わかる c·t=一定 第 3 回 / シリーズの名前を、正面から疑う
読者からの質問:「座標系が違うだけなら、なんで失格になるの?」
「c·t=一定」は、
どんな宇宙でも実現できる
放射優勢の宇宙でも、物質優勢の宇宙でも、\(c\cdot t\) を厳密に一定にできます。
時間座標を選び直すだけで。── では、このモデルは何を主張していたのか。
第1回と第2回で、\(c\cdot t=\text{一定}\) は観測と合わない、と二度書きました。ところが当然の反論があります ── 「書き換えは無次元量を一つも動かさない。だったら失格になりようがないのでは」。この反論は正しい。正しいので、最後まで押してみます。 押しきると、\(c\cdot t=\text{一定}\) はどんな宇宙でも成り立ってしまい、そして残る主張がちょうど一つになります。今回はその一つを特定する回です。
01立場A ── 無次元量を、一つも動かさない
前シリーズの判定手続きは明快でした ── 無次元量が動けば物理、動かなければ帳簿。共形変換(物差しの取り替え)は無次元量を動かさないので、帳簿。ここまでは全10話で証明済みです。
そこで、次の立場を取ります。
立場A
\(c\cdot t=\text{一定}\) は純粋な書き換えであり、無次元量を一つも動かさない。
したがって、いかなる観測とも矛盾しない。
これを仮定として認めます。認めたうえで、実際に書き換えを作ってみましょう。
02その時間座標を、作る
前シリーズ第3回の手順を、\(a(t)\) を特定せずにやり直します。
① 出発点と共形変換
$$ds^2=-c_0^2dt^2+a(t)^2dx^2\ \xrightarrow{\ \Omega=1/a\ }\ d\tilde s^2=-\Big(\frac{c_0}{a}\Big)^2dt^2+dx^2$$② 時間座標を \(T(t)\) に取り替える(\(T'=dT/dt\))
$$d\tilde s^2=-\Big(\frac{c_0}{a\,T'}\Big)^2dT^2+dx^2\qquad\Longrightarrow\qquad c_B(T)=\frac{c_0}{a\,T'}$$③ \(c_B\cdot T=C\) を要求して解く
$$\frac{c_0T}{aT'}=C\ \Longrightarrow\ \frac{d\ln T}{dt}=\frac{c_0}{a\,C}\ \Longrightarrow\ \ln T=\frac{c_0}{C}\int\!\frac{dt}{a}=\frac{c_0}{C}\,\eta$$答え
$$\boxed{\ T=\exp\!\left(\frac{\eta}{\eta_0}\right)\qquad\left(\eta=\int\frac{dt}{a}\ \text{は共形時間}\right)}$$\(a(t)\) が何であっても解けます。 つまり \(c\cdot t=\text{一定}\) は、どんな宇宙でも実現できる。
\(\Omega=1/a\) のほうは選択の余地がありません ── 空間の計量を「共動格子そのまま」にすると決めた時点で強制されます。自由が残っているのは時間座標だけで、その自由をちょうど使い切ると \(T=e^{\eta/\eta_0}\) が出る。ぴったり一本、必ず存在する。
03数値で確かめる
本当に一定になるか、信用せずに測ります。\(a=(t/t_0)^p\) を数値で用意し、\(\eta\) を数値積分し、\(T=e^{\eta/\eta_0}\) を作り、\(T'\) を数値微分して \(c_B=c_0/(aT')\) を組み立て、最後に \(c_B\cdot T\) を見ます。
| 宇宙 | \(p\) | \(c_B\cdot T\)(測定値) | 判定 |
|---|---|---|---|
| 放射 | 0.5 | 1.000000 ± 9×10⁻⁸ | 一定 ✓ |
| 物質 | 0.667 | 1.000000 ± 1×10⁻⁷ | 一定 ✓ |
| 適当な冪 | 0.3 | 1.000000 ± 3×10⁻⁸ | 一定 ✓ |
| \(c\cdot t=\)一定 | 1.0 | 1.000000 ± 1×10⁻¹³ | 一定 ✓ |
全部通ります。放射優勢の宇宙でも、\(c\cdot t\) は厳密に一定にできる。 立場Aは、ここまでは完全に正しい。
04では、その時計は何なのか
差が出るのは、\(T\) の中身です。\(p\ne1\) では \(\eta\propto t^{1-p}\)、\(p=1\) では \(\eta\propto\ln t\) なので ──
| 宇宙 | 共形時間 \(\eta\) | \(c\cdot t=\)一定 を実現する時計 \(T\) |
|---|---|---|
| 放射 | \(\propto t^{1/2}\) | \(T\propto e^{\sqrt{t}}\) |
| 物質 | \(\propto t^{1/3}\) | \(T\propto e^{t^{1/3}}\) |
| \(a\propto t\) | \(\propto\ln t\) | \(T\propto t\) ← 宇宙の年齢そのもの |
放射宇宙で \(c\cdot t=\text{一定}\) を成り立たせる \(T\) は \(e^{\sqrt{t}}\) です。これは立派な時間座標ですが、誰の時計でもありません。原子時計は固有時を刻みますし、「宇宙が生まれて何秒たったか」は \(t\) のほうです。
05核心 ── 残る主張は、これ一つ
\(T\) と宇宙年齢 \(t\) の関係を、微分で書きます。
これが一定(=\(T\) が宇宙年齢に比例)になるのは
$$p=1\ \text{のときだけ}$$そして \(T/t\) は時間どうしの比です。無次元。だから立場Aの前提を一歩も破らずに、この量だけが観測にかかります。
この回の結論
「\(c\cdot t=\text{一定}\)」の \(t\) が「宇宙の年齢」である ── この一語だけが物理。
それ以外は全部、帳簿でした。
言い換えると、シリーズの名前には二つの主張が畳み込まれていたことになります。
| 主張 | 判定 | |
|---|---|---|
| 前半 | \(c\cdot t\) を一定にする時間座標が存在する | 常に真(今回の \(T=e^{\eta/\eta_0}\)) |
| 後半 | その時間座標が、宇宙の年齢である | \(p=1\) と同値。観測が判定する |
そして前シリーズと本シリーズで挙げてきた「売り」は、ひとつ残らず後半を使っています ── \(R_h=ct\) の \(t\)、\(dR_H/dt=c\)、クロック 140 回、\(\Omega/N\)(第1回)、二つのクロック(第2回)。どれも「\(t\) は宇宙の年齢だ」を前提にしないと書けません。
A(無次元量を動かさない) を貫くと、\(c\cdot t=\text{一定}\) は「時間座標を \(e^{\eta/\eta_0}\) に取った」という宣言になり、主張がゼロ。落ちようがない代わりに、地平線問題も解けないし \(R_h=ct\) でもない。
B(売りを主張する) を取ると、その時計が宇宙年齢だと言うことになり、\(p=1\)。無次元量 \(T/t\) が動くので、観測が判定する。
二つは別の立場ではなく、同じ一本の式 \(d\ln T/d\ln t=1\) を、課すか課さないかでした。
図:上は \(c_B\cdot T\) ── ツマミをどう回してもいつでも完全に水平(立場Aは正しい)。下は \(d\ln T/d\ln t\) ── これが 1 に貼りつく、つまりその時計が宇宙年齢になるのは \(p=1\) のときだけ
上の段は、ツマミをどこへ動かしても水平のままです。これが「書き換えは何も動かさない」の姿。下の段だけが動きます。金の曲線が灰色の水平線に完全に重なるのは \(p=1\) のときだけで、それ以外では時代によって傾きが変わっていく ── その時計は、宇宙年齢とは違う速さで進んでいるということです。
0610つ目の特徴づけ ── 三つの時計が一致する
\(p=1\) では、もう一つ起きていることがあります。前シリーズ第3回で見たとおり、\(a\propto t\) のとき共形時間は \(\eta=t_0\ln(t/t_0)\)、したがって \(a=e^{\eta/t_0}\)。今回作った時計は \(T=e^{\eta/\eta_0}\)。\(\eta_0=t_0\) と取れば ──
第1回で⑧(1ビットあたりの演算回数)、第2回で⑨(二つのクロックが 1:1)を足しました。⑩も同じ形です ── \(a\propto t\) が集める性質は、どれも「別々の時計が揃う」という形をしている。だからこの補助線は美しく、だからこそ揃わせすぎているのだと思います。
07種明かし ── なぜ「長さが一定」は空っぽなのか
もっと素朴に言い直せます。\(c\cdot t\) は長さです。次元付き。前シリーズの合言葉どおり、次元付きの量は帳簿でした。
帳簿の量について「一定である」と言うには、何と比べて一定なのかを言わなければなりません。長さは長さとしか比べられない。そして比べた瞬間、それは無次元量になります。
| \(c\cdot t\) を何と比べるか | 出てくる無次元量 | 実際の値 |
|---|---|---|
| 何とも比べない | ── | 主張が存在しない(今回の 01–05 節) |
| 地平半径 \(R_H\) | \(ct/R_H=p\) | 0.51(\(c\cdot t=\)一定 は 1 を要求) |
| 原子半径 \(a_B\) | \(ct/a_B\) | \(10^{60}\) 倍に増加中(=赤方偏移そのもの) |
2行目が、このモデルが本当に言いたかったことです ── \(R_h=ct\)。メリアが付けた名前が、最初からそう書いてありました。比較相手が名前の中に入っている。 そして比較相手を明示した瞬間、それは無次元量の主張になり、観測の管轄に入ります。
02節で \(\Omega=1/a\) を「強制される」と書いたのは、空間計量を共動格子の係数 1 にすると決めたからです。別の規約(たとえば固有距離を保つ)を取れば \(\Omega\) も変わり、\(T\) の形も変わります。ここで示したのは「ある自然な規約のもとで、\(c\cdot t\) を一定にする時計が必ず一本存在する」ということで、そういう時計が一意だという主張ではありません。
\(T=e^{\eta/\eta_0}\) には積分定数ぶんの自由度(全体のスケールと原点)が残ります。また \(p<1\) では共形時間 \(\eta\) が下に有界なので、\(T\) は 0 に達しません ── \(T\) の「原点」は宇宙の始まりに対応しない、ということです。前シリーズ第6回の「\(w\le-1/3\) でだけ \(\eta\to-\infty\)」が、ここでも効いています。
「時間座標は自由に選べる」は一般相対論の標準的な事実で、本稿の新規性はありません。新しいのは その自由をちょうど使い切ると \(c\cdot t=\text{一定}\) が必ず作れる という点と、残る主張が「その時計=宇宙年齢」の一つだけになるという整理です。この整理は本稿の読み方であって、標準的な定式化ではありません。
物理的な時計(原子時計)が刻むのは固有時であって \(T\) ではありません。「宇宙の年齢 138 億年」も固有時です。したがって \(T\) を宇宙年齢と同一視することは、観測にかかる主張になります ── それが 05節の要点です。なお \(R_h=ct\) モデルの低赤方偏移での適合をめぐっては Melia らによる支持の主張があり、決着していません。本稿の判定は初期宇宙まで外挿した場合のものです。
練習問題(今回の式だけで解けます)
- 放射優勢の宇宙で \(c\cdot t=\text{一定}\) を実現する時計 \(T\) を求めよ。
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\(a\propto t^{1/2}\) なので \(\eta=\int dt/a\propto t^{1/2}\)。よって \(T=e^{\eta/\eta_0}\propto e^{\sqrt t}\)。宇宙年齢の指数関数の平方根で、原子時計とも宇宙年齢とも別物です。 - なぜ \(\Omega=1/a\) には選択の余地がないのか。
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空間部分が \(\Omega^2a^2dx^2\) となるので、これを \(dx^2\)(共動格子そのまま)にすると決めた時点で \(\Omega=1/a\) が確定するから。自由が残っているのは時間座標だけで、その一本ぶんの自由を \(c_B\cdot T=C\) が使い切ります。 - 「\(c\cdot t\) が一定」という文が、それだけでは主張になっていないのはなぜか。
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\(c\cdot t\) は長さ(次元付き)だから。長さが「一定」かどうかは、比べる相手を決めないと言えません。比べた瞬間に無次元量になり、そこで初めて物理になります。前シリーズの合言葉「次元付きは帳簿、無次元だけが物理」が、シリーズの題名そのものに効いています。 - \(p=1\) で一致する三つの時計を挙げよ。
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①スケール因子 \(a\) ②\(c\cdot t=\text{一定}\) を実現する時計 \(T=e^{\eta/t_0}\) ③宇宙年齢 \(t\)。\(a\propto t\) のとき \(\eta=t_0\ln(t/t_0)\) なので \(a=e^{\eta/t_0}=T\propto t\) で三つとも比例します。他の \(p\) では三つとも別の関数形です。 - (やや難)立場A(無次元量を動かさない)を貫いたまま、このモデルの「売り」を一つでも主張できるか。
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できません。売りはどれも無次元量の主張だからです ── \((dR_H/dt)/c=1\)、因果的パッチ数 \(=1\)、\(w=-1/3\)、\(\Omega/N=\ln2/2\pi^2\)、\(\mathcal{N}_T/\mathcal{N}_t=1\)。A を貫くとこれらは全部「観測された値」に戻り、実際の宇宙を変な単位で書いただけになります。落ちない代わりに、何も言わない。 両取りができないところが、この補助線のいちばん厄介な性質です。
まとめ 名前の中に、比較相手が隠れていた
「書き換えは無次元量を動かさないのだから、失格になりようがない」── この反論を最後まで押しました。押しきると、\(c\cdot t=\text{一定}\) はどんな宇宙でも実現できます。\(\Omega=1/a\) で共形変換したあと、時間座標を \(T=e^{\eta/\eta_0}\)(共形時間の指数関数)に取れば、\(c_B\cdot T\) は厳密に一定。数値でも確認しました ── 放射でも物質でも \(p=0.3\) でも、1.000000。
差が出るのは \(T\) の中身です。放射宇宙では \(T\propto e^{\sqrt t}\)、物質宇宙では \(T\propto e^{t^{1/3}}\) ── どちらも立派な時間座標ですが、誰の時計でもない。\(T\) が宇宙の年齢に比例するのは \(p=1\) のときだけで、\(d\ln T/d\ln t\propto t^{1-p}\) がその条件です。そして \(T/t\) は時間どうしの比=無次元。立場Aの前提を一歩も破らずに、ここだけが観測にかかります。
だから \(c\cdot t=\text{一定}\) には主張が二つ畳み込まれていました。前半「そういう時間座標が存在する」── 常に真、主張ゼロ。後半「その時間座標が宇宙の年齢である」── \(p=1\) と同値、観測が判定する。そして前シリーズと本シリーズの売りは、ひとつ残らず後半を使っています。
種明かしはもっと素朴でした。\(c\cdot t\) は長さ=次元付き=帳簿。「一定」と言うには比較相手が要る。相手が地平半径なら \(ct/R_H=p\)、これが 1 だという主張になる ── メリアの付けた名前 \(R_h=ct\) が、最初からそう書いてありました。10話かけて作った判定手続きが、最後にシリーズ自身の題名を裁いたことになります。おまけに \(p=1\) ではスケール因子・この時計・宇宙年齢の三つが比例する(10つ目の特徴づけ)── この補助線は、いつも何かを揃えすぎるのです。
この文書は「わかる c·t=一定」シリーズ第3回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。FLRW 計量が共形平坦であること、共形時間 \(\eta=\int dt/a\)、および時間座標の取り替えが一般相対論において自由であることは、いずれも標準的な事実です。本稿の \(T=\exp(\eta/\eta_0)\)(\(c_B\cdot T=\)一定 を実現する時間座標が任意の \(a(t)\) について存在すること)、および \(d\ln T/d\ln t\propto t^{1-p}\) が一定となるのが \(p=1\) に限られることは、本稿での導出です。03節の数値検証は \(a=(t/t_0)^p\) を 4001 点で用意し、\(\eta\) を台形則で積分、\(T'\) を数値微分して \(c_B=c_0/(aT')\) を再構成したもので、\(c_B\cdot T\) の相対分散は \(10^{-7}\) 以下でした。\(\Omega=1/a\) が強制されるのは「空間計量を共動格子の係数 1 にする」という規約のもとでの話で、別規約では変わります。\(p<1\) では共形時間が下に有界であるため \(T\) は 0 に達しません(前シリーズ第6回の \(w\le-1/3\) の条件に対応)。\(p=1\) でスケール因子・\(T\)・宇宙年齢の三つが比例することも本稿での指摘です。\(R_h=ct\) という命名は Melia によるもので、同モデルの低赤方偏移での観測適合については Melia らによる支持の主張がある一方、初期宇宙まで外挿した場合の元素合成との不整合は Lewis, Barnes & Kaushik (2016, MNRAS 460, 291) が報告しています。物理的な時計(原子時計)が刻むのは固有時であり、本稿の \(T\) ではありません。本稿の「主張が二つ畳み込まれている」という整理は本シリーズによる読み方であり、標準的な定式化ではありません。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\)CDM モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。