わかる c·t=一定 第 44 回 / 第 V 部・道具が壊れる場所
要求されていたのは「無いこと」ではありませんでした
スケールは、
無関係になればよい
格子は最小長そのものなのに、共形場理論が計算できます。
共形不変性は格子の性質ではなく、流れ着く固定点の性質だからです。
前回、最小長のある理論は共形不変ではありえないと分かりました。ところが事実として ── 共形場理論は、実際に格子の上で計算されています。格子間隔は最小長そのものなのに。今回はその矛盾しない理由を数えます。そこには、第 V 部でずっと壊れつづけてきた道具が、それでも生き延びる理由があります。
01矛盾に見えるもの
02核心 ── スケールは「無い」のではなく「無関係になる」
物理量が依存できるのは、無次元の比 \(\xi/a\) だけ(第3回)── 臨界点では \(\xi/a\to\infty\)
今回いちばん言いたいこと
共形不変性は格子の性質ではなく、格子の理論が流れ着く固定点の性質です。
「スケールが無い」のではなく、「スケールが無関係(irrelevant)になる」。
── これは第3回の手続きそのものです:物理は比のほうにあり、その比が発散するとき、答えは \(a\) に依らなくなる。
03どれくらい合っているのか ── 3 次元イジング
| 指数 | 共形ブートストラップ(連続) | 格子モンテカルロ | 相対差 | 何 \(\sigma\) |
|---|---|---|---|---|
| \(\nu\) | \(0.6299709(4)\) | \(0.63002(10)\) | \(7.8\times10^{-5}\) | \(0.5\) |
| \(\eta\) | \(0.0362978(20)\) | \(0.03627(10)\) | \(7.7\times10^{-4}\) | \(0.3\) |
Kos et al. (2016) のブートストラップと Hasenbusch (2010) の格子モンテカルロです。格子の答えと連続の答えが、\(\nu\) で 4 桁・\(\eta\) で 3 桁まで一致しています(どちらも \(1\sigma\) 以内)── 格子間隔という「最小長」は、答えのどこにも残っていません。
04普遍性 ── 中身が違っても、同じ数が出る
格子の詳細も、分子の詳細も、答えから消えています ── これが「無関係になる」ということの、実験的な意味です。
05どれだけ速く消えるのか ── 補正の指数 \(\omega\)
| \(\xi/a\) | 残る誤差 \((a/\xi)^\omega\) | ビット |
|---|---|---|
| \(10\) | \(1.5\times10^{-1}\) | \(2.8\) |
| \(10^2\) | \(2.2\times10^{-2}\) | \(5.5\) |
| \(10^3\) | \(3.2\times10^{-3}\) | \(8.3\) |
| \(10^4\) | \(4.8\times10^{-4}\) | \(11.0\) |
| \(10^6\) | \(1.0\times10^{-5}\) | \(16.5\) |
6 桁(\(10^{-6}\))に届くには \(\xi/a>1.7\times10^7\) が要ります ── 格子には載りません。だから実際には改良作用(先頭の補正項を打ち消す)と外挿を使います。03節の一致は、素朴な格子計算の成果ではなく、補正を消す工夫の成果です。
図:格子の痕跡が消えていく速さ。格子を細かくするほど誤差は \((a/\xi)^{0.83}\) で落ちますが、6 桁に届くには \(\xi/a>10^7\) が要るので、実際には改良作用で先頭の補正を打ち消します。ツマミで格子の細かさを動かしてください
06第14回とのつながり
07効かなかった例 ── ヘリウムの \(\lambda\) 転移
差 \(0.00255\)、合成誤差 \(0.00042\) → \(6.0\sigma\)、第19回の作法で 29.0 ビット
実験はスペースシャトル上での測定(Lipa et al. 2003)── 重力による圧力勾配を避けるためです。これは未解決の食い違いです。 普遍性が壊れているのか、実験か理論の系統誤差か、決着していません ── 普遍性はよく効きますが、万能の魔法ではありません。
08結局これも (A)/(B) だった
| 読み方 | 極限 | 共形不変性 | 帰結 |
|---|---|---|---|
| (A) \(a\) は取り除くべき正則化 | 連続極限を取る | 固定点で厳密 | 格子は道具 |
| (B) \(a\) は物理的(時空が本当に離散) | 取り除かない | 近似 | 違反が観測にかかりうる |
第36回の (A)/(B) が、格子間隔にも当たります。そして第43回⑤の GRB の制限は、(B) を試している測定でした。
第 V 部の答え
第43回:最小長は共形不変性と両立しない(仮定からして排除)。
第44回:それでも道具は生き延びる ── スケールが無関係になるなら。
── 道具が要求するのは「スケールが無いこと」ではなく、「スケールが答えに残らないこと」でした。
くりこみ群の意味で irrelevant なら、長距離では好きな精度で共形不変が戻ります。
① 03節の一致は、格子の側が「連続極限を取っている」ことの結果です。 有限の格子で計算した生の値ではなく、複数の格子サイズから外挿し、改良作用で先頭の補正を消したうえでの値です ── 05節のとおり、素朴な計算では \(10^3\) の格子でも 0.3 パーセントの誤差が残ります。「格子でも同じ答えが出る」は、正しくは「連続極限を丁寧に取れば同じ答えが出る」です。
② 02節の「スケールが無関係になる」は、くりこみ群の技術用語です。 日常語の「関係ない」ではなく、くりこみ変換のもとで係数が縮んでいく演算子(irrelevant operator)という意味 ── そしてどの演算子が irrelevant かは理論ごとに違い、自明ではありません。重力の場合、まさにそれが第35回の漸近安全性の未解決点でした。
③ 07節のヘリウムの食い違いは、いまも議論が続いている話題です。 実験側の系統誤差(有限サイズ効果、温度制御)、理論側の誤差評価、どちらの可能性も指摘されています ── 本稿は「未解決である」以上のことを主張しません。また \(6.0\sigma\) という値は、引いた文献値の誤差をそのまま合成したもので、系統誤差の見積もりが変われば大きく動きます。
④ 04節の普遍性の例は、教科書的な整理です。 実際の実験では臨界点への近づき方や補正項の扱いで有効数字が変わり、すべてが同じ精度で確認されているわけではありません ── 液体–気体の臨界点の指数は、磁性体ほどの精度では出ていません。
⑤ 08節の (B) は、時空が本当に離散だという主張ではありません。 そういう読み方も論理的にはありうる、という整理で、現在の観測は第43回⑤のとおり 1 次の効果を排除しているだけです ── 時空が離散かどうかは未解決で、本稿はどちらも支持しません。
練習問題
- 格子は最小長なのに、なぜ共形場理論が計算できるのか。
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共形不変性が格子の性質ではなく、格子の理論が流れ着く固定点の性質だからです。物理量が依存できるのは無次元の比 \(\xi/a\) だけで、臨界点では \(\xi/a\to\infty\) となり \(a\) が答えから落ちます ── 「スケールが無い」のではなく「スケールが無関係になる」。 - 格子を 2 倍細かくすると、精度は何ビット上がるか。
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0.83 ビット(3 次元イジングの補正指数 \(\omega=0.8303\))。\(\xi/a=10^3\) でも誤差は 0.3 パーセント(8.3 ビット)残り、6 桁に届くには \(\xi/a>1.7\times10^7\) が必要で格子には載りません ── だから改良作用と外挿を使います。 - 普遍性の実験的な意味は。
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微視的な中身がまったく違っても、同じ指数が出ることです ── 格子スピン、水の液体–気体臨界点、二成分流体、一軸強磁性体がすべて同じ \(\nu=0.6300\)。格子の詳細も分子の詳細も答えから消えている、それが「無関係になる」の実験的な姿です。 - 普遍性が疑われている例はあるか。
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\(^4\)He の \(\lambda\) 転移です。3 次元 XY 普遍類の \(\alpha=2-3\nu=-0.01525(30)\) に対し、スペースシャトル上の実験は \(-0.0127(3)\) ── \(6.0\sigma\)、29 ビットの食い違い。未解決で、普遍性が破れているのか系統誤差かは決着していません。 - (やや難)第43回と第44回を合わせると、道具は何を要求しているのか。
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「スケールが無いこと」ではなく「スケールが答えに残らないこと」です。第43回のとおり最小長があれば厳密な共形不変性は排除されますが、そのスケールがくりこみ群の意味で irrelevant なら、長距離では好きな精度で共形不変が戻ります ── これが第 V 部の答えです。
まとめ 道具が要求していたのは、無いことではなかった
第43回で「最小長のある理論は共形不変ではありえない」と分かりました。ところが共形場理論は格子の上で計算されています。矛盾しない理由は ── 共形不変性が格子の性質ではなく、格子の理論が流れ着く固定点の性質だからです。物理量が依存できるのは無次元の比 \(\xi/a\) だけで、臨界点ではそれが発散し、\(a\) が答えから落ちます。「スケールが無い」のではなく、「スケールが無関係になる」。
実際、3 次元イジングでは連続のブートストラップと格子モンテカルロが \(\nu\) で 4 桁まで一致します(\(0.5\sigma\))。そして普遍性 ── 格子スピンも、水の液体–気体臨界点も、二成分流体も、一軸強磁性体も、同じ \(\nu=0.6300\)。格子の詳細も分子の詳細も、答えから消えています。
ただし消え方には速さがあります。格子の痕跡は \((a/\xi)^{0.83}\) で落ちる ── 格子を 2 倍細かくするたびに 0.83 ビット。6 桁に届くには \(\xi/a>1.7\times10^7\) が要り、格子には載りません。03節の一致は素朴な計算の成果ではなく、改良作用と外挿という「補正を消す工夫」の成果です。
そして効かなかった例もあります ── \(^4\)He の \(\lambda\) 転移。3 次元 XY 普遍類の予言 \(\alpha=-0.01525(30)\) に対し、スペースシャトル上の実験は \(-0.0127(3)\)、\(6.0\sigma\)、29 ビットの食い違いで、いまも未解決です。普遍性はよく効きますが、万能の魔法ではありません。
結局これも (A)/(B) でした ── \(a\) を取り除くべき正則化と読むか、物理的な離散性と読むか。そして第43回の GRB の制限は (B) を試す測定でした。第 V 部の答えはこうです:道具が要求するのは「スケールが無いこと」ではなく、「スケールが答えに残らないこと」だった。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第44回(第 V 部の 8 回目)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。くりこみ群、普遍性、格子の連続極限、共形ブートストラップはいずれも確立した標準的な内容で、本稿に新しい主張はありません ── 数値は kenshou/calc48.py で計算しています。引いた値は 3 次元イジングが Kos, Poland, Simmons-Duffin & Vichi (2016) のブートストラップと Hasenbusch (2010) の格子モンテカルロ、3 次元 XY が Chester et al. (2019)、\(^4\)He の実験が Lipa et al. (2003) です。03節の一致は、格子の側が連続極限を取っていることの結果です ── 有限の格子の生の値ではなく、複数の格子サイズから外挿し改良作用で先頭の補正を消したうえでの値で、素朴な計算では \(10^3\) の格子でも 0.3 パーセントの誤差が残ります。02節の「無関係になる」はくりこみ群の技術用語(irrelevant operator)で、どの演算子が irrelevant かは理論ごとに違い自明ではありません ── 重力の場合、まさにそれが第35回の漸近安全性の未解決点でした。07節のヘリウムの食い違いはいまも議論が続いている話題で、実験側の系統誤差も理論側の誤差評価も可能性が指摘されており、本稿は「未解決である」以上のことを主張しません(\(6.0\sigma\) は文献値の誤差をそのまま合成したもので、系統誤差の見積もりが変われば大きく動きます)。04節の普遍性の例は教科書的な整理で、すべてが同じ精度で確認されているわけではありません。08節の (B) は時空が本当に離散だという主張ではなく、そういう読み方も論理的にはありうるという整理です ── 時空が離散かどうかは未解決で、本稿はどちらも支持しません。図中の「改良作用」の曲線は効果を示すための模式で、特定の手法の性能を表すものではありません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。