わかる c·t=一定 第 24 回 / 容量が増える速さと、通信速度は別物
帯域 × 年齢 = メモリ ── ぴったり 1 回ぶんでした
地平面を、毎秒
何ビットが渡れるか
第17回の「20 KB を送る手段が無かった」に、帯域という数字を入れます。
そして帯域はまったくボトルネックではありませんでした。
第17回で「合意に必要だった情報は 20 KB、問題はチャネルが無かったこと」と数えました。ではチャネルは、どれだけ太いのか。第1回で \(dN/dt=1.36\times10^{105}\) bit/s と数えましたが、あれは容量が増える速さであって通信速度ではありません。今回は帯域そのものを求めます ── そして二つの数のあいだに、きれいな恒等式が出ます。
01二つの「毎秒ビット」を、区別する
| 量 | 意味 | 値 |
|---|---|---|
| \(dN/dt\) | 容量が増える速さ(第1回) | \(1.36\times10^{105}\) bit/s |
| \(C\) | 通信路容量(今回) | \(6.79\times10^{104}\) bit/s |
帯域のほうは、ベケンシュタイン境界を「信号が横断する時間」で割って出します。半径 \(R\) の系に入る情報は \(S\le2\pi ER/\hbar c\)、横断時間は \(R/c\) なので ──
地平面内の全エネルギー \(E=7.90\times10^{69}\) J を入れて
$$C=6.79\times10^{104}\ \mathrm{bit/s}$$02核心 ── 帯域 × 年齢 = メモリ
二つの数の比を取ると、ちょうど 2.000000。偶然ではありません。
\(E=c^4R/2G\) と \(\ell_P^2=\hbar G/c^3\) を入れると
$$C=\frac{2\pi}{\hbar\ln2}\cdot\frac{c^4R}{2G}=\frac{\pi cR}{\ell_P^2\ln2}$$一方 \(N=\pi R^2/(\ell_P^2\ln2)\) で \(R=ct\) なので
$$C\cdot t=\frac{\pi cR}{\ell_P^2\ln2}\cdot\frac{R}{c}=\frac{\pi R^2}{\ell_P^2\ln2}=N$$今回いちばん言いたいこと
$$\boxed{\ C\cdot t=N\ }$$宇宙は、1 ハッブル時間で自分のメモリ全体をちょうど 1 回だけ動かせる帯域を持っています。
── 多くも少なくもなく、ぴったり 1 回ぶん。
そして \(N\propto t^2\) なので \(dN/dt=2N/t=2C\) ── 第1回の数と今回の数が 2 倍だったのは、同じ恒等式の裏表でした。
| 言い方 | 式 | 意味 |
|---|---|---|
| 帯域で読む | \(C\cdot t=N\) | 1 ハッブル時間で、メモリ全体を 1 回動かせる |
| 増設で読む | \(dN/dt=2C\) | メモリは、動かせる速さの 2 倍で増える |
第19回の分類で言えば、これは恒等式 ── 驚き 0 ビットです。\(E=c^4R/2G\)(ディラックの大数)とホログラフィーから自動的に出ます。それでも、宇宙という計算機の設計を読むには使えます。
03第17回の 20 KB は、一瞬で送れた
帯域が出たので、第17回の宿題を片付けます ── 地平線問題の「合意すべき 20 KB」は、送るのにどれだけかかったのでしょうか。
| 時代 | 帯域 \(C\) | 20 KB の送信時間 |
|---|---|---|
| 元素合成(\(t=1\) s) | \(1.56\times10^{87}\) bit/s | \(1.0\times10^{-82}\) 秒 |
| 再結合(38 万年) | \(1.87\times10^{100}\) bit/s | \(8.6\times10^{-96}\) 秒 |
| 今日 | \(6.79\times10^{104}\) bit/s | \(2.4\times10^{-100}\) 秒 |
03節の結論
チャネルさえあれば、地平線問題の 20 KB は \(10^{-96}\) 秒で送れました。
問題は帯域ではなく、チャネルが存在しなかったこと ── 第17回の結論が、数字で裏づきます。
図:時代ごとの帯域 \(C\)(傾き 1)と、そのときのメモリ \(N\)(傾き 2)。\(C\cdot t=N\) なので、二本は必ず \(t\) だけ離れます。ツマミで時代を動かすと、20 KB の送信時間が読み出せます
041 粒子あたりの帯域
| 系 | エネルギー | 原理上の帯域 |
|---|---|---|
| CMB 光子 1 個 | \(2.35\times10^{-4}\) eV | \(3.2\times10^{12}\) bit/s |
| 陽子 1 個 | 938 MeV | \(1.3\times10^{25}\) bit/s |
| 1 kg の物質 | \(9.0\times10^{16}\) J | \(7.7\times10^{51}\) bit/s |
CMB 光子 1 個は、原理上は毎秒 3 兆ビットを運べます。 実際に運んでいるのは数ビット(温度と偏光)── ここでも「能力に対して、まったく使っていない」という同じ絵になります。
世界のインターネット総トラフィック(おおよそ)
$$1.3\times10^{15}\ \mathrm{bit/s}$$1 kg の物質の原理上の帯域に対して
$$1.7\times10^{-37}\qquad(\text{地平面に対しては }1.9\times10^{-90})$$05種明かし ── 使っていないのは、能力不足ではない
ここまでの三つを並べます。
第6回で「メモリの \(10^{-18}\) しか使っていない」、第22回で「演算資源の 95% は何も起きない成分」、今回で「帯域はメモリ 1 回ぶんある」。三方向から同じ結論に着きました ── 宇宙という計算機は、スペックに対して圧倒的に働いていない。
① \(C=2\pi E/(\hbar\ln2)\) は、ベケンシュタイン境界を横断時間で割った見積もりです。 ブレーメルマン限界と同型の量ですが、係数は導出の仕方(境界の形、\(R\) の取り方)に依存します ── \(\pi\) 程度の因子は動きます。第1回のマルゴラス=レヴィティン限界(\(2E/\pi\hbar\))とは \(\pi^2\) 違いますが、これも規約の違いです。
② \(C\cdot t=N\) は恒等式です(第19回の分類で驚き 0 ビット)。\(E=c^4R/2G\) というディラックの大数の恒等式と、ホログラフィー \(N\propto R^2\) から自動的に出ます。「宇宙が帯域をぴったり用意している」という物理的な主張ではありません。
③ 03節の送信時間は、帯域だけで割った値です。 実際には信号が距離を渡る時間(\(R/c\)、再結合なら 38 万年)がかかります ── 「帯域はボトルネックにならない」ことを示すための計算であって、20 KB が \(10^{-96}\) 秒で相手に届くという意味ではありません。
④ 「CMB 光子 1 個が毎秒 3 兆ビット」も原理上の上限です。 実際の光子が運ぶのは、その振動数・偏光・到来方向という数ビットです。
⑤ インターネットの \(1.3\times10^{15}\) bit/s は桁の目安です。 何を「トラフィック」に数えるかで数倍動きます。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- \(dN/dt\) と \(C\) の違いを述べよ。
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\(dN/dt\) は容量が増える速さ(新しく書ける場所がどれだけ増えるか)、\(C\) は通信路容量(既にある情報をどれだけ動かせるか)。まったく別の量ですが、\(dN/dt=2C\) という恒等式で結ばれています。 - \(C\cdot t=N\) を示せ。
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\(C=2\pi E/(\hbar\ln2)\) に \(E=c^4R/2G\) と \(\ell_P^2=\hbar G/c^3\) を入れると \(C=\pi cR/(\ell_P^2\ln2)\)。これに \(t=R/c\) を掛けると \(\pi R^2/(\ell_P^2\ln2)=N\)。1 ハッブル時間で、メモリ全体をちょうど 1 回動かせる。 - 再結合のとき、20 KB を送るのにどれだけかかるか。
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\(C=1.87\times10^{100}\) bit/s なので \(1.6\times10^5/1.87\times10^{100}=8.6\times10^{-96}\) 秒。帯域はまったくボトルネックではありません ── 第17回の「問題はチャネルの有無」が裏づきます。 - CMB 光子 1 個の原理上の帯域は。
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\(C=2\pi E/(\hbar\ln2)\) に \(E=2.35\times10^{-4}\) eV \(=3.76\times10^{-23}\) J を入れて \(3.2\times10^{12}\) bit/s。実際に運んでいるのは数ビットです。 - (やや難)宇宙という計算機のボトルネックは何か。
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配線(因果構造)です。容量は \(10^{-18}\) しか使われておらず(第6回)、演算資源の 95% は何も起きない成分の取り分で(第22回)、帯域はメモリ 1 回ぶん用意されている(今回)── 性能はどれも余っています。制限しているのは、因果的に切れていると帯域がいくらあっても 1 ビットも渡らないこと(第17回)。そして配線を決めるのは膨張則です。
まとめ 帯域 × 年齢 = メモリ
二つの「毎秒ビット」を区別しました ── \(dN/dt=1.36\times10^{105}\) bit/s は容量が増える速さ、\(C=2\pi E/(\hbar\ln2)=6.79\times10^{104}\) bit/s が通信路容量です。後者はベケンシュタイン境界を横断時間で割って出しました。
比はちょうど 2.000000 で、これは恒等式でした ── \(E=c^4R/2G\) とホログラフィーから \(C=\pi cR/(\ell_P^2\ln2)\)、したがって \(C\cdot t=N\)。宇宙は、1 ハッブル時間で自分のメモリ全体をちょうど 1 回だけ動かせる帯域を持っています ── 多くも少なくもなく、ぴったり 1 回ぶん。第1回の数と 2 倍だったのは、\(N\propto t^2\) の裏返しにすぎません。
おかげで第17回の宿題が片付きました。地平線問題の 20 KB は、再結合のときの帯域なら \(10^{-96}\) 秒で送れます。帯域はまったくボトルネックではない ── 問題はチャネルの太さではなく、その有無でした。
そして三方向から同じ結論に着きました ── 容量は \(10^{-18}\) しか使われず(第6回)、演算資源の 95% は何も起きない成分の取り分で(第22回)、帯域はメモリ 1 回ぶん余っている(今回)。「使っていない」のは能力不足ではありません。 宇宙という計算機のボトルネックは、帯域でも容量でもなく配線(因果構造)であり、それを決めるのは膨張則です。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第24回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ベケンシュタイン境界 \(S\le2\pi ER/\hbar c\) は標準的で、それを横断時間 \(R/c\) で割って通信路容量 \(C=2\pi E/(\hbar\ln2)\) を得る手続きはブレーメルマン限界と同型ですが、係数は導出の仕方(境界の形、\(R\) の取り方)に依存します ── 第1回のマルゴラス=レヴィティン限界(\(2E/\pi\hbar\))との \(\pi^2\) の違いも規約によるものです。本稿の \(C=6.79\times10^{104}\) bit/s、\(C=\pi cR/(\ell_P^2\ln2)\)、および恒等式 \(C\cdot t=N\)、\(dN/dt=2C\) は本稿での導出です(kenshou/calc28.py)。これは恒等式であり(\(E=c^4R/2G\) というディラックの大数の恒等式とホログラフィー \(N\propto R^2\) から自動的に従う)、「宇宙が帯域をぴったり用意している」という物理的主張ではありません(第19回の分類で驚き 0 ビット)。03節の送信時間は帯域だけで割った値であり、信号が距離を渡る時間(再結合なら 38 万年)は別途かかります ── 「帯域はボトルネックにならない」ことを示すための計算です。1 粒子あたりの帯域も原理上の上限で、実際の CMB 光子が運ぶのは振動数・偏光・到来方向という数ビットです。インターネットの \(1.3\times10^{15}\) bit/s は桁の目安で、何をトラフィックに数えるかで数倍動きます。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルで、\(R_H=ct\) はその規約です(\(\Lambda\)CDM では \(R_H=c/H_0\) と粒子的地平線が異なります)。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。