わかる c·t=一定 第 12 回 / 第 II 部・宇宙論編のしめくくり
この絵では、宇宙定数がいちばん速く育ちます
真空に、
入れてみる
\(\tilde\rho_\Lambda\propto t^4\)、\(\tilde\rho_m\propto t\)、\(\tilde\rho_r=\)一定。
順位が完全に逆転し、「定数」という名前が帳簿だったと分かります。
第 II 部の最後の一本です。真空エネルギーに入れると、ちょっと愉快なことが起きます ── この絵では、宇宙定数がいちばん速く育ちます(\(\propto t^4\))。そして本当に定数なのは、標準の絵でいちばん速く薄まっていた放射のほう。順序が完全に逆転する。 つまり「宇宙定数」という名前そのものが、絵の取り方に依存していた ── ということです。
01三成分を、まとめて変換する
エネルギー密度はウェイト \(-4\) なので、この絵では \(\tilde\rho=a^4\rho\)。標準の絵での薄まり方と掛け合わせるだけです。
| 成分 | 標準の絵 | この絵 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 放射 | \(\propto a^{-4}\)(いちばん速く薄まる) | 一定 | 1位 ↔ 3位 |
| 物質 | \(\propto a^{-3}\) | \(\propto t\) | 2位 ↔ 2位 |
| 宇宙定数 \(\Lambda\) | 一定(だから「定数」) | \(\propto t^4\)(いちばん速く育つ) | 3位 ↔ 1位 |
01節の結論
「宇宙定数」という名前は、絵の取り方に依存しています。
この絵で本当に一定なのは、標準の絵でいちばん速く薄まっていた放射のほう。
── 第3回でシリーズの題名にやった手術が、こんなところにも当たります。
第11回で「光子ガスは完全に静止している」と数えました。今回の一行目は、そのエネルギー密度版です。\(\rho_r=7.05\times10^{-14}\ \mathrm{J/m^3}\) が、宇宙の全歴史を通じて同じ値。
02それでも、宇宙定数問題は一ミリも動かない
宇宙定数問題は「素朴な場の理論の見積もりと、観測値が \(10^{120}\) 桁違う」という話でした。この絵で \(\rho_\Lambda\) が \(t^4\) で育つなら、問題も動くのでしょうか。
4 乗すると、あの数
$$\frac{\rho_\Lambda}{M_{\rm Pl}^4}=1.13\times10^{-123}$$\(\rho_\Lambda\) は \(t^4\) で育ちますが、\(M_{\rm Pl}^4\) も同じ \(t^4\) で育ちます(\(M_{\rm Pl}\) は質量なのでウェイト \(-1\))。割ると、完全に打ち消し合う。
02節の結論
宇宙定数問題(\(10^{-123}\))は、絵を変えても一ミリも動きません。
比は無次元 ── 第10回のランダウアーのコストと、まったく同じ構図です。
03「なぜ今?」問題も、消えない
もう一つの有名な謎 ── なぜ物質と暗黒エネルギーの密度が、よりによって今ごろ同じくらいなのか。この絵ではどう見えるでしょうか。
標準の絵
$$\frac{\rho_\Lambda}{\rho_m}=\frac{1}{a^{-3}}\propto a^3$$この絵
$$\frac{\tilde\rho_\Lambda}{\tilde\rho_m}=\frac{a^4}{a}=a^3\qquad\text{── 同じ}$$| 値 | この絵で | |
|---|---|---|
| 今日の \(\rho_\Lambda/\rho_m\) | 2.175 | 不変 |
| \(\Lambda\) と物質が並ぶ時刻 | \(a=0.772\)(\(z=0.30\)) | 不変 |
| 放射と物質が並ぶ時刻 | \(a=2.9\times10^{-4}\)(\(z=3400\)) | 不変 |
比だけでなく、比の時間変化まで同じです。だから「よりによって今ごろ」という不思議さの度合いも、寸分変わらない。絵を取り替えても、謎は謎のまま残ります。
図:三成分のエネルギー密度。ツマミで語り方を切り替えると、三本の傾きが順位ごと入れ替わります(右端では放射が水平、\(\Lambda\) が最も急)。それでも二つの交点(等密度点)は、まったく動きません
左端(標準の絵)では、赤が急降下し緑が水平 ── 教科書で見慣れた図です。ツマミを右へ動かすと三本が回転して、右端では赤が水平、濃緑が \(+1\)、明緑が \(+4\)。まるで別の宇宙のようですが、交点は一つも動いていません。
04種明かし ── 「定数」は、比較相手を隠した言葉
なぜこんな逆転が起きるのか。答えは第3回とまったく同じです ── 「一定である」は、何と比べて一定なのかを言わないと意味を持たないから。
| \(\rho_\Lambda\) を何と比べるか | 結果 |
|---|---|
| 共動体積あたりのエネルギー(標準の絵) | 一定 →「宇宙定数」 |
| 粒子の質量(この絵) | \(\propto t^4/t^4=\)一定 |
| 固定した物差しの体積(この絵) | \(\propto t^4\) → 定数ではない |
| \(M_{\rm Pl}^4\) | \(1.13\times10^{-123}\)、不変 ← これが物理 |
本当に不変な言い方は最後の行だけです。そして\(\Lambda\) が \(w=-1\) という状態方程式を持つこと ── これも無次元なので、どの絵でも同じ。\(\Lambda\) について物理的に言えることは、この二つだけでした。
05おまけ ── 自然界でいちばん小さい二つの数
比
$$\frac{m_\nu}{\rho_\Lambda^{1/4}}=22.3$$自然界で知られているいちばん小さい二つのスケールが、たった 22 倍しか離れていません(他は \(10^{25}\) 単位で開いているのに)。前シリーズ番外編⑤で指摘したこの一致も、当然ながら無次元 ── 絵を変えても動きません。説明する理論は、いまのところありません。
① \(\tilde\rho=a^4\rho\) は「エネルギー密度のウェイトが \(-4\)」から出しています。 エネルギーが \(-1\)、体積が \(+3\) なので合わせて \(-4\)。標準的な数え方です。
② 「宇宙定数問題は \(10^{120}\)」は、素朴なカットオフ計算(\(\rho_{\rm vac}\sim M_{\rm Pl}^4\))と観測値の比です。 この見積もり自体が正当かどうかは論争があり、超対称性や繰り込みの扱いで数字は大きく変わります。本稿が主張しているのは「その比が何であれ、絵の取り替えでは動かない」という点だけです。
③ 「なぜ今」問題の定量化として \(\rho_\Lambda/\rho_m\) の時間変化を使いました。 これは一つの定式化にすぎず、「coincidence problem がそもそも問題なのか」自体に議論があります(人間原理的な説明、動的な暗黒エネルギー、など)。
④ \(\Lambda\) を \(w=-1\) の完全流体として扱っています。 動的な暗黒エネルギー(クインテッセンス等)では \(\rho_\Lambda\) が時間変化するので、01節の表の三行目が変わります ── ただし絵の取り替えで動かないという結論は同じです。
⑤ \(m_\nu=0.05\) eV は振動実験から得られる最も重いニュートリノの下限の目安です。 \(\rho_\Lambda^{1/4}\) との 22 倍という近さは説明のない数値的一致であり、理論的な関係は知られていません(前シリーズ番外編⑤)。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- この絵で三成分のエネルギー密度はどう変わるか。順位はどうなるか。
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\(\tilde\rho=a^4\rho\) なので、放射 \(a^4a^{-4}=\)一定、物質 \(a^4a^{-3}=a\propto t\)、\(\Lambda\) は \(a^4\propto t^4\)。順位が完全に逆転し、「定数」だった \(\Lambda\) がいちばん速く育ち、いちばん速く薄まっていた放射が本当の定数になります。 - \(\rho_\Lambda\) が \(t^4\) で育つのに、宇宙定数問題が動かないのはなぜか。
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比べる相手の \(M_{\rm Pl}^4\) も同じ \(t^4\) で育つから(\(M_{\rm Pl}\) は質量でウェイト \(-1\))。割ると打ち消して \(\rho_\Lambda/M_{\rm Pl}^4=1.13\times10^{-123}\) は不変です。 - 「なぜ今」問題は、この絵で緩和されるか。
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されません。\(\rho_\Lambda/\rho_m\) は標準の絵で \(\propto a^3\)、この絵で \(a^4/a=a^3\) ── 比の時間変化まで同じ。今日の値 2.175 も、等密度点 \(z=0.30\) も動きません。良い謎は無次元で書かれているので、書き換えの手が届かない。 - この絵で本当に「定数」なのは何か。
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放射のエネルギー密度(\(7.05\times10^{-14}\ \mathrm{J/m^3}\))。第11回で「光子ガスは完全に静止している」と数えたことの、エネルギー密度版です。「宇宙定数」という名前は、絵の取り方に依存していました。 - (やや難)\(\Lambda\) について、絵に依らず言えることを全部挙げよ。
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二つだけです ── ①状態方程式 \(w=-1\)(無次元)、②\(\rho_\Lambda/M_{\rm Pl}^4=1.13\times10^{-123}\)(無次元)。そこから従う \(\rho_\Lambda/\rho_m\) の値と時間変化も不変です。「一定である」ことは、絵に依らずには言えません ── それが今回いちばん愉快なところです。
まとめ 「定数」という名前が、帳簿だった
エネルギー密度はウェイト \(-4\) なので \(\tilde\rho=a^4\rho\)。三成分に当てると ── 放射は一定、物質は \(\propto t\)、宇宙定数は \(\propto t^4\)。順位が完全に逆転します。 標準の絵でいちばん速く薄まっていた放射が本当の定数になり、「定数」と呼ばれていた \(\Lambda\) がいちばん速く育つ。「宇宙定数」という名前そのものが、絵の取り方に依存していました。
それでも謎は動きません。\(\rho_\Lambda\) が \(t^4\) で育っても \(M_{\rm Pl}^4\) が同じだけ育つので、\(\rho_\Lambda/M_{\rm Pl}^4=1.13\times10^{-123}\) は不変。宇宙定数問題は一ミリも動かない。「なぜ今」問題も同じで、\(\rho_\Lambda/\rho_m\) は両方の絵で \(\propto a^3\)、今日の値 2.175 も等密度点 \(z=0.30\) も動きません。良い謎は最初から無次元で書かれているので、書き換えの手が届かない。
種明かしは第3回と同じでした ── 「一定である」は、何と比べて一定かを言わないと意味を持たない。\(\Lambda\) について絵に依らず言えるのは、\(w=-1\) と \(\rho_\Lambda/M_{\rm Pl}^4\) の二つだけです。おまけに、自然界でいちばん小さい二つのスケール(\(\rho_\Lambda^{1/4}/M_{\rm Pl}=1.83\times10^{-31}\) と \(m_\nu/M_{\rm Pl}=4.10\times10^{-30}\))が 22 倍しか離れていないという一致も、当然ながら不変のままです。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第12回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。共形変換のもとでエネルギー密度がウェイト \(-4\)(エネルギー \(-1\)+体積 \(+3\))であること、標準宇宙論で \(\rho_r\propto a^{-4}\)、\(\rho_m\propto a^{-3}\)、\(\rho_\Lambda=\)一定 であることは、いずれも標準的です。本稿の \(\tilde\rho_r=\)一定、\(\tilde\rho_m\propto t\)、\(\tilde\rho_\Lambda\propto t^4\)(順位の逆転)は、その二つを掛け合わせた本稿での計算です。\(\rho_\Lambda^{1/4}=2.240\) meV、\(\rho_\Lambda^{1/4}/M_{\rm Pl}=1.835\times10^{-31}\)、\(\rho_\Lambda/M_{\rm Pl}^4=1.13\times10^{-123}\) は \(h=0.674\)、\(\Omega_\Lambda=0.685\) からの本稿の計算です。「宇宙定数問題は \(10^{120}\)」という言い方は、素朴なカットオフ計算 \(\rho_{\rm vac}\sim M_{\rm Pl}^4\) と観測値の比であり、この見積もり自体の正当性には論争があります ── 本稿の主張は「その比が何であれ、絵の取り替えでは動かない」という点のみです。同様に coincidence problem(「なぜ今」問題)がそもそも問題なのかにも議論があります。\(\Lambda\) は \(w=-1\) の完全流体として扱っており、動的な暗黒エネルギーでは 01節の表の三行目が変わります(ただし絵の取り替えで動かないという結論は同じです)。等密度点 \(a=(\Omega_m/\Omega_\Lambda)^{1/3}=0.772\)(\(z=0.30\))、\(a=\Omega_r/\Omega_m=2.9\times10^{-4}\)(\(z=3400\))も本稿の計算です。\(m_\nu=0.05\) eV は振動実験からの最も重いニュートリノの下限の目安で、\(\rho_\Lambda^{1/4}\) との 22 倍という近さは説明のない数値的一致です(前シリーズ番外編⑤)。線形膨張(\(c\cdot t=\)一定、\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルで、初期宇宙まで外挿した場合は元素合成と矛盾します(Lewis, Barnes & Kaushik 2016)。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。