わかる c·t=一定 第 23 回 / 同じ数を、裏返して読む

使用率 \(10^{-18}\) は、符号の言葉では冗長度 \(10^{18}\) でした

誤り訂正としての、
地平面 空いているのか、それとも同じ情報が何度も書かれているのか。
比較相手を言うまで、この二つは区別できません。

必要な道具:割り算、符号化率の定義冗長度 \(n/k=6.6\times10^{17}\)

第18回で「体積セルには、はじめから番地が振られていない」と数えました。では地平面に書かれた \(10^{122}\) ビットは、どうやって守られているのか。今回は符号の言葉で読み直します。すると第6回の「使用率 \(1.5\times10^{-18}\)」が、まったく違う顔で出てきます ── 冗長度 \(6.6\times10^{17}\)空いているのではなく、同じ情報が何度も書かれているという読み方です。

01符号として読む

誤り訂正符号は、二つの数で特徴づけられます ── 物理ビット \(n\)(実際に使う記憶素子の数)と 論理ビット \(k\)(守りたい情報の量)。宇宙に当てはめます。

二つの数を入れる

物理ビット(地平面に書ける量、第1回)

$$n=2.96\times10^{122}$$

論理ビット(実際に使われているエントロピー、第6回)

$$k=\frac{S_{\rm obs}/k_B}{\ln2}=\frac{3.1\times10^{104}}{0.693}=4.47\times10^{104}$$

符号化率と冗長度

$$R=\frac{k}{n}=1.51\times10^{-18},\qquad \frac{n}{k}=6.61\times10^{17}$$

01節の結論

第6回の「使用率 \(1.5\times10^{-18}\)」は、符号の言葉では 「冗長度 \(6.6\times10^{17}\)」
同じ数字を、まったく逆向きに読んだことになります。

02現実の符号と比べる

符号冗長度 \(n/k\)備考
QR コード(最高水準)1.430% の汚れまで復元
RAID61.5ディスク 2 台まで故障可
低符号化率の通信路符号10深宇宙通信など
量子誤り訂正・表面符号\(10^{3}\)論理 1 量子ビットに物理 1000 個
宇宙の地平面\(6.6\times10^{17}\)表面符号の \(6.6\times10^{14}\) 倍

人間が作るどんな符号よりも、14 桁ぶん冗長です。量子誤り訂正が「論理 1 量子ビットに物理 1000 個も要る」と嘆かれるところ、宇宙は \(10^{18}\) 個使っています。

03訂正能力の上限を見積もる

符号化率がこれだけ低いと、原理上どこまで壊れても復元できるのでしょうか。シングルトン限界(符号の距離 \(d\) の上限)で見積もります。

上限

古典符号

$$d\le n-k+1=2.96\times10^{122}\qquad(\text{ほぼ }n\text{ そのもの})$$

量子符号

$$d\le\frac{n-k}{2}+1=1.48\times10^{122}=\frac{n}{2}$$

03節の結論

原理上は ── 地平面のビットの約半分が壊れても、中身は復元できる。
(ただしこれは上限であって、実際にそういう符号になっている保証はありません)

図:冗長度の比較(対数)。人間の符号は左端に固まり、宇宙だけが桁違いに右です。ツマミは使われているエントロピーの見積もりを動かします ── \(S_{\rm obs}\) には桁の不確かさがあるので、冗長度もそのぶん動きます

10^104.5
人間が作る符号 宇宙の地平面
◇ ◇ ◇

04核心 ── 空きなのか、冗長なのか

ここが今回の要です。まったく同じ \(1.5\times10^{-18}\) を、二通りに読めます。

読み方何を言っているか出どころ
① 空いている容量の \(1.5\times10^{-18}\) しか使っていない第6回
② 冗長である同じ情報が \(6.6\times10^{17}\) 回ぶん重ねて書かれている今回

観測でこの二つを区別できるでしょうか。── 第3回の手続きが、そのまま効きます。

今回いちばん言いたいこと

「空き」と「冗長」は、比較相手を言うまで区別できません。
容量と比べれば空き、情報と比べれば冗長 ── 同じ一つの比の、二つの読み方です。

第3回では「\(c\cdot t\) が一定」に、第9回では「原子が縮む」に、第12回では「宇宙定数」に、同じ手術を当てました。今回はこのシリーズが自分で出した数字に当てています ── 比較相手を言わないまま「空っぽだ」と言うのは、まだ文になっていない。

05ホログラフィック符号という前例

「境界の情報でバルクを守る」という構造は、思いつきではありません。AdS/CFT には量子誤り訂正符号としての読み方があります(アルムヘイリ=ドン=ハーロウ 2015)。

バルクの局所演算子は、境界の部分領域から再構成できる境界の一部を失っても、バルクの中心の情報は残っている
それは誤り訂正符号の定義そのもの「符号空間の情報が、部分系の消去に耐える」── 数学的に同じ構造
ただし、宇宙論的地平面では確立していないAdS 境界と宇宙の地平面は別物。de Sitter / FLRW のホログラフィーは未解決 ── 今回の話は類推まで

だから今回できるのは「数を符号の言葉に翻訳すること」までで、「宇宙が実際に誤り訂正符号である」とは言えません。この線は、はっきり引いておきます。

06自制する ── 論理 1 ビットの大きさ

第18回では「物理 1 ビットあたりの体積の一辺が 1.96 fm = 陽子の大きさ」という一致が出ました。同じことを論理ビットでやってみます。

論理 1 ビットが占める面積 $$\frac{A}{k}=\frac{2.14\times10^{53}}{4.47\times10^{104}}=4.79\times10^{-52}\ \mathrm{m^2}\qquad\Longrightarrow\qquad \text{一辺}\ 2.19\times10^{-26}\ \mathrm{m}$$

第19回の作法で、何かに一致するか確かめます。

相手長さ
陽子\(10^{-15}\) m\(2.2\times10^{-11}\)
電弱スケール\(2.5\times10^{-18}\) m\(8.8\times10^{-9}\)
大統一スケール\(2\times10^{-32}\) m\(1.1\times10^{6}\)
プランク長\(1.6\times10^{-35}\) m\(1.4\times10^{9}\)

06節の結論

何とも一致しません。だから、何も言うことがない。
── 第18回の 1.96 fm と違って、この数は近い相手を持たない。沈黙が正解です。

第19回で仕分けの手続きを作ったのは、まさにこのためでした。計算して出た数がすべて意味を持つわけではない ── 近い相手がないなら、驚きは 0 ビットで、語ることは何もありません。

正直な線 ── この回が置いている前提

① 「宇宙が誤り訂正符号である」とは言っていません。 やったのは、第1回と第6回の二つの数を符号の言葉に翻訳しただけです。AdS/CFT の量子誤り訂正としての読み方(Almheiri, Dong & Harlow 2015)は AdS 境界についてのもので、宇宙論的地平面に同じ構造があるかは未解決です(de Sitter/FLRW のホログラフィー自体が確立していません)。

② \(k=S_{\rm obs}/\ln2\) と置くのは、粗い同一視です。 熱力学的エントロピーを「守るべき論理ビット」と読むのは自明ではありません ── むしろエントロピーは失われた情報の量なので、逆向きに読むべきだという立場もありえます。図のツマミが示すとおり、\(S_{\rm obs}\) 自体にも桁の不確かさがあります(第6回①)。

③ シングルトン限界は上限であって、達成可能性は別問題です。 「地平面の半分が壊れても復元できる」はそういう符号が存在しうるという意味で、宇宙がその符号であるという主張ではありません。

④ 表面符号の \(10^3\) は目安です。 誤り率と要求する論理誤り率によって \(10^2\)〜\(10^4\) と動きます。

⑤ 04節の「空きか冗長か」は、本シリーズの読み方です。 二つの読みが観測的に等価だと厳密に示したわけではありません ── 比較相手を明示しないと区別が立たない、という手続き上の指摘までです。

練習問題(今回の式だけで解けます)

  1. 宇宙の地平面を符号として読んだときの、符号化率と冗長度を求めよ。
    答えを見る
    物理ビット \(n=2.96\times10^{122}\)、論理ビット \(k=3.1\times10^{104}/\ln2=4.47\times10^{104}\)。符号化率 \(R=k/n=1.51\times10^{-18}\)、冗長度 \(n/k=\) \(6.6\times10^{17}\)第6回の使用率と、同じ数の裏表です。
  2. 量子誤り訂正の表面符号と比べて、何倍冗長か。
    答えを見る
    表面符号は \(10^3\) 程度なので、\(6.6\times10^{17}/10^3=\) \(6.6\times10^{14}\) 倍。人間が作るどんな符号より 14 桁ぶん冗長です。
  3. 同じ \(1.5\times10^{-18}\) の二つの読み方を述べ、区別できるか答えよ。
    答えを見る
    ①「容量の \(1.5\times10^{-18}\) しか使っていない(空き)」、②「同じ情報が \(6.6\times10^{17}\) 回重ねて書かれている(冗長)」。比較相手を言うまで区別できません ── 容量と比べれば空き、情報と比べれば冗長。第3回の手術が、シリーズ自身の数字に当たった形です。
  4. 論理 1 ビットが占める面積の一辺を求め、何かに一致するか調べよ。
    答えを見る
    \(A/k=4.79\times10^{-52}\ \mathrm{m^2}\)、一辺 \(2.19\times10^{-26}\) m。陽子より 11 桁小さく、プランク長より 9 桁大きい ── 何とも一致しません。第19回の作法に従えば、驚きは 0 ビットで語ることは何もない。計算して出た数がすべて意味を持つわけではありません。
  5. (やや難)「宇宙は誤り訂正符号だ」と言えるか。
    答えを見る
    言えません。AdS/CFT を量子誤り訂正符号として読む定式化はAdS 境界についてのもので、宇宙論的地平面に同じ構造があるかは未解決です(de Sitter/FLRW のホログラフィー自体が確立していない)。本稿がやったのは、二つの数を符号の言葉に翻訳したところまでです。

まとめ 同じ数を、裏返して読む

地平面を符号として読みました ── 物理ビット \(n=2.96\times10^{122}\)、論理ビット \(k=4.47\times10^{104}\)、符号化率 \(R=1.51\times10^{-18}\)。裏返すと 冗長度 \(6.6\times10^{17}\)。第6回の「使用率 \(1.5\times10^{-18}\)」と、同じ数の裏表です。人間が作るどんな符号よりも 14 桁ぶん冗長で、量子誤り訂正の表面符号(\(10^3\))が霞みます。シングルトン限界で見れば、原理上は地平面のビットの半分が壊れても復元できる(あくまで上限として)。

核心は読み方でした。同じ \(1.5\times10^{-18}\) を「空き」とも「冗長」とも読める ── 容量と比べれば空き、情報と比べれば冗長。比較相手を言うまで、この二つは区別できません。 第3回で \(c\cdot t\) に、第9回で原子に、第12回で宇宙定数に当てた同じ手術が、今回はこのシリーズが自分で出した数字に当たりました。

前例はあります ── AdS/CFT には量子誤り訂正符号としての読み方があり、「境界の一部を失ってもバルクの中心は復元できる」という構造は符号の定義そのものです。ただし宇宙論的地平面で同じことが言えるかは未解決で、今回できたのは数を符号の言葉に翻訳するところまで。この線ははっきり引きました。

最後に一つ、自制しました。論理 1 ビットが占める面積の一辺は \(2.19\times10^{-26}\) m ── 第19回の作法で確かめると、何とも一致しません。第18回の 1.96 fm と違って、近い相手を持たない。計算して出た数がすべて意味を持つわけではなく、近い相手がないなら語ることは何もない ── 仕分けの手続きを作ったのは、このためでした。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第23回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。誤り訂正符号の符号化率 \(R=k/n\)、シングルトン限界(古典 \(d\le n-k+1\)、量子 \(d\le(n-k)/2+1\))は標準的です。本稿の \(n=2.96\times10^{122}\)(第1回)、\(k=S_{\rm obs}/\ln2=4.47\times10^{104}\)(第6回、Egan & Lineweaver 2010 による \(S_{\rm obs}=3.1\times10^{104}k_B\))、符号化率 \(1.51\times10^{-18}\)、冗長度 \(6.61\times10^{17}\)、および論理 1 ビットあたりの面積 \(4.79\times10^{-52}\ \mathrm{m^2}\)(一辺 \(2.19\times10^{-26}\) m)は本稿での計算です(kenshou/calc27.py)。本稿は「宇宙が誤り訂正符号である」とは主張していません ── AdS/CFT を量子誤り訂正符号として読む定式化は Almheiri, Dong & Harlow (2015) による AdS 境界についてのもので、宇宙論的地平面に同じ構造があるかは未解決です(de Sitter/FLRW のホログラフィー自体が確立していません)。\(k=S_{\rm obs}/\ln2\) と置くのは粗い同一視で、熱力学的エントロピーを「守るべき論理ビット」と読むことの妥当性は自明ではありません(エントロピーはむしろ失われた情報の量だ、という立場もありえます)。\(S_{\rm obs}\) 自体に桁の不確かさがあり、図のツマミはそれを示すためのものです。シングルトン限界は上限であって達成可能性とは別問題であり、「半分が壊れても復元できる」はそういう符号が存在しうるという意味です。表面符号の \(10^3\) は目安で、要求する論理誤り率により \(10^2\)〜\(10^4\) と動きます。04節の「空きか冗長か」は本シリーズの読み方であり、二つの読みが観測的に等価だと厳密に示したものではありません。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーでエントロピーの見積もりを変え、冗長度が動く様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。