考える波 第 60 回 / 第 XIX 部・道具を持って 物理へ戻る
引いたものは、どこへ行ったのか
トレンドと信号は どこで分かれるか ──
境目を決めているのは系ではなく、記録の長さ
★ \(q\) 次のトレンド除去は階数 \(\alpha=q+1\) の高域通過フィルタでした ── また \(\text{dB/oct}=6\alpha\)。第 1 回の物差しがここにも出ます。
★★ そこから漏れが有限になる条件 \(\beta\le2q+3\) が出て、第 59 回 03 節の表が 5 行 すべて説明できました。
★★★ そして \(1/f^\beta\) の「分散」は数ではありません ── \(\beta>1\) では \(N^{\beta-1}\) で走り、\(\beta=1\) ちょうどでは \(\log N\)。第 29 回の繰り込みと同じ構造です。
第 59 回で「1〜2 次のトレンドを引けば漏れが消える」と分かりました。★ では引いたものはどこへ行ったのか。そして、トレンドと信号の境目はどこにあるのか。
01★★★ トレンド除去は、高域通過フィルタだった
長さ 1024 の記録に周波数 \(f\)[bin]の正弦波を入れ、残差のエネルギーを測ります。
| \(f\)[bin] | \(q{=}0\)(平均) | \(q{=}1\)(直線) | \(q{=}2\) | \(q{=}3\) |
|---|---|---|---|---|
| 0.01 | −34.83 | −76.65 | −122.14 | −170.19 |
| 0.1 | −14.89 | −36.70 | −62.18 | −90.23 |
| 1 | 0.00 | −1.57 | −6.31 | −13.72 |
| 3 | 0.00 | −0.15 | −0.17 | −0.43 |
(表は利得² を dB で。0 dB ならそのまま通す。)
| \(q\) | 低域の傾き dB/oct | 予言 \(6(q{+}1)\) | \(\alpha\) | \(-3\)dB 点[bin] |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 6.014 | 6.021 | 1 | 0.4436 |
| 1 | 12.036 | 12.041 | 2 | 0.8527 |
| 2 | 18.057 | 18.062 | 3 | 1.2391 |
| 3 | 24.078 | 24.082 | 4 | 1.6152 |
01節の中心
\(q\) 次のトレンド除去 \(=\) 階数 \(\alpha=q+1\) の高域通過フィルタ
★★★ \(\text{dB/oct}=6(q+1)\) ── 第 1 回の物差しが、ここにも出ました。第 58 回の窓、第 57 回の端に続いて三度目です。
★★ \(-3\)dB 点は 0.44 / 0.85 / 1.24 / 1.62 bin ── およそ \(0.4(q+1)\) bin。どれも「記録 1 本のあいだに 1 周期ほど」の所にあります。
★★★ つまり「トレンドか信号か」の境目は、系ではなく記録の長さが決めています。同じ信号でも記録を 10 倍 長くすれば、いままでトレンドだったものが信号になる ── 第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」と、まったく同じ形です。
02★★★ 漏れが有限になる条件 ── \(\beta\le2q+3\)
ハン窓(\(\alpha=3\))、bin \(k=64\) への漏れ。積分の下端を 1/16 から 1/64 に下げたとき、漏れが何倍になるか(1 に近ければ収束)。
| \(\beta\) | \(q{=}0\) | \(q{=}1\) | \(q{=}2\) |
|---|---|---|---|
| 3 | 1.018 | 1.000 | 1.000 |
| 4 | 1.136 | 1.002 | 1.000 |
| 5 | 1.797 | 1.018 | 1.000 |
| 6 | 4.805 | 1.134 | 1.002 |
| 7 | 17.145 | 1.790 | 1.017 |
★ \(\beta=2q+3\) ちょうど(\(\beta{=}5,q{=}1\) と \(\beta{=}7,q{=}2\))は対数発散で、下端を 4 倍 下げても 1.02 倍 にしかなりません ── 実用上は収束と同じ。
★★ これで第 59 回 03 節の表が説明できます。
| \(\beta\) | \(q\) | \(2q{+}3\) | 漏れの比 | 第 59 回の実測 | 天井 \(2\alpha{=}6\) |
|---|---|---|---|---|---|
| 5 | 0 | 3 | 1.80 発散 | 5.512(行きすぎ) | — |
| 5 | 1 | 5 | 1.02 収束 | 4.992(直った) | — |
| 6 | 1 | 5 | 1.13 発散 | 6.035(まだ) | — |
| 6 | 2 | 7 | 1.00 収束 | 5.994(直った) | — |
| 7 | 2 | 7 | 1.02 収束 | 6.039(天井) | 貼りつき |
02節の中心 ── 二つの条件は別物だった
★★★ 「収束」の行だけが直っています。\(\beta=6,q=1\) は比 1.13 の発散で、実測も 6.035 のまま。
★★ \(\beta=7,q=2\) は漏れのほうは収まっているのに直りません ── 窓の天井 \(2\alpha=6\) に当たっているからです。原因が別だと、こうして分けられます。
★★★ 満たすべき条件は二つ、別々にあります:
① 記録より長い波からの漏れ → \(\beta\le2q+3\)(トレンド除去で買う)
② 窓の裾からの天井 → \(\beta<2\alpha\)(窓で買う)
★ 第 58 回で「窓を上げろ」、第 59 回で「トレンドを引け」と言ったのは、別々の条件でした ── どちらか一方では足りません。
03引いたトレンドは、何の測定値か
切り出し長 1024。当てはめた 1 次多項式と、「真の低域部分」(記録の 1 bin より低い成分だけを残した系列)を比べます。
| \(\beta\) | 相関係数 | トレンドの分散 / 低域の分散 | 低域が全分散に占める割合 |
|---|---|---|---|
| 1 | 0.6175 | 0.7906 | 0.1121 |
| 2 | 0.7078 | 0.7744 | 0.5700 |
| 3 | 0.8801 | 0.8194 | 0.9067 |
| 4 | 0.9564 | 0.9350 | 0.9684 |
| 5 | 0.9987 | 0.9968 | 1.0007 |
03節の中心 ── 引いたものは消えていない
★ \(\beta\) が大きいほど相関が高い ── 低域が支配的になるからです(\(\beta=5\) では相関 0.999)。
★★ 引いたトレンドは捨てものではなく、「記録より長い波」の測定値です。\(\beta=5\) では、真の低域部分をほぼ完全に再現しています。
★★★ ただし自由度 2 の、ひどく粗い測定値 ── 直線 1 本 ぶんの情報しかありません。第 51 回の「周期図 1 点は自由度 2」が、ここにも顔を出しています。
★ 第 59 回で「捨てた」つもりのものは、手元に残っていました ── 使うかどうかは別として。
04★★ \(1/f^\beta\) の「分散」は、数ではない
| \(\beta\) | \(N{=}256\) | \(N{=}1024\) | \(N{=}4096\) | 傾き(桁/桁) | 予言 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0.5 | 3.25e−7 | 3.40e−7 | 3.40e−7 | 0.016 | 0(収束) |
| 1 | 5.10e−9 | 6.33e−9 | 7.97e−9 | 0.161 | 0.146 (\(\log N\)) |
| 2 | 8.99e−12 | 3.32e−11 | 2.16e−10 | 1.147 | 1.0 |
| 3 | 2.24e−13 | 3.01e−12 | 5.43e−11 | 1.980 | 2.0 |
04節の中心 ── 第 29 回の繰り込みと同じ構造
★★★ \(\beta>1\) では、分散が記録を伸ばすほど増え続けます(\(N^{\beta-1}\))。「この信号の分散はいくつか」という問いに答えはありません ── 記録の長さを言わなければ決まらない。
★ \(\beta<1\) では高域が支配して収束(実測 0.016)。
★★★ そして \(\beta=1\) ちょうどでは \(\log N\) ── べきでも定数でもない。\(N{=}256\to4096\) での予言 \(\ln(\ln4096/\ln256)/\ln16=0.146\) に対し実測 0.161。\(1/f\) はここでも、ちょうど境目にいます。
★★ これが第 29 回の繰り込みと同じ構造です:物理量は「どこで切ったか」に依存し、切り方を変えると走る。そして対数で走る点が、繰り込み群の固定点にあたります。
05トレンドを引くと、分散はどれだけ減るか
\(N=1024\)。引く前の分散を 1 としたときの、残差の分散。
| \(\beta\) | \(q{=}0\) | \(q{=}1\) | \(q{=}2\) | \(q{=}3\) | \(q{=}5\) |
|---|---|---|---|---|---|
| 0.5 | 1.0000 | 0.9861 | 0.9768 | 0.9674 | 0.9532 |
| 1 | 1.0000 | 0.8999 | 0.8495 | 0.8064 | 0.7502 |
| 2 | 1.0000 | 0.5517 | 0.3958 | 0.3059 | 0.2130 |
| 3 | 1.0000 | 0.2145 | 0.1032 | 0.0545 | 0.0255 |
| 4 | 1.0000 | 0.0920 | 0.0184 | 0.0077 | 0.0029 |
★★★ \(\beta=4\) では、直線を引くだけで分散が 1 割 以下 になります。「分散」という量がどれだけ低域に支配されていたかが、これで見えます。
★★ 逆に \(\beta=0.5\) ではほとんど変わりません(0.986)── 引いても害が小さい。「迷ったら引いてよい」というのは、この意味で正しい助言です。
練習問題
- 01 節で「境目は記録の長さが決める」と出た。では、系そのものにトレンドと信号の区別はあるか。
答えを見る
純粋な \(1/f^\beta\) 過程には、ありません。スケール不変だからです ── どの周波数を見ても同じ形をしている以上、「ここから下はトレンド」という線を系の側から引けません。
★ 区別が生まれるのは、系に特徴的な時間がある場合だけ:第 56 回の \(\tau_{\max}\) や、第 44 回のバンド端のように。
★★ つまり「トレンドを引く」という操作は、系についての主張ではなく、測定についての宣言です ── 「私はこの記録より長い波を測らないことにした」。
★★★ 第 55 回の分類に足すなら、トレンド除去は「仮定」ではなく「範囲の宣言」。だから正直に書くべきなのは仮定の数ではなく、\(q\) と記録長です。 - 04 節で「分散が走る」と出た。第 29 回の繰り込みと本当に同じなのか。
答えを見る
形は同じで、中身が違います。
★ 同じところ:どちらも「観測量がカットオフに依存し、カットオフを動かすと走る」。そして \(\log\) で走る点が特別(第 29 回の固定点、本回の \(\beta=1\))。
★★ 違うところ:場の理論の繰り込みでは、走る量(結合定数)を実験値に合わせることで、カットオフ依存性を観測量から消せます。本回にはその手続きがありません ── 分散は分散のまま走り続けます。
★★★ 正直に言えば、これは「繰り込みと同じ構造」であって「繰り込みができる」ではありません。本シリーズは類似を見つけるのが好きですが、第 55 回のとおり、どこまでが同じかを書かないと類似は主張になりません。 - 03 節で「引いたトレンドは自由度 2 の測定値」と出た。それを使えるか。
答えを見る
1 本の記録では ほとんど使えませんが、多数の記録があれば使えます。
★ 1 本では自由度 2 ── 第 51 回の式では \(\mathrm{sd}=1.2825/\sqrt{2}\approx0.91\) nats、つまり 4 dB 弱のばらつき。1 点の測定としてはひどい。
★★ ところが \(M\) 本 集めれば \(\sqrt{M}\) で良くなります:100 本 の独立な記録のトレンドを集めれば、記録より 1 桁 低い周波数の力を 0.4 dB で測れる計算になります。
★★★ これは第 54 回の「範囲を買う」の四つ目の手にあたります ── ①長く測る ②数を増やす ③系を変える、に加えて④短い記録を多数集め、その「トレンド」を統計にする。★ ただし記録どうしが独立であることが要ります ── \(1/f\) ではそれ自体が怪しい。検証は未着手です。
まとめ 境目は系ではなく、記録が決めていた
第 59 回の「トレンドを引け」を、今度は引いたものの側から見ました。
★★★ \(q\) 次のトレンド除去 \(=\) 階数 \(\alpha=q+1\) の高域通過フィルタ。
\(\text{dB/oct}=6(q+1)\)(実測 6.014 / 12.036 / 18.057 / 24.078)。
★ 第 1 回の物差しが三度目に出ました ── 第 57 回の端、第 58 回の窓、そして本回のトレンド除去。★★ \(-3\)dB 点は \(0.4(q+1)\) bin、つまり「記録 1 本のあいだに 1 周期ほど」 ── 境目を決めているのは系ではなく記録の長さで、記録を 10 倍 にすれば、トレンドだったものが信号になります。第 5 回とまったく同じ形です。
★★ そこから漏れの収束条件 \(\beta\le2q+3\) が出ました ── これで第 59 回 03 節の表が 5 行 すべて説明できます。そして \(\beta=7,q=2\) は漏れが収まっているのに直らない ── 窓の天井 \(2\alpha=6\) に当たっているからで、二つの条件は別物でした。① 漏れは \(\beta\le2q+3\)(トレンド除去で買う)、② 天井は \(\beta<2\alpha\)(窓で買う)。どちらか一方では足りません。
★★★ 引いたトレンドは消えていませんでした ── \(\beta=5\) では真の低域部分と相関 0.999。「記録より長い波」の測定値です。ただし自由度 2 の、ひどく粗い測定値(第 51 回)。
★★★ そして \(1/f^\beta\) の「分散」は数ではありませんでした。\(\beta>1\) では \(N^{\beta-1}\) で走り(実測 1.147 / 1.980 対 予言 1 / 2)、\(\beta<1\) では収束し、\(\beta=1\) ちょうどでは \(\log N\)(予言 0.146 対 実測 0.161)。★ 「この信号の分散はいくつか」に答えはなく、記録の長さを言わなければ決まりません ── 第 29 回の繰り込みと同じ構造で、対数で走る点が固定点にあたります。★★ ただし「構造が同じ」であって「繰り込みができる」ではありません(練習問題 2)。
★ 次回で締めます ── 第 56〜60 回で出た五つの結果を並べ、第 49・55 回の手引きに畳み直します。
★★ そして本シリーズの \(\alpha\) が、この 5 回で何回 顔を出したかを数えます ── 第 1 回の「音を微分すると高音になる」という一行が、どこまで来たのか。
この文書は「考える波」シリーズ第 60 回です。計算は kenshou/torendo.js で行っています(FFT は自前、依存ライブラリ 0)。本回の数値について:トレンド除去の利得と低域の傾き・\(-3\)dB 点、漏れ積分の収束比、トレンドと低域部分の相関、分散の \(N\) 依存、トレンド除去による分散の減り方は、すべて本稿で計算したものです。多項式トレンド除去が高域通過として働くこと、\(1/f\) 過程の分散が記録長に依存すること ── これらはよく知られた事実で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、それらを第 1 回の \(\text{dB/oct}=6\alpha\) という物差しで測り直し、漏れの収束条件 \(\beta\le2q+3\) を導いて第 59 回の表と突き合わせ、\(\beta=1\) での \(\log N\) 成長を予言 0.146 と比べたことです。01 節は記録長 1024、02 節はハン窓・\(k=64\)・下端 1/16 と 1/64 の比較、03〜05 節は合成長 65536 からの切り出しで、いずれも条件に依存します。02 節の「発散/収束」は比 1.1 を境にした便宜的な判定で、\(\beta=2q+3\) ちょうどは対数発散(比 1.02)です。04 節の傾きは \(N=256,1024,4096\) の 3 点だけからの当てはめです。本稿も合成データのみで、実際の測定データには当てていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。