考える波 第 65 回 / 第 XX 部・トンネルするものたち
読者からの問いに、四つとも数えて答える
次元を落とすということ ──
形が同じでも、情報は落ちる
「次元って積分だから 6 dB のフィルタじゃん」── 惜しい。次元は 3 dB で、積分とちょうど 2 倍 違います。
★★ 「観測すると情報が落ちるよね」── そのとおりで、しかも二種類あります。スライスは形を変え、射影は形をまったく変えないのに情報を落とす(1 枚で \(1/N\))。
★★★ 「非整数次元だと誤差が出るよね」── 誤差ではなく2 で頭打ちになります(マーストランドの射影定理)。しかも対称軸は定理の例外方向で、いちばん損をする。
★★★ 「質量は非整数次元の波で説明できない?」── その積分は第 2 回で書いてありました。
本回は読者からの一連の問いに答えます。★ 四つとも「数えられる形」になっていたので、四つとも数えました。
★★ 一つ目には訂正が要り、二つ目と三つ目は予想より鋭い答えが出て、四つ目はシリーズがすでに計算していました。
01物差しを揃える ── 次元は 6 dB ではない
| 操作 | 動く量 | dB/oct | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1 回 積分する | \(\alpha\) +1 | 6.02 | 第 1 回 |
| 1 次元 スライスする | \(\beta\) −1 | 3.01 | 本回 02 節 |
| 1 方向に 射影する | \(\beta\) 変わらず | 0 | 本回 02 節 |
★ 積分と次元はちょうど 2 倍 違います。「次元=積分」という直感は方向としては正しいのですが、\(\alpha\) と \(\beta\) のどちらで数えるかで倍半分ずれます。
★★ そして射影は 0 ── スペクトルの形をまったく変えません。それでも情報は落ちている、というのが 03 節です。
02\(d\) 次元の場から 1 次元を取り出す
等方ランダム場 \(P_d(k)\propto k^{-\beta_d}\) を作り、(a) 1 本の線で切る(スライス)、(b) 1 方向に積分する(射影)を試します。★ 第 59 回の教訓どおり、対数を取る前に周期図を平均しています(1 本だと自由度 2 でばらつき 0.7 桁 級)。
| 場 | \(\beta_d\) | ★ スライス | 予言 \(\beta_d-(d{-}1)\) | 射影 | 予言 \(\beta_d\) |
|---|---|---|---|---|---|
| 2D | 2.0 | 1.061 | 1.0 | 2.057 | 2.0 |
| 2D | 3.0 | 2.018 | 2.0 | 2.990 | 3.0 |
| 2D | 4.0 | 3.011 | 3.0 | 3.983 | 4.0 |
| 3D | 3.0 | 1.121 | 1.0 | 2.946 | 3.0 |
| 3D | 4.0 | 2.002 | 2.0 | 4.069 | 4.0 |
| 3D | 5.0 | 2.951 | 3.0 | 5.125 | 5.0 |
02節の中心
★★★ スライスは 1 次元 あたり \(\beta\) を 1(=3.01 dB/oct)平らにします。3 次元を 1 次元で切ると 6 dB/oct 平らになる ── これが「次元=6 dB」という直感の出どころだと思います。ただしそれは2 次元ぶんです。
★★★ 射影は \(\beta\) をまったく変えません。フーリエ空間で \(k_\perp=0\) の断面を取るだけなので、指数は保存されます。
03★★ それでも射影は情報を落としている ── 数えれば分かる
射影定理:1 方向の射影のフーリエ変換 = 原点を通る断面。\(N^3\) の物体から 1 回の射影で取れるのは \(N^2\) 点 ── 全体の \(1/N\) です。
| 物体 | 全係数 | 1 射影で取れる | 割合 | 全部埋めるのに |
|---|---|---|---|---|
| \(N=64\) | 2.62e+5 | 4.10e+3 | 1/64 | 約 101 方向 |
| \(N=256\) | 1.68e+7 | 6.55e+4 | 1/256 | 約 402 方向 |
| \(N=512\) | 1.34e+8 | 2.62e+5 | 1/512 | 約 804 方向 |
2 次元で実際に \(k\) 空間を数えると(\(N=128\)):
| \(M\) 方向 | 1 | 4 | 16 | 64 | 128 | 201 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| \(k\) 空間の被覆 | 0.8 % | 3.1 % | 15.2 % | 55.7 % | 89.5 % | ほぼ全部 |
03節の中心 ── ここが 本回の 一つ目の 山
★★★ 「スペクトルの形が同じ」は「情報が落ちていない」を意味しません。射影は \(\beta\) を保存するのに、\(k_\perp\ne0\) の成分を丸ごと捨てています。
★★ これは第 59・60 回の主題そのもの ── 見かけの量が保存されていても、失っているものはある。
★ だから CT(計算機断層撮影)が成り立ちます:多方向から集めれば \(k_\perp\) を埋め戻せる。必要な方向数は約 \(\pi N/2\)(標本化定理)。
★★ そして原点近くはすぐ埋まり、外側は最後まで疎 ── CT の分解能が中心で良く周辺で悪いのは、この埋まり方の不均一さです。
04★★★ 非整数次元だと「誤差」ではなく「頭打ち」になる
3 次元カントール塵(1 辺を 3 分割=27 個 から \(m\) 個 残す、\(D=\log m/\log3\))で確かめます。
| \(m\) | 理論 \(D\) | 3D 実測 | 軸射影 | 軸の予言 | 一般方向 | \(\min(D,2)\) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 5 | 1.4650 | 1.4650 | 1.1717 | 1.2619 | 1.2510 | 1.4650 |
| 7 | 1.7712 | 1.7712 | 1.5782 | 1.6309 | 1.5481 | 1.7712 |
| 9 | 2.0000 | 2.0000 | 1.5772 | 1.6309 | 1.7219 | 2.0000 |
| 16 | 2.5237 | 2.5237 | 1.6861 | 1.7712 | 1.8710 | 2.0000 |
| 24 | 2.8928 | 2.8928 | 1.9152 | 2.0000 | 1.8511 | 2.0000 |
04節の中心
★★★ 3 次元での次元は理論値と完全一致(1.4650〜2.8928、箱数えで小数 4 桁)。
★★★ ところが射影は、\(D\) がいくら大きくなっても 2 を超えません。
★★ 「非整数次元だと誤差が出る」のではなく、2 を超えたぶんが丸ごと消えるのです。\(D=2.89\) の物体を撮っても、写真に写るのは 2 次元ぶん。残りの 0.89 は誤差として現れるのではなく、最初から存在しなかったように見える。
★ 有限段数(4〜6 段)なので実測値は 2 よりやや低く出ますが、頭打ちの構造ははっきり見えます。
05★★ 対称軸は定理の例外方向 ── いちばん損な見方
マーストランドは「ほとんどすべての方向で」です。その「ほとんど」の外にあるのが例外方向で ── 格子の対称軸がまさにそれ。
軸射影の次元は、\(\log(\)射影で潰れずに残る部分セル数\()/\log3\) という組合せ量で決まります。マーストランドの値ではありません。
| \(m=16\)(\(D=2.524\)) | 値 |
|---|---|
| 軸射影 | 1.686(予言 \(\log7/\log3=1.771\)) |
| 一般方向 | 1.871 |
| マーストランドの値 | 2.000 |
★★★ 観測方向を対象の対称軸に合わせるのは、見やすいけれどいちばん情報が落ちる見方です。定理が保証するぶんすら取り落とす。
★ 結晶を撮るときに低指数方位をわざと外すのは、この理由です。
06★★★ 質量は非整数次元の波か ── 第 2 回の積分そのもの
単一の質量 = 単一の極(ローレンツ関数)。非整数のスケーリング次元 = 質量の冪分布(連続体)。
これは第 2 回「\(1/f\) は多数の時定数の重ね合わせ」と同じ積分です。
| 第 2 回(\(1/f\)) | アンパーティクル(Georgi 2007) |
|---|---|
| 時定数 \(\tau\) | 質量の逆数 \(1/M\) |
| ローレンツ \(\tau/(1+\omega^2\tau^2)\) | 伝播関数 \(1/(p^2+M^2)\) |
| \(g(\tau)\propto\tau^{-\gamma}\) | \(\rho(M^2)\propto(M^2)^{d_U-2}\) |
| \(S\propto\omega^{\gamma-2}\) | \(\text{Prop}\propto(p^2)^{d_U-2}\) |
同じ積分か、数値で確かめました(\(\int_0^\infty u^{a-1}/(p^2+u)\,du=\pi p^{2(a-1)}/\sin\pi a\)、比 0.9997〜1.000000)。
| \(\alpha\) | \(\beta\) | \(\gamma\) | \(d_U=2-\alpha\) | 意味 |
|---|---|---|---|---|
| 0.0 | 0.0 | 2.0 | 2.0 | 白色雑音 |
| 0.5 | 1.0 | 1.0 | 1.5 | 桃色雑音 |
| 1.0 | 2.0 | 0.0 | 1.0 | \(1/f\) ── 極 1 つ = 普通の粒子 |
| 2.0 | 4.0 | −2.0 | 0.0 | ブラウン運動 |
次元の台帳 ── \(\alpha\) を動かすと 全部つながります
06節の中心
★★★ 本シリーズの \(\alpha\) が、そのままアンパーティクルの次元 \(d_U=2-\alpha\) になります。
★★ \(1/f\)(\(\alpha=1\))がちょうど \(d_U=1\) = 極 1 つ = 普通の粒子に当たる ── 第 30 回で「\(1/f\) はスケール不変の固定点」、第 57 回で「\(1/f\) は端の代金が最小」と書きましたが、ここでも \(1/f\) が特別な位置に立っています。
★ ただし正直に:これは同じ積分の別の書き方であって、「質量の起源」を説明したわけではありません。アンパーティクルは未発見の仮説です。
07AdS/CFT では文字どおり成り立つ(第 39 回の再掲)
| \(m^2L^2\) | −4 | 0 | 1 | 2 | 5 | 7 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| \(d=4\) の \(\Delta_+\) | 2.000 | 4.000 | 4.236 | 4.449 | 5.000 | 5.317 |
| 整数 | 整数 | 非整数 | 非整数 | 整数 | 非整数 |
★ \(4+m^2L^2\) が平方数のときだけ整数 ── ふつうは非整数です。
★★★ 「質量 = 非整数次元」は AdS/CFT では文字どおり成り立っています。質量が決まると次元が決まり、次元が決まると質量が決まる。
★★ ただしこれは二つの記述の辞書であって、「なぜその質量なのか」には答えていません。
★ そして第 13 回の \(s=\tfrac12\pm\sqrt{\tfrac14-\lambda}\) と同じ 2 次方程式 ── 本シリーズはこれを三度見ています(第 13・39・47 回)。
練習問題
- 03 節で「射影は \(\beta\) を変えないのに情報を落とす」と出た。では \(\beta\) を測るだけなら射影で十分か。
答えを見る
十分です ── そして、そこが要点です。
★ \(\beta\) しか知りたくないなら、1 方向の射影で正しい値が出ます。★★ 問題は「\(\beta\) が合っているから再構成もできるはずだ」と思ってしまうこと。
★★★ 第 59 回で「窓を変えて値が動いたら窓のせい」という検定を作りました。ここではその逆 ── 値が動かないのに情報は落ちている。動かないことは正しさの証拠にも、十分さの証拠にもなりません。
★ 手引きに足すなら:「保存される量」と「復元に要る量」を分けて数える。\(\beta\) は前者、\(k_\perp\) は後者です。 - 04 節で「2 を超えたぶんが丸ごと消える」と出た。ではその物体が \(D>2\) だと、どうやって知るのか。
答えを見る
1 枚では知れません。複数方向が要ります。
★ どの方向から撮っても射影は \(\min(D,2)=2\)。1 枚からは「\(D\ge2\)」しか言えず、2.1 なのか 2.9 なのか区別できません。
★★ 03 節の数え方が答えです:\(\pi N/2\) 方向 集めて 3 次元を再構成してから、3 次元で箱数えする。
★★★ つまり「非整数次元を測る」こと自体が、CT と同じ問題でした。断層撮影は「形を見る」ためだけでなく、「次元を測る」ためにも要る。
★ 逆に言えば:1 枚の写真から推定したフラクタル次元が 2 に近いとき、それは「本当に 2」かもしれないし「2 以上の何か」かもしれません。2 に張り付いた値は、飽和の疑いを持つべき数です。 - 06 節の \(d_U=2-\alpha\) は「発見」か。
答えを見る
いいえ、同じ積分の書き換えです。第 61 回で「四つの道すじが同じ \(6\alpha\) に乗るのは根が一つのフーリエ変換だから、道具の整理であって新しい物理ではない」と書きました。これも同じ型です。
★ 第 2 回の重ね合わせ積分と、アンパーティクルのスペクトル表示は、変数名が違うだけの同一の積分。★★ それでも並べる価値はあります:「非整数次元」という言葉が、\(1/f\) の「多数の時定数」と同じものを指していると分かるから。
★★★ そして境界がはっきりします:この対応は運動学(どんなスペクトルか)については何でも言えますが、力学(なぜその \(\alpha\) なのか、なぜその質量なのか)については何も言いません。★ 第 55 回の言い方では、これは「翻訳」であって「測定」でも「模型を仮定した値」でもありません。
まとめ 四つの問いに、四つとも数えて答える
①「次元は 6 dB のフィルタか」── 惜しい。次元は 3 dB です。1 回の積分が \(\alpha\) +1 = 6.02 dB/oct、1 次元のスライスが \(\beta\) −1 = 3.01 dB/oct。ちょうど 2 倍 違います。★ 3 次元を 1 次元で切ると 6 dB/oct 平らになるので、直感の出どころはそこだと思います ── ただしそれは 2 次元ぶんです。
★★★ ②「観測すると情報が落ちる」── そのとおりで、しかも二種類ある。
★ スライスは形を変えます(\(\beta_1=\beta_d-(d-1)\)、数値で確認)。★★★ 射影は形をまったく変えないのに情報を落とします ── \(N^3\) の物体から 1 枚で取れるのは \(1/N\)。全部埋めるには約 \(\pi N/2\) 方向 要る(\(N=128\) で 201 方向、実測でも 201 方向でほぼ 100 %)。「スペクトルの形が同じ」は「情報が落ちていない」を意味しません。
★★★ ③「非整数次元だと誤差が出る」── 誤差ではなく、2 で頭打ちになります。マーストランドの射影定理。3 次元での次元は理論値と完全一致(1.4650〜2.8928)するのに、射影は \(D\) がいくら大きくても 2 を超えない。★★ 超えたぶんは誤差として現れるのではなく、丸ごと消えます。
★★ おまけに ── 対称軸は定理の例外方向でした。軸射影の次元は「潰れずに残る部分セル数」で決まる組合せ量で、マーストランドの \(\min(D,2)\) より低い(\(m=16\) で軸 1.686 対 一般方向 1.871)。見やすい方向がいちばん損をする。
★★★ ④「質量は非整数次元の波で説明できないか」── その積分は第 2 回で書いてありました。単一の質量=単一の極、非整数次元=質量の冪分布。第 2 回の重ね合わせ積分とアンパーティクルのスペクトル表示は同一の積分で、\(d_U=2-\alpha\)。\(1/f\)(\(\alpha=1\))がちょうど \(d_U=1\) = 極 1 つ = 普通の粒子に当たります。
★ そして AdS/CFT では文字どおり成り立ちます(\(\Delta(\Delta-d)=m^2L^2\)、第 39 回)── 第 13 回と同じ 2 次方程式の三度目。★★ ただし正直に:これは翻訳であって、質量の起源の説明ではありません。運動学については何でも言えますが、力学については何も言っていません(練習問題 3)。
★ 第 59 回は「窓を変えて動いたら窓のせい」、本回は「動かなくても落ちている」。
★★ 次回はこの二つを一つの表に畳みます ── シリーズが扱ってきた量を「保存されるか」「復元できるか」で分類する。★ \(\beta\)、桁数、次元、作用、位相 ── どれが観測で生き残り、どれが死ぬのか。
この文書は「考える波」シリーズ第 65 回です。計算は kenshou/jigen2.js で行っています(依存ライブラリ 0、FFT も箱数えも自前、検算 38 件すべて合格)。本回は読者からの問いに答える回です。本稿の発見ではないもの:ランダム場のスライス/射影の指数則、フーリエ射影切断定理(CT の原理)、標本化に要る投影数 \(\pi N/2\)、マーストランド=マッティラの射影定理(1954)、その例外方向の存在、アンパーティクル(Georgi 2007)とそのスペクトル表示、AdS/CFT の \(\Delta(\Delta-d)=m^2L^2\) ── いずれもよく知られた結果で、本稿はその数値確認です。本稿がしたのは、① 積分(6 dB)とスライス(3 dB)の混同を数値で分離したこと、② 射影が指数を保存しながら情報を落とすことを \(k\) 空間の被覆率で数えたこと、③ マーストランドの頭打ちをカントール塵で確かめ、軸射影が定理の値より低いことを「潰れずに残る部分セル数」で説明したこと、④ 第 2 回の重ね合わせ積分とアンパーティクルの伝播関数が同一であることを示し \(d_U=2-\alpha\) を得たことです。限界:04・05 節のカントール塵は 4〜6 段しかないため、箱数え次元は 3 次元では理論値と一致するものの、射影では \(\min(D,2)\) に届かず 1.85〜1.87 程度で止まります(頭打ちの構造は明確ですが、極限値の確認にはなっていません)。02 節の値は 2D が 24 実現、3D が 3 実現の平均で、射影の標本数は少なく ±0.1 程度の揺らぎが残ります。06 節の \(d_U=2-\alpha\) は同一の積分の変数対応であって物理的同一性の主張ではなく、アンパーティクルは未発見の仮説です。本稿も合成データと解析式のみで、実測データには当てていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。