わかる c·t=一定 第 13 回 / 宇宙論から、完全に離れる
無次元数は一つ残らず不変 ── では、内訳はどうなっているのか
流体と乱流に、
入れてみる
レイノルズ数を作る四つの量は、\(a^4,\ a^0,\ a^{-1},\ a^3\) とバラバラに動きます。
それでも、組み合わせると必ずゼロに戻る。
ここから第 II 部の後半は、宇宙論から完全に離れます。今回は流体と乱流。工学が使う無次元数 ── レイノルズ数、マッハ数、プラントル数、フルード数 ── は、一つ残らず不変です。だから相似則も、風洞実験も、コルモゴロフの \(-5/3\) 則も、この絵で一文字も変わりません。面白いのは内訳のほうです。レイノルズ数を作る四つの量は、それぞれまったく違うウェイトで動くのに、組み合わせると必ずゼロに戻る。
01まず、ウェイトを機械的に数える
やることは単純です。どんな量も「長さ\(^{n_L}\) × 時間\(^{n_T}\) × 質量\(^{n_M}\)」に分解できるので、長さ \(+1\)、時間 \(+1\)、質量 \(-1\) を代入して足すだけ。
| 量 | 次元 | ウェイト | この絵で |
|---|---|---|---|
| 長さ \(L\) | \(L\) | \(+1\) | \(\div a\) |
| 速度 \(v\) | \(L/T\) | \(0\) | 不変 |
| 質量密度 \(\rho\) | \(M/L^3\) | \(-4\) | \(\times a^4\) |
| 圧力 \(p\) | \(M/LT^2\) | \(-4\) | \(\times a^4\) |
| 粘性率 \(\eta\) | \(M/LT\) | \(-3\) | \(\times a^3\) |
| 動粘性率 \(\nu=\eta/\rho\) | \(L^2/T\) | \(+1\) | \(\div a\) |
| 散逸率 \(\varepsilon\) | \(L^2/T^3\) | \(-1\) | \(\times a\) |
| 表面張力 \(\sigma\) | \(M/T^2\) | \(-3\) | \(\times a^3\) |
二行目に注目してください ── 速度はウェイト 0。長さと時間が同じウェイトなので、割ると消えます。これがこのシリーズを通じて「光速 \(c\) が動かない」と言い続けてきたことの、いちばん素朴な理由です。
02無次元数を、全部かけてみる
あとは足し算です。工学でよく使う無次元数を、片っ端から検算します。
| 無次元数 | 定義 | ウェイトの合計 | 結果 |
|---|---|---|---|
| レイノルズ数 | \(\rho vL/\eta\) | \(-4+0+1-(-3)=0\) | 不変 |
| マッハ数 | \(v/c_s\) | \(0-0=0\) | 不変 |
| プラントル数 | \(\nu/\kappa\) | \(1-1=0\) | 不変 |
| フルード数 | \(v/\sqrt{gL}\) | \(0-\tfrac{-1+1}{2}=0\) | 不変 |
| ウェーバー数 | \(\rho v^2L/\sigma\) | \(-4+0+1-(-3)=0\) | 不変 |
| ストローハル数 | \(\Omega L/v\) | \(-1+1-0=0\) | 不変 |
| コルモゴロフ長 | \((\nu^3/\varepsilon)^{1/4}\) | \((3\cdot1-(-1))/4=1\) | 長さと同じ(\(\div a\)) |
02節の結論
流体力学の無次元数は、一つ残らず不変です。
だから相似則がそのまま成り立ち ── 風洞実験も、船の模型実験も、この絵でまったく同じように機能します。
03核心 ── 内訳は、めちゃくちゃに動いている
結果が不変なのは当たり前に見えます。でも中身を開けると、様子が違います。
それぞれの動き方
$$\tilde\rho=a^4\rho,\qquad \tilde v=v,\qquad \tilde L=\frac{L}{a},\qquad \tilde\eta=a^3\eta$$組み立てると
$$\widetilde{\mathrm{Re}}=\frac{(a^4\rho)(v)(L/a)}{a^3\eta}=a^{4-1-3}\,\frac{\rho vL}{\eta}=\mathrm{Re}$$四つの部品が \(a^4\)、\(a^0\)、\(a^{-1}\)、\(a^3\) というバラバラの倍率で動いているのに、指数がちょうど \(4-1-3=0\) になる。 偶然ではなく、レイノルズ数が無次元であることの言い換えです ── でも、言い換えを実際に見ると、なかなか壮観です。
図:レイノルズ数を作る四つの部品が、この絵でどれだけ動くか。ツマミで時代を遡ると棒がバラバラに伸び縮みします(\(\rho\) は \(a^4\)、\(\eta\) は \(a^3\)、\(L\) は \(1/a\))。それでも右端の「合計=Re」だけは、いつでもゼロに貼りついたまま
04乱流も、臨界現象も、指数はただの数
もう一段上の話も、同じです。乱流や複雑系を特徴づけるのは指数で、指数はどれもただの数 ── つまり無次元です。
| 何を測っているか | 値 | この絵で |
|---|---|---|
| コルモゴロフ則 \(E(k)\propto k^{-5/3}\) | \(-5/3\) | 不変 |
| 3 次元イジングの \(\nu\) | 0.629971 | 不変 |
| スケーリング次元 \(\Delta_\sigma\) | 0.5181489 | 不変 |
| フラクタル次元 | ── | 不変 |
| リアプノフ指数 × 経過時間 \(\lambda t\) | ── | 不変 |
| クライバー則の指数 | 3/4 | 不変 |
リアプノフ指数 \(\lambda\) だけは単体ではウェイト \(-1\)(時間の逆数)で動きますが、意味を持つのは経過時間との積 \(\lambda t\) です。そして \(t\) はウェイト \(+1\) なので、掛けると消える。「予測可能性がどれだけ失われたか」は、この絵でも同じ値です。
05種明かし ── 道具が触れるのは「大きさ」だけ
ここまで見てきたことを、一行にまとめられます。
今回いちばん言いたいこと
共形変換は、「大きさ」にしか触れません。
構造・複雑さ・情報を測る指標は、ひとつ残らず無次元なので ── 手が届かない。
これは第6回の結論の、複雑系版です。あちらでは「使われているメモリ(=ブラックホールのエントロピー)に手が届かない」と数えました。今回は「乱流の指数にも、臨界指数にも、フラクタル次元にも手が届かない」。
だから、この記法で宇宙論が「質量ひとつ」に潰れた(第4回)のと同じ勢いで、流体力学は一文字も潰れません。潰せる部分が、そもそも無いからです。ナビエ=ストークス方程式は、この絵でも完全にそのまま。
① ウェイトの数え上げは、物質の性質(粘性率など)も一緒に変換されることを前提にしています。 実験室で固定された流体(決まった粘性率の水)を置くなら、その \(\eta\) は勝手には変換されません ── 本稿が扱っているのは宇宙全体をまとめて書き換える操作です。この注意は第8回①と同じです。
② 「風洞実験がそのまま機能する」は、相似則が無次元数だけで書かれているという事実の言い換えです。 実際の風洞実験は共形変換とは無関係に成立しており、本稿はそれを再確認しているだけで、新しいことは何も主張していません。
③ コルモゴロフ理論の \(-5/3\) 則には間欠性による補正があり、 厳密には \(-5/3\) からわずかにずれることが知られています。ただし補正後の指数もやはり無次元なので、結論は変わりません。
④ 「共形変換は大きさにしか触れない」は、古典の範囲での言い方です。 量子にするとトレースアノマリーで無次元量(結合定数、スケーリング次元)が走り出します ── 前シリーズ第8回・番外編⑥、および本シリーズ第 V 部で扱います。無次元だから絶対に安全、ではありません。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- 速度のウェイトが 0 になるのはなぜか。
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長さも時間もウェイト \(+1\) なので、割ると打ち消すから。これが「光速がこの絵で動かない」ことの、いちばん素朴な理由です ── \(c\) は速度なので、最初からウェイト 0。 - 粘性率 \(\eta\)(次元 \(M/LT\))のウェイトを求めよ。
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\(M\) が \(-1\)、\(L\) が \(+1\)、\(T\) が \(+1\) なので \(-1-1-1=-3\)。よって \(\tilde\eta=a^3\eta\)。宇宙が若いほど、この絵の流体はさらさらになります。 - レイノルズ数が不変であることを、四つの部品の指数から示せ。
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\(\tilde\rho=a^4\rho\)、\(\tilde v=v\)、\(\tilde L=L/a\)、\(\tilde\eta=a^3\eta\)。組むと \(a^{4}\cdot a^{0}\cdot a^{-1}/a^{3}=a^{0}\)。四つがバラバラに動いても、指数の和がゼロになります。 - コルモゴロフ長 \((\nu^3/\varepsilon)^{1/4}\) のウェイトは。それは何を意味するか。
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\(\nu\) が \(+1\)、\(\varepsilon\) が \(-1\) なので \((3\cdot1-(-1))/4=+1\)。長さと同じウェイトです ── つまりコルモゴロフ長は、この絵で他のあらゆる長さと同じ \(1/a\) で縮む。渦の階層は、丸ごと相似に縮むだけで、形は変わりません。 - (やや難)このシリーズの道具は、複雑系について何か言えるか。
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何も言えません。 複雑さを測る指標(無次元数、指数、フラクタル次元、情報量)は全部ウェイト 0 なので、共形変換で一つも動かない。この道具が触れるのは「大きさ」だけで、「かたち」には手が届かない。第6回で「使われているメモリに手が届かない」と数えたのと、同じ構図です ── そしてそれは道具の限界を正確に示しています。
まとめ 触れるのは大きさだけ、かたちには届かない
どんな量も「長さ\(^{n_L}\)×時間\(^{n_T}\)×質量\(^{n_M}\)」に分解して、\(+1,+1,-1\) を足すだけでウェイトが出ます。やってみると ── 速度は 0、質量密度は \(-4\)、粘性率は \(-3\)、動粘性率は \(+1\)。そしてレイノルズ数、マッハ数、プラントル数、フルード数、ウェーバー数、ストローハル数は、一つ残らず 0。相似則はそのまま成り立ち、風洞実験も船の模型実験も、この絵でまったく同じように機能します。
面白いのは内訳でした。レイノルズ数の四つの部品は \(a^4\)、\(a^0\)、\(a^{-1}\)、\(a^3\) というバラバラの倍率で動くのに、指数の和が \(4-1-3=0\) でぴったり戻る。結果が不変なのは当たり前でも、中身がこれだけ暴れているのを見るのは壮観です。
もう一段上も同じでした ── コルモゴロフの \(-5/3\)、3 次元イジングの \(\nu=0.629971\)、スケーリング次元 \(\Delta_\sigma=0.518\)、フラクタル次元、リアプノフ指数×経過時間、クライバー則の \(3/4\)。指数はどれもただの数なので、ひとつも動きません。
そして種明かし ── 共形変換は「大きさ」にしか触れない。構造・複雑さ・情報を測る指標は全部無次元なので、手が届かない。だから宇宙論が「質量ひとつ」に潰れた(第4回)のと同じ勢いで、流体力学は一文字も潰れません。ナビエ=ストークス方程式は、この絵でも完全にそのまま。これは道具の限界を、正確に測ったことでもあります ── 共形変換で新しいことが言えるのは、次元付きの量が主役の場所、つまり宇宙論と重力に、ほぼ限られます。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第13回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。共形変換のもとで長さ・時間がウェイト \(+1\)、質量が \(-1\) であること、したがって任意の物理量のウェイトが次元の分解から機械的に決まることは標準的です。本稿の各ウェイト(速度 0、質量密度 \(-4\)、圧力 \(-4\)、粘性率 \(-3\)、動粘性率 \(+1\)、散逸率 \(-1\)、表面張力 \(-3\))およびレイノルズ数・マッハ数・プラントル数・フルード数・ウェーバー数・ストローハル数がすべてウェイト 0 になること、コルモゴロフ長が \(+1\)(長さと同じ)になることは、本稿で機械的に検算した結果です(kenshou/calc18.py)。これらは「無次元数は共形変換で不変」という一般則の具体例であり、新しい物理を主張するものではありません ── 相似則や風洞実験は共形変換とは無関係に成立しており、本稿はそれを再確認しているだけです。ウェイトの数え上げは物質の性質(粘性率など)も一緒に変換される場合の話で、実験室で固定された流体には適用されません。コルモゴロフの \(-5/3\) 則には間欠性による補正があり厳密には \(-5/3\) からわずかにずれますが、補正後の指数も無次元なので結論は変わりません。3 次元イジングの \(\nu=0.629971\)、\(\Delta_\sigma=0.5181489\) は共形ブートストラップによる値です(前シリーズ番外編⑥)。「共形変換は大きさにしか触れない」は古典の範囲での主張で、量子にするとトレースアノマリーにより結合定数やスケーリング次元が走ります(前シリーズ第8回・番外編⑥、本シリーズ第 V 部)。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルで、初期宇宙まで外挿した場合は元素合成と矛盾します(Lewis, Barnes & Kaushik 2016)。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。