わかる c·t=一定 第 14 回 / ウェイト表そのものが、測定の対象になる
帳簿の数字に、誤差棒が付きます
相転移に、
入れてみる
このシリーズが13回使ってきたウェイト表は、古典近似でした。
その誤差が、3次元イジングで7桁の精度で測られています。
前回いちばん強く使ったのは「無次元は不変」でした。今回は、それが少しだけ怪しくなる場所へ行きます ── 相転移です。臨界点では、無次元の指数が古典的な予想からずれます(異常次元)。そしてこのずれは、このシリーズが 13 回にわたって使ってきたウェイト表そのものの誤差でもある。おまけに、その誤差は 3 次元イジング模型で 7 桁の精度で測られています。帳簿の数字に、誤差棒が付きます。
01ウェイト表は、古典近似だった
第1回からずっと、こういう表を使ってきました ── 長さ \(+1\)、質量 \(-1\)、速度 \(0\)。作り方は単純で、次元解析です。量の次元を \(L^{n_L}T^{n_T}M^{n_M}\) に分解して足すだけ(第13回でやりました)。
ところが場の理論では、演算子のスケーリング次元がこれだけでは決まりません。
前シリーズ番外編⑥で見た通り、\(\Delta\) は Weyl ウェイトそのもの
$$\mathcal{O}\ \longrightarrow\ \Omega^{-\Delta}\mathcal{O}$$01節の結論
\(\gamma\ne0\) とは、「古典的に数えたウェイトが間違っている」ということ。
このシリーズが使ってきた表は、その誤差を無視した近似でした。
02誤差の大きさを、実際に見る
いちばん精密に測られているのが、3 次元イジング模型のスピン演算子です。自由場なら \(\Delta=(d-2)/2\) ちょうどのはず ── 実際は違います。
| 次元 \(d\) | 自由場 \((d-2)/2\) | 実際の \(\Delta_\sigma\) | 異常次元 \(\gamma_\sigma\) | ずれの割合 |
|---|---|---|---|---|
| 2 | 0 | 0.125(厳密解) | 0.125 | ── |
| 3 | 0.5 | 0.5181489(10) | 0.0181489 | 3.6% |
| 4 | 1.0 | 1.0 | 0 | 0% |
02節の結論
4 次元では、古典のウェイト表が厳密に正しい(\(\gamma=0\))。
次元を下げるほど、ずれが大きくなる ── 3 次元で 3.6%、2 次元で 12.5%。
4 次元は上部臨界次元と呼ばれ、そこから上では平均場理論が厳密になります。私たちの時空が 4 次元であることが、ここでも効いている ── 第11回でマクスウェル作用が 4 次元でだけ共形不変になったのと、同じ場所です。
図:横軸は空間次元、縦軸は異常次元 \(\gamma_\sigma\)=ウェイト表の誤差。丸が既知の値(2 次元は厳密解、3 次元はブートストラップ、4 次元はゼロ)、点線が \(\varepsilon\) 展開の先頭項。4 次元で誤差がぴたりと消えます
点線(\(\varepsilon\) 展開の先頭項 \(\gamma=\varepsilon^2/108\))は、3 次元で実際の値の半分しか出しません。誤差の大きさを摂動で当てるのは難しい ── だからこそ、次の節の 7 桁が効きます。
03誤差が、7 桁で測られている
共形ブートストラップは、次元付きの入力を一つも使わずに \(\Delta\) を決めます(前シリーズ番外編⑥)。3 次元イジングの結果は、たった二つの数です。
この二つから、統計物理の臨界指数が全部出ます。実際に計算して、実験・モンテカルロと並べます。
| 指数 | 二つの \(\Delta\) から | 実験・MC | 何を測る量か |
|---|---|---|---|
| \(\eta\) | 0.036298 | 0.0363(2) | 相関の減り方 |
| \(\nu\) | 0.629971 | 0.6300(17) | 相関距離の発散 |
| \(\alpha\) | 0.110087 | 0.110(5) | 比熱の発散 |
| \(\beta\) | 0.326419 | 0.3265(15) | 共存曲線の形 |
| \(\gamma\) | 1.237075 | 1.2372(5) | 感受率の発散 |
| \(\delta\) | 4.789841 | 4.789(2) | 臨界等温線 |
| \(\alpha+2\beta+\gamma\) | 2.0000000000 | ── | 恒等式(\(\Delta\) に依らない) |
そして \(\eta=2\gamma_\sigma\) なので ── ウェイト表の誤差 \(\gamma_\sigma=0.0181489\) は、水や磁石で実際に測れる量です。水も、二酸化炭素も、一軸磁石も、臨界点で同じこの数に従います。
今回いちばん言いたいこと
このシリーズの帳簿の数字に、誤差棒が付いています。
\(\gamma_\sigma=0.0181489(10)\) ── ウェイトがどれだけ間違っているかが、7 桁で測られている。
04それでも、無次元量は不変のまま
ここで混乱しやすいので、はっきり分けておきます。
つまり第13回の「無次元は不変」は、そのまま正しい。今回崩れたのは別のことです ── 「ウェイトは次元解析で決まる」という前提のほう。ウェイトは決まった数ではなく、理論が決める量で、測定の対象でした。
05では、宇宙論のウェイトはどうなのか
気になるのはここです。第4回で「質量だけが \(\propto t\) で育つ」と書いたとき、質量のウェイトを \(-1\) と取りました。その \(-1\) にも異常次元が付くのでしょうか。
| ウェイトの相手 | 古典 | 量子補正 |
|---|---|---|
| 時空の長さ・時間(計量そのもの) | \(+1\) | なし(幾何の定義) |
| ゲージ場・光子 | \(0\) | \(\beta\) 関数ぶんの破れ(第11回) |
| 場の演算子(\(\bar\psi\psi\) など) | 古典次元 | 異常次元が付く |
| 測定される無次元比 | \(0\) | なし(観測量だから) |
幾何の側(長さ・時間)は定義なので動きません。動くのは場の演算子のほう ── クォーク質量演算子には異常次元があり、走ります。だから「質量が \(\propto t\) で育つ」という言い方は、厳密には「どのスケールで測った質量か」を言わないと決まらない。
ただし ── 前シリーズ第3回で確かめた通り、観測にかかる無次元比(\(1+z\)、再結合の 52.6、\(Q/k_BT\))は、どの絵でもどのスケールでも同じです。だから第4回〜第13回の結論は、どれも無傷です。
① 臨界現象の「次元 \(d\)」は統計力学の空間次元で、時空の次元とは別物です。 上部臨界次元 4 とマクスウェル作用の \(D=4\) が同じ「4」なのは、どちらも次元解析の釣り合いから来ていますが、同じ現象ではありません。並べたのは構図の類似を示すためです。
② \(\Delta_\sigma=0.5181489(10)\) は共形ブートストラップによる数値です(El-Showk, Simmons-Duffin ら 2012–2016)。誤差は数値的なもので、系統誤差の見積もりを含みます。2 次元の \(0.125\) はオンサーガー以来の厳密解、4 次元の \(0\) は平均場が厳密になることによります。
③ \(\varepsilon\) 展開の先頭項は \(\eta=\varepsilon^2(N+2)/[2(N+8)^2]\)(\(N=1\) で \(\varepsilon^2/54\))です。 3 次元(\(\varepsilon=1\))で実際の値の約半分にしかならず、高次項が重要です ── 図の点線は「先頭項だけならこうなる」という参考線です。
④ 表の「実験・MC」欄は複数の測定・数値計算のおおよその代表値で、単一の出典による値ではありません。 実在の流体や磁石は厳密な CFT ではなく、臨界点に十分近いときだけこれらの指数が現れます(補正項があります)。
⑤ 05節の「質量のウェイトに異常次元が付く」は定性的な整理です。 実際にどう効くかは繰り込みスキームと、何を「質量」と呼ぶか(極質量か \(\overline{\rm MS}\) 質量か)に依存します ── 前シリーズ番外編④の小出の関係式が極質量でだけ成立する、という話と地続きです。本稿は「ウェイトは測定の対象である」という点までを主張しています。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- 異常次元 \(\gamma\) とは何か、このシリーズの言葉で言い直せ。
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ウェイト表の誤差。次元解析で予想したウェイト \(\Delta_{\text{古典}}\) と、実際のウェイト \(\Delta\) の差です。\(\Delta=\Delta_{\text{古典}}+\gamma\)。第1〜13回で使ってきた表は、\(\gamma\) を無視した近似でした。 - 3 次元イジングの \(\gamma_\sigma\) を求めよ。自由場のウェイトは \((d-2)/2\)。
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\(\gamma_\sigma=\Delta_\sigma-(d-2)/2=0.5181489-0.5=\) 0.0181489。ずれの割合は 3.6%。そして \(\eta=2\gamma_\sigma=0.0362978\) として、水や磁石で実際に測れます。 - 4 次元で \(\gamma=0\) になるのはなぜか。
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4 次元が上部臨界次元で、そこから上では平均場理論が厳密になるから。相互作用が長距離の振る舞いに効かなくなります。私たちの時空が 4 次元であることが、第11回(マクスウェル作用)に続いてここでも効いています ── ただし ①のとおり、同じ「4」でも別の現象です。 - 今回の話は、第13回の「無次元は不変」を否定するか。
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否定しません。測られる無次元量(臨界指数、\(\Delta\) 自体)は、やはり共形変換で不変です。崩れたのは別の前提 ── 「ウェイトは次元解析で決まる」のほう。ウェイトは決まった数ではなく、理論が決め、実験が測る量でした。 - (やや難)\(\alpha+2\beta+\gamma=2\) が \(\Delta\) に依らず成り立つのはなぜか。
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六つの指数が二つの数(\(\eta,\nu\))の関数だから。代入すると \((2-d\nu)+\nu(d-2+\eta)+\nu(2-\eta)=2\) で、\(\nu\)・\(\eta\)・\(d\) が全部消えます。これは物理ではなく、六つが二つの関数であることの帰結です ── 前シリーズ番外編⑥で見た通り。恒等式は物理ではないという、このシリーズの合言葉がここでも効いています(第10回、第7回)。
まとめ 帳簿の数字に、誤差棒が付いた
第1回から使ってきたウェイト表は、次元解析で作った古典近似でした。場の理論では \(\Delta=\Delta_{\text{古典}}+\gamma\) で、\(\gamma\ne0\) とは「古典的に数えたウェイトが間違っている」ということ。そしてその誤差は、実際に測られています。
3 次元イジングのスピン演算子は、自由場なら \(\Delta=0.5\) のはずが 0.5181489(10) ── ずれ \(\gamma_\sigma=0.0181489\)、割合にして 3.6%。2 次元では 12.5%(厳密解 \(1/8\))、そして4 次元でぴたりとゼロになります(上部臨界次元)。\(\varepsilon\) 展開の先頭項は 3 次元で実際の半分しか出さないので、この 7 桁は摂動では届かない数字です。
そして \(\eta=2\gamma_\sigma\) を通じて、この誤差は水や磁石の臨界点で実際に測れます。二つの \(\Delta\) から六つの臨界指数が全部出て、実験値と合う。おまけに \(\alpha+2\beta+\gamma=2.0000000000\) は \(\Delta\) に依らない恒等式 ── 恒等式は物理ではないという、第7回・第10回と同じ判定がここでも効きます。
大事なのは、これが第13回の「無次元は不変」を否定しない点です。測られる無次元量は、やはり不変。崩れたのは 「ウェイトは次元解析で決まる」という前提のほうでした。ウェイトは決まった数ではなく、理論が決め、実験が測る量だった ── このシリーズの帳簿そのものが、観測の対象になっているということです。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第14回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。スケーリング次元が \(\Delta=\Delta_{\text{古典}}+\gamma\) と分解されること、\(\Delta\) が Weyl 変換の重み(\(\mathcal{O}\to\Omega^{-\Delta}\mathcal{O}\))であること、自由スカラーのユニタリー限界が \(\Delta=(d-2)/2\) であること、4 が上部臨界次元で平均場が厳密になることは、いずれも標準的です。3 次元イジング CFT の \(\Delta_\sigma=0.5181489(10)\)、\(\Delta_\varepsilon=1.412625(10)\) は共形ブートストラップ(El-Showk, Paulos, Poland, Rychkov, Simmons-Duffin, Vichi ら 2012–2016)による値、2 次元の \(\Delta_\sigma=1/8\) は厳密解です。臨界指数への変換式(\(\eta=2\Delta_\sigma-d+2\)、\(\nu=1/(d-\Delta_\varepsilon)\) ほか)は標準的で、六つの指数の値および \(\alpha+2\beta+\gamma=2\) が恒等式であることは本稿での計算です(kenshou/calc19.py)。「実験・MC」欄は複数の測定・数値計算のおおよその代表値であり、単一の出典による値ではありません。\(\varepsilon\) 展開の先頭項 \(\eta=\varepsilon^2(N+2)/[2(N+8)^2]\) は 3 次元で実際の約半分にしかならず、高次項が重要です。臨界現象の空間次元 \(d\) は時空の次元とは別物であり、上部臨界次元 4 とマクスウェル作用の \(D=4\) を並べたのは構図の類似を示すためで、同じ現象ではありません。 05節の「質量のウェイトに異常次元が付く」は定性的な整理で、実際の効き方は繰り込みスキームと質量の定義(極質量/\(\overline{\rm MS}\) 質量)に依存します。実在の物質は厳密な CFT ではなく、臨界点近傍でのみこれらの指数が現れます。異常次元とトレースアノマリーの関係については前シリーズ第8回・番外編⑥を参照。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。