わかる c·t=一定 第 33 回 / 第 IV 部・いちばん紛らわしい二つを並べる

見分け方は一つ ── \(k\) を見ること

ミルン宇宙と
\(R_h=ct\) どちらも \(a\propto t\)。ところがミルンは座標変換で平坦時空に戻せ、\(R_h=ct\) は戻せません。
座標変換で済むのか、共形変換が要るのか ── 見分ける手続きを作ります。

必要な道具:FLRW のスカラー曲率、割り算\(R=6(1+k)/t^2\) ── \(k=-1\) でゼロ

第 IV 部でいちばん紛らわしい二つを並べます ── ミルン宇宙\(R_h=ct\)。どちらも「\(a\propto t\)」で、どちらも「減速も加速もしない」と言われます。ところがまったく別物です。第3回で「\(c\cdot t=\)一定 は座標変換ではなく共形変換」と書きましたが、その区別をいちばん紛らわしい相手に当てます。そして見分ける手続きを作ります。

01どちらも \(a\propto t\)。違いは \(k\) と中身だけ

ミルン宇宙\(R_h=ct\)
スケール因子\(a\propto t\)\(a\propto t\)
中身空(\(\rho=0\))物質が入っている
空間曲率\(k=-1\)\(k=0\)
全体の状態方程式──\(w=-1/3\)

見た目の \(a(t)\) は同じです。違うのは \(k\) と中身だけ ── そしてそれが決定的でした。

02スカラー曲率を計算すると、決着がつく

計算 ── 一行

FLRW のスカラー曲率(\(c=1\))

$$R=6\left[\frac{\ddot a}{a}+\left(\frac{\dot a}{a}\right)^2+\frac{k}{a^2}\right]$$

\(a=t\) を入れると \(\ddot a=0\)、\(\dot a/a=1/t\) なので

$$R=\frac{6(1+k)}{t^2}$$
\(k\)\(R\)正体
\(-1\)\(0\)ミルン ── 厳密に平坦
\(0\)\(6/t^2\)\(R_h=ct\)
\(+1\)\(12/t^2\)(参考:閉じた場合)

02節の結論

\(k=-1\) でちょうどゼロ。 しかもスカラー曲率だけでなく、リーマンテンソル全体が恒等的にゼロです。
── ミルン宇宙は、座標を取り替えたミンコフスキー時空そのものでした。

今日の値 $$R_{h}=ct:\quad R=\frac{6}{(ct_0)^2}=3.52\times10^{-52}\ \mathrm{m^{-2}}\qquad\Longrightarrow\qquad \frac{1}{\sqrt R}=1.73\ \mathrm{Gpc}$$ $$\text{ミルン}:\quad R=0\ (\text{厳密に})$$

03核心 ── 三段の判定手続き

この違いは、一般の時空に使える手続きになります。

1
リーマンテンソルは恒等的にゼロか?Yes → 座標変換だけで平坦時空に戻せる。物理的な中身はゼロ
2
ゼロでないなら、ワイルテンソル \(C\) はゼロか?Yes → 共形変換でミンコフスキーにできる。ただし質量が動く(第4回)
3
\(C\) もゼロでないならどちらでも消せない。第6回でいう「ワイル側」=本物の重力場
時空リーマンワイル \(C\)何が要るか
ミンコフスキー\(0\)\(0\)何もしなくてよい
ミルン\(0\)\(0\)座標変換だけ(Step 1)
\(R_h=ct\)\(\ne0\)\(0\)共形変換が要る(Step 2)
\(\Lambda\)CDM\(\ne0\)\(0\)共形変換が要る(Step 2)
シュヴァルツシルト\(\ne0\)\(\ne0\)どちらでも消せない(Step 3)

今回いちばん言いたいこと

すべての FLRW は Step 2 に入ります(ワイルがゼロ、リッチが非ゼロ)。
── このシリーズが第1回からずっといた場所が、この一行で特定されました。

◇ ◇ ◇

04光度距離を比べると、意外なことが起きる

\(z\)\(\Lambda\)CDMミルン\(R_h=ct\)\(\Delta\mu\) ミルン\(\Delta\mu\) \(R_h=ct\)
0.30.36130.34500.3411−0.101−0.125
0.50.65800.62500.6082−0.112−0.171
1.01.52921.50001.3863−0.042−0.213
1.52.51882.62502.2907+0.090−0.206
2.03.68374.00003.2958+0.179−0.181

04節の結論

驚くべきことに、\(z=1\) では ミルンのほうが \(\Lambda\)CDM に近い(1.500 対 1.529、ずれ 0.042 等)。
中身が空っぽの時空が、\(R_h=ct\) より良くハッブル図に合っています。
── 「ハッブル図に合う」は、モデルの検定として弱い。

図:\(\Lambda\)CDM からのずれ(等級)。灰色の帯は超新星 1 本の内在的ばらつき(0.15 等)。ツマミで赤方偏移を動かすと、その \(z\) で 5σ の区別に何本必要かが読めます

z = 1.00
ミルン \(R_h=ct\) 超新星 1 本のばらつき

05それでもミルンは、完全に排除されている

観測なぜ通らないか
CMB の音響ピークバリオンが無いので、音波が立たない
元素合成物質が無いので、\(^4\)He も D も作れない
構造形成重力で集まる物質が無い
\(\Omega_m\) の測定\(\Omega_m=0.315\pm0.007\) ── \(\Omega_m=0\) とは 45σ 以上

幾何が良くても、中身が無ければ物理になりません。 第25回の言葉で言えば ── \(L(\text{残差})\) はハッブル図だけで決まらない。この一点だけ見れば「ミルンのほうがまし」に見えても、他のデータセットを入れた瞬間に消し飛びます(第29回で MOND について見たのと、同じ構造です)。

06種明かし ── 混同の元と、その解き方

ミルン\(R_h=ct\)
言われ方「\(a\propto t\)、減速も加速もしない」同じ
\(k\)\(-1\)\(0\)
リーマン\(0\)\(\ne0\)
要る操作座標変換共形変換
物理の中身ゼロ質量が動く

06節の結論

見分け方は一つ ── \(k\) を見る。
\(k=-1\)(+空)なら座標変換で済み、物理の中身はゼロ
\(k=0\)(+物質)なら共形変換が要り、質量が動く
── 第3回で「座標変換ではなく共形変換」と書いたことの、いちばん具体的な意味がこれです。

07このシリーズは、どこにいたのか

1
ミルンなら Step 1もともと平坦なので、質量すら動かす必要がない
2
FLRW は全部 Step 2ワイル \(=0\)、リッチ \(\ne0\)。だから第4回で「消せるものを全部消したら質量ひとつ」ができた
3
シュヴァルツシルトなら Step 3共形変換では平坦にできない ── ブラックホールが第6回で「動かない側」だったのは、これ

このシリーズの道具が効く範囲は、Step 2 の行にぴったり一致します。 第13回で「共形変換は大きさにしか触れない」、第16回で「動かせるのは使われていない側だけ」と測りました ── 今回はそれを幾何学の言葉で言い直したことになります

正直な線 ── この回が置いている前提

① ミルン宇宙が平坦時空であることは、厳密な結果です。 座標変換 \(T=t\cosh\chi,\ R=ct\sinh\chi\) でミンコフスキー時空の(光円錐の内側の)一部分になります ── 「一部分」であることは重要で、ミルン座標はミンコフスキー時空全体を覆いません

② 「すべての FLRW はワイル \(=0\)」は、等方一様性の帰結です。 ゆらぎを入れれば \(C\ne0\) になり、Step 3 に移ります ── 実際の宇宙は完全な FLRW ではなく、だから第6回の使用率が \(0\) ではありません(\(1.5\times10^{-18}\))。02節・03節の表は背景時空についての言明です。

③ 04節の \(\Lambda\)CDM は \(\Omega_m=0.315\)、\(\Omega_r=9.2\times10^{-5}\) による本稿の数値積分です。 ミルンの \(H_0d_L/c=z(1+z/2)\) と \(R_h=ct\) の \((1+z)\ln(1+z)\) は閉じた式です。実際の超新星解析では絶対等級(定数項)を自由にするので、ここでの \(\Delta\mu\) をそのまま有意性に直すことはできません ── 図の「必要な本数」は定数項を固定した場合の目安です。

④ 「ミルンのほうが \(\Lambda\)CDM に近い」は \(z\simeq1\) 付近での話です。 \(z=0.5\) では \(R_h=ct\) と大差なく、\(z=2\) では逆にミルンのほうが遠い(\(+0.179\) 等)。特定の \(z\) を選べば話が変わるので、桁と傾向として読んでください。

⑤ \(R_h=ct\) の判定は第3回で扱った通りです。 本稿は \(R_h=ct\) の是非を再検討するものではなく、ミルンとの構造的な違いだけを扱っています。学術的な標準は \(\Lambda\)CDM です。

練習問題(今回の式だけで解けます)

  1. \(a=t\) の FLRW でスカラー曲率を求め、\(k=-1\) でゼロになることを示せ。
    答えを見る
    \(R=6[\ddot a/a+(\dot a/a)^2+k/a^2]\) に \(a=t\) を入れると \(\ddot a=0\)、\(\dot a/a=1/t\)、\(k/a^2=k/t^2\) なので \(R=6(1+k)/t^2\)。\(k=-1\) でちょうどゼロです。
  2. ミルンと \(R_h=ct\) の、いちばん本質的な違いは何か。
    答えを見る
    リーマンテンソルがゼロかどうか。 ミルンは恒等的にゼロ(=座標を取り替えたミンコフスキー時空)、\(R_h=ct\) は \(R=6/(ct)^2\ne0\)。だからミルンは座標変換で済み、\(R_h=ct\) は共形変換が要ります。
  3. 三段の判定手続きを述べ、\(\Lambda\)CDM とシュヴァルツシルトを分類せよ。
    答えを見る
    Step 1:リーマン \(=0\) → 座標変換で済む。Step 2:リーマン \(\ne0\) でワイル \(=0\) → 共形変換が要る。Step 3:ワイル \(\ne0\) → どちらでも消せない。\(\Lambda\)CDM は Step 2(すべての FLRW がそう)、シュヴァルツシルトは Step 3
  4. \(z=1\) で、\(\Lambda\)CDM に近いのはどちらか。
    答えを見る
    ミルン(1.500 対 \(\Lambda\)CDM の 1.529、ずれ 0.042 等)。\(R_h=ct\) は 1.386 でずれ 0.213 等。中身が空っぽの時空が、\(R_h=ct\) より良くハッブル図に合います ── だから「ハッブル図に合う」はモデルの検定として弱い。
  5. (やや難)このシリーズの道具が効く範囲を、三段の手続きの言葉で述べよ。
    答えを見る
    Step 2 の行にぴったり一致します。 Step 1(ミルン)ならもともと平坦で質量すら動かす必要がなく、Step 3(シュヴァルツシルト)なら共形変換で平坦にできません。すべての FLRW が Step 2 にいるからこそ、第4回の「消せるものを全部消したら質量ひとつ」ができました ── 第13回・第16回で測った道具の限界の、幾何学的な言い換えです。

まとめ \(k\) を見れば、決着がつく

ミルン宇宙と \(R_h=ct\) はどちらも \(a\propto t\) で、どちらも「減速も加速もしない」と言われます。違うのは \(k\) と中身だけ ── そしてスカラー曲率を計算すると、決着がつきます。\(a=t\) なら \(R=6(1+k)/t^2\) で、\(k=-1\) でちょうどゼロ。しかもリーマンテンソル全体が恒等的にゼロで、ミルンは座標を取り替えたミンコフスキー時空そのものでした。\(R_h=ct\) は \(R=3.5\times10^{-52}\ \mathrm{m^{-2}}\)(曲率半径 1.73 Gpc)でゼロではありません。

ここから、一般に使える三段の判定手続きが作れます ── Step 1:リーマン \(=0\) なら座標変換で済み、物理の中身はゼロ。Step 2:ワイル \(=0\) なら共形変換が要り、質量が動く。Step 3:ワイル \(\ne0\) ならどちらでも消せない。すべての FLRW は Step 2 に入ります ── このシリーズが第1回からずっといた場所が、この一行で特定されました。

光度距離を比べると、意外なことが起きます。\(z=1\) で ミルンのほうが \(\Lambda\)CDM に近い(ずれ 0.042 等 対 \(R_h=ct\) の 0.213 等)── 中身が空っぽの時空が、より良くハッブル図に合う。それでもミルンは CMB・元素合成・構造形成・\(\Omega_m\) の測定(45σ 以上)で完全に排除されます。幾何が良くても、中身が無ければ物理になりません ── 第25回の \(L(\text{残差})\) はハッブル図だけで決まらない、第29回の「問いは一つではない」と、同じ構造です。

そして種明かし ── 見分け方は \(k\) を見ること。\(k=-1\)(+空)なら座標変換で済んで物理の中身はゼロ、\(k=0\)(+物質)なら共形変換が要って質量が動く。第3回で「\(c\cdot t=\)一定 は座標変換ではなく共形変換」と書いたことの、いちばん具体的な意味がこれです。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第33回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ミルン宇宙(Milne 1935)が空の開いた FLRW(\(\rho=0\)、\(k=-1\)、\(a\propto t\))であり、座標変換 \(T=t\cosh\chi,\ R=ct\sinh\chi\) によってミンコフスキー時空の一部分になることは標準的な結果です ── 「一部分」であることは重要で、ミルン座標はミンコフスキー時空全体を覆いません。FLRW のスカラー曲率 \(R=6[\ddot a/a+(\dot a/a)^2+k/a^2]\)、および FLRW が共形平坦(ワイルテンソルがゼロ)であることも標準的です。本稿の \(R=6(1+k)/t^2\)、\(R_h=ct\) の今日の値 \(3.52\times10^{-52}\ \mathrm{m^{-2}}\)(曲率半径 1.73 Gpc)、および光度距離の比較表は本稿での計算です(kenshou/calc37.py)。「すべての FLRW はワイル \(=0\)」は等方一様な背景時空についての言明であり、ゆらぎを入れれば \(C\ne0\) になります ── 実際の宇宙は完全な FLRW ではなく、だから第6回の使用率は \(0\) ではありません。\(\Lambda\)CDM の値は \(\Omega_m=0.315\)、\(\Omega_r=9.2\times10^{-5}\) による本稿の数値積分、ミルンの \(H_0d_L/c=z(1+z/2)\) と \(R_h=ct\) の \((1+z)\ln(1+z)\) は閉じた式です。実際の超新星解析では絶対等級(定数項)を自由にするため、本稿の \(\Delta\mu\) をそのまま有意性に直すことはできません ── 図の「必要な本数」は定数項を固定した場合の目安です。「ミルンのほうが \(\Lambda\)CDM に近い」は \(z\simeq1\) 付近の話で、\(z=2\) では逆転します。\(\Omega_m=0.315\pm0.007\) は Planck による値です。\(R_h=ct\) の判定は第3回で扱っており、本稿はその再検討ではなくミルンとの構造的な違いのみを扱います。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルで、学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで赤方偏移を動かし、5σ の区別に必要な超新星の本数が読めます。「答えを見る」で解答が開きます。