わかる c·t=一定 第 39 回 / 第 V 部・道具が壊れる場所

二つのラベルのうち、動くのは一つだけ

触れられない列に、
置かれた上限 カー解のラベルは \(M\) と \(\chi\)。片方だけが帳簿、片方は物理です。
そして \(\chi\le1\) は、共形変換では越えられません。

必要な道具:第16回のウェイト表、第19回の目盛り、第33回の三段判定、第36回の帯\(1-1/\sqrt2=0.29289\) ── 取り出せる質量の上限

第37回と第38回は、共形変換を量子と重力に当てたときに壊れる場所を見ました。今回は視点を変えて、回転する時空を見ます ── カー解。ブラックホールのラベルは \(M\) と \(\chi=a/(GM/c^2)\) の二つで、片方だけが帳簿、片方は物理です。第 II 部の結論「共形変換が触れるのは大きさだけ」の、いちばん綺麗な例。そして \(\chi\le1\) という上限は ── 触れられない列に置かれた、書き換えのきかない線です。

01カー解の二つのラベルを、ウェイト表に置く

ウェイト分類共形変換
質量 \(M\)\(-1\)次元付き = 帳簿動く
角運動量 \(J\sim ML^2/T\)\(-1+2-1=\mathbf{0}\)次元なし = 物理動かない
回転の長さ \(a=J/(Mc)\)\(0-(-1)-0=+1\)長さ = 帳簿動く
重力半径 \(GM/c^2\)(\(G\) は \(+2\))\(+2-1=+1\)長さ = 帳簿動く
スピン \(\chi=a/(GM/c^2)\)\(+1-1=\mathbf{0}\)次元なし = 物理動かない
検算 角運動量は \(\hbar\) を単位に測る量で、\(\hbar\) はウェイト 0(第16回)。
独立に数えた \(-1+2-1=0\) と一致します ── 表は矛盾していません。

01節の結論

カー解のラベルは \((M,\chi)\) の二つ。片方だけが帳簿、片方は物理です。
── 第 II 部の結論「共形変換が触れるのは大きさだけ」の、いちばん綺麗な例。

02そのうち、いくらぶんが記法か

第5回の値段で数える $$2\times5.37=10.7\ \text{ビット}\qquad\text{そのうち }M\text{ の }5.37\ \text{ビットは}\textbf{まるごと記法}$$

カー解の情報の半分は、書き方の情報でした。 単位を変えれば \(M\) の数値は変わりますが、\(\chi\) は動きません ── 物理はもう一方の 5.37 ビットだけに入っています

03\(\chi\le1\) ── 触れられない列に置かれた上限

カー解に地平面があるのは \(\chi\le1\) のときだけ\(\chi>1\) なら地平面が消え、裸の特異点になる(宇宙検閲仮説)
!
この上限は無次元量に置かれているウェイト 0 の列 ── どんな共形変換も、ブラックホールをこの線の向こう側へ運べない
3
第3回の言い方をすると予言が無次元量に置かれているから、判定の土俵に乗る

04地平面の面積とエントロピー

同じ \(M\) で比べたときの面積比 $$\frac{A(\chi)}{A(0)}=\frac{1+\sqrt{1-\chi^2}}{2}$$

太陽質量のシュヴァルツシルト BH: \(S/k_B=4\pi GM^2/\hbar c=1.05\times10^{77}\) → \(\mathbf{1.51\times10^{77}}\) ビット

\(\chi\)\(A/A(0)\)エントロピー [bit]取り出せる質量の割合
\(0\)\(1.0000\)\(1.51\times10^{77}\)\(0\)
\(0.5\)\(0.9330\)\(1.41\times10^{77}\)\(0.0341\)
\(0.686\)\(0.8638\)\(1.31\times10^{77}\)\(0.0706\)
\(0.9\)\(0.7179\)\(1.09\times10^{77}\)\(0.1527\)
\(0.998\)\(0.5316\)\(8.05\times10^{76}\)\(0.2709\)
\(1\)\(0.5000\)\(7.57\times10^{76}\)\(0.29289\)

04節の結論

\(\chi=1\) のカー BH は、同じ質量のシュヴァルツシルト BH のちょうど半分のエントロピーしか持ちません。
そして取り出せる質量の上限は \(1-1/\sqrt2=\mathbf{0.29289}\) ── これも無次元、これも触れられません。

◇ ◇ ◇

05核心 ── 実測されたスピンは、上限のすぐ下に並ぶ

天体・値\(\chi\)備考
GRS 1915+105(連続スペクトル法)\(0.98\)解析法により 0.7 前後という結果もある
Cyg X-1(連続スペクトル法)\(0.95\)同上、モデル依存が大きい
GW150914 の合体後\(0.67\)波形から
等質量・無スピン合体の理論値\(0.686\)数値相対論
ソーン限界(降着で到達できる上限)\(0.998\)光子捕獲のため 1 には届かない
第19回の作法で驚きを測る(事前範囲は \(\chi\in[0,1]\)) $$\text{高スピン源が上限の }0.05\text{ 以内}\;\to\;4.3\ \text{ビット}\qquad \text{ソーン限界が上限の }0.002\text{ 以内}\;\to\;9.0\ \text{ビット}$$

今回いちばん言いたいこと

高スピン源は 4.3 ビット ── 第36回の「偶然の帯」(4〜7)に戻ってきます。
ただし説明があります(降着で角運動量を貰う、光子捕獲で 1 には届かない)。
── だから第19回の分類では【偶然】ではなく【物理】。第36回で見た「説明ありの 4〜7 ビット」の仲間です。

図:スピン \(\chi\) を動かしたときの、地平面の面積・エントロピー・取り出せる質量。すべて無次元の関係で、共形変換ではまったく動きません。縦の線は実測されたスピンとソーン限界 ── 上限のすぐ下に並んでいます

0.686
地平面の面積 A/A(0) 取り出せる質量の割合 ホーキング温度 T/T(0)

06極限カーの困りごと

\(\chi\)\(T/T(0)\)
\(0\)\(1.00000\)
\(0.5\)\(0.92820\)
\(0.9\)\(0.60714\)
\(0.99\)\(0.24726\)
\(0.999\)\(0.08559\)
\(1\)\(0\)

\(\chi\to1\) で温度はゼロ、エントロピーは半分のまま有限です。温度ゼロでエントロピーが \(7.6\times10^{76}\) ビット残る ── 熱力学第三法則の素朴な形と衝突します。回避されるのは「有限回の操作では \(\chi=1\) に到達できない」という形で(Israel 1986)。第4回の「粗視化は不可逆」と同じく、近づけるが届かない線です。

07カーは、共形変換が届かない時空

意味
リーマン \(=0\)ミンコフスキー座標変換だけで平坦にできる
ワイル \(=0\)(共形平坦)すべての FLRW共形変換で平坦にできる
ワイル \(\ne0\)シュヴァルツシルト、カーどちらでも平坦にできない

07節の結論

このシリーズが宇宙論の側で扱ってきた時空は、全部第 2 段でした(第33回)。
カーは第 3 段 ── 共形変換という道具が、宇宙論の外で正面から届かなくなる相手です。
ペトロフ型 D で、ワイル曲率が本質的にゼロにできません。

正直な線

① 05節のスピン測定値は、いずれもモデル依存が大きい量です。 連続スペクトル法と鉄輝線(反射)法で結果が食い違う天体があり、GRS 1915+105 は 0.98 とも 0.7 前後とも報告されています。「高スピン源が上限のすぐ下に並ぶ」という 05節の言い方は、高スピンを報告した測定だけを並べたものです ── 低スピンの報告もあり、選び方にバイアスがあります(第36回②と同じ構造)。

② 05節の 4.3 ビットは、事前範囲を \(\chi\in[0,1]\) と一様に取ったときの値です。 降着の理論を事前に入れれば分布は一様でなくなり、驚きは小さくなります ── 「説明がある」ことと「驚きが小さい」ことは、第19回では同じことの言い換えです

③ 04節の表は、同じ \(M\) どうしの比較です。 「回すとエントロピーが減る」という過程ではありません ── 回すには角運動量とともにエネルギーも入るので \(M\) が変わり、面積定理により実際の過程では面積は減りません。

④ 宇宙検閲仮説は仮説であって、定理ではありません。 一般の場合の証明はなく、数値相対論では反例候補(高次元での不安定性など)も議論されています ── 03節の「運べない」は、カー解の族の内部で \(\chi\le1\) が地平面の存在条件だという意味です。

⑤ 02節の「情報の半分が記法」は、第5回の値段(パラメータ 1 個 = 5.37 ビット)を使った言い方です。 あの値は \(N=1701\) という特定のデータ点数から出た数で、「2 個のうち 1 個が記法」という構造のほうが本質です ── ビット数そのものは付随的な換算にすぎません。

練習問題

  1. 角運動量 \(J\) の共形ウェイトはいくつか。二通りで確かめよ。
    答えを見る
    0。①次元から:\(J\sim ML^2/T\) なので \(-1+2\times(+1)-(+1)=0\)。②\(J\) は \(\hbar\) を単位に測る量で、\(\hbar\) はウェイト 0(第16回)。二通りが一致するのが検算になります
  2. カー解のラベル 2 個のうち、共形変換で動くのはどちらか。
    答えを見る
    \(M\) だけ(ウェイト \(-1\))。\(\chi=a/(GM/c^2)\) はウェイト 0 で動きません ── 第 II 部の「共形変換が触れるのは大きさだけ」の、いちばん綺麗な例です。
  3. \(\chi=1\) のカー BH のエントロピーは、同じ質量のシュヴァルツシルト BH の何倍か。
    答えを見る
    ちょうど半分。\(A(\chi)/A(0)=(1+\sqrt{1-\chi^2})/2\) が \(\chi=1\) で \(1/2\) になるからです。太陽質量なら \(1.51\times10^{77}\) ビットが \(7.57\times10^{76}\) ビットに。ただし③のとおり、これは同じ \(M\) どうしの比較であって過程ではありません
  4. 高スピン源が上限のすぐ下に並ぶことの驚きは何ビットか。それは【偶然】か。
    答えを見る
    事前範囲を \(\chi\in[0,1]\) と取れば 4.3 ビットで、第36回の偶然の帯(4〜7)に入ります。しかし降着で角運動量を貰うという説明があり、ソーン限界 0.998 は光子捕獲で説明されます ── だから第19回の分類では【物理】。①②の但し書きも参照してください。
  5. (やや難)カーがこのシリーズにとって特別なのはなぜか。
    答えを見る
    第33回の三段判定で第 3 段(ワイル \(\ne0\))だからです。宇宙論で扱ってきた FLRW は全部第 2 段(共形平坦)で、共形変換で平坦にできました。カーは共形変換という道具が正面から届かない相手です ── ペトロフ型 D で、ワイル曲率が本質的にゼロにできません。

まとめ 二つのラベルのうち、動くのは一つ

カー解のラベルは \(M\) と \(\chi=a/(GM/c^2)\) の二つ。ウェイト表に置くと \(M\) は \(-1\)、\(\chi\) は \(0\) ── 片方だけが帳簿、片方は物理です。角運動量そのものもウェイト 0 で、これは \(J\) を \(\hbar\) を単位に測る量として数えても同じ結果になります(検算)。第 II 部の結論「共形変換が触れるのは大きさだけ」の、いちばん綺麗な例でした。第5回の値段で言えば、カー解の 10.7 ビットのうち 5.37 ビットはまるごと記法です。

そして \(\chi\le1\) という上限 ── これは無次元量に置かれています。ウェイト 0 の列、つまりどんな共形変換も、ブラックホールをこの線の向こう側へ運べません。取り出せる質量の上限 \(1-1/\sqrt2=0.29289\) も、\(\chi=1\) のエントロピーがちょうど半分になることも、同じ列にあります。

実測されたスピンは、その上限のすぐ下に並びます ── GRS 1915+105 で 0.98、Cyg X-1 で 0.95、そして降着で到達できるソーン限界が 0.998。第19回の作法で測ると 高スピン源は 4.3 ビット、ソーン限界は 9.0 ビットで、第36回の「偶然の帯」(4〜7)に戻ってきます。ただし説明があるので、分類は【偶然】ではなく【物理】 ── 第36回で見た「説明ありの 4〜7 ビット」の仲間です。

\(\chi\to1\) では温度がゼロになり、エントロピーは半分のまま \(7.6\times10^{76}\) ビット残ります ── 熱力学第三法則の素朴な形と衝突し、「有限回の操作では届かない」という形で回避されます。第4回の「粗視化は不可逆」と同じ、近づけるが届かない線です。

最後にいちばん大事なこと。第33回の三段判定で、カーは第 3 段(ワイル \(\ne0\))でした。宇宙論で扱ってきた FLRW は全部第 2 段で、共形変換で平坦にできた ── カーは、この道具が正面から届かなくなる最初の相手です。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第39回(第 V 部の 3 回目)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。カー解、面積・エントロピーの表式、既約質量、ソーン限界(Thorne 1974)、Israel の第三法則はいずれも標準的な内容で、本稿に新しい主張はありません ── 数値は kenshou/calc43.py で計算しています。05節のスピン測定値はいずれもモデル依存が大きく、連続スペクトル法と鉄輝線(反射)法で結果が食い違う天体があります(GRS 1915+105 は 0.98 とも 0.7 前後とも報告されています)── 「高スピン源が上限のすぐ下に並ぶ」という言い方は高スピンを報告した測定だけを並べたもので、選び方にバイアスがあります。05節の 4.3 ビットは事前範囲を \(\chi\in[0,1]\) と一様に取ったときの値で、降着の理論を事前に入れれば驚きは小さくなります。04節の表は同じ \(M\) どうしの比較であって「回すとエントロピーが減る」過程ではありません ── 回すにはエネルギーも入るので \(M\) が変わり、面積定理により実際の過程で面積は減りません。宇宙検閲仮説は仮説であって定理ではなく、一般の場合の証明はありません ── 03節の「運べない」はカー解の族の内部で \(\chi\le1\) が地平面の存在条件だという意味です。02節の「情報の半分が記法」は第5回の値段(\(N=1701\) から出た 5.37 ビット)を使った言い方で、「2 個のうち 1 個が記法」という構造のほうが本質です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではツマミでスピンを動かすと、三つの無次元量が同時に動きます。「答えを見る」で解答が開きます。