わかる c·t=一定 第 22 回 / 第1回で空欄だった「演算の中身」を埋める

演算資源の95%は、何も起きない成分の取り分でした

宇宙という計算機の、
命令セット ML 限界のレートはエネルギーに比例する ── だから演算の配分は、
そのまま宇宙のエネルギー収支表になります。数えると、呆れた結果が出ます。

必要な道具:割合の掛け算真空 68.5% + 暗黒物質 26.5% = 95.0%

第1回で宇宙のスペックを取ったとき、演算数だけは中身が空欄のままでした ── マルゴラス=レヴィティン限界が数えているのは直交状態への遷移だけで、何をしているかは問わないからです。今回その空欄を埋めます。ML のレートはエネルギーに比例するので、演算はそのままエネルギーの割り当てで決まります。 数えてみると、かなり呆れた結果が出ます ── 演算資源の 95% が、何も起きない成分に割り当てられている。

01演算は、エネルギーの割り当てで決まる

レートの分配 $$\frac{d\Omega}{dt}=\frac{2E}{\pi\hbar}\qquad\Longrightarrow\qquad \frac{d\Omega_i}{dt}=\frac{2E_i}{\pi\hbar}=\Omega_i\text{(エネルギー割合)}\times\frac{2E}{\pi\hbar}$$

レートが \(E\) に比例するので、演算資源の配分は、そのまま宇宙のエネルギー収支表になります。

成分エネルギー割合今日の演算レート
暗黒エネルギー68.5%\(3.27\times10^{103}\) /s
暗黒物質26.5%\(1.26\times10^{103}\) /s
バリオン4.9%\(2.34\times10^{102}\) /s
光子0.0054%\(2.58\times10^{99}\) /s
ニュートリノ0.0038%\(1.81\times10^{99}\) /s

02真空は、遷移する先を持たない

ここで一言が効きます。マルゴラス=レヴィティン限界の \(E\) は、基底状態から測ったエネルギーです。ところが真空エネルギーは、その基底そのもの。

02節の結論

真空は、遷移する先を持ちません。
だから演算に数えるべきではない ── この一言で、演算資源の 68.5% が最初から消えます。

残るのは 31.5%。そしてそのうち 84.1% が暗黒物質です。暗黒物質は、私たちが知る限り重力以外に相互作用しません ── つまり、状態を変える相手がいない。

何かしているのは、どれだけか $$\text{バリオン}+\text{放射}=4.909\%\qquad(\text{真空を除いた中でも }15.6\%)$$

今回いちばん言いたいこと

宇宙は、演算資源の 95.0% を「何も起きない」成分に割り当てています。
真空(68.5%)+暗黒物質(26.5%)── どちらも状態が変わらない。

図:宇宙のエネルギー=演算資源の割り当て。ツマミで「何を演算と数えるか」の厳しさを上げていくと、残る資源が段階的に崩れていきます ── 全部数える \(10^{121}\) 回から、星の光だけを数える \(10^{115}\) 回まで

真空を除く
数える成分 数えない成分 残った演算数
◇ ◇ ◇

03では、バリオンは何をしているのか

残った 4.9% の中身を見ます。バリオンがやっていることのうち、いちばん派手なのは恒星の核融合です。宇宙が誕生以来、星として輝いたエネルギーの総量を見積もります。

計算 ── 光度密度から

ハッブル体積 × 宇宙の光度密度

$$3.17\times10^{11}\ \mathrm{Mpc^3}\times2\times10^{8}\ L_\odot/\mathrm{Mpc^3}=2.43\times10^{46}\ \mathrm{W}$$

宇宙年齢ぶん積算して、全エネルギーと比べる

$$\frac{1.06\times10^{64}\ \mathrm{J}}{7.90\times10^{69}\ \mathrm{J}}=1.3\times10^{-6}$$

宇宙が誕生以来「星として輝いた」エネルギーは、全体の 100 万分の 1です。核融合という、宇宙でいちばん目立つ活動が、この規模。

04命令セットの一覧

成分割合実際にやっていること演算か
真空68.5%基底状態にいる。遷移先がない×
暗黒物質26.5%重力で集まるだけ。相互作用しない×
バリオン4.9%化学結合・核融合・生命
放射0.009%自由伝播(第11回:完全に静止)

第11回で「この絵では光子ガスは完全に静止している」と数えました。今回の四行目が、その言い換えです ── 放射は伝播するだけで、状態を変えない。だから ML の意味で「演算」と呼ぶには微妙です。

第1回の 0.035 とつながる 第1回で「宇宙は 1 ビットあたり 0.035 回しか演算していない」と数えました。今回わかったのは、その 0.035 回のうち 95% が、何も起きない成分の取り分だということです。実質は 1 ビットあたり \(0.035\times0.049=1.7\times10^{-3}\) 回 ── 580 ビットに 1 回。宇宙という計算機は、思っていたよりさらに働いていませんでした。

05種明かし ── ML 限界は「上限」しか数えない

今回の結果は、じつはマルゴラス=レヴィティン限界の性質そのものです。

ML はエネルギーしか見ない「そのエネルギーで、原理的に何回まで状態を変えられるか」の上限。実際に変えたかどうかは問わない
だから真空も暗黒物質も、上限には寄与するエネルギーを持っているから。でも実際には遷移していない
上限と実績のあいだに、95% の隙間がある第1回の \(10^{121}\) はスペック表であってベンチマークではないと書いた、その隙間の中身

第1回の「正直な線」で 「これはスペック表であって、ベンチマークではない」 と書きました。今回はその隙間を、実際に測ったことになります ── スペックの 95% は、使われる見込みのない成分に割り当てられている。

正直な線 ── この回が置いている前提

① 「真空は遷移先を持たないので演算に数えない」は、本稿の判断です。 マルゴラス=レヴィティン限界の \(E\) を「基底状態からのエネルギー」と読む標準的な解釈に従っていますが、宇宙論的な真空エネルギーをその意味の基底状態とみなしてよいかは自明ではありません ── ド・ジッター空間には地平面温度があり、揺らぎもあります。02節は「素朴に全エネルギーを入れるのはおかしい」という指摘までが確かな部分です。

② 「暗黒物質は何もしていない」は、現在の知識に基づく言い方です。 重力以外の相互作用が見つかれば変わります。また重力による構造形成は立派な「状態の変化」なので、「何もしていない」は ML の意味に限った話です。

③ 光度密度 \(2\times10^8\,L_\odot/\mathrm{Mpc^3}\) は目安です。 波長域と赤方偏移依存性で数倍動きます。また過去の星形成率は今より高かったので、単純に \(t_0\) を掛けるのは粗い ── \(10^{-6}\) という桁の主張として読んでください。

④ エネルギー割合は今日の値です。 演算数 \(\Omega=\int(2E/\pi\hbar)dt\) は過去も積むので、正確な内訳は各成分の \(\int\rho_i V\,dt\) を要します(放射優勢期には放射の取り分がずっと大きい)。04節の表は今日のスナップショットです。

⑤ 「演算」は依然としてエネルギーが許す遷移回数の上限で、意味のある計算ではありません(第1回①と同じ注意)。本稿がやったのは、その上限を成分ごとに分解しただけです。

練習問題(今回の式だけで解けます)

  1. 演算資源が「エネルギー収支表そのもの」になるのはなぜか。
    答えを見る
    マルゴラス=レヴィティン限界のレートが \(2E/\pi\hbar\) で \(E\) に比例するから。だから成分ごとの演算レートは、そのままエネルギー割合になります。
  2. 真空を演算に数えるべきでないのはなぜか。それで何%が消えるか。
    答えを見る
    ML の \(E\) は基底状態から測ったエネルギーで、真空エネルギーはその基底そのものだから ── 遷移する先がありません。これで 68.5% が消え、残りは 31.5%。
  3. 「何かしている」成分は全体の何%か。
    答えを見る
    バリオン 4.9% + 放射 0.009% = 4.91%(真空を除いた中でも 15.6%)。つまり演算資源の 95.0% が、何も起きない成分(真空+暗黒物質)に割り当てられている
  4. 星として輝いたエネルギーは、全体のどれだけか。
    答えを見る
    ハッブル体積 \(3.17\times10^{11}\) Mpc³ × 光度密度 \(2\times10^8L_\odot/\mathrm{Mpc^3}\) = \(2.4\times10^{46}\) W。宇宙年齢ぶんで \(1.1\times10^{64}\) J、全体の \(1.3\times10^{-6}\)核融合という宇宙でいちばん目立つ活動が、100 万分の 1。
  5. (やや難)第1回の「1 ビットあたり 0.035 回」は、今回どう修正されるか。
    答えを見る
    その 0.035 回のうち 95% が「何も起きない」成分の取り分なので、実質は \(0.035\times0.049=1.7\times10^{-3}\) 回 ── 580 ビットに 1 回。第1回で「スペック表であってベンチマークではない」と書いた、その隙間の中身が今回わかったことになります。

まとめ 95% は、何も起きない成分の取り分だった

第1回で空欄のままだった「演算の中身」を埋めました。マルゴラス=レヴィティン限界のレートは \(2E/\pi\hbar\) で エネルギーに比例するので、演算資源の配分はそのまま宇宙のエネルギー収支表になります ── 暗黒エネルギー 68.5%、暗黒物質 26.5%、バリオン 4.9%、放射 0.009%。

ここで一言が効きました。ML の \(E\) は基底状態から測ったエネルギーで、真空エネルギーはその基底そのもの ── 遷移する先がありません。これで 68.5% が消え、残る 31.5% のうち 84.1% は暗黒物質(重力以外に相互作用しない)。「何かしている」と言えるのは 4.91% だけです。

宇宙は、演算資源の 95.0%
「何も起きない」成分に割り当てている

残る 4.9% の中身も見ました ── 宇宙が誕生以来「星として輝いた」エネルギーは、全体の \(1.3\times10^{-6}\)。核融合という宇宙でいちばん目立つ活動が、100 万分の 1 です。そして第1回の「1 ビットあたり 0.035 回」は、実質 580 ビットに 1 回まで下がります。

種明かしは ML 限界の性質そのものでした ── ML はエネルギーしか見ず、実際に遷移したかは問わない。だから真空も暗黒物質も上限には寄与する。第1回で「これはスペック表であってベンチマークではない」と書いた、その隙間を今回測ったことになります。スペックの 95% は、使われる見込みのない成分に割り当てられていました。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第22回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。マルゴラス=レヴィティン限界(レート \(2E/\pi\hbar\))とそれが基底状態からのエネルギーで測られることは標準的です。エネルギー割合 \(\Omega_\Lambda=0.685\)、\(\Omega_c=0.265\)、\(\Omega_b=0.049\)、\(\Omega_\gamma=5.4\times10^{-5}\)、\(\Omega_\nu=3.8\times10^{-5}\) は Planck 系の標準値です。本稿の成分別演算レート、「真空を除くと 31.5%、そのうち暗黒物質が 84.1%」「何かしているのは 4.91%」「演算資源の 95.0% が何も起きない成分」、および星として輝いたエネルギーが全体の \(1.3\times10^{-6}\) であることは本稿での計算です(kenshou/calc26.py)。「真空は遷移先を持たないので演算に数えない」は本稿の判断です ── ML の \(E\) を基底状態からのエネルギーと読む標準的な解釈に従っていますが、宇宙論的な真空エネルギーをその意味の基底とみなしてよいかは自明ではありません(ド・ジッター空間には地平面温度と揺らぎがあります)。02節で確かなのは「素朴に全エネルギーを入れるのはおかしい」という指摘までです。「暗黒物質は何もしていない」は現在の知識に基づく言い方で、ML の意味に限った話です ── 重力による構造形成は立派な状態変化です。光度密度 \(2\times10^8\,L_\odot/\mathrm{Mpc^3}\) は目安で、波長域・赤方偏移依存性で数倍動き、過去の星形成率が高かったことも考慮していません(\(10^{-6}\) という桁の主張です)。エネルギー割合は今日の値であり、\(\Omega=\int(2E/\pi\hbar)dt\) の正確な内訳には各成分の \(\int\rho_iV\,dt\) が必要です(放射優勢期には放射の取り分がずっと大きくなります)。「演算」は依然としてエネルギーが許す遷移回数の上限であり、意味のある計算ではありません。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで「何を演算と数えるか」を変え、残る資源が崩れていく様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。