルマン・ワイルは、その理論にひとつだけ不公平な点があると考えました。
曲がった時空では、離れた二点で「向き」を比べることができません。矢印を平行移動させて持っていく必要があり、しかもどの道を通ったかで結果が変わる(地球儀の上でやってみると分かります)。これが曲率の正体です。
ところが「長さ」はどうか。一般相対論では、どんなに離れた二点でも、長さは無条件に比べられることになっている。向きは経路に依存するのに、長さだけは絶対。ワイルはここを不自然だと思いました。
長さの基準も、各点で自由に選べるようにしよう。
$$g_{\mu\nu}(x)\;\longrightarrow\;\Omega(x)^2\,g_{\mu\nu}(x)$$この「基準の選び直し」を、ワイルはドイツ語で Eichung と呼びました ── 計量器を校正すること、物差しに目盛りを刻むこと。英語に訳されたとき、この語は gauge になりました。そう、あのゲージです。
そしてワイルは、ここから一気に進みます。場所ごとに物差しが違うなら、離れた点の長さを比べるには補正場が要る ── 向きを運ぶのに接続が要るのと同じように。その補正場をベクトル場 \(\phi_\mu\) とすると、基準の選び直し \(\Omega=e^{\lambda}\) に対して \(\phi_\mu\to\phi_\mu-\partial_\mu\lambda\) と変換しなければならない。
この変換則に、ワイルは見覚えがありました。電磁ポテンシャルとまったく同じ形だったのです。そこで彼はこう結論します ── 電磁場とは、長さの物差しを運ぶための接続である。 重力と電磁気の、最初の統一理論でした。
ワイルの論文は、アインシュタインの反論を付録として付けたまま出版されました。反論は、たった一つの観察に基づいています。
物差しが場所ごとに違い、しかもその違いを運ぶのに経路が要るなら ── 同じ二点を、違う道で結ぶと、答えが変わる。
具体的には
同じ原子時計を二つ用意し、別々の道を通らせてから再会させる。すると、二つの時計の刻む周期がずれてしまう。時計の歩みが、歩いてきた道の履歴に依存する ── これを第二時計効果といいます。
ところが
現実の原子は、どこにあっても、どんな歴史を経ても、まったく同じ波長の光を出します。水素は宇宙のどこで見ても水素の色をしている。スペクトル線が鋭いという、当時すでに確立していた事実が、ワイルの理論を即座に否定していました。
ワイルの反論は苦しいものでした ── 「物差しや時計が実際にどうふるまうかは、物質の力学理論からしか導けない」。つまり、原子が本当に履歴を覚えないかどうかは、まだ分からないではないか、と。言い分としては筋が通っていますが、証拠がない。 ワイルは最終的に理論を撤回します。
1929年、ワイルは同じアイデアを別の量に付け替えました ── 長さではなく、量子力学の波動関数の位相に。
$$\psi(x)\;\longrightarrow\;e^{i\theta(x)}\psi(x)$$各点で位相を自由に選べるようにすると、補正場が要る。その変換則は \(A_\mu\to A_\mu+\partial_\mu\theta\) ── 1918年とまったく同じ形です。そして今度はうまくいきました。前シリーズ第8回「i の曖昧さが、力を生む」でやったのが、これです。
なぜ位相なら大丈夫だったのか。理由は単純です。
| 1918:長さのゲージ | 1929:位相のゲージ | |
|---|---|---|
| 運ぶもの | 物差しの目盛り | 波動関数の位相 |
| ずれると | 時計の周期が変わる | 位相が回るだけ |
| 観測にかかるか | かかる(スペクトル線がぼける) | 直接はかからない(位相は測れない) |
| 結末 | アインシュタインに反証された | 素粒子物理の土台になった |
そして名前だけが、そのまま残りました。「ゲージ」という語が「物差し」を意味していた時代の痕跡が、いまも量子場の理論の中心に残っている ── 物理学でいちばん有名な、名前の化石です。
ここが今回の核心です。ワイルの理論は全部が死んだわけではありません。 殺されたのは「経路に依存する部分」だけでした。
もう一度、図のツマミを思い出してください。\(k=0\) のとき、二つの経路の物差しはぴったり一致しました。このとき、長さの変化は経路に依らず、行き先の座標だけで決まります ── 可積分といいます。
\(\Omega\) が各点で一つの値に決まっているので、どの道を通っても同じ。第二時計効果は起きません。
つまり現代の共形変換は、ワイル幾何から非可積分な部分を落として、可積分な場合だけを残したものです。アインシュタインの反論をかわしたのではなく、反論が当たった部分を、はじめから持っていない。
これから 9 回かけて確かめることを、先に一行ずつ並べておきます。
| 共形変換で | 結果 | 詳しくは |
|---|---|---|
| 光円錐 | 動かない(因果構造は不変) | 第7回 |
| \(\alpha\) などの無次元量 | 動かない | 第3回 |
| 長さ・質量・温度・曲率 | 動く(次元付きだから) | 第3回・第6回 |
| 膨張のしかた | 動く ── なんなら消せる | 第3回 |
| アノマリーとゴースト | 量子では、消せないものが残る | 第8回・第9回 |
前シリーズの合言葉「次元付きは帳簿、無次元だけが物理」は、この表の 2 行目と 3 行目のことでした。直観で掴んでいたものに、名前と式が付いた ── それがこのシリーズです。
ワイルの1918年理論を「失敗」と切って捨てるのは、少し乱暴です。非可積分な長さ接続を持つ幾何(ワイル幾何)は、いまも重力理論の研究対象として生きていますし、第4回で紹介する 't Hooft のように、局所共形対称性を基本原理に格上げしようという現代の提案もあります。死んだのは「電磁場=長さの接続」という同一視であって、幾何そのものではありません。
また、アインシュタインの反論は物理的には決定的でしたが、論理的にはワイルの言い分(「物質のふるまいは力学から導くべきだ」)にも一理あります。実際、原子時計が \(\alpha\) の変化を \(10^{-18}\)/年の精度で否定しているという現代の測定があってはじめて、この議論は完全に閉じます ── 前シリーズ番外編③でやったのが、まさにそれでした。100年前の論争が、いまの精密測定で決着している。
1918年、ワイルは「長さの基準も各点で選べるべきだ」として \(g_{\mu\nu}\to\Omega(x)^2g_{\mu\nu}\) を導入しました。ドイツ語の Eichung(物差しの校正)が、英語の gauge になった瞬間です。基準を運ぶ補正場の変換則が電磁ポテンシャルと同じだったことから、彼はそれを電磁場と同一視し、重力と電磁気の統一を宣言しました。
アインシュタインは同じ論文の付録で反論します ── 物差しの運び方が経路に依存するなら、時計の歩みが履歴に依存する(第二時計効果)。でも原子スペクトルは鋭い。ワイルは撤回し、11年後に同じアイデアを位相に付け替えて成功させました。そして残った可積分な部分 ── \(\Omega\) がただの一価関数である場合 ── が、いま私たちが共形変換と呼ぶ操作です。反論をかわしたのではなく、反論の当たる部分を持っていない。この 10 回は、その操作で宇宙を書き換え続ける話になります。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで非可積分性を変え、二つの経路の物差しがずれる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。