わかる c·t=一定 第 31 回 / 第 IV 部・道具が理論の中心に据えられるとき

CCC の中心の一手は、第11回で私たちが数えたものでした

ペンローズの
共形サイクリック宇宙論 宇宙の終わりと次の宇宙の始まりを、共形変換で貼り合わせる。
「記法にすぎない」操作が理論の中心に来たとき、何が起きるのか。

必要な道具:第6回の使用率、第11回の共形不変性、対数ステップ今日は 140 手目 / 貼り合わせは 348 手目

第 IV 部の後半は、共形変換そのものを土台に据えた理論を扱います。最初はペンローズの共形サイクリック宇宙論(CCC)── 宇宙の終わりと、次の宇宙の始まりを、共形変換で貼り合わせる。このシリーズがずっと「記法にすぎない」と言ってきた操作が、理論の中心に据えられたとき何が起きるのか。そして CCC の中心にある一手は、第11回で私たちが数えたものそのものでした。

01中心にあるのは、第11回の結果

第11回で、光子ガスの量を片っ端から変換しました ── 数密度、エネルギー密度、温度、波長。全部が不変でした。標準の絵での \(a\) の冪と、その量のウェイトが、ぴったり同じ数だったからです。

第11回の結論を、一行で言い直すと

質量が無ければ、物差しが無い。物差しが無ければ、共形因子に意味が無い。

ペンローズはここから出発します ── すべての質量が消えた遠い未来と、放射だけのビッグバンは、どちらも「大きさ」を持たない。だったら共形変換で貼り合わせてよいのではないか。これが CCC の中心の一手です。

第11回で「光は物差しも時計も持たない(コンプトン波長は無限大、固有時間はゼロ)」と書きました。CCC はその事実を、宇宙全体に適用した理論です。

02貼り合わせに要る、三つの条件

a
静止質量がすべて消えること質量が残っていれば物差しが残り、共形因子が意味を持ってしまう
b
ワイル曲率 \(C\) が 0 になることワイル曲率仮説(第6回)── \(C\) は共形不変なので、貼り合わせでも消えない
c
エントロピーが帳消しになることいちばん重い条件。今日すでに \(3.1\times10^{104}\) 貯まっている

三つとも、このシリーズがすでに数えた量で測れます。順に見ます。

03(a) 消さなければならない質量

今日のエネルギー収支から $$\text{バリオン }4.9\%\ +\ \text{暗黒物質 }26.5\%\ =\ 31.4\%$$

これが全部、静止質量を失わなければならない

過程時間尺度根拠
陽子崩壊\(>2.4\times10^{34}\) 年スーパーカミオカンデの下限
恒星質量 BH の蒸発(10 M☉)\(2\times10^{70}\) 年\(t=2.1\times10^{67}(M/M_\odot)^3\) 年
銀河中心 BH(\(10^9\) M☉)\(2\times10^{94}\) 年同上
最大級 BH(\(10^{11}\) M☉)\(2\times10^{100}\) 年同上 ── これが貼り合わせの時刻
ここが CCC のいちばん弱いところ 電子には、知られた崩壊経路がありません。 電荷が保存するので、電子はもっとも軽い荷電粒子として安定です。CCC は「遠い未来には静止質量そのものが失われる」と仮定しますが、これを支える確立した機構はありません。ペンローズ自身も推測として述べています。

04貼り合わせは、対数ステップのどこに来るか

第2回・第30回で使った物差しに、CCC の物語を載せます。

対数ステップで測る $$\text{今日}=\ln\frac{t_0}{t_P}=140.2,\qquad \text{貼り合わせ}=\ln\frac{2\times10^{100}\ \text{年}}{t_P}=347.9$$

04節の結論

CCC の物語では、宇宙は全 348 手のうち 140 手を指したところ ──
対数的な道のりの 40% しか進んでいません。
第2回で「宇宙は 140 手のプログラム」と書きましたが、CCC ではまだ前半です。

図:CCC の物語を対数ステップで見たもの。上段が出来事、下段が使用率(第6回)。ツマミで時代を動かすと、その時代に何が残っているかが読めます ── 今日は左から 40% の位置です

140.2(今日)
使用率(空になっていく) 出来事 今日
◇ ◇ ◇

05(b) どこまで空になるか ── 使用率で測る

遠い未来(ド・ジッター)の地平面 $$H_\Lambda=H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}=1.81\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}},\qquad R=\frac{c}{H_\Lambda}=1.66\times10^{26}\ \mathrm{m}$$ $$\frac{S_{\rm dS}}{k_B}=\frac{A}{4\ell_P^2}=3.31\times10^{122}$$

そのころ地平面の中に残るもの(局所銀河群が 1 個の BH になったとして)

$$M=10^{12}M_\odot\ \Longrightarrow\ \frac{S}{k_B}=\frac{4\pi GM^2}{\hbar c}=1.05\times10^{101}$$
使用率出どころ
今日\(1.5\times10^{-18}\)第6回
遠い未来(ド・ジッター)\(3.2\times10^{-22}\)今回 ── さらに 3.7 桁空になる
貼り合わせの瞬間\(0\)CCC の要求(\(C=0\))

第6回で「宇宙は熱的には満杯で、重力的には空っぽで始まり、いま空になっていく途中だ」と数えました。その向きが、そのまま終点まで続きます ── そして CCC は、その終点(完全に空)で次の宇宙に接続します。第6回の「道具が壊れていく度合いが時間の矢」という言い方は、CCC では「道具がふたたび完璧に効くようになったとき、宇宙が終わる」に裏返ります。

06(c) エントロピーの帳消し ── ここが賭けどころ

三つ目がいちばん重い条件です。今日すでに \(S/k_B=3.1\times10^{104}\) 貯まっていて、次の宇宙は低エントロピーで始まらなければならない。どこへ捨てるのか。

ペンローズの答え

ブラックホールの蒸発で、情報が失われる。
位相空間そのものが縮むので、エントロピーの「上限」が下がる。

これはブラックホール情報問題で、はっきり一方の側に賭けています。AdS/CFT を根拠に「情報は失われない(ユニタリ)」とする立場が現在の主流で、CCC はそれを取りません。本稿はこの論争を判定しませんが、CCC がどこに賭けているかは明示しておきます。

このシリーズの道具からの警告 第16回で「共形変換が動かせるのは使われていない側だけ」と測りました。第6回で「今日使われているメモリ \(3.1\times10^{104}\) はほぼ全部がブラックホール=ワイル側」と数えました。二つを合わせると ── 貼り合わせに使う共形変換は、その \(3.1\times10^{104}\) に手が届きません。だから条件 (c) は共形変換では説明できず、別の機構が要るCCC が情報消失に賭けざるを得ないのは、この構造の帰結です。

07観測的な主張 ── ホーキング点

ここが CCC の重要なところです。観測にかかる予言を持っています。

主張内容
ホーキング点前の宇宙のブラックホール蒸発が、CMB に円形の跡を残す
報告グルザディアン=ペンローズ(2010, 2013)、ペンローズら(2018)
反論ウェフス=エリクセン(2011)、デアブレウら(2015)、ジョウ=スコット(2020)
反論の骨子同じ統計が、ガウス的な \(\Lambda\)CDM の模擬データからも出る

判定は未決着です。ただし、観測にかかる主張を持っていること自体が重要です ── 第28回の相転移型 VSL は、排除を逃れると同時に観測可能な時代の予言をゼロにしました。CCC はそうしていません。

08手術 ── CCC は名前と中身が一致している

理論(A) 記法(B) 観測にかかる主張手術の結果
27インフレーション因果的に繋げる\(n_s\)(B) が残る
28VSL単位の取り替え\(\alpha\) が動く(B) を選び (A) の名前を残した
29MOND\(a_0\) を置く\(g/a_0\) で決まる(B) が本体
31CCC共形の貼り合わせ前の宇宙が続く(ホーキング点)(A) を道具として明示的に使い、主張は (B) に置いた

今回いちばん言いたいこと

CCC は、第 IV 部でいちばん手術に耐えている理論です。
名前(共形サイクリック宇宙論)が (A) と (B) の両方を正しく指しています ──
共形変換を「記法にすぎない」と知ったうえで、道具として使っている。

第28回の VSL は (B) を主張しながら (A) の名前を残したので、\(\alpha\) の 26 ビットの制約が見えなくなりました。CCC は逆に、「貼り合わせの瞬間には物差しが無いから共形因子は無意味だ」と明言したうえで、その上に (B) を置いています。このシリーズが第3回から使ってきた手術を、理論の側が最初から済ませてあるということです。

正直な線 ── この回が置いている前提

① CCC は少数派の仮説です。 標準宇宙論の代替として広く受け入れられてはいません。本稿は CCC を支持も否定もせず、このシリーズの道具(共形変換のウェイト、使用率、対数ステップ)で測れるところだけを測っています

② 「電子が静止質量を失う」機構は未検証です。 電荷保存により電子は最軽量の荷電粒子として安定で、崩壊経路が知られていません ── これは CCC の既知の弱点で、ペンローズ自身も推測として述べています。条件 (a) はここで止まっています。

③ 04節の「348 手」は、最大級ブラックホールの蒸発時間 \(t=2.1\times10^{67}(M/M_\odot)^3\) 年に \(M=10^{11}M_\odot\) を入れた見積もりです。 実際の貼り合わせ時刻は、宇宙にあるいちばん重いブラックホールの質量に依存し、数十ステップ動きます。「今日は 40% の位置」も同じ精度で読んでください。

④ 05節の \(3.2\times10^{-22}\) は、局所銀河群(\(10^{12}M_\odot\))が 1 個のブラックホールになるという粗い仮定に基づきます。 実際にどれだけの質量が地平面内に残るかは、暗黒エネルギーの性質と局所群の力学に依存します ── 桁の議論です。

⑤ ホーキング点の主張は論争中です。 本稿は結果を判定しません。反論(同じ統計がガウス的な \(\Lambda\)CDM 模擬データからも出る)は複数の独立なグループから出ており、現時点で肯定的な合意はありません。

⑥ 06節の「情報消失に賭けている」は、CCC の立場の要約です。 ブラックホール情報問題は未解決であり、本稿はユニタリ性を支持する立場も含めて判定しません ── CCC がどちらに賭けているかを明示しただけです。

練習問題(今回の式だけで解けます)

  1. CCC の中心の一手を、第11回の言葉で述べよ。
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    第11回で光子ガスの量がすべて共形不変だと数えました ── つまり質量が無ければ物差しが無く、物差しが無ければ共形因子に意味が無い。だから「すべての質量が消えた遠い未来」と「放射だけのビッグバン」は、どちらも大きさを持たず、共形変換で貼り合わせられる。
  2. 貼り合わせに要る三つの条件を挙げよ。
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    (a) 静止質量がすべて消えること、(b) ワイル曲率 \(C\) が 0 になること(ワイル曲率仮説)、(c) エントロピーが帳消しになること。三つとも、このシリーズがすでに数えた量で測れます。
  3. 貼り合わせは対数ステップのどこに来るか。今日はその何%か。
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    最大級 BH(\(10^{11}M_\odot\))の蒸発が \(2\times10^{100}\) 年後なので、\(\ln(t/t_P)=347.9\)。今日は 140.2 なので 40%。第2回の「140 手」は、CCC の物語ではまだ前半です。
  4. 遠い未来の使用率を求めよ。
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    ド・ジッター地平面 \(S_{\rm dS}/k_B=3.31\times10^{122}\)、残る局所銀河群 BH が \(1.05\times10^{101}\)。比は \(3.2\times10^{-22}\) ── 今日の \(1.5\times10^{-18}\) より 3.7 桁空になります。第6回の「空になっていく」向きが終点まで続きます。
  5. (やや難)なぜ CCC は情報消失に賭けざるを得ないのか。
    答えを見る
    第16回で「共形変換が動かせるのは使われていない側だけ」、第6回で「今日使われているメモリはほぼ全部がブラックホール=ワイル側」と数えました。合わせると ── 貼り合わせに使う共形変換は、その \(3.1\times10^{104}\) に手が届きません。だから条件 (c) は共形変換では説明できず、別の機構が要る。CCC が情報消失に賭けるのは、この構造の帰結です。

まとめ 道具が理論の中心に据えられたとき

CCC の中心にある一手は、第11回で私たちが数えたものそのものでした ── 光子ガスの量はすべて共形不変、つまり質量が無ければ物差しが無く、物差しが無ければ共形因子に意味が無い。だから「すべての質量が消えた遠い未来」と「放射だけのビッグバン」は貼り合わせられる。

貼り合わせに要る三つの条件を、このシリーズの量で測りました。(a) 消すべき静止質量は今日のエネルギーの 31.4%、最大級ブラックホールの蒸発まで \(2\times10^{100}\) 年 ── 対数ステップで 348 手目で、今日はまだ 40% の位置です。(b) 使用率は今日の \(1.5\times10^{-18}\) から遠い未来の \(3.2\times10^{-22}\) へ、さらに 3.7 桁空になる ── 第6回の「空になっていく」向きが終点まで続きます。

(c) が賭けどころでした。今日すでに \(3.1\times10^{104}\) 貯まったエントロピーをどこへ捨てるのか。ペンローズの答えはブラックホール蒸発による情報消失で、これはブラックホール情報問題ではっきり一方の側です。そして、そうせざるを得ない理由がこのシリーズの道具から見えます ── 第16回「共形変換は使われていない側しか動かせない」+第6回「使われているメモリはほぼ全部ワイル側」=貼り合わせの共形変換は、その \(3.1\times10^{104}\) に手が届かない

そして手術の結果 ── CCC は第 IV 部でいちばん手術に耐えています。第28回の VSL は (B) を主張しながら (A) の名前を残して失敗しましたが、CCC は「貼り合わせの瞬間には物差しが無いから共形因子は無意味だ」と明言したうえで、主張を (B)(ホーキング点)に置いています。このシリーズが第3回から使ってきた手術を、理論の側が最初から済ませてある。 ホーキング点の判定は未決着ですが、観測にかかる主張を持っていること自体が、相転移型 VSL との決定的な違いです。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第31回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。共形サイクリック宇宙論(CCC)は Penrose (2010, Cycles of Time) によります。質量ゼロの場が共形不変であること、ワイル曲率仮説、ブラックホールの蒸発時間 \(t\simeq2.1\times10^{67}(M/M_\odot)^3\) 年、ベッケンシュタイン=ホーキングのエントロピー \(S=4\pi GM^2/\hbar c\,k_B\) は、いずれも標準的です。陽子崩壊の下限 \(>2.4\times10^{34}\) 年はスーパーカミオカンデによります。本稿の対数ステップ(今日 140.2、貼り合わせ 347.9、今日は道のりの 40%)、遠い未来の使用率 \(3.2\times10^{-22}\)、消すべき静止質量の割合 31.4% は本稿での計算です(kenshou/calc35.py)。CCC は少数派の仮説であり、標準宇宙論の代替として広く受け入れられてはいません ── 本稿は支持も否定もせず、このシリーズの道具で測れるところだけを測っています。電子が静止質量を失う機構は未検証で、これは CCC の既知の弱点です(ペンローズ自身も推測として述べています)。04節の 348 ステップは最大級ブラックホールの質量に依存し、数十ステップ動きます。05節の \(3.2\times10^{-22}\) は局所銀河群(\(10^{12}M_\odot\))が 1 個のブラックホールになるという粗い仮定に基づく桁の議論です。ホーキング点の主張は論争中です ── Gurzadyan & Penrose (2010, 2013)、Penrose ら (2018) の報告に対し、Wehus & Eriksen (2011)、DeAbreu ら (2015)、Jow & Scott (2020) が「同じ統計はガウス的な \(\Lambda\)CDM の模擬データからも出る」と反論しており、現時点で肯定的な合意はありません。06節の「情報消失に賭けている」は CCC の立場の要約で、ブラックホール情報問題は未解決であり本稿は判定しません。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで時代を動かし、今日が道のりの 40% であることが読めます。「答えを見る」で解答が開きます。