わかる c·t=一定 第 18 回 / ホログラフィーを、アドレスの言葉で読む

1ビットが担当する体積の一辺は、およそ陽子の大きさでした

アドレス線が、
足りない 空間セルは \(5.27\times10^{182}\) 個、書けるビットは \(2.96\times10^{122}\)。
セルの \(10^{-61}\) にしか番地が振れない ── そして差は開き続けます。

必要な道具:割り算、立方根\(\ell_{\rm bit}=1.96\ \mathrm{fm}\)

第17回は通信でした。今回はアドレッシングです。宇宙の空間セルは \((R_H/\ell_P)^3=5.27\times10^{182}\) 個あるのに、書けるビットは \(2.96\times10^{122}\)。セル 1 個につき 1 ビットどころか、\(10^{-61}\) しかない。 ホログラフィーを「面積に書かれる」ではなく「番地が足りない」と読み替えると、途中で妙に具体的な長さが出てきます ── 1 ビットが担当する体積の一辺は、およそ陽子の大きさ

01三つの数を、数える

計算 ── 数えるだけ

今日の宇宙をプランク長で測ると

$$\frac{R_H}{\ell_P}=8.075\times10^{60}$$

空間セル(プランク体積の個数)

$$\left(\frac{R_H}{\ell_P}\right)^3=5.27\times10^{182}$$

4 体積セル(プランク時空点の個数)

$$\left(\frac{ct_0}{\ell_P}\right)^4=4.25\times10^{243}$$

書けるビット(第1回)

$$N=\frac{\pi}{\ln2}\left(\frac{R_H}{\ell_P}\right)^2=2.96\times10^{122}$$

並べると、指数が \(3\)、\(4\)、\(2\) です。ビットだけが 2 乗 ── これがホログラフィーの全部です。

02比は、きれいな恒等式になる

割る $$\frac{N}{(R_H/\ell_P)^3}=\frac{\pi/\ln2}{R_H/\ell_P}=\frac{4.5324}{8.075\times10^{60}}=5.61\times10^{-61}$$

02節の結論

$$\boxed{\ \frac{\text{書けるビット}}{\text{空間セル}}=\frac{\pi/\ln2}{R_H/\ell_P}\ }$$

ホログラフィーとは「空間セルの \(10^{-61}\) にしか番地が振れない」ということ。
しかも比は \(1/R_H\) なので、宇宙が大きくなるほど番地不足はひどくなります

逆に言えば ── 昔のほうがマシでした。\(N=(R_H/\ell_P)^3\) を解くと \(R_H/\ell_P=\pi/\ln2=4.53\)。アドレスが足りていたのは、宇宙がプランク長の 4.5 倍より小さかったときだけです。

03核心 ── 1 ビットが担当する体積

比を逆にすると、もっと直観的な量になります ── 1 ビットあたり、どれだけの体積を面倒みているか

計算 ── 逆にするだけ $$\frac{(R_H/\ell_P)^3}{N}=\frac{\ln2}{\pi}\cdot\frac{R_H}{\ell_P}=1.78\times10^{60}\ \text{プランク体積}$$

体積に直すと

$$7.52\times10^{-45}\ \mathrm{m^3}\qquad\Longrightarrow\qquad \text{一辺}\ \ell_{\rm bit}=1.96\times10^{-15}\ \mathrm{m}$$

今回いちばん言いたいこと

1 ビットが担当する体積は、一辺 1.96 フェムトメートルの立方体。
── 陽子の大きさです(電荷半径 0.84 fm、直径 1.68 fm)。

宇宙のホログラフィック・メモリを空間に割り当てると、ちょうど核子 1 個ぶんの体積に 1 ビットが対応します。もちろん「陽子 1 個が 1 ビット」という意味ではありません ── 数がたまたま合っているだけです。それでも、この一致は見た瞬間に足が止まります。

04これは、どういうスケールなのか

正体を確かめます。\(\ell_{\rm bit}^3\propto R_H\ell_P^2\) なので ──

中間スケール $$\ell_{\rm bit}=\left(\frac{\ln2}{\pi}\right)^{1/3}\left(R_H\,\ell_P^2\right)^{1/3}$$

係数を外した素の値

$$\left(R_H\,\ell_P^2\right)^{1/3}=3.24\ \mathrm{fm}\qquad(\text{係数 }0.604\text{ を掛けて }1.96\ \mathrm{fm})$$

つまり 地平半径とプランク長の「3 分の 1 乗の中間スケール」です。宇宙でいちばん大きい長さと、いちばん小さい長さを、この重みで混ぜると核子の大きさが出る ── 説明のない数値的一致で、前シリーズ番外編⑤の「\(\rho_\Lambda^{1/4}\) とニュートリノ質量が 22 倍しか違わない」と同じ種類のものです。

こういう一致の扱い方 このシリーズは、数値的一致に対していつも同じ手続きを使ってきました ── 恒等式か、偶然か、物理か。ディラックの大数(第7回)は恒等式でした。ランダウアー限界ぴったり(第10回)も恒等式。今回の 1.96 fm は恒等式ではありません(\(R_H\) と \(\ell_P\) を独立に与えれば任意の値になる)。かといって物理的な機構も知られていない。いまのところ「偶然」の欄に置くしかない数字です ── そう明記しておくのが、このシリーズの作法です。

図:宇宙の大きさを変えると、三つの数がどう伸びるか。セルは傾き 3、4 体積は傾き 4、ビットは傾き 2。ビットだけが遅いので、大きくなるほど番地不足が開いていきます ── 足りていたのは、宇宙がプランク長の 4.5 倍以下だったときだけ

今日
空間セル(傾き 3) 4 体積セル(傾き 4) 書けるビット(傾き 2)
◇ ◇ ◇

05番地表そのものが、メモリに入らない

「番地が足りない」をもう一段進めます。そもそも番地を書くのに何ビット要るかを数えてみましょう。

アドレス幅 $$\log_2\left(5.27\times10^{182}\right)=607\ \text{ビット}$$

全セルに番地を振ると

$$5.27\times10^{182}\times607=3.20\times10^{185}\ \text{ビット}$$

メモリと比べると

$$\frac{3.20\times10^{185}}{2.96\times10^{122}}=1.1\times10^{63}\ \text{倍}$$

05節の結論

全セルに番地を振ること自体が、メモリの \(10^{63}\) 倍を要します。
── 番地表がメモリに入らない。アドレス空間は、宇宙が扱える規模を超えています。

これは第6回の「使用率 \(10^{-18}\)」とは別の不足です。あちらは「容量はあるのに使っていない」という話でした。今回は「そもそも番地が振れない」── 使う以前の問題です。

06時間方向は、さらに 61 桁足りない

4 体積で数える $$\frac{N}{(ct_0/\ell_P)^4}=\frac{2.96\times10^{122}}{4.25\times10^{243}}=7.0\times10^{-122}$$

空間だけなら \(10^{-61}\)、時間まで入れると \(10^{-122}\)。ちょうど 2 倍の桁数です(当然で、\(N\propto R^2\) に対し \(R^4\) だから)。意味するところは明確です ── 「宇宙の全履歴を記録する」ことは、原理的に不可能

いま起きていることを全部書く空間セルの \(10^{-61}\) しか番地がない → 不可能
これまで起きたことを全部書く4 体積セルの \(10^{-122}\) → さらに 61 桁不可能
地平面に書ける量だけが上限そしてそれは \(R^2\) でしか増えない ── これがホログラフィーの内容のすべて

07種明かし ── これは圧縮ではない

ホログラフィーを「体積の情報が面積に圧縮されている」と言うことがあります。アドレスの言葉で読むと、その言い方は誤解を招きます。

 圧縮なら実際のホログラフィー
元の情報体積ぶんある最初から面積ぶんしかない
操作冗長性を削って詰める何も詰めていない
復元元に戻せる戻すべき「元」が存在しない
正しい言い方──体積セルには、はじめから番地が振られていない

第13回で「共形変換は大きさにしか触れない」と線引きしました。今回はもっと基本的な線引きです ── 宇宙という記憶装置は、体積ではなく面積で番地が決まっている。だから \(10^{182}\) 個のセルのうち \(10^{122}\) 個ぶんしか指定できず、その差は宇宙が大きくなるほど開いていきます。

正直な線 ── この回が置いている前提

① 「空間セル」を \((R_H/\ell_P)^3\) 個と数えるのは、時空が離散格子であるという主張ではありません。 プランク体積を単位に取った目安の個数で、前シリーズ番外編③の「セル/ティック」と同じ比喩の使い方です。

② ホログラフィック限界は「これ以上は入らない」という不等式です。 「ここまで使える」という保証ではありません(第6回②と同じ注意)。したがって「番地が足りない」は上限についての言明であって、実際に何かを記録しようとして失敗した、という話ではありません。

③ \(\ell_{\rm bit}=1.96\) fm という一致には、既知の説明がありません。 恒等式でもなく(\(R_H\) と \(\ell_P\) を独立に与えれば任意の値になります)、物理的な機構も知られていない。「偶然」の欄に置くべき数字です。なお \((R_H\ell_P^2)^{1/3}\) が核子スケールになるという指摘自体は文献にも見られる類のもので、本稿の発見ではありません。

④ 05節のアドレス幅の議論は、素朴な符号化を仮定しています。 実際にはセルに個別の番地を振る必要はなく(座標そのものが番地になる)、「番地表を作る」という操作は物理的に要求されていません ── アドレス空間の大きさを実感するための計算として読んでください。

⑤ \(R_H=ct_0\) は \(c\cdot t=\text{一定}\) の規約です。 \(\Lambda\)CDM では \(R_H=c/H_0\) と粒子的地平線が異なり、数値は数倍動きます ── 桁の議論として読んでください。

練習問題(今回の式だけで解けます)

  1. 書けるビットと空間セルの比を、\(R_H/\ell_P\) の式で表せ。
    答えを見る
    \(N/(R_H/\ell_P)^3=[\pi(R_H/\ell_P)^2/\ln2]/(R_H/\ell_P)^3=(\pi/\ln2)/(R_H/\ell_P)\)。\(1/R_H\) に比例するので、宇宙が大きくなるほど番地不足はひどくなります。
  2. アドレスが足りていたのはいつか。
    答えを見る
    \(N=(R_H/\ell_P)^3\) を解いて \(R_H/\ell_P=\pi/\ln2=4.53\)。宇宙がプランク長の 4.5 倍より小さかったときだけです。それ以降はずっと足りていません。
  3. 1 ビットが担当する体積の一辺を求めよ。
    答えを見る
    \((R_H/\ell_P)^3/N=(\ln2/\pi)(R_H/\ell_P)=1.78\times10^{60}\) プランク体積 \(=7.52\times10^{-45}\ \mathrm{m^3}\)。立方根を取って 1.96 fm ── 陽子の大きさです。
  4. それはどんなスケールか。
    答えを見る
    \(\ell_{\rm bit}\propto(R_H\ell_P^2)^{1/3}\)、つまり地平半径とプランク長の 3 分の 1 乗の中間スケール。素の値は 3.24 fm、係数 \((\ln2/\pi)^{1/3}=0.604\) を掛けて 1.96 fm。説明のない数値的一致で、恒等式でも物理でもありません。
  5. (やや難)ホログラフィーを「圧縮」と呼ぶのは、なぜ誤解を招くか。
    答えを見る
    圧縮なら「体積ぶんの情報を冗長性を削って詰める」ことになりますが、実際には最初から面積ぶんの情報しか存在しません。詰めてもいないし、戻すべき「元」もない。正しい言い方は 「体積セルには、はじめから番地が振られていない」 ── 情報の量ではなく、アドレス空間の構造の話です。

まとめ 番地は、面積でしか増えない

三つの数を数えました ── 空間セル \((R_H/\ell_P)^3=5.27\times10^{182}\)、4 体積セル \(4.25\times10^{243}\)、書けるビット \(2.96\times10^{122}\)。指数は \(3\)、\(4\)、\(2\) で、ビットだけが 2 乗。これがホログラフィーの内容のすべてです。

比はきれいな恒等式になりました ── \(N/(R_H/\ell_P)^3=(\pi/\ln2)/(R_H/\ell_P)=5.61\times10^{-61}\)。「空間セルの \(10^{-61}\) にしか番地が振れない」、しかも \(1/R_H\) に比例するので宇宙が大きくなるほど不足は開きます。足りていたのは、宇宙がプランク長の 4.5 倍より小さかったときだけ。

逆にすると、1 ビットが担当する体積が出ます ── \(1.78\times10^{60}\) プランク体積、一辺 1.96 フェムトメートル陽子の大きさです。正体は \((R_H\ell_P^2)^{1/3}\)、宇宙でいちばん大きい長さといちばん小さい長さの「3 分の 1 乗の中間スケール」── 恒等式でも物理でもなく、いまのところ偶然の欄に置くしかない一致です。

さらに、番地表そのものがメモリに入りません(全セルに番地を振ると \(10^{63}\) 倍)。時間方向まで数えると不足は \(10^{-122}\) に広がり、「宇宙の全履歴を記録する」ことは原理的に不可能。そして最後に言葉の整理 ── ホログラフィーは圧縮ではありません。詰めてもいないし戻すべき元もない。正しくは 「体積セルには、はじめから番地が振られていない」。第6回の「使用率 \(10^{-18}\)」が「あるのに使っていない」話だったのに対し、今回は使う以前の不足でした。

この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第18回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。地平面のホログラフィック上限 \(N=A/(4\ell_P^2\ln2)\) は標準的です。本稿の \((R_H/\ell_P)^3=5.27\times10^{182}\)、\((ct_0/\ell_P)^4=4.25\times10^{243}\)、\(N/(R_H/\ell_P)^3=(\pi/\ln2)/(R_H/\ell_P)=5.61\times10^{-61}\)、1 ビットあたり \(1.78\times10^{60}\) プランク体積(一辺 \(1.96\) fm)、アドレス幅 607 ビットと番地表が \(10^{63}\) 倍になること、\(N/(ct_0/\ell_P)^4=7.0\times10^{-122}\)、および「番地が足りていたのは \(R_H/\ell_P<\pi/\ln2=4.53\) のときだけ」は、いずれも本稿での計算です(kenshou/calc22.py)。「空間セル」をプランク体積の個数で数えるのは目安であり、時空が離散格子であるという主張ではありません(前シリーズ番外編③の「セル/ティック」と同じ比喩の使い方)。ホログラフィック限界は「これ以上は入らない」という不等式であって貯蔵可能量の保証ではないため、「番地が足りない」は上限についての言明です。\(\ell_{\rm bit}\simeq1.96\) fm が核子スケールになることには既知の説明がなく、恒等式でも物理的機構でもありません ── \((R_H\ell_P^2)^{1/3}\) が核子スケールになるという指摘自体は文献に見られる類のもので、本稿の発見ではありません。05節のアドレス幅の議論は素朴な符号化を仮定したもので、実際には座標そのものが番地になるため「番地表を作る」操作は物理的に要求されていません。\(R_H=ct_0\) は \(c\cdot t=\)一定 の規約で、\(\Lambda\)CDM では \(R_H=c/H_0\) と粒子的地平線が異なり数値は数倍動きます。線形膨張は検証途上の少数派モデルで、初期宇宙まで外挿した場合は元素合成と矛盾します(Lewis, Barnes & Kaushik 2016)。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで宇宙の大きさを変え、ビットの線だけが遅れていく様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。