わかる c·t=一定 第 7 回 / 第 II 部のはじまり ── 記法を、宇宙論の外へ持ち出す
\(G\) が観測上限の 1450 倍速く変わっても、誰も気づけません
重力に、
入れてみる
最初の持ち出し先は重力です。この絵では \(G\) が \(1/t^2\) で落ちていく。
ディラックが夢見た「\(G\) が変われば大数の一致が説明できる」を、本当にやってみます。
第 I 部(第1〜6回)で、\(c\cdot t=\text{一定}\) が記法だと確定しました。それ自体は何も言わない代わりに、あらゆる式に安全に代入できる。ここから第 II 部では、その記法を宇宙論の外へ持ち出します。最初は重力。── そして、いきなり気持ちのいいものが出ます。ディラックが1937年に立てた仮説を、この記法の中で本当に走らせることができるのです。
01\(G\) は、帳簿だった
前シリーズ番外編⑤の出発点をもう一度。ニュートン定数の単位は \(\mathrm{m^3\,kg^{-1}\,s^{-2}}\) ── 思いきり次元付きです。判定手続きにかければ左の列、帳簿。物理は、無次元にした重力結合のほうです。
この絵では質量が \(\tilde m=am\) で育ちます。ところが \(\alpha_G\) は無次元なので動いてはいけない。だから \(G\) のほうが、つじつま合わせに動きます。
01節の結論
$$\tilde G=\frac{G}{a^2}\qquad\Longrightarrow\qquad \frac{\dot G}{G}=-\frac{2}{t}=-2H_0$$02数字にすると、とんでもない
月レーザー測距による観測上限
$$\left|\frac{\dot G}{G}\right|<10^{-13}\ /\text{年}$$比べると
$$\text{観測上限の}\ \mathbf{1450}\ \text{倍速い}$$素朴に読めば、この絵は三桁ぶん反証されていることになります。ところが、まったく反証されていません。
03それでも、誰も気づけない
測れるのは無次元量だけだからです。\(\alpha_G=Gm^2/\hbar c\) は、\(G\) が \(1/a^2\) で落ちて \(m^2\) が \(a^2\) で育つので、完全に打ち消し合います。
| 粒子 | \(\alpha_G=(m/M_{\rm Pl})^2\) | この絵で |
|---|---|---|
| ニュートリノ(0.05 eV) | \(1.68\times10^{-59}\) | 不変 |
| 電子 | \(1.75\times10^{-45}\) | 不変 |
| 陽子 | \(5.91\times10^{-39}\) | 不変 |
| プランク質量 | \(1\) | 不変 |
月レーザー測距が実際に測っているのは、月の軌道という無次元の比(周期 ÷ 原子時計の刻み、距離 ÷ 光速×時間)です。そのどれも動かない。「\(G\) が変わった」は、測定装置ごと変わるので測定にかからない。
04核心 ── ディラックの大数を、本当に試す
1937年、ディラックは二つの巨大な数が近いことに気づきました。
① 水素原子の中の、電気力 ÷ 重力
$$N_1=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\,G\,m_p m_e}=2.27\times10^{39}$$② 宇宙の年齢 ÷ 古典電子時間(\(r_e/c=9.40\times10^{-24}\) s)
$$N_2=\frac{t_0}{r_e/c}=4.63\times10^{40}$$比
$$\frac{N_2}{N_1}=20.4\qquad(\text{どちらも }10^{40}\text{ 前後})$$ディラックの推論はこうでした ── \(N_2\) は宇宙の年齢に比例して増える。二つが今日たまたま等しいのは不自然だから、\(N_1\) も増えているはずだ。\(N_1\) の中で変われるのは \(G\) しかない。ゆえに \(G\propto1/t\)。
じつに大胆で、じつに美しい推論です。そしてこの記法は、まさに \(G\) を時間変化させます。だったら、当ててみましょう。
\(N_1\) の分母を変換する(\(e,\varepsilon_0\) はウェイト 0)
$$\left(\frac{G}{a^2}\right)\cdot(a\,m_p)\cdot(a\,m_e)=G\,m_p m_e\qquad\Longrightarrow\qquad \tilde N_1=N_1$$\(N_2\) は時間どうしの比(\(r_e\) は長さ)
$$\tilde N_2=\frac{t/a}{(r_e/a)/c}=N_2$$今回いちばん言いたいこと
\(G\) を本当に時間変化させても、ディラックの大数は二つとも、びくとも動かない。
一致は良くも悪くもならない。ディラックの処方は、空回りする。
理由は 03節と同じです ── \(G\) だけを動かすことはできない。動かせば、それは共形変換ではなく VSL 型の操作になり、\(\alpha_G\) が動いて観測に衝突します。ちゃんと共形変換にすると、\(m\) も一緒に動いて \(N_1\) が保たれてしまう。
そして前シリーズ番外編③では、もう一つの大数についてこう結論していました ── \(M/m_P=R_H/2\ell_P\) はフリードマン方程式そのもので、恒等式。説明を要する謎ではなかった。 今回はその隣にもう一行足せます。
図:ツマミで語り方を切り替えます ── 左端が標準の絵(\(G\) も \(m\) も一定)、右端がこの絵(\(G\propto t^{-2}\)、\(m\propto t\))。葡萄と灰色は激しく動くのに、金の線(\(\alpha_G\))はぴくりとも動きません
右端では \(G\) が過去に向かって跳ね上がり、質量が沈みます。左端では二本とも水平。それでも金の線は、どこでも完全に水平のまま ── そして観測にかかるのは、金の線だけです。
05重力の量を、片っ端から変換する
| 量 | ウェイト | この絵で |
|---|---|---|
| ニュートン定数 \(G\) | ── | \(\div a^2\) |
| 重力加速度 \(g=GM/r^2\) | \(-1\) | \(\times a\) |
| シュヴァルツシルト半径 \(2GM/c^2\) | \(+1\) | \(\div a\) |
| ホーキング温度 \(\hbar c^3/8\pi GMk_B\) | \(-1\) | \(\times a\) |
| 潮汐力(測地線偏差) | \(-2\) | \(\times a^2\) |
| ブラックホールのエントロピー \(A/4\ell_P^2\) | \(0\) | 不変 |
| 重力波のひずみ \(h\) | \(0\) | 不変 |
| ケプラー第三法則 \(T^2=4\pi^2r^3/GM\) | ── | 形も不変 |
両辺とも \(1/a^2\)。だから
$$T^2=\frac{4\pi^2r^3}{GM}\qquad\text{は恒等的に成立し、軌道は相似に縮むだけ}$$惑星の軌道は、この絵では時代とともに縮んでいきます(\(\div a\))。でも周期も同じだけ縮むので、ケプラーの法則は一文字も書き換わりません。太陽系を望遠鏡で見ても、絶対に区別できない。
06種明かし ── 不変だったものの共通点
表の下三行(BH エントロピー、重力波の \(h\)、ケプラー)が不変なのは、どれも無次元だからです。ただし最初の一つには、もう一段深い意味があります。
06節の結論
第6回で、宇宙の使われているメモリはほぼ全部がブラックホールだと数えました。
そのブラックホールのエントロピーは、この絵で一切動きません。
共形変換は、使われているメモリには手が届かない ── 重力の側から見ても、同じ結論です。
第6回では「共形因子の側は空、ワイルの側が使われている」と幾何の言葉で言いました。今回は重力の量を一つずつ変換して、同じことを別の道から確かめたことになります。\(G\) も \(g\) も \(r_s\) も \(T_H\) も動くのに、エントロピーだけが動かない。
① \(\tilde G=G/a^2\) は「\(\alpha_G\) を不変に保つ」という要請から出しています。 前シリーズ第4回で見たとおり Weyl 不変な書き方では \(M_{\rm Pl}^2=\xi\phi^2\) なので、\(G\) 単独に物理的な意味はありません ── この \(G\) の「変化」は完全に帳簿です。
② 月レーザー測距の上限 \(|\dot G/G|<10^{-13}\)/年は、\(G\) だけが変わる(\(m\) は変わらない)理論に対する制約です。 本稿の絵はそういう理論ではないので、この上限はそもそも適用されません。1450 倍という数字は「素朴に読むとどう見えるか」を示すためのもので、モデルが反証されているという意味ではありません。
③ ディラックの大数仮説は、本稿では \(N_1,N_2\) の二つだけを扱っています。 ディラック自身の議論はもっと広く、宇宙の粒子数 \(\sim10^{80}\simeq N^2\) も含みます。また彼の主張は「今日たまたま一致するのは不自然」という自然さの議論であって、観測から導かれたものではありません ── 自然さの議論の是非は、それ自体が未解決の論点です。
④ 「ケプラーの法則が形を保つ」は、共形変換のもとでの話です。 実際に \(G\) が時間変化する理論(ブランス=ディッケ型など)では、軌道に観測可能な効果が出ます ── それらは本稿の絵とは別物で、実際に月レーザー測距などで制約されています。
⑤ ホーキング温度・BH エントロピーの変換は、準定常な(ゆっくり変化する)ブラックホールを仮定しています。宇宙論的な時間変化とブラックホールの内部構造の相互作用は、本稿では扱っていません。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- なぜ \(G\) は \(1/a^2\) で変換されるのか。
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\(\alpha_G=Gm^2/\hbar c\) が無次元だから不変でなければならず、\(m\to am\) なので \(m^2\) が \(a^2\) 倍になる。打ち消すには \(G\to G/a^2\) しかありません。\(G\) の変換則は選んだのではなく、無次元量の不変性から強制されます。 - \(\dot G/G\) の大きさを求め、月レーザー測距の上限と比べよ。
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\(\dot G/G=-2/t=-2H_0=-1.45\times10^{-10}\)/年。上限 \(10^{-13}\)/年の 1450 倍。それでも反証されません ── その上限は「\(G\) だけが動く」理論に対するもので、この絵では \(m\) も一緒に動くため \(\alpha_G\) が保たれ、月の軌道の無次元比が一つも変わらないからです。 - ディラックの \(N_1\) が共形不変であることを示せ。
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\(N_1=e^2/(4\pi\varepsilon_0Gm_pm_e)\) の分母は \((G/a^2)(am_p)(am_e)=Gm_pm_e\) で不変。分子の \(e,\varepsilon_0\) はウェイト 0。よって \(N_1\) は動きません。\(G\) を変えても大数は動かない ── ディラックの戦略が空回りする理由です。 - この絵で惑星の軌道半径と周期はどうなるか。ケプラーの法則は?
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軌道半径は長さなので \(\div a\)、周期も時間なので \(\div a\)。\(T^2=4\pi^2r^3/GM\) の両辺はどちらも \(1/a^2\) になり、法則は一文字も変わりません。太陽系は時代とともに相似に縮んでいくが、縮んでいることは中から測れない。 - (やや難)BH エントロピーだけが不変なことは、第6回とどうつながるか。
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第6回で、宇宙の使われているメモリ(\(3.1\times10^{104}k_B\))はほぼ全部がブラックホールだと数えました。そのエントロピー \(A/4\ell_P^2\) は面積とプランク面積の比なので無次元=共形不変。つまり共形変換は、実際に使われているメモリには一切触れられない。第6回は幾何(ワイルテンソルは共形不変)から、今回は重力の量を一つずつ変換して、同じ結論に着いています。
まとめ \(G\) を本当に変えてみたら、何も起きなかった
\(G\) は次元付き ── 帳簿です。物理は無次元の \(\alpha_G=(m/M_{\rm Pl})^2\) のほう。この絵では質量が \(\tilde m=am\) で育つので、\(\alpha_G\) を保つために \(\tilde G=G/a^2\) が強制されます。数字にすると \(\dot G/G=-2H_0=-1.45\times10^{-10}\)/年 ── 月レーザー測距の上限 \(10^{-13}\)/年の 1450 倍。素朴に読めば三桁の反証です。
ところが、まったく反証されていません。測れるのは無次元量だけで、\(\alpha_G\) はニュートリノでも電子でも陽子でも一切動かないからです。月の軌道が測っているのも無次元の比だけ。「\(G\) が変わった」は、測定装置ごと変わるので測定にかからない ── 前シリーズ番外編③の VSL 批判を、そっくり裏返した形です。
そして今回の核心。ディラックは1937年、\(N_1=e^2/4\pi\varepsilon_0Gm_pm_e=2.27\times10^{39}\) と \(N_2=t_0/(r_e/c)=4.63\times10^{40}\) が近いことから、\(G\propto1/t\) を予言しました。この記法はまさに \(G\) を時間変化させるので、当ててみると ── 両方とも、びくとも動きません。\(N_1\) の分母は \((G/a^2)(am_p)(am_e)=Gm_pm_e\) で不変、\(N_2\) は時間どうしの比で不変。\(G\) だけを動かすことはできないので、ディラックの処方は空回りします。 番外編③が「\(M/m_P=R_H/2\ell_P\) は恒等式」と片付けた隣に、もう一行足せました。
重力の量を片っ端から変換すると、\(g\) は \(\times a\)、\(r_s\) は \(\div a\)、\(T_H\) は \(\times a\)、潮汐は \(\times a^2\)。ケプラーの法則は両辺とも \(1/a^2\) で形も不変(太陽系は相似に縮むだけ)。そして重力波の \(h\) と、ブラックホールのエントロピーだけが完全に不変。第6回で「使われているメモリはほぼ全部ブラックホール」と数えたその量が、この絵で一切動かない ── 共形変換は、使われているメモリには手が届かない。幾何の道から言ったことに、重力の量を数える道からも同じ答えが出ました。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第7回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。\(\alpha_G=Gm^2/\hbar c=(m/M_{\rm Pl})^2\) が重力の無次元結合であること、共形変換のもとで質量がウェイト \(-1\)、長さ・時間が \(+1\)、\(c,\hbar,e,\varepsilon_0\) がウェイト \(0\) であることは標準的です。本稿の \(\tilde G=G/a^2\)、\(\dot G/G=-2H_0=-1.45\times10^{-10}\)/年、および月レーザー測距の上限 \(|\dot G/G|<10^{-13}\)/年との比 1450 倍は本稿での計算です ── ただしその上限は \(G\) のみが変化する理論に対する制約であり、質量も同時に変換される本稿の絵には適用されません。 大数仮説は Dirac (1937, Nature 139, 323) によります。\(N_1=e^2/(4\pi\varepsilon_0Gm_pm_e)=2.27\times10^{39}\)、\(r_e=2.818\times10^{-15}\) m、\(N_2=t_0/(r_e/c)=4.63\times10^{40}\)、比 20.4、および両者が共形不変であることは本稿での計算・指摘です。ディラックの議論はより広く宇宙の粒子数 \(\sim10^{80}\) を含み、また「今日たまたま一致するのは不自然」という自然さの議論に基づくもので、観測から導かれた結論ではありません。\(M/m_P=R_H/2\ell_P\) が平坦 FLRW の恒等式であることは前シリーズ番外編③で示した通りです。ケプラー第三法則が共形変換のもとで形を保つこと、ブラックホールのエントロピー \(A/4\ell_P^2\) と重力波のひずみ \(h\) が無次元ゆえ不変であることも本稿での確認です。ホーキング温度・BH エントロピーの変換は準定常なブラックホールを仮定しています。実際に \(G\) が時間変化する理論(Brans–Dicke 型など)は本稿の絵とは別物であり、観測的に制約されています。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルと、修正のない一般相対論です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。