わかる c·t=一定 第 37 回 / 第 V 部・道具が壊れる場所

「光には何も起きていない」は、古典の話でした

0 の列に、
量子が数字を書き込む 量子は \(D=4\) に留まれない ── 第34回で見た \(\Omega^{D-4}\) が、そのまま破れになります。
その破れを、ビットで測ります。

必要な道具:第11回、第16回のウェイト表、第19回の目盛り、第34・35回雑音の上 28.7 ビット ── 偶然ではありえない

第11回で「光には何も起きていない」と数えました。あれは古典の範囲の話でした。 量子にすると、細かさの基準 \(\mu\) が持ち込まれ、共形対称性が破れます ── しかもその破れは、第34回で見た \(\Omega^{D-4}\) という指数そのものです。今回はその破れを、ビットで測ります。そして破れの大きさが自由度の個数を数えているだけだと分かります。

01量子は、\(D=4\) に留まれない

第34回で数えた指数を、もう一度 $$S_{\text{Maxwell}}\;\to\;\Omega^{\,D-4}\,S_{\text{Maxwell}}$$

指数がちょうどゼロになるのは \(D=4\) だけ ── 第11回の「何も起きていない」はこれです

ところが、量子にすると \(D=4\) に留まれません

A
次元正則化\(D=4-\varepsilon\) で計算し、\(\varepsilon\to0\) は最後に取る ── 計算のあいだ、次元は 4 ではない
B
格子・切断細かさの基準 \(\mu\) を持ち込む ── 「どこまで細かく見るか」を決めないと積分が定義できない
どちらでも \(\Omega^{D-4}=\Omega^{-\varepsilon}\ne1\)第34回で見た指数が、そのまま破れになる
次元を数える $$[\,e^2\,]=\text{質量}^{\,4-D}=\text{質量}^{\,\varepsilon}$$

\(\alpha\) が無次元なのは \(D=4\) でだけ。\(\varepsilon\ne0\) では次元を持ってしまう

次元を持ってしまったら、第35回とまったく同じ手当てが要ります ── スケールと組ませて無次元にする。漸近安全性が \(g=Gk^2\) を作ったのと同じことを、QED は \(\alpha(\mu)\) でやっています。

01節の結論

第16回のウェイトの地図で「0 の列」にいた \(\alpha\) が、量子にすると \(\mu\) を持ちます。
── このシリーズが「触れられない場所」と呼んできた列に、量子が数字を書き込んだ。

02どれくらい動くのか

1 ループの QED $$\frac{1}{\alpha(\mu)}=\frac{1}{\alpha(0)}-\frac{2}{3\pi}\sum_f N_c Q_f^2\,\ln\frac{\mu}{m_f}$$
\(1/\alpha\)中身
低エネルギー(\(q\to0\))\(137.036\)CODATA 2022
電子ループだけで \(M_Z\) まで\(134.47\)\(\ln(M_Z/m_e)=12.09\)、\(\Delta=2.566\)
実測 \(1/\alpha(M_Z)\)\(127.951\)PDG(\(\overline{\text{MS}}\))

電子ループだけで全体のずれの 28 パーセント。残りはミューオン、タウ、クォークが埋めます ── ただし、そのうちハドロンの寄与は摂動では計算できず、\(e^+e^-\to\)ハドロンの実測データから入れますここは理論ではなく測定値です。

02節の結論

$$\frac{\alpha(M_Z)}{\alpha(0)}=1.0710\qquad\text{── }\textbf{7.1 パーセント大きい}$$

03「実効ウェイト」を測る

入っている荷電フェルミオン\(d\ln\alpha/d\ln\mu\)
電子 1 種のみ\(1.55\times10^{-3}\)
荷電レプトン 3 種\(4.65\times10^{-3}\)
標準模型の全荷電フェルミオン\(1.03\times10^{-2}\)

古典のウェイトは 0。量子では \(10^{-3}\) 台の「実効ウェイト」が付きます。1 e-fold あたりは小さいのですが、12.1 e-fold ぶん積むと 7.1 パーセントになります。

◇ ◇ ◇

04核心 ── 破れを、ビットで測る

第19回の作法で

実験室での \(\alpha\) の精度(CODATA 2022)= 雑音の床

$$1.6\times10^{-10}\;\to\;32.5\ \text{ビット}$$

\(m_e\to M_Z\) の走りを、その床を単位に測る

$$\frac{7.10\times10^{-2}}{1.6\times10^{-10}}=4.44\times10^{8}\;\to\;\mathbf{28.7\ ビット}$$
第19回の目盛りの上で驚き
恒等式(第24回の \(C\cdot t=N\))\(0\) bit
偶然の帯(第36回)\(5.6\) bit
小出の関係式\(15.7\) bit
QED の共形対称性の破れ\(28.7\) bit
CMB の一様性(第17回)\(1.6\times10^5\) bit

今回いちばん言いたいこと

破れは、雑音の上 29 ビットあります。
── 偶然の帯(4〜7)のはるか上、偶然ではありえない、測定された効果です。
第11回の「何も起きていない」は、量子では成り立ちません。

図:\(1/\alpha\) の走り。古典なら水平線(ウェイト 0)ですが、量子では傾きが付きます。ツマミで「勘定に入れる荷電フェルミオンの数」を動かすと、傾きが変わります ── 傾きは、場の個数を数えているだけです

1.00
1 ループの走り 古典(ウェイト 0 なら水平) 実測 1/α(M_Z) = 127.95

05第30回と矛盾しないのか

30
\(\alpha\) は宇宙時間について 26 ビットで一定オクロ・原子時計 ── 同じ \(\mu\) で、時代を変える:\(\partial\alpha/\partial t=0\)
37
\(\alpha\) はエネルギースケールについて 28.7 ビットぶん動く同じ時代で、\(\mu\) を変える:\(\partial\alpha/\partial\mu\ne0\)
矛盾しない ── 別の問いだから「\(\alpha\) は一定」は、何について一定かを言わないと、まだ文になっていない

05節の結論

第3回の判定手続きが、そのまま効いています。
── 「比較相手を言わなければ、まだ文になっていない」。ここでは比較相手が「時代」なのか「スケール」なのかで、答えが正反対になります。

06破れの大きさは、自由度の個数を数えている

曲がった時空でのトレースアノマリー $$\langle T^\mu{}_\mu\rangle=\frac{1}{16\pi^2}\left(c\,C^2-a\,E_4\right)$$

\(C^2\)=ワイル曲率の二乗、\(E_4\)=ガウス・ボネ項

場の中身\(a\)\(c\)\(c/a\)
実スカラー 1 個\(0.0028\)\(0.0083\)\(3.000\)
ワイル フェルミオン 1 個\(0.0306\)\(0.0500\)\(1.636\)
ベクトル場 1 個(光子)\(0.1722\)\(0.1000\)\(0.581\)
標準模型(\(N_0=4,\ N_{1/2}=45,\ N_1=12\))\(3.4528\)\(3.4833\)\(1.009\)

係数は場の中身だけで決まります ── \(a=(N_0+11N_{1/2}+62N_1)/360\)、\(c=(N_0+6N_{1/2}+12N_1)/120\)。アノマリーの係数は、場を数えているだけです。

06節の結論

破れの大きさ = 自由度の個数。 第24回で情報を数えたのと同じ通貨です。
そして \(a\) 定理(Komargodski–Schwimmer 2011)── RG の流れに沿って \(a\) は減る一方(\(a_{\rm UV}>a_{\rm IR}\))。
── 第4回で「粗視化は不可逆」と書いたことの、場の理論での対応物が定理になっています。

07第11回は、間違っていたか

間違っていない ── 古典の範囲では厳密に正しいマクスウェル作用は \(D=4\) でちょうど共形不変
光子そのもののウェイトは、量子でも変わらない第16回の表は生きている
!
破れたのは場ではなく、結合定数だった\(\alpha\) が \(\mu\) を持った ── 付ける但し書きは一行:「ただし古典の話」
正直な線

① 02節の \(1/\alpha(M_Z)=127.951\) は測定値であって、この記事の計算結果ではありません。 電子ループの \(134.47\) だけが 1 ループ公式から出た数で、残りの寄与のうちハドロン部分は摂動では計算できず、\(e^+e^-\to\)ハドロンの断面積データから入れます。ここは理論の予言ではなく、実験の入力です。

② \(\alpha(\mu)\) の値はスキームに依存します。 \(127.951\) は \(\overline{\text{MS}}\) スキームの値で、他のスキームでは数字が変わります ── 「\(\alpha\) が 7.1 パーセント動く」という言い方も、スキームを言わなければ厳密には文になっていません(05節と同じ構造です)。ただし物理的な散乱振幅そのものはスキームに依らず、走りが実験にかかること自体は確立しています。

③ 04節の 28.7 ビットは「実験室での \(\alpha\) の精度を雑音の床に取る」という選び方に依存します。 床を \(\alpha(M_Z)\) の精度(およそ \(10^{-4}\))に取れば 9.5 ビット程度になります ── 数字そのものより、「偶然の帯のはるか上」という位置づけが要点です。

④ 06節の \(a,c\) の規格化は文献によって異なります。 ここでは \(a=(N_0+11N_{1/2}+62N_1)/360\)、\(c=(N_0+6N_{1/2}+12N_1)/120\) を採りました。比 \(c/a\) と「場を数えている」という構造は規格化に依りませんが、絶対値は採った規格化のものです。標準模型の \(N_{1/2}=45\) は右巻きニュートリノを含めない数え方です。また、この形の \(a,c\) は共形不変な場の理論についてのもので、質量を持つ標準模型にそのまま当てはめた 3.45 という数字は目安と読んでください。

⑤ \(a\) 定理は 4 次元では証明されていますが、\(c\) については対応する定理がありません(2 次元の \(c\) 定理とは別物です)。06節の「粗視化は不可逆」との対応は、本シリーズの読み方であって、Komargodski–Schwimmer の主張そのものではありません。

練習問題

  1. 量子にすると共形対称性が破れるのは、なぜか。第34回の言葉で言うと。
    答えを見る
    第34回で見たとおりマクスウェル作用は \(S\to\Omega^{D-4}S\) で、指数がゼロになるのは \(D=4\) だけ。ところが量子計算は次元正則化なら \(D=4-\varepsilon\)、切断なら \(\mu\) を持ち込むので、\(D=4\) に留まれません。破れは \(\Omega^{-\varepsilon}\ne1\) そのものです。
  2. 電子ループだけで \(1/\alpha(M_Z)\) を計算するといくつになるか。実測との差はどこから来るか。
    答えを見る
    \(137.036-\frac{2}{3\pi}\ln(M_Z/m_e)=137.036-2.566=\mathbf{134.47}\)。実測は \(127.951\) なので、電子は全体のずれの 28 パーセントだけ。残りはミューオン・タウ・クォークですが、ハドロンの寄与は摂動では計算できず、\(e^+e^-\to\)ハドロンの実測データから入れます
  3. 「\(\alpha\) は一定」(第30回)と「\(\alpha\) は動く」(今回)は矛盾するか。
    答えを見る
    矛盾しません。別の問いだからです ── 第30回は \(\partial\alpha/\partial t=0\)(同じ \(\mu\) で時代を変える)、今回は \(\partial\alpha/\partial\mu\ne0\)(同じ時代で \(\mu\) を変える)。「一定」は、何について一定かを言わないと、まだ文になっていません(第3回)。
  4. トレースアノマリーの係数 \(a\) は何を数えているか。
    答えを見る
    場の個数です ── \(a=(N_0+11N_{1/2}+62N_1)/360\)。破れの大きさが自由度の個数そのもので、第24回で情報を数えたのと同じ通貨。さらに \(a\) 定理により RG の流れに沿って \(a\) は減る一方で、第4回の「粗視化は不可逆」に対応します。
  5. (やや難)第11回の「光には何も起きていない」に付ける但し書きは何行か。
    答えを見る
    一行です ──「ただし古典の話」。光子そのもののウェイトは量子でも変わらず、第16回の表は生きています。破れたのは場ではなく結合定数で、\(\alpha\) が \(\mu\) を持ったことが破れの中身です。第11回の主張を取り下げる必要はありません。

まとめ 0 の列に、量子が数字を書き込んだ

第34回で数えた \(S\to\Omega^{D-4}S\) の指数は、\(D=4\) でだけゼロでした。そして量子は \(D=4\) に留まれません ── 次元正則化なら \(D=4-\varepsilon\)、切断なら \(\mu\)。どちらでも \(\Omega^{-\varepsilon}\ne1\) で、第34回で見た指数がそのまま破れになります。次元を数えると \([e^2]=\)質量\(^{\,\varepsilon}\)、つまり \(\alpha\) が無次元なのは \(D=4\) でだけ。だから第35回とまったく同じ手当てが要ります ── スケールと組ませて \(\alpha(\mu)\) にする。

どれくらい動くか。電子ループだけで \(1/\alpha\) は \(137.04\to134.47\)、実測の \(M_Z\) では \(127.951\)。\(\alpha(M_Z)/\alpha(0)=1.0710\)、7.1 パーセント大きい。1 e-fold あたりの「実効ウェイト」は \(10^{-3}\) 台ですが、12.1 e-fold ぶん積むとそうなります ── 第16回の地図で「0 の列」にいた \(\alpha\) に、量子が小さな数字を書き込んだのです。

破れをビットで測ります。実験室の精度 \(1.6\times10^{-10}\)(32.5 ビット)を雑音の床に取ると、7.1 パーセントの走りは 雑音の上 28.7 ビット。第36回で見た偶然の帯(4〜7 ビット)のはるか上で、偶然ではありえない、測定された効果です。

第30回の「\(\alpha\) は 26 ビットで一定」と矛盾しないのか ── しません。別の問いだからです。第30回は同じ \(\mu\) で時代を変え、今回は同じ時代で \(\mu\) を変える。「一定」は、何について一定かを言わないと、まだ文になっていない ── 第3回の判定手続きがそのまま効いています。

そして破れの大きさは何を測っているのか。トレースアノマリーの係数 \(a,c\) は場の個数を数えているだけでした(標準模型で \(a=3.45\))。破れの大きさ = 自由度の個数 ── 第24回で情報を数えたのと同じ通貨です。さらに \(a\) 定理により、RG の流れに沿って \(a\) は減る一方。第4回で「粗視化は不可逆」と書いたことの、場の理論での対応物が定理になっています。

第11回は間違っていたか。間違っていません ── 付ける但し書きは一行、「ただし古典の話」。破れたのは場ではなく、結合定数でした。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第37回(第 V 部の 1 回目)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。トレースアノマリー(共形アノマリー)、QED の走る結合定数、\(a\) 定理はいずれも確立した標準的な内容で、本稿に新しい主張はありません ── 数値は kenshou/calc41.py で計算しています。\(1/\alpha(M_Z)=127.951\) は測定値であって本稿の計算結果ではありません(PDG、\(\overline{\text{MS}}\))── 電子ループの 134.47 だけが 1 ループ公式から出た数で、残りのうちハドロンの寄与は摂動では計算できず \(e^+e^-\to\)ハドロンの断面積データから入れます。\(\alpha(\mu)\) の値はスキームに依存し、「7.1 パーセント動く」という言い方もスキームを言わなければ厳密には文になっていません(ただし散乱振幅自体はスキームに依らず、走りが実験にかかることは確立しています)。28.7 ビットという値は「実験室での \(\alpha\) の精度を雑音の床に取る」という選び方に依存し、床を \(\alpha(M_Z)\) の精度(\(\sim10^{-4}\))に取れば 9.5 ビット程度になります ── 数字より「偶然の帯のはるか上」という位置づけが要点です。\(a,c\) の規格化は文献で異なり、ここでは \(a=(N_0+11N_{1/2}+62N_1)/360\)、\(c=(N_0+6N_{1/2}+12N_1)/120\) を採りました ── この形は共形不変な場の理論についてのもので、質量を持つ標準模型に当てはめた 3.45 は目安です(\(N_{1/2}=45\) は右巻きニュートリノを含めない数え方)。\(a\) 定理(Komargodski & Schwimmer 2011)は 4 次元で証明されていますが \(c\) には対応する定理がなく、第4回の「粗視化は不可逆」との対応づけは本シリーズの読み方であって原論文の主張ではありません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではツマミを 0 にすると水平線 ── 古典の「何も起きていない」が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。