わかる c·t=一定 番外編 ⑤ / 本編完結後の深掘り

ベータ関数の形だけで、三大問題が偽陽性ゼロで当たる

事前分布は、
選ぶものではなかった くりこみ群が測度を配ります ── 流れに不変な測度は、ただ一つ。
そして自分の作った逃げ道を、二つ塞ぐことになりました。

必要な道具:第3回の判定、第35回のスキーム依存、第37回の走り、第48回の事前分布、番外編②③④20 例で 3 つ ── 偽陽性ゼロ、偽陰性ゼロ

番外編④で、驚き・自然さ・数値の一致が「正準な測度はあるか」という一つの問いに潰れました。番外編③はそれに「コンパクトなら Haar、非コンパクトなら無い」と答えましたが ── それは粗すぎました群の対称性以外にも、測度を配る仕組みがあります。 そしてその先で、標準模型の三大微調整問題が偽陽性ゼロで当たります

01くりこみ群は、測度を配る

1 次元の流れ \(dg/dt=\beta(g)\) で、流れに対して不変な測度 $$\frac{d}{dt}\int\rho\,dg=0 \iff \frac{d(\rho\beta)}{dg}=0 \iff \rho\beta=\text{一定} \iff \boxed{\rho\propto\frac1\beta}$$

規格化を除いて一意。そして \(\int dg/\beta\) は RG 時間そのもの

01節の結論

「事前確率 = その値の近くで理論が過ごす RG 時間」
── これは選択ではありません。流れの不変測度は一意だからです。

02なぜ RG 不変でなければならないのか

?
パラメータの値は、どのスケールで言うかで変わる第37回 ── \(\alpha\) は \(M_Z\) で 128、低エネルギーで 137
!
判定がスケールで変わるなら、判定は規約に依存している第3回:規約で変わる答えは、答えではない
だから事前分布は、RG 不変でなければならないそして 01節より、それは 一意に決まる
スケール\(\alpha_s\)一様な事前での「不自然さ」
1 GeV あたり\(0.500\)\(1.00\) bit
\(m_b\) あたり\(0.214\)\(2.22\) bit
\(M_Z\)\(0.118\)\(3.08\) bit
\(M_{\rm Planck}\)(1 ループ外挿)\(0.0191\)\(5.71\) bit

同じ理論の同じ結合が、スケールを変えるだけで 4.71 ビット動きます。 一様な事前は RG 不変ではない ── だから判定として使えません。

03測度の形は、\(\beta\) の形だけで決まる

\(\beta\) の形\(dg/\beta\)誘導される測度値段
\(\beta=0\)縮退群に戻る(Haar)場合による
\(\beta\propto g\)(乗法的)\(dg/g\)対数一様安い
\(\beta\propto g^2\)\(dg/g^2\)\(1/g^2\) 重み安い
\(\beta=\)一定(加法的)\(dg\)線形高い

03節の結論

そして \(\beta\propto g\) になるのは、\(g=0\) で対称性が増えるときだけです ──
\(g=0\) に対称性があれば \(g\) は自分に比例してしか生成されず、無ければ他の質量から加法的に生成される。
── これは 't Hooft の自然性の基準そのもの。

◇ ◇ ◇

04核心 ── 標準模型の全 20 パラメータを、\(\beta\) の形だけで採点する

パラメータ個数\(\beta\) の形守る対称性値段実際の扱われ方
ゲージ結合 \(g_1,g_2,g_3\)3\(\propto g^3\)(乗法的)ゲージ対称性安い問題視されない
湯川結合9\(\propto y\)(乗法的)カイラル対称性安い't Hooft の原例
CKM の 3 角 + 1 位相4乗法的・コンパクトコンパクト安い\(\theta_{13}\) だけ 8.8 bit
ヒッグス四点結合 \(\lambda\)1\(\supset-6y_t^4\)(加法的無し要注意→ 真空の準安定性
ヒッグス質量\(^2\) \(m^2\)1\(\supset M^2\)(新物理あれば)無し高い階層性問題
\(\theta_{\rm QCD}\)1\(\beta=0\)コンパクトのみ高い強い CP 問題
宇宙定数 \(\Lambda\)1\(\supset m^4\)(加法的無し高い宇宙定数問題

今回いちばん言いたいこと

\(\beta\) の構造だけで採点して「高い」が出たのは 3 個。
それは階層性・強い CP・宇宙定数 ── 既知の三大微調整問題そのもの
── 20 例で 3 つ当てて、偽陽性ゼロ、偽陰性ゼロ。
そして \(\lambda\) の「要注意」も外れではありません ── 真空の準安定性という別種の問題を、正しく引っかけています。

図:20 個のパラメータを、\(\beta\) の形で並べたもの。左が乗法的(対数測度・安い)、右が加法的またはゼロ(線形・Haar・高い)。ツマミで「新物理をどこに置くか」を動かしてください ── ヒッグス質量だけが、置いた瞬間に左から右へ飛びます

19
乗法的(対数測度)── 安い 加法的・\(\beta=0\) ── 高い

05残った自由度は、物理の問いに化ける

?
\(\int dg/\beta\) は固定点で発散する\(\beta\to0\) なので、範囲を切る必要が残る
ところがその切り口は恣意的ではない「理論がどこまで有効か」── つまり新物理がどこに入るか
そしてそれこそが、階層性問題があるかどうかを決める当のもの04節の \(m^2\) の行 ── 事前分布に残った唯一の自由度が、物理の問いと一致した

06七度目と八度目の圧縮

七度目 $$\underbrace{\text{第48回「事前に理由があるか」}}_{\text{基準}} =\underbrace{\text{番外編③「コンパクトか」}}_{\text{定理}} =\underbrace{\text{「}\beta\text{ が乗法的か」}=\text{「}g=0\text{ に対称性があるか」}}_{\textbf{機構}}$$
\(\theta_{\rm QCD}\) の三つの顔帰結
\(\beta=0\) だから走らないRG は測度を配れない
走らないから RG 不変独立な入力で唯一の定数(番外編③)
角度だからコンパクトHaar 測度だけが使える

06節の結論 ── 八度目の圧縮

三つは独立な事実ではなく、\(\beta=0\) という一つの事実の三つの顔でした。
── そして「唯一の争いなき微調整問題」であることも、同じ一つの理由から出ます。

07自分の逃げ道を、二つ塞ぐ

番外編③の訂正:非コンパクトでも RG が測度を配る測度が無いのは \(\beta=0\) かつ非コンパクトのときだけで、標準模型にその例は無い ── 自然さは思ったより well-posed でした
48
第48回の訂正:\(\rho_\Lambda\) の \(\beta\) は \(m^4\) が加法的だから正準な測度は線形であって対数一様ではない ── 408 ビットが正しい答え。宇宙定数問題は逃げ場のない危機
!
「事前次第で 400 ビット動く」は、正準な測度を知らなかったから出ていた── 自分の作った逃げ道を、自分で塞いだ
番外編②は無事か ── 頑健性の検査 \(\log_2B\) の値:一様測度 8.67、RG 測度 8.66 ── 0.01 ビットしか違いません
(対数一様だけが 11.46 とずれますが、それも同じ桁。)圧縮則は測度の選び方に依存しませんでした。

08この見方で、新しく言えること

模型見るべきもの帰結
新しいスカラーを足すその質量の \(\beta\) に加法項が出るか出れば新しい階層性問題を作る
超対称性ボーズ・フェルミの相殺で加法項が消えるだから階層性問題を解く
アクシオン\(\theta\) に \(\beta\) を与えて動かす\(\beta=0\) の縮退を破って解く
宇宙定数のあらゆる機構\(m^4\) の加法項をどう消すかまだ誰も消せていない

08節の結論

超対称性が階層性問題を「解く」とは、\(\beta\) の加法項を消して、線形測度を対数測度に戻すことでした(408 → 約 7 ビット)。
── 模型を見て \(\beta\) を書けば、微調整問題があるかどうかがその場で決まります。

正直な線 ── そして、埋まっていない穴

① 01節の一意性は、1 次元の流れについてのみです。 多次元では不変測度は一意ではありません(\(\nabla\!\cdot\!(\rho\beta)=0\) を満たす \(\rho\) は無数にある)── ゲージ結合は 1 ループで独立に走るので 1 次元が使えますが、全パラメータには効きません。ここは本稿のいちばん技術的な弱点です。

② \(\beta\) はスキームに依存します(第35回で漸近安全性について書いたのと同じ弱点)。乗法的か加法的かという構造はスキームに依りませんが、係数は依ります

③ 07節の「\(\rho_\Lambda\) は線形が正準」は、物理として決着しているとは言いがたい主張です。 次元正則化では \(m^4\) 項の現れ方が違い、繰り込み条件の取り方にも依ります ── ここを疑う人は、第48回の「どちらとも言えない」に戻ることになります。

④ 04節の採点表は、't Hooft の自然性を測度の言葉で言い直したものです。 物理は既知で、新しいのは「事前分布の問題として閉じた」という読み方だけ ── そして 20 例という標本は小さく、「三大問題」という区分自体が文献の慣習です。

⑤ そして、いちばん大きな穴。 02節で「事前分布は RG 不変でなければならない」とは言えました。しかし ── 測度があることと、それが確率であることは別です。「長く過ごす値はありそう」という読み替えは自然ですが、証明していません。ここは埋まっていません。同じ要求から統計学の Jeffreys 事前が導かれるので孤立した主張ではありませんが、それも一つの立場です。

練習問題

  1. なぜ事前分布は RG 不変でなければならないのか。
    答えを見る
    そうでないと、判定がスケールで変わるからです。一様な事前で \(\alpha_s\) を評価すると、1 GeV で 1.00 bit、\(M_{\rm P}\) で 5.71 bit ── 同じ結合が 4.71 ビット動きます。第3回:規約で変わる答えは、答えではありません。
  2. RG 不変な測度はいくつあるか。
    答えを見る
    1 次元の流れなら ただ一つ:\(\rho\beta=\)一定、つまり \(\rho\propto1/\beta\)。それは \(\int dg/\beta=\) RG 時間そのものです。── ただし①のとおり、多次元では一意ではありません
  3. \(\beta\) の形と値段の対応は。
    答えを見る
    \(\beta\propto g\)(乗法的)→ 対数測度 → 安い。\(\beta=\)一定(加法的)→ 線形測度 → 高い。\(\beta=0\) → 群に戻る。 そして \(\beta\propto g\) になるのは \(g=0\) で対称性が増えるときだけ ── 't Hooft の基準そのものです。
  4. 20 個を採点すると、何個が「高い」に出るか。
    答えを見る
    3 個 ── \(m^2\)(新物理あり)、\(\theta_{\rm QCD}\)、\(\Lambda\)。それは階層性・強い CP・宇宙定数、既知の三大問題そのもので、偽陽性ゼロ、偽陰性ゼロ。\(\lambda\) の「要注意」も真空の準安定性を正しく引っかけています。
  5. (やや難)本稿でいちばん埋まっていない穴は。
    答えを見る
    測度があることと、それが確率であることは別だ、という点です。RG 不変性から測度が一意に決まることは示せましたが、「長く過ごす値はありそう」と読み替えてよい理由は証明していません。ここが崩れると 04節以降が全部崩れます。

まとめ 事前分布は、選ぶものではなかった

1 次元の流れ \(dg/dt=\beta(g)\) で、流れに不変な測度は \(\rho\propto1/\beta\) のただ一つ。それは RG 時間そのものです。そしてなぜ RG 不変でなければならないかも言えました ── 判定がスケールで変わるなら、それは規約に依存していて、答えではないから(第3回)。実際、一様な事前だと \(\alpha_s\) の「不自然さ」は 4.71 ビットも動きます。

測度の形は \(\beta\) の形だけで決まります ── 乗法的なら対数測度で安く、加法的なら線形測度で高い。そして \(\beta\propto g\) になるのは \(g=0\) に対称性があるときだけ、つまり 't Hooft の基準そのものでした。

そこで標準模型の 全 20 パラメータを \(\beta\) の形だけで採点すると ── 「高い」が出たのは 3 個だけ階層性・強い CP・宇宙定数、既知の三大問題そのもので、偽陽性ゼロ、偽陰性ゼロでした。\(\lambda\) の「要注意」も、真空の準安定性という別種の問題を正しく引っかけています。

残った自由度(積分範囲)も恣意的ではありませんでした ── それは「理論がどこまで有効か」、つまり新物理がどこに入るかで、それこそが階層性問題の有無を決める当のものです。事前分布に残った唯一の自由度が、物理の問いと一致しました。

そして自分の逃げ道を二つ塞ぎました。番外編③の「非コンパクトなら ill-posed」は粗すぎ ── 自然さは思ったより well-posedでした。第48回の「事前次第で 400 ビット動く」も ── \(\rho_\Lambda\) の \(\beta\) は加法的なので正準な測度は線形、408 ビットが正しい答え。宇宙定数問題は逃げ場のない危機です。

ただし ── 測度があることと、それが確率であることは別。そこは、まだ埋まっていません。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズの番外編⑤(本編全50話の完結後に書いた深掘り)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。数値は kenshou/calc63.py と calc64.py で計算しています。くりこみ群、流れの不変測度、't Hooft の自然性、真空の準安定性はいずれも標準的な内容で、04節の採点表は 't Hooft の自然性を測度の言葉で言い直したもの ── 物理は既知で、新しいのは「事前分布の問題として閉じた」という読み方だけです。01節の一意性は 1 次元の流れについてのみで、多次元では不変測度は一意ではありません(ゲージ結合は 1 ループで独立に走るので 1 次元が使えますが、全パラメータには効きません)── ここが本稿のいちばん技術的な弱点です。\(\beta\) はスキームに依存し、乗法的か加法的かという構造は不変ですが係数は依ります。07節の「\(\rho_\Lambda\) は線形が正準」は物理として決着しているとは言いがたく、次元正則化では \(m^4\) 項の現れ方が違い繰り込み条件にも依ります ── ここを疑えば第48回の「どちらとも言えない」に戻ります。04節の 20 例という標本は小さく、「三大問題」という区分自体が文献の慣習です。そしていちばん大きな穴:測度が RG 不変性から一意に決まることは示せましたが、測度があることとそれが確率であることは別で、「長く過ごす値はありそう」という読み替えは証明していません(同じ要求から統計学の Jeffreys 事前が導かれるので孤立してはいませんが、それも一つの立場です)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではツマミで新物理のスケールを動かすと、ヒッグス質量だけが左右を移ります。「答えを見る」で解答が開きます。