わかる c·t=一定 第 30 回 / 第 IV 部・測っているほうを見る
精度を上げるより、増幅する場所を見つけるほうが効きます
変わる定数を、
実際に測る
原子時計、オクロ天然原子炉、クエーサー吸収線 ── 三つの物理は違うのに、骨格は同じ一行でした。
そして \(\alpha\) を 26 ビットで知っているのは、対数的な歴史の 0.1% だけ。
第28回と第29回で「定数が変わる」型の理論を二つ扱いました。今回は実際に測っているほうを見ます ── 原子時計、オクロ天然原子炉、クエーサー吸収線。三つはまったく違う物理を使いますが、骨格は同じ一行でした。そして最後に一つの数が出ます ── 私たちが \(\alpha\) を 26 ビットで知っているのは、宇宙の対数的な歴史の 0.1% だけ。
01三つの測り方
| 測り方 | いつの \(\alpha\) か | \(|\Delta\alpha/\alpha|\) 上限 | 縛ったビット |
|---|---|---|---|
| 原子時計(Yb⁺ E3 対 Sr) | 今日(変化率) | \(1.4\times10^{-8}\) | 26.1 bit |
| オクロ天然原子炉 | 18 億年前 | \(1.1\times10^{-8}\) | 26.4 bit |
| クエーサー吸収線 | \(z\sim2\)(105 億年前) | \(1.0\times10^{-5}\) | 16.6 bit |
| CMB | \(z=1100\) | \(4.0\times10^{-3}\) | 8.0 bit |
| 元素合成 | \(t=1\) 秒 | \(1.0\times10^{-2}\) | 6.6 bit |
実験室で測った \(\alpha\) 自体は、もっと精密です ── \(\alpha^{-1}=137.035999177(21)\)、相対精度 \(1.6\times10^{-10}\)、32.5 ビット。ただしそれは「今日の値」であって、「動いていないこと」の証拠ではありません。
02核心 ── 三つとも、同じ一行でできている
まったく違う物理に見えて、骨格は共通です。
\(K\) は増幅率 ── \(\alpha\) のわずかな変化を、観測量の大きな変化に翻訳する係数
| 測り方 | 増幅率 \(K\) | 観測精度 | 何が増幅しているか |
|---|---|---|---|
| 原子時計 | 7 | \(10^{-18}\) | 二つの遷移の \(\alpha\) 感度の差 |
| オクロ | \(10^{7}\) | \(2\times10^{-2}\) | MeV 級の量どうしの差が 97.3 meV |
| クエーサー | 0.3 | \(3\times10^{-6}\) | 多数の線を束ねた統計 |
今回いちばん言いたいこと
オクロが強いのは、測定が精密だからではありません。
測定精度は 2%(原子時計の \(10^{16}\) 倍も粗い)── それでも同じ上限が出るのは、増幅率が \(10^7\) あるから。
精度を上げるより、増幅する場所を見つけるほうが効く。
03オクロの増幅は、どこから来るのか
18 億年前、ガボンのオクロで天然のウラン鉱床が自発的に核分裂連鎖反応を起こしました。その「灰」が残っています。鍵になるのは \(^{149}\mathrm{Sm}\) の中性子捕獲共鳴です。
共鳴エネルギー \(E_r=97.3\) meV は、MeV 級の量どうしの差として現れる
$$E_r\ \sim\ (\text{核の結合エネルギー})-(\text{クーロンエネルギー})\ \sim\ 10^6\ \mathrm{eV}-10^6\ \mathrm{eV}$$\(\alpha\) が動くとクーロン項だけがずれるので
$$\frac{\Delta E_r}{E_r}\ \sim\ \frac{10^6\ \mathrm{eV}}{0.0973\ \mathrm{eV}}\times\frac{\Delta\alpha}{\alpha}\ \simeq\ 10^{7}\times\frac{\Delta\alpha}{\alpha}$$これは第19回で「一致」を測ったときとちょうど逆の構図です。あちらでは「大きな数どうしの差が小さいこと」が驚きでした。ここではその小ささが、測定装置の増幅器として使われています。桁の消し合いは、謎にもなれば、道具にもなる。
04対数ステップのどこに、データがあるか
第2回で、宇宙の全歴史は 140.24 対数ステップだと数えました。この物差しの上に、五つの測定を置きます。
| 測り方 | ステップ | 縛ったビット |
|---|---|---|
| 元素合成 | 99.63 | 6.6 |
| CMB | 129.74 | 8.0 |
| クエーサー吸収線 | 138.81 | 16.6 |
| オクロ | 140.10 | 26.4 |
| 原子時計 | 140.24 | 26.1 |
04節の結論
データが存在するのは ステップ 99.63 〜 140.24 ── 全歴史の 29%。
残る 71% には \(\alpha\) のデータが一つも存在しません。
そして 20 ビット以上の精度があるのは ステップ 140.10 〜 140.24 ── 全歴史の 0.1%。
図:横軸は対数ステップ(宇宙の全歴史 140.24)、縦軸は \(\alpha\) について縛られたビット数。灰色はデータが存在しない領域。ツマミで時代を動かすと、その時代に何ビット知っているかが読めます ── 右端に全部が集まっています
05空白の期間
| 空白 | ステップ | 長さ | なぜ測れないか |
|---|---|---|---|
| 元素合成 → CMB | 99.6 → 129.7 | 30.1 ステップ | プラズマで、光が届かない |
| CMB → クエーサー | 129.7 → 138.8 | 9.1 ステップ | 暗黒時代。光る天体がまだ無い |
データは三つの島に分かれています ── 元素合成、CMB、そして \(z\lesssim4\) 以降。そのあいだは、理論による内挿でしかありません。第28回で「相転移型 VSL は元素合成より前に隠れれば排除されない」と書きましたが、じつは元素合成と CMB のあいだにも 30 ステップの隠れ場所があります。
06種明かし ── 測定は、このシリーズの道具が触れられない場所にある
| 量 | 中身 | ウェイト |
|---|---|---|
| 増幅率 \(K\) | 比の比 | \(0\) |
| \(\Delta\alpha/\alpha\) | 無次元量の変化率 | \(0\) |
| 縛ったビット数 | 対数を取った比 | \(0\) |
06節の結論
定数の測定は、まるごと第16回のウェイトの地図の「ゼロの列」にあります。
── このシリーズの道具が一切触れられない場所。だからこそ、審判になれる。
第13回で「共形変換は大きさにしか触れない」と道具の限界を測りました。今回はその裏返しです ── 審判の側は、まるごと道具の外にいます。だから第28回で VSL を、第29回で MOND を、そして第3回で c·t=一定 自身を判定できました。判定できる理由は、判定する物差しが動かないからです。
07おまけ ── 人間原理より、観測のほうが強い
| もし \(\alpha\) が動いたら壊れるもの | 必要な \(|\Delta\alpha/\alpha|\) |
|---|---|
| 炭素の 7.65 MeV 共鳴(三重α過程)が消える | \(4\times10^{-2}\) |
| \(^4\)He 収量が観測とずれる | \(1\times10^{-2}\) |
| 再結合の時期がずれる | \(4\times10^{-3}\) |
| 実際の観測上限 | \(1\times10^{-8}\) |
「\(\alpha\) がこの値でなければ生命は存在できなかった」という論法(人間原理)が要求するのは、せいぜい 4% の精度です。ところが実際の観測上限は \(10^{-8}\) ── 6 桁きつい。\(\alpha\) が動いていないことは、人間原理が説明できる範囲をはるかに超えて確かめられています。
① 増幅率 \(K\) は桁の目安です。 オクロの \(10^7\) は「共鳴エネルギーが MeV 級の量の差である」ことからの見積もりで、正確な値は核構造の計算に依存し、文献では \(10^7\)〜\(10^8\) の幅があります。原子時計の \(\Delta K\simeq7\) も遷移の組み合わせによります。
② オクロの解析には核物理の仮定が入ります。 反応炉の温度、中性子スペクトル、\(\alpha\) 以外の定数(\(m_q/\Lambda_{\rm QCD}\) など)の同時変化の扱いで、上限は数倍動きます ── \(10^{-8}\) は代表値です。
③ クエーサー吸収線は論争が続いています(第28回②と同じ注意)。Webb らは有意な変化を主張し、Keck と VLT で符号が食い違います。本稿の \(10^{-5}\) は保守的な上限で、単一の測定値ではありません。
④ 「縛ったビット数」は \(-\log_2|\Delta\alpha/\alpha|\) と定義した本稿の量です。 「\(\alpha\) の二進表記が上位何桁まで動いていないか」という読み方で、第19回の驚きのビット数とは別の量です(あちらは事前範囲に対する比)。混同しないでください。
⑤ 04節の「全歴史の 29%」は、対数ステップで測った割合です。 普通の時間で測れば、データがあるのは 99.99999...% になります ── 対数で測るからこそ「71% が空白」に見える。どちらが正しいかではなく、何を等間隔と見なすかの選択です(第2回・第20回と同じ)。
⑥ 07節の \(4\times10^{-2}\) は、三重α過程の共鳴に関する代表的な見積もりです。 微調整の許容幅は計算方法に依存し、文献では 0.5%〜4% と幅があります。結論(観測のほうが数桁きつい)は、この幅では変わりません。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- 三つの測定に共通する形を書け。
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(観測量の変化)\(=K\times\Delta\alpha/\alpha\)、したがって \(|\Delta\alpha/\alpha|<\)(観測精度)\(/K\)。\(K\) は増幅率で、これが大きいほど同じ測定精度から強い上限が出ます。 - オクロの増幅率が \(10^7\) になる理由を述べよ。
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\(^{149}\mathrm{Sm}\) の共鳴エネルギー 97.3 meV が、MeV 級の量どうしの差として現れるから。\(\alpha\) が動くとクーロン項だけがずれるので、\(\Delta E_r/E_r\sim(10^6\,\mathrm{eV}/0.0973\,\mathrm{eV})\times\Delta\alpha/\alpha\simeq10^7\times\Delta\alpha/\alpha\)。桁の消し合いが、測定装置の増幅器になっています。 - オクロの測定精度は 2% と粗い。それでも原子時計と同じ上限が出るのはなぜか。
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増幅率が \(10^7\) あるから。\(2\times10^{-2}/10^7=2\times10^{-9}\)。精度を上げるより、増幅する場所を見つけるほうが効くという例です。 - \(\alpha\) のデータがあるのは、宇宙の対数的な歴史の何%か。
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元素合成(ステップ 99.63)から今日(140.24)までなので \((140.24-99.63)/140.24=\) 29%。残る 71% にはデータが一つもありません。20 ビット以上の精度があるのは 0.1% だけです。 - (やや難)定数の測定が、このシリーズの判定の審判になれるのはなぜか。
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増幅率も \(\Delta\alpha/\alpha\) も縛ったビット数も、すべて無次元=ウェイト 0 だから ── 第16回のウェイトの地図でいうゼロの列にあり、このシリーズの道具(共形変換)が一切触れられません。動かせない物差しだからこそ、VSL(第28回)も MOND(第29回)も c·t=一定 自身(第3回)も判定できます。
まとめ 増幅する場所を見つけた者が勝つ
三つの測り方 ── 原子時計(今日、26.1 ビット)、オクロ天然原子炉(18 億年前、26.4 ビット)、クエーサー吸収線(105 億年前、16.6 ビット)。まったく違う物理に見えて、骨格は同じ一行でした ── (観測量の変化)\(=K\times\Delta\alpha/\alpha\)。
核心は増幅率 \(K\) です。オクロの測定精度は 2%、原子時計の \(10^{16}\) 倍も粗いのに同じ上限が出る ── 増幅率が \(10^7\) あるからです。\(^{149}\mathrm{Sm}\) の 97.3 meV という共鳴が、MeV 級の量どうしの差として現れるので、\(\alpha\) のわずかな変化が桁で効く。桁の消し合いは、謎にもなれば、道具にもなる ── 第19回で「驚き」として測ったものが、ここでは増幅器でした。
対数ステップの上に置き直すと、風景が変わります。データが存在するのは全 140.24 ステップのうち 29%、20 ビット以上の精度があるのは 0.1%。しかも三つの島に分かれていて、元素合成と CMB のあいだには 30 ステップの空白があります。私たちは \(\alpha\) の不変性を、思っているより狭い窓でしか確かめていません。
そして種明かし ── 増幅率も \(\Delta\alpha/\alpha\) も縛ったビット数も、すべてウェイト 0。定数の測定は、まるごとこのシリーズの道具が触れられない場所にあります。 第13回で測った「共形変換は大きさにしか触れない」の、ちょうど裏返しです ── 審判が動かないからこそ、判定ができる。おまけに、人間原理が要求する精度は 4% で、実際の観測上限はその 6 桁きつい \(10^{-8}\) でした。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第30回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。原子時計による \(|\dot\alpha/\alpha|<1.0(1.1)\times10^{-18}\)/yr は Lange et al. (2021, PRL 126, 011102)、オクロ天然原子炉による制約は Shlyakhter (1976) 以来の一連の解析、クエーサー吸収線の多重項法は Webb, Murphy, Flambaum らによります。CODATA 2022 の \(\alpha^{-1}=137.035999177(21)\) は標準値です。増幅率 \(K\) は桁の目安であり、オクロの \(10^7\) は「\(^{149}\mathrm{Sm}\) の 97.3 meV 共鳴が MeV 級の量の差である」ことからの見積もりで、正確な値は核構造の計算に依存し文献では \(10^7\)〜\(10^8\) の幅があります。オクロの解析には反応炉温度・中性子スペクトル・\(\alpha\) 以外の定数の同時変化などの仮定が入り、上限は数倍動きます。クエーサー吸収線については Webb らが有意な変化を主張した経緯があり、Keck と VLT で符号が食い違うなど論争が続いています ── 本稿の \(10^{-5}\) は保守的にまとめた上限で単一の測定値ではありません。「縛ったビット数」\(-\log_2|\Delta\alpha/\alpha|\) は本稿での定義で、第19回の「驚きのビット数」(事前範囲に対する比)とは別の量です。04節の「全歴史の 29%」は対数ステップで測った割合であり、普通の時間で測ればほぼ 100% になります ── 何を等間隔と見なすかの選択です(第2回・第20回)。07節の三重α過程の許容幅 \(4\times10^{-2}\) は代表的な見積もりで、計算方法により 0.5%〜4% の幅がありますが、結論(観測のほうが数桁きつい)は変わりません。対数ステップ 140.24 は \(\ln(t_0/t_P)\) です(第2回)。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。