わかる c·t=一定 第 40 回 / 第 V 部・道具が壊れる場所

三つの「10¹²²」は、同じ数でした

行程の半分も、
進んでいない 宇宙が処理してきた情報量と、宇宙が入れられる情報量は同じ数でした。
そして実際に使っているのは、その \(10^{-18}\) だけです。

必要な道具:第19回の目盛り、第24回のチャンネル容量、第26回の圧縮、第39回のワイル余白 59.3 倍化 ── 来た道は 49.5 倍化

第39回で、太陽質量のブラックホールが \(1.5\times10^{77}\) ビットのエントロピーを持つと数えました。あれは何の情報なのでしょうか。 今回は宇宙全体で数え直します ── そして三つの「\(10^{122}\)」が、じつは同じ一つの数だったことが分かります。第26回でやった圧縮が、また効きます。

01重力エントロピーは、まるごとウェイト 0 の列にある

ウェイト中身
\(S/k_B=A/4\ell_P^2\)\(+2-(+2)=\mathbf{0}\)面積を面積で割っている
ベケンシュタイン限界 \(2\pi ER/\hbar c\)\(-1+1-0=\mathbf{0}\)エネルギー × 長さ
ワイル\(^2\)/リッチ\(^2\)(ペンローズ)\(-4-(-4)=\mathbf{0}\)曲率\(^2\)を曲率\(^2\)で割っている
\(K\cdot r_s^4\)(クレッチマン × 半径\(^4\))\(-4+4=\mathbf{0}\)07節で使います

01節の結論

重力エントロピーという主題は、まるごと無次元の列にあります。
── 第36回③で見たとおり、判定の土俵に乗っている。

02ハッブル球は、ちょうど自分のシュヴァルツシルト半径にいる

数えてみる(\(H_0=67.4\)) $$R_H=\frac{c}{H_0}=1.3725\times10^{26}\ \text{m}\qquad M=\rho_cV=9.241\times10^{52}\ \text{kg}\qquad r_s=\frac{2GM}{c^2}=1.3725\times10^{26}\ \text{m}$$

\(r_s/R_H=1.000000\)

なぜちょうど 1 なのか $$r_s=\frac{2G}{c^2}\cdot\frac{4}{3}\pi R^3\cdot\frac{3H^2}{8\pi G}=\frac{R^3H^2}{c^2}=R\qquad(R=c/H\ \text{だから})$$

偶然ではなく、恒等式です。 第19回の分類では 0 ビット ── 驚くところではありません

◇ ◇ ◇

03核心 ── 三つの「\(10^{122}\)」は、同じ数だった

ホログラフィック限界 \(A/4\ell_P^2\)\(2.265\times10^{122}\) nat \(=3.268\times10^{122}\) bit
全質量を 1 個の BH にしたときの \(S/k_B\)\(2.265\times10^{122}\) nat
第24回の \(N=C\cdot t_0\)\(3.107\times10^{122}\) bit
比を取る $$\frac{S_{\rm BH}}{S_{\rm holo}}=1.000000\quad(\text{02節より恒等式})\qquad \frac{N}{S_{\rm holo}/\ln2}=0.9505$$

そのずれの正体: \(t_0/(R_H/c)=0.9505\) ── 宇宙年齢とハッブル時間の差、そのもの

今回いちばん言いたいこと

三つの見出しの数字は、一つでした。
「宇宙が処理してきた情報量」(第24回)と「宇宙が入れられる情報量」(ホログラフィック限界)は同じ数で、
5 パーセントのずれは宇宙年齢とハッブル時間の比そのものです。
── 第19回の分類では 0 ビット第26回でやった圧縮が、また効きました。

04では、実際のエントロピーはいくつか

成分\(S/k_B\)全体比
超巨大ブラックホール\(3.10\times10^{104}\)\(1.00\)
恒星質量ブラックホール\(2.20\times10^{96}\)\(7.1\times10^{-9}\)
CMB 光子\(2.03\times10^{89}\)\(6.6\times10^{-16}\)
背景ニュートリノ\(1.93\times10^{89}\)\(6.2\times10^{-16}\)
背景重力波\(2.3\times10^{87}\)\(7.4\times10^{-18}\)
星間物質・星など\(2.6\times10^{81}\)\(8.4\times10^{-24}\)

Egan & Lineweaver (2010) の見積もりです。すでに 99.999… パーセントが重力のエントロピー(地平面のエントロピー)でした ── BH 以外を全部足しても \(3.8\times10^{89}\) で、BH より 49.5 ビット(15 桁)低い

05使っている容量は、どれくらいか

実際 対 上限 $$\frac{3.10\times10^{104}}{2.27\times10^{122}}=1.4\times10^{-18} \qquad\Longrightarrow\qquad \textbf{59.3 ビットぶんの余白}$$
倍化のはしご\(S/k_B\)\(\log_2 S\)
再結合のころ(CMB+ニュートリノ)\(3.96\times10^{89}\)\(297.6\)
いま(合計)\(3.10\times10^{104}\)\(347.1\)
上限(ホログラフィック)\(2.27\times10^{122}\)\(406.5\)

05節の結論

初期からいままで 49.5 倍化、いまから上限まで 59.3 倍化
── 宇宙は、行程の半分も進んでいません。

図:エントロピーの倍化のはしご。横軸は \(\log_2 S\)、つまり「何回倍になったか」です。ツマミで倍化の回数を動かすと、いまの宇宙がどこにいるかが読めます ── 余白のほうが、来た道より長い

347
来た道(49.5 倍化) 残りの余白(59.3 倍化) いまの位置

06余白の正体 ── 重力の自由度は熱平衡にいない

?
なぜ余白が使われないのか容量はあるのに、\(10^{18}\) 分の 1 しか使われていない
!
重力は引力しかないから一様な気体は最大エントロピー。一様な重力場は最小エントロピー ── 符号が逆
だから「重力場そのもののエントロピー」を別に測る必要があるその候補が、第39回で出てきたワイル曲率

07ペンローズの候補と、その弱点

提案:重力エントロピーの目安は $$\frac{C_{\mu\nu\rho\sigma}C^{\mu\nu\rho\sigma}}{R_{\mu\nu}R^{\mu\nu}}\qquad\text{(無次元、ウェイト 0)}$$
FLRW:ワイル \(=0\) ちょうど → 比は \(0\)初期宇宙の重力エントロピーはゼロ ── これが欲しかった性質
凸凹した宇宙:ワイルが育つ → 比が上がる重力による構造形成が、そのままエントロピーの増加になる
ところが真空解ではリッチ \(=0\) → 比が発散するシュヴァルツシルトもカーも真空 ── いちばん重力エントロピーが高いはずの相手で壊れる
ブラックホール\(r_s\) [m]\(K\) [m\(^{-4}\)]\(K\cdot r_s^4\)
太陽質量\(2.954\times10^{3}\)\(1.576\times10^{-13}\)\(12.0\)
M87\(^*\)(\(6.5\times10^9\,M_\odot\))\(1.920\times10^{13}\)\(8.828\times10^{-53}\)\(12.0\)

07節の結論

ワイルの側は有限で、しかも無次元でした ── 地平面で \(K\cdot r_s^4=12\)、質量によらず 12
壊れているのは「リッチで割る」ところです。
── 比を取る形は宇宙論では使えますが、真空では使えません。Clifton–Ellis–Tavakol (2013) など、別の定義が提案されています。

正直な線

① 04節の見積もりは、桁の見積もりです。 Egan & Lineweaver (2010) 自身が超巨大ブラックホールのエントロピーに大きな不確かさを与えており(質量関数の外挿に依存)、\(3.1\times10^{104}\) は中心値で、上下に一桁動きうる値です。05節の「59.3 倍化」も同じだけ動きます。

② 03節の「同じ数だった」は、ハッブル球で数えたときの話です。 粒子的地平面(約 \(4.4\times10^{26}\) m)で数えれば値は約 10 倍になり、事象の地平面で数えればまた別です ── 「どの地平面か」を言わなければ、この数は文になっていません(第3回・第37回⑤と同じ構造)。02節の恒等式 \(r_s=R_H\) が成り立つのはハッブル球で、かつ臨界密度のときだけです。

③ 05節の「上限」はホログラフィック限界です が、膨張する宇宙でどの面にこの限界を当てるべきかは自明ではありません(Bousso の共変エントロピー限界などの定式化があります)── 「宇宙は容量の \(10^{-18}\) しか使っていない」は、素朴な形の限界を当てた場合の言い方です。

④ 07節の \(C^2/R^2\) は、ペンローズの発想を最も素朴な形で書いたものです。 ペンローズ自身がこの比を最終的な定義として提案したわけではなく、「ワイル曲率が重力エントロピーを測る」という発想の目安として広く引かれる形です。真空での発散はこの素朴な形の弱点で、後続の提案はそこを直そうとしています。

⑤ 「重力場のエントロピー」に、合意された定義はまだありません。 ブラックホールのエントロピー \(A/4\ell_P^2\) は確立していますが、地平面のない一般の重力場については未解決です ── 06節の「別に測る必要がある」は問題の指摘であって、答えではありません。

練習問題

  1. ハッブル球の半径と、その質量のシュヴァルツシルト半径の比はいくつか。
    答えを見る
    ちょうど 1。臨界密度なら \(r_s=\frac{2G}{c^2}\cdot\frac43\pi R^3\cdot\frac{3H^2}{8\pi G}=\frac{R^3H^2}{c^2}=R\)。偶然ではなく恒等式で、第19回の分類では 0 ビットです(ただし②のとおり、ハッブル球かつ臨界密度のときだけ)。
  2. 第24回の \(N=C\cdot t_0\) とホログラフィック限界の比は 0.95。この 5 パーセントは何か。
    答えを見る
    宇宙年齢とハッブル時間の比 \(t_0/(R_H/c)=0.9505\) そのものです。つまり二つは同じ数で、ずれの正体まで分かっている ── 第26回でやった圧縮が、また効きました
  3. 宇宙のエントロピーの何パーセントがブラックホールか。
    答えを見る
    99.999… パーセント。BH 以外を全部足しても \(3.8\times10^{89}\) で、合計 \(3.1\times10^{104}\) より 49.5 ビット(15 桁)低い。すでに宇宙のエントロピーは、ほぼ全部が重力のエントロピーです。
  4. なぜ容量の \(10^{-18}\) しか使われていないのか。
    答えを見る
    重力は引力しかないからです。一様な気体は最大エントロピーですが、一様な重力場は最小エントロピー ── 符号が逆。だから重力の自由度は熱平衡にいられず、余白が残ります。
  5. (やや難)\(C^2/R^2\) の弱点は何か。数字で言うと。
    答えを見る
    真空解で発散すること。シュヴァルツシルトもカーもリッチ \(=0\) なので分母がゼロになります。ワイルの側は健全で、地平面での \(K\cdot r_s^4\) は太陽質量でも M87\(^*\) でも 12.0 ── 有限で無次元です。壊れているのは「リッチで割る」ところだけ。

まとめ 三つの見出しの数字は、一つだった

重力エントロピーという主題は、まるごとウェイト 0 の列にありました ── \(A/4\ell_P^2\)、ベケンシュタイン限界、\(C^2/R^2\)、\(K\,r_s^4\)、全部が無次元です。

数えてみると、ハッブル球はちょうど自分のシュヴァルツシルト半径にいます(\(r_s/R_H=1.000000\))── 臨界密度なら恒等式で、第19回の分類では 0 ビットです。そのおかげで三つの \(10^{122}\) が同じ数になりました ── ホログラフィック限界、全質量を 1 個の BH にしたときのエントロピー、そして第24回の \(N=C\cdot t_0\)。「宇宙が処理してきた情報量」と「宇宙が入れられる情報量」は同じ数で、5 パーセントのずれは宇宙年齢とハッブル時間の比そのものでした。第26回でやった圧縮が、また効いたのです。

では実際のエントロピーは。\(3.1\times10^{104}\)、そしてその 99.999… パーセントは超巨大ブラックホールです ── すでに宇宙のエントロピーは、ほぼ全部が重力のエントロピーでした。上限との比は \(1.4\times10^{-18}\)、つまり 59.3 倍化ぶんの余白。初期からいままでが 49.5 倍化ですから、宇宙は行程の半分も進んでいません

余白が残る理由は、重力が引力しかないことです ── 一様な気体は最大エントロピー、一様な重力場は最小エントロピー。だから「重力場そのもののエントロピー」を別に測る必要があり、その候補がワイル曲率です。ペンローズの素朴な形 \(C^2/R^2\) は、FLRW でちょうどゼロという欲しい性質を持ちますが、真空解では分母がゼロになって発散します ── ワイルの側は健全で、地平面での \(K\,r_s^4\) は質量によらず 12.0。壊れているのは「リッチで割る」ところだけでした。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第40回(第 V 部の 4 回目)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ベケンシュタイン・ホーキングのエントロピー、ホログラフィック限界、ペンローズのワイル曲率による重力エントロピーの発想はいずれも標準的な内容で、本稿に新しい主張はありません ── 数値は kenshou/calc44.py で計算しています。04節の見積もりは Egan & Lineweaver (2010, ApJ 710, 1825) によるもので、超巨大ブラックホールのエントロピーには大きな不確かさがあり(質量関数の外挿に依存)、\(3.1\times10^{104}\) は中心値で上下に一桁動きうる値です ── 05節の「59.3 倍化」も同じだけ動きます。03節の「同じ数だった」はハッブル球で数えたときの話で、粒子的地平面(約 \(4.4\times10^{26}\) m)で数えれば値は約 10 倍になります ── 「どの地平面か」を言わなければこの数は文になっていません。02節の恒等式 \(r_s=R_H\) が成り立つのはハッブル球かつ臨界密度のときだけです。05節の「上限」はホログラフィック限界ですが、膨張する宇宙でどの面にこの限界を当てるべきかは自明ではなく(Bousso の共変エントロピー限界などの定式化があります)、素朴な形を当てた場合の言い方です。07節の \(C^2/R^2\) はペンローズの発想を最も素朴な形で書いたもので、本人が最終的な定義として提案したものではありません ── 真空での発散はこの素朴な形の弱点で、Clifton–Ellis–Tavakol (2013) など後続の提案がそこを直そうとしています。「重力場のエントロピー」に合意された定義はまだなく、地平面のない一般の重力場については未解決です ── 06節は問題の指摘であって答えではありません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではツマミで倍化の位置を動かすと、余白のほうが長いことが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。