ここまで二次元でやってきたことには、はっきりした天井がありました。 二次元では曲率項 \(\int\!\sqrt{g}\,R\) が位相不変量です。動かしても値が変わらない。 だから素の作用は体積項だけで、そもそも直すべき逆符号が存在しなかった。 第1回で見た「エントロピーが運動項を作る」という話は、 ゼロから作る話であって、間違った符号を直す話ではなかったのです。
共形因子問題の本体は「逆符号の運動項」でした(「わかる共形変換」第9回)。 それを試せる最初の次元が三次元です。三次元では曲率項が力学に効く。 共形モードは本当に逆符号の運動項を持つ。そのうえで、測度がそれを直すのかどうかを見られる。
そして三次元には厳密解がありません。第2回で書いた 「本当にシミュレータの出番になるのはそこから」の、そこです。
作り方は二次元と同じ発想です。時刻 \(t\) の空間スライスは二次元の三角形分割。 \(t\) と \(t+1\) のあいだ(サンドイッチ)を四面体で埋める。 因果的に許される四面体は、下の時刻に何個の頂点があるかで三種類だけです。
| 型 | 下(時刻 t) | 上(時刻 t+1) | 何をしているか |
|---|---|---|---|
| (3,1) | 3 | 1 | 下のスライスの三角形に、上から錐をかぶせる |
| (2,2) | 2 | 2 | 両側に脚をかけて、スライスとスライスを結ぶ |
| (1,3) | 1 | 3 | 上のスライスの三角形に、下から錐をかぶせる |
この表をよく見てください。(3,1) と (1,3) は片側の空間三角形に貼り付いているだけです。 上と下を実際に結んでいるのは (2,2) だけ。 ここが今日の話の伏線になります。
空間はトーラス(\(L\times L\) の格子を各セル2枚の三角形に割る)、時間も周期。
各サンドイッチは「三角柱=空間三角形×区間」を三つの四面体に割ります。
頂点に大域的な番号をつけて \(a
隣のプリズムと共有する四角形の面は、どちらから見ても対角線 \(a\text{–}b'\)
(小さい下の頂点から大きい上の頂点へ)で割れます。だから整合する。
大域順序を使う理由はこれ一点です。
これを走行の前後で毎回通します。今日はこの監査に何度も救われました。
02因果律は、また一手の禁止だった
第3回で、二次元の因果律が if 一行に落ちる話を書きました。
三次元でも同じことが起きます。しかも、もっときれいな形で。
手は Pachner 移動を因果的に制限したもので、五つあります。
| 手 | 中身 | \(\Delta N\) | \(\Delta V\) |
|---|---|---|---|
| (2,3)/(3,2) | 時間的な面を共有する2つ ⇄ 時間的な辺を共有する3つ | ±1 | 0 |
| (2,6)/(6,2) | 空間三角形に頂点を挿す ⇄ 次数6の頂点を潰す | ±4 | ±1 |
| (4,4) | 空間的な辺 AB を CD に張り替える | 0 | 0 |
このうち (4,4) を見てください。空間的な辺 \(AB\) がちょうど4つの四面体に囲まれているとき、 その4つは頂点 \(A,B,C,D\)(時刻 \(t\))と \(U\)(\(t+1\))と \(W\)(\(t-1\))からなる 八面体をなします。八面体を四面体4つに割る方法は、 どの対角線を使うかで三通りあります。対角線の候補は \(AB\)、\(CD\)、\(UW\) の三本。
\(UW\) は 時刻 \(t+1\) と \(t-1\) を直接つなぐ辺です。 それを許すと四面体が3時刻にまたがってしまう。だから禁止。
三本のうち一本を禁じると、
残る二本の取り替えが、そのまま (4,4) という手になる。
二次元では「時間的かつ U-D のフリップだけ」でした。三次元では「八面体の対角線三本のうち一本を禁じる」。 次元は上がったのに、因果律の入り方は同じ形をしています。
最初は (2,3)/(3,2) だけを実装して回しました。この手はサンドイッチの中だけで働き、 空間スライスを変えません。だから (2,2) 四面体の数だけが動きます。 実際、走らせると \(N_{31}\) が 576 のまま一歩も動きませんでした。予測どおりで気持ちがいい。
ところが、体積の結合 \(k_3\) をいくら下げても \(N\) が発散しない。 臨界点が見つからない。掃引数を 1000 → 27000 と増やすと値がじりじり上がり続ける。
五手そろえてから、体積を固定して \(k_0\)(頂点にかかる結合)を振ると、こうなります。
| \(k_0\) | 0 | 2 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| \(q=N_{22}/N\) | .473 | .403 | .299 | .225 | .107 | .054 | .034 |
| \(V/N\) | .132 | .149 | .175 | .194 | .223 | .237 | .241 |
\(k_0\) を上げると (2,2) 四面体が消えていきます。 上下を結んでいた四面体が居なくなる。これが次の節の道具になります。
さて本題です。各スライスの空間体積 \(n_t = N_{31}(t)\) を毎掃引記録して、 ゆらぎの共分散 \(C(d)=\langle \delta n_t\,\delta n_{t+d}\rangle\) を測ります。
空間トーラス+周期時間なので、系は時間並進で不変です。 ということは共分散行列はフーリエで対角化できる。有効作用の二次形式は、その逆数です。
\(A>0\) なら正符号の運動項。\(A<0\) なら共形モードの逆符号がそのまま残っている。 \(A\) は「隣どうしのスライスが正に相関しているか」と同じことです。
\(T=32\)、\(N\approx16{,}000\)、40000掃引で測りました。結果:
\(A = +1.04\times10^{-3}\)
正符号でした。曲率項が力学に効く三次元で、 共形モードの逆符号は測度に直されている。 ── 二次元では原理的に試せなかった検査が、ここで通りました。
ここで、01 節の伏線を回収します。 スライスとスライスを結んでいるのは (2,2) 四面体だけでした。 そして 03 節で、\(k_0\) を上げれば (2,2) を消せることが分かっています。
\(k_0\) を上げて (2,2) を殺せば、運動項 \(A\) も消えるはずだ。 上下を結ぶ四面体が居なくなれば、隣のスライスとの相関が無くなるから。
下の図は、実際に測った \(\tilde M(k)\) を \(1-\cos k\) に対して並べたものです。 傾きが \(A\) です。ツマミで \(k_0\) を動かしてください。
| \(k_0\) | \(q=N_{22}/N\) | \(C(1)/C(0)\) | \(A\) |
|---|---|---|---|
| 0 | 0.473 | +0.479 | \(3.03\times10^{-3}\) |
| 1 | 0.440 | +0.460 | \(2.35\times10^{-3}\) |
| 2 | 0.402 | +0.473 | \(1.62\times10^{-3}\) |
| 3 | 0.357 | +0.469 | \(9.66\times10^{-4}\) |
| 4 | 0.299 | +0.431 | \(5.95\times10^{-4}\) |
| 5 | 0.221 | +0.233 | \(1.87\times10^{-4}\) |
| 9 | 0.031 | −0.031 | ≈ 0 |
予測は当たりました。(2,2) が減るにつれて \(A\) は 16分の1 まで落ち、 \(k_0=9\) では消えます。同時にゆらぎ自体 \(C(0)\) は 403 → 84207 と爆発する。 スライスが独立にさまよい出すのです。
「\(A\) が小さい」だけでは弱い。そこで完全に分離した場合の予言を用意しました。 スライスが独立で、総体積だけが固定されているなら、残る相関は 体積固定による自明なもの一つだけで、すべての \(d\ge1\) について
\(-0.0307 \pm 0.0721\)
三次元 CDT で共形モードの運動項を運んでいるのは、(2,2) 四面体である。
消すと、隣のスライスとの相関に自明なもの以外は何も残らない。 時間方向が幾何として成立しなくなります。
\(A\) が (2,2) とともに落ちるのは分かりました。ではどう落ちるのか。 ミニ超空間の形 \(A=1/(\Gamma\bar n)\) を思い出して、\(A\cdot\bar n\) を \(q\) の関数として見ます。
| \(k_0\) | \(q\) | \(\bar n\) | \(A\cdot\bar n\) | \(A\bar n / q^3\) |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 0.473 | 132.5 | 0.4011 | 3.80 |
| 1 | 0.440 | 142.7 | 0.3353 | 3.94 |
| 2 | 0.402 | 154.7 | 0.2503 | 3.86 |
| 3 | 0.357 | 168.9 | 0.1632 | 3.59 |
| 4 | 0.299 | 187.1 | 0.1113 | 4.15 |
| 5 | 0.221 | 211.7 | 0.0396 | 3.66 |
\(A\cdot\bar n\) は10倍変わっているのに、\(q^3\) で割るとほぼ動きません。
$$A\cdot\bar n \;=\; C\,q^3, \qquad C \approx 3.9$$
\(A\bar n = 1/\Gamma\) なので、言い換えると \(\Gamma \propto q^{-3}\)。 (2,2) が減ると運動項の結合が発散する ── スライス同士が固くなるのではなく、 柔らかくなりすぎて繋がらなくなる。
体積を変えても同じ定数になるかを確かめました。ここが「偶然でないこと」の検査です。
| 体積 | 点の数 | \(C = A\bar n/q^3\) |
|---|---|---|
| \(N\approx8{,}000\) | 3 | 3.905 ± 0.108 |
| \(N\approx16{,}000\) | 6 | 3.834 ± 0.075 |
| \(N\approx32{,}000\) | 2 | 4.252 ± 0.306 |
上の「次にやること①②」を、そのあと実際にやりました。答えはこうです ── 指数がちょうど 3 に見えたのは、\(q\) の窓が狭かったからでした。 \(k_0\) をさらに上げて \(q\) を 0.06 付近まで広げて測り直すと、当てはまるのは冪ではなく しきい値つきの冪です。
$$A\cdot\bar n \;=\; C\,(q-q_c)^{\theta},\qquad q_c=0.06\pm0.03,\quad \theta=2.55\pm0.30$$
\(A\) は \(q\approx0.09\) でゼロになります(分離相)。つまり「(2,2) が減ると \(\Gamma\) が発散する」 という描像は残りますが、発散するのは \(q\to0\) ではなく \(q\to q_c\) です。 窓を \(0.30\le q\le0.48\) に狭く取ると \(A\bar n=(4.16\pm0.20)\,q^3\) に見え、 \(T\)(4倍)・\(N\)(4倍)・\(\bar n\)(5倍)で不変(\(\chi^2/\mathrm{dof}=1.02\))── だからこの節の検査は全部通ってしまったのです。体積を4倍振っても、窓が同じなら見かけは崩れません。
この節の 6 点だけを使って、指数を固定せずに当て直してみます(kenkyu/recheck_q3.py)。
空間トーラスでは \(N=4V+N_{22}\) が厳密に成り立つので、\(q\) と \(\bar n\) は恒等式 \(q=1-2T\bar n/N\) で結ばれています。上の表で \(N=2T\bar n/(1-q)\) を計算すると 16,091 → 17,393 と 8% しか動きません ── つまりこの \(k_0\) スキャンの中で、 \(\bar n\) は \(q\) のほぼ一意な関数です。
その帰結として、\(A=C'q^a\bar n^{\,b}\) を当てても \((a,b)\) は一本の縮退線しか決まりません。 実際に同じ 6 点で当てると:
| \(b\) を決め打つと | \(a\) | 対数残差二乗和 |
|---|---|---|
| \(b=-2\) | 2.42 | 0.0222 |
| \(b=-1\)(=記事の \(A\bar n=Cq^3\)) | 3.02 | 0.0138 |
| \(b=-0.5\) | 3.33 | 0.0132(最小) |
| \(b=0\)(\(\bar n\) を掛けない) | 3.63 | 0.0150 |
残差はどれもほぼ同じで、データは \(b\) を選べません。 \(\bar n\) を掛けたのはミニ超空間の形 \(A=1/(\Gamma\bar n)\) という理論側の理由であって、 この測定が \(\bar n\) の指数を決めたわけではありません ── そう書くべきでした。 指数「3」は、\(b=-1\) を選んだうえで、狭い窓で見たときの値です。
1. \(M\) が正定値なのは自明。 \(C\) は共分散行列なので、その逆は必ず正定値です。 非自明なのは \(A>0\)(隣どうしが正に相関している)ほうであって、 正定値性そのものではありません。ここを混同すると何も測っていないことになります。
2. これは既知の範囲の話です。 (2,2) が「時間方向に張る」四面体だというのは CDT の文献では定性的に知られています。 今日やったのは自分で組んで自分で測って確かめたということ。 人類が気づいていない法則ではありません。
3. \(k_0=6,8\) の \(A\) は符号が決まっていません。 分離相は緩和が非常に遅く、20000掃引では共分散が暴れます (個々の \(C(d)\) が桁で振れる)。「消える」までは言えても「負になる」とは言えない。 \(k_0=9\) の平均が自明な予言 \(-1/(T-1)\) に乗ったことだけが、確かな足場です。
4. 系が小さい。 \(N\le32{,}000\)、\(T=32\)、空間 6×6。三次元 CDT の文献規模には遠く、 連続極限の話は一切していません。
ツマミを動かすと、実測した \(k_0\) ごとの運動項が切り替わります。