量子重力自由研究第 6 回 / 三次元
曲率が効きはじめる、最初の次元

三次元へ運動項を運んでいたのは、誰か

因果的動的三角形分割を、四面体から組む2026-08-17

ここまで二次元でやってきたことには、はっきりした天井がありました。 二次元では曲率項 \(\int\!\sqrt{g}\,R\) が位相不変量です。動かしても値が変わらない。 だから素の作用は体積項だけで、そもそも直すべき逆符号が存在しなかった。 第1回で見た「エントロピーが運動項を作る」という話は、 ゼロから作る話であって、間違った符号を直す話ではなかったのです。

共形因子問題の本体は「逆符号の運動項」でした(「わかる共形変換」第9回)。 それを試せる最初の次元が三次元です。三次元では曲率項が力学に効く。 共形モードは本当に逆符号の運動項を持つ。そのうえで、測度がそれを直すのかどうかを見られる。

そして三次元には厳密解がありません。第2回で書いた 「本当にシミュレータの出番になるのはそこから」の、そこです。

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01四面体は、三種類しかない

作り方は二次元と同じ発想です。時刻 \(t\) の空間スライスは二次元の三角形分割。 \(t\) と \(t+1\) のあいだ(サンドイッチ)を四面体で埋める。 因果的に許される四面体は、下の時刻に何個の頂点があるかで三種類だけです。

下(時刻 t)上(時刻 t+1)何をしているか
(3,1)31下のスライスの三角形に、上から錐をかぶせる
(2,2)22両側に脚をかけて、スライスとスライスを結ぶ
(1,3)13上のスライスの三角形に、下から錐をかぶせる

この表をよく見てください。(3,1) と (1,3) は片側の空間三角形に貼り付いているだけです。 上と下を実際に結んでいるのは (2,2) だけ。 ここが今日の話の伏線になります。

初期配位

空間はトーラス(\(L\times L\) の格子を各セル2枚の三角形に割る)、時間も周期。 各サンドイッチは「三角柱=空間三角形×区間」を三つの四面体に割ります。 頂点に大域的な番号をつけて \(a

プリズム分解 $$(a,b,c,c')=(3,1),\qquad (a,b,b',c')=(2,2),\qquad (a,a',b',c')=(1,3)$$

隣のプリズムと共有する四角形の面は、どちらから見ても対角線 \(a\text{–}b'\) (小さい下の頂点から大きい上の頂点へ)で割れます。だから整合する。 大域順序を使う理由はこれ一点です。

組んだら、まず疑う 三次元の三角形分割は、目で見て正しさを確かめられません。だから不変量で検算します これを走行の前後で毎回通します。今日はこの監査に何度も救われました。
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02因果律は、また一手の禁止だった

第3回で、二次元の因果律が if 一行に落ちる話を書きました。 三次元でも同じことが起きます。しかも、もっときれいな形で。

手は Pachner 移動を因果的に制限したもので、五つあります。

中身\(\Delta N\)\(\Delta V\)
(2,3)/(3,2)時間的な面を共有する2つ ⇄ 時間的な辺を共有する3つ±10
(2,6)/(6,2)空間三角形に頂点を挿す ⇄ 次数6の頂点を潰す±4±1
(4,4)空間的な辺 AB を CD に張り替える00

このうち (4,4) を見てください。空間的な辺 \(AB\) がちょうど4つの四面体に囲まれているとき、 その4つは頂点 \(A,B,C,D\)(時刻 \(t\))と \(U\)(\(t+1\))と \(W\)(\(t-1\))からなる 八面体をなします。八面体を四面体4つに割る方法は、 どの対角線を使うかで三通りあります。対角線の候補は \(AB\)、\(CD\)、\(UW\) の三本。

三次元の因果律

\(UW\) は 時刻 \(t+1\) と \(t-1\) を直接つなぐ辺です。 それを許すと四面体が3時刻にまたがってしまう。だから禁止

三本のうち一本を禁じると、
残る二本の取り替えが、そのまま (4,4) という手になる。

二次元では「時間的かつ U-D のフリップだけ」でした。三次元では「八面体の対角線三本のうち一本を禁じる」。 次元は上がったのに、因果律の入り方は同じ形をしています

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03頂点を増やさないと、エントロピーが無い

最初は (2,3)/(3,2) だけを実装して回しました。この手はサンドイッチの中だけで働き、 空間スライスを変えません。だから (2,2) 四面体の数だけが動きます。 実際、走らせると \(N_{31}\) が 576 のまま一歩も動きませんでした。予測どおりで気持ちがいい。

ところが、体積の結合 \(k_3\) をいくら下げても \(N\) が発散しない。 臨界点が見つからない。掃引数を 1000 → 27000 と増やすと値がじりじり上がり続ける。

理由 (2,3)/(3,2) は頂点を増やしません。 頂点の集合が凍っていると、 四面体をいくら増やしてもエントロピーが指数的に伸びない (頂点 \(V\) 個の上に置ける四面体は \(\binom{V}{4}\) 通りで打ち止め)。 熱力学極限そのものが存在しない。

つまり (2,6) が本体です。頂点を増やす手がないと、エントロピーの話が始まらない。 ── これは二次元の体積可変 CDT(第5回)で学んだのと同じ教訓でした。

五手そろえてから、体積を固定して \(k_0\)(頂点にかかる結合)を振ると、こうなります。

\(k_0\)0245678
\(q=N_{22}/N\).473.403.299.225.107.054.034
\(V/N\).132.149.175.194.223.237.241

\(k_0\) を上げると (2,2) 四面体が消えていきます。 上下を結んでいた四面体が居なくなる。これが次の節の道具になります。

言わないこと これを相転移とは呼びません。感受率(\(q\) の分散×\(N\))には \(k_0\approx6\) にピークの気配がありますが、統計が薄く、有限サイズスケーリングもしていません。 \(N\approx4000\) は三次元 CDT としては小さすぎます(文献は \(10^5\) 四面体の規模)。 ここで言えるのは「\(k_0\) を上げると (2,2) が減る」という事実だけです。
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04本命 ── 運動項の符号を測る

さて本題です。各スライスの空間体積 \(n_t = N_{31}(t)\) を毎掃引記録して、 ゆらぎの共分散 \(C(d)=\langle \delta n_t\,\delta n_{t+d}\rangle\) を測ります。

空間トーラス+周期時間なので、系は時間並進で不変です。 ということは共分散行列はフーリエで対角化できる。有効作用の二次形式は、その逆数です。

測り方 有効作用を \(S_{\rm eff}=\tfrac12\sum_{t,t'}\delta n_t\,M_{tt'}\,\delta n_{t'}\) と書くと \(M=C^{-1}\)。 運動項が \(+\dfrac{(\Delta n)^2}{2\Gamma\bar n}\) の形(正しい符号)なら $$\tilde M(k) \;=\; A\,(1-\cos k) + B,\qquad A=\frac{1}{\Gamma\bar n}>0$$
ここが判定

\(A>0\) なら正符号の運動項。\(A<0\) なら共形モードの逆符号がそのまま残っている。 \(A\) は「隣どうしのスライスが正に相関しているか」と同じことです。

\(T=32\)、\(N\approx16{,}000\)、40000掃引で測りました。結果:

測定結果

\(A = +1.04\times10^{-3}\)

正符号でした。曲率項が力学に効く三次元で、 共形モードの逆符号は測度に直されている。 ── 二次元では原理的に試せなかった検査が、ここで通りました。

整合のしるし \(\tilde C(0)\) だけが極端に小さく出ます(他のモードの 1/100 以下)。 これは総体積を固定しているのでゼロモードが殺されているから。予定どおりです。
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05予測を立ててから、殺しにいく

ここで、01 節の伏線を回収します。 スライスとスライスを結んでいるのは (2,2) 四面体だけでした。 そして 03 節で、\(k_0\) を上げれば (2,2) を消せることが分かっています。

立てた予測

\(k_0\) を上げて (2,2) を殺せば、運動項 \(A\) も消えるはずだ。 上下を結ぶ四面体が居なくなれば、隣のスライスとの相関が無くなるから。

下の図は、実際に測った \(\tilde M(k)\) を \(1-\cos k\) に対して並べたものです。 傾きが \(A\) です。ツマミで \(k_0\) を動かしてください。

図:有効作用の運動項。横軸 \(1-\cos k\)、縦軸 \(\tilde M(k)=1/\tilde C(k)\)。直線の傾きが \(A\)。(\(T=32\)、\(N\approx16{,}000\) の実測値)
選んだ \(k_0\) 他の \(k_0\) 最小二乗の直線
\(k_0\)\(q=N_{22}/N\)\(C(1)/C(0)\)\(A\)
00.473+0.479\(3.03\times10^{-3}\)
10.440+0.460\(2.35\times10^{-3}\)
20.402+0.473\(1.62\times10^{-3}\)
30.357+0.469\(9.66\times10^{-4}\)
40.299+0.431\(5.95\times10^{-4}\)
50.221+0.233\(1.87\times10^{-4}\)
90.031−0.031≈ 0

予測は当たりました。(2,2) が減るにつれて \(A\) は 16分の1 まで落ち、 \(k_0=9\) では消えます。同時にゆらぎ自体 \(C(0)\) は 403 → 84207 と爆発する。 スライスが独立にさまよい出すのです。

消えたことの、決定的な裏取り

「\(A\) が小さい」だけでは弱い。そこで完全に分離した場合の予言を用意しました。 スライスが独立で、総体積だけが固定されているなら、残る相関は 体積固定による自明なもの一つだけで、すべての \(d\ge1\) について

$$\frac{C(d)}{C(0)} \;=\; -\frac{1}{T-1} \;=\; -0.0323 \qquad (T=32)$$
\(k_0=9\) での実測(\(d=1\ldots16\) の平均)

\(-0.0307 \pm 0.0721\)

結論

三次元 CDT で共形モードの運動項を運んでいるのは、(2,2) 四面体である。

消すと、隣のスライスとの相関に自明なもの以外は何も残らない。 時間方向が幾何として成立しなくなります。

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06ついでに出てきた、きれいな数字

\(A\) が (2,2) とともに落ちるのは分かりました。ではどう落ちるのか。 ミニ超空間の形 \(A=1/(\Gamma\bar n)\) を思い出して、\(A\cdot\bar n\) を \(q\) の関数として見ます。

\(k_0\)\(q\)\(\bar n\)\(A\cdot\bar n\)\(A\bar n / q^3\)
00.473132.50.40113.80
10.440142.70.33533.94
20.402154.70.25033.86
30.357168.90.16323.59
40.299187.10.11134.15
50.221211.70.03963.66

\(A\cdot\bar n\) は10倍変わっているのに、\(q^3\) で割るとほぼ動きません

実測から出た関係 ※ 2026-08-29 に取り下げました ── この節の末尾の追記を読んでください

$$A\cdot\bar n \;=\; C\,q^3, \qquad C \approx 3.9$$

\(A\bar n = 1/\Gamma\) なので、言い換えると \(\Gamma \propto q^{-3}\)。 (2,2) が減ると運動項の結合が発散する ── スライス同士が固くなるのではなく、 柔らかくなりすぎて繋がらなくなる

体積を変えても同じ定数になるかを確かめました。ここが「偶然でないこと」の検査です。

体積点の数\(C = A\bar n/q^3\)
\(N\approx8{,}000\)33.905 ± 0.108
\(N\approx16{,}000\)63.834 ± 0.075
\(N\approx32{,}000\)24.252 ± 0.306
これは、どこまで言えるか 体積を4倍まで振って定数は動いていません。ただし だから「\(A\bar n\propto q^3\) という経験則が、この設定で ±5% で成り立つ」までが今日の線です。 法則と呼ぶには、\(T\) の対照と指数の理論的な導出が要ります。
2026-08-29 追記 ── この経験則は、取り下げます

上の「次にやること①②」を、そのあと実際にやりました。答えはこうです ── 指数がちょうど 3 に見えたのは、\(q\) の窓が狭かったからでした。 \(k_0\) をさらに上げて \(q\) を 0.06 付近まで広げて測り直すと、当てはまるのは冪ではなく しきい値つきの冪です。

$$A\cdot\bar n \;=\; C\,(q-q_c)^{\theta},\qquad q_c=0.06\pm0.03,\quad \theta=2.55\pm0.30$$

\(A\) は \(q\approx0.09\) でゼロになります(分離相)。つまり「(2,2) が減ると \(\Gamma\) が発散する」 という描像は残りますが、発散するのは \(q\to0\) ではなく \(q\to q_c\) です。 窓を \(0.30\le q\le0.48\) に狭く取ると \(A\bar n=(4.16\pm0.20)\,q^3\) に見え、 \(T\)(4倍)・\(N\)(4倍)・\(\bar n\)(5倍)で不変(\(\chi^2/\mathrm{dof}=1.02\))── だからこの節の検査は全部通ってしまったのです。体積を4倍振っても、窓が同じなら見かけは崩れません。

上の表だけからでも、実は読めた

この節の 6 点だけを使って、指数を固定せずに当て直してみます(kenkyu/recheck_q3.py)。

もう一つ、書いていなかった前提 ── \(q\) と \(\bar n\) は独立ではない

空間トーラスでは \(N=4V+N_{22}\) が厳密に成り立つので、\(q\) と \(\bar n\) は恒等式 \(q=1-2T\bar n/N\) で結ばれています。上の表で \(N=2T\bar n/(1-q)\) を計算すると 16,091 → 17,393 と 8% しか動きません ── つまりこの \(k_0\) スキャンの中で、 \(\bar n\) は \(q\) のほぼ一意な関数です。

その帰結として、\(A=C'q^a\bar n^{\,b}\) を当てても \((a,b)\) は一本の縮退線しか決まりません。 実際に同じ 6 点で当てると:

\(b\) を決め打つと\(a\)対数残差二乗和
\(b=-2\)2.420.0222
\(b=-1\)(=記事の \(A\bar n=Cq^3\))3.020.0138
\(b=-0.5\)3.330.0132(最小)
\(b=0\)(\(\bar n\) を掛けない)3.630.0150

残差はどれもほぼ同じで、データは \(b\) を選べません。 \(\bar n\) を掛けたのはミニ超空間の形 \(A=1/(\Gamma\bar n)\) という理論側の理由であって、 この測定が \(\bar n\) の指数を決めたわけではありません ── そう書くべきでした。 指数「3」は、\(b=-1\) を選んだうえで、狭い窓で見たときの値です。

誤差棒について この節の \(\pm0.108\) などはジャックナイフです。その後もっと統計を増やしたところ、 ジャックナイフの誤差は 1.5〜2 倍に膨らみました(自己相関時間 \(\tau_{\rm int}\) が 800〜3200 掃引あり、試料数が少ないと自動窓が早く閉じて \(\tau\) が短く推定されるため)。 このシリーズに出てくる誤差棒は、系統的に過小だと思って読んでください。
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07正直な線

今日の限界

1. \(M\) が正定値なのは自明。 \(C\) は共分散行列なので、その逆は必ず正定値です。 非自明なのは \(A>0\)(隣どうしが正に相関している)ほうであって、 正定値性そのものではありません。ここを混同すると何も測っていないことになります。

2. これは既知の範囲の話です。 (2,2) が「時間方向に張る」四面体だというのは CDT の文献では定性的に知られています。 今日やったのは自分で組んで自分で測って確かめたということ。 人類が気づいていない法則ではありません。

3. \(k_0=6,8\) の \(A\) は符号が決まっていません。 分離相は緩和が非常に遅く、20000掃引では共分散が暴れます (個々の \(C(d)\) が桁で振れる)。「消える」までは言えても「負になる」とは言えない。 \(k_0=9\) の平均が自明な予言 \(-1/(T-1)\) に乗ったことだけが、確かな足場です。

4. 系が小さい。 \(N\le32{,}000\)、\(T=32\)、空間 6×6。三次元 CDT の文献規模には遠く、 連続極限の話は一切していません。

記録今日、手で確かめたこと

量子重力自由研究 第6回。厳密解の無いところに来たので、ここから先は全部シミュレータが根拠です。 だからこそ不変量の監査を毎回通しています。
コードと計算の記録はすべて手元にあります。数値はこのページに書いたものがそのまま実測値です。

ツマミを動かすと、実測した \(k_0\) ごとの運動項が切り替わります。