考える波 第 58 回 / 第 XIX 部・道具を持って 物理へ戻る
窓の裾と 粒子生成が、同じ式だった
窓の外が中に漏れる ──
切り口の滑らかさが、代金を決める
窓の裾の落ち方は「端で何階まで滑らかか」で決まり、それはこのシリーズの階数 \(\alpha\) そのもの ── dB/oct \(=-6\alpha\)。
★ その \(\alpha\) が測れる \(\beta\) の天井を決めます(天井 \(=2\alpha\)。矩形窓で 2、ハン窓で 6)。
★★★ そして同じ規則が第 45 回のボゴリューボフ係数を支配していました ── 窓の漏れと 粒子生成は、同じ計算だった。
第 57 回は「端は最低次の補正項で決まる」でした。★ 今回は裏返します ── 窓の「端」が、中に何を持ちこむのか。
01窓の裾は「端で何階まで滑らかか」で決まる
\(w_p(x)=\cos^p(\pi x)\)(\(x\in[-\tfrac12,\tfrac12]\))。端で \(p\) 階まで 0 になる窓です。
| \(p\) | 窓 | 実測 dB/oct | 予言 \(-6(p{+}1)\) | \(\alpha=p{+}1\) |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 矩形 | −5.934 | −6.021 | 1 |
| 1 | コサイン | −11.990 | −12.041 | 2 |
| 2 | ハン | −17.876 | −18.062 | 3 |
| 3 | \(\cos^3\) | −23.985 | −24.082 | 4 |
| 4 | \(\cos^4\) | −29.873 | −30.103 | 5 |
| 5 | \(\cos^5\) | −36.097 | −36.124 | 6 |
01節の中心
dB/oct \(=-6\alpha\)、\(\alpha=\)「端で何階まで滑らかか」
★★★ 第 1 回の物差しが、窓の裾にもそのまま出ました。あのとき \(\alpha\) は「何階微分したか」でしたが、ここでは「切り口が何階まで滑らかか」です。
★ 第 57 回の \(n\) と同じ量の、窓の側の顔でもあります ── 端の性質は、どこから見ても一つの整数(あるいは実数)に集約されます。
02よく使う窓を同じ物差しで
| 窓 | 端での値 | 実測 dB/oct | \(\alpha\) | 第 1 サイドローブ |
|---|---|---|---|---|
| 矩形 | 1.0000 | −5.934 | 0.99 | −13.3 dB |
| バートレット | 0.0000 | −11.685 | 1.94 | −26.5 dB |
| ハン | 0.0000 | −17.880 | 2.97 | −31.5 dB |
| ハミング | 0.0800 | −5.840 | 0.97 | −42.7 dB |
| ブラックマン | 0.0000 | −17.789 | 2.95 | −58.1 dB |
02節の中心 ── ハミングの二面性
★★ ハミングは第 1 サイドローブがハンより 11 dB も低い(−42.7 対 −31.5)のに、裾の落ち方は矩形と同じ \(\alpha\approx1\)。端で値が 0.08 残っているからです。
★★★ 「最初の裾が低い」と「遠くまで落ちる」は別のこと。近くを決めるのは係数の調整、遠くを決めるのは端の滑らかさだけ ── 第 57 回の「\(A\) は切片を、\(n\) は傾きを決める」とまったく同じ分業です。
03漏れの床 ── 強い低周波が高周波に置いていくもの
\(f_0=4.3\) bin(格子に乗らない)の純音 1 本。高周波側に何が残るか(dB、ピーク基準)。
| 窓 | \(f=16\) | \(f=64\) | \(f=256\) | \(f=512\) | 傾き dB/oct |
|---|---|---|---|---|---|
| 矩形 | −33.1 | −47.3 | −59.7 | −65.7 | −6.47 |
| コサイン | −59.4 | −87.7 | −112.7 | −125.1 | −13.05 |
| ハン | −75.8 | −118.3 | −155.8 | −174.1 | −19.51 |
| \(\cos^3\) | −94.9 | −151.7 | −201.7 | −226.1 | −26.03 |
| \(\cos^4\) | −106.2 | −177.3 | −239.8 | −270.2 | −32.55 |
★ 漏れの床も \(-6\alpha\) dB/oct で落ちます ── 01 節とまったく同じ量。窓の裾がそのまま測定の床になるからです。
04★★★ 測れる \(\beta\) には天井がある ── \(2\alpha\)
真のスペクトルが \(S\propto f^{-\beta}\) のとき、測った値は \(S(f)+\)(低周波からの漏れ)。漏れはパワーで \(f^{-2\alpha}\) なので、\(\beta>2\alpha\) だと漏れが本体を追い越します。
| 真の \(\beta\) | 矩形(\(\alpha{=}1\)) | コサイン(2) | ハン(3) | \(\cos^4\)(5) |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 0.994 | 0.978 | 0.979 | 0.979 |
| 2 | 2.002 | 1.979 | 1.979 | 1.979 |
| 3 | 1.986 | 3.099 | 2.980 | 2.979 |
| 4 | 1.981 | 4.020 | 3.983 | 3.979 |
| 5 | 1.981 | 4.021 | 5.521 | 4.980 |
| 6 | 1.981 | 4.021 | 5.998 | 5.988 |
★ 貼りつく天井はちょうど \(2\alpha\) ── 矩形 2.0(実測 1.981)、コサイン 4.0(4.021)、ハン 6.0(5.998)。
★★ ところが天井は「崖」ではありませんでした。ハン窓(\(\alpha=3\)、天井 6)で \(\beta\) を細かく振ると:
| 真の \(\beta\) | 3 | 4 | 4.5 | 5 | 5.5 | 6 | 7 | 8 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 推定 \(\beta\) | 2.967 | 3.968 | 4.567 | 5.605 | 6.000 | 5.999 | 6.000 | 6.000 |
| 差 | −0.03 | −0.03 | +0.07 | +0.61 | +0.50 | 0.00 | −1.00 | −2.00 |
04節の中心 ── 天井の手前で「行きすぎ」が出る
★★★ \(\beta\) が \(2\alpha\) に近づくと、まず 行きすぎ(\(\beta=5\) で \(+0.61\))、越えると \(2\alpha\) に貼りつきます。
★ 理由:漏れの床 \(f^{-2\alpha}\) は本体 \(f^{-\beta}\) より急なので、当てはめ帯域の低い側だけを持ち上げ、傾きを急に見せるのです。
★★ したがって「\(\beta<2\alpha\)」は目安で、実用上は 1 ほど余裕を取るべき ── ハン窓なら \(\beta\lesssim5\) までが安全圏。
★ 第 40 回で「周期の整数倍で切る」必要があったのは、矩形窓の \(\alpha=1\)(天井 \(\beta=2\))を回避するためでした。
05★★★ 同じ規則が、第 45 回の粒子生成を支配する
切り替えの形 \(f(x)\) が端で \(p\) 階まで滑らかなら?
| \(p\)(端の滑らかさ) | \(T=8\) | \(T=16\) | \(T=64\) | ★ 傾き | 予言 \(-(p{+}1)\) |
|---|---|---|---|---|---|
| 0(直線) | 2.77e−2 | 1.82e−2 | 4.83e−3 | −1.060 | −1 |
| 1 | 1.46e−2 | 2.88e−3 | 1.63e−4 | −1.984 | −2 |
| 2 | 1.06e−2 | 9.79e−4 | 1.51e−5 | −3.025 | −3 |
| 3 | 1.28e−2 | 3.70e−4 | 1.52e−6 | −3.962 | −4 |
05節の中心 ── 二つが同じものだった
★★★ \(|\beta|\propto T^{-(p+1)}\) ── 窓の裾とまったく同じ規則です。切り替えが端で滑らかなほど、粒子は作られません。
★ \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\) のずれは最大 8.3e−14(第 36・45 回の \(\det=1\))。
★★ なぜ同じか:\(\beta\) は \(d\omega/dt\) のフーリエ成分(周波数 \(2\omega\))なので、切り替えの端の滑らかさが裾の落ち方を決めます ── 窓関数の裾を決めるのとまったく同じ積分です。
★★★ 第 45 回の「真空は観測者による」は、「窓の外が中に漏れる」の物理側の言い方だったことになります。
06四つの顔を並べる
| 場面 | 「端」とは | 効き目 | \(\alpha\) の意味 |
|---|---|---|---|
| 窓関数(第 40 回) | 窓の両端 | 裾 \(f^{-\alpha}\) | 端の滑らかさ |
| 周期図(第 51 回) | 記録の両端 | 漏れの床 | 天井 \(\beta=2\alpha\) |
| 粒子生成(第 45 回) | 切り替えの前後 | \(|\beta|\propto T^{-\alpha}\) | 切り替えの滑らかさ |
| 重ね合わせ(第 56 回) | \(\tau\) の両端 | 失う桁数 | 補正のべき |
★★★ どれも「有限で切った」ことの代金で、代金の大きさは切り口の滑らかさ \(\alpha\) だけで決まります。
練習問題
- ハミング窓は「悪い窓」なのか。
答えを見る
用途によります ── 悪いのは「遠く」だけです。
★ 近くを見るなら優秀:第 1 サイドローブが −42.7 dB で、ハン(−31.5 dB)より 11 dB 低い。近接した 2 本の線を分けたいときはハミングのほうが良い。
★★ 遠くを見るなら最悪の部類:裾が \(\alpha\approx1\) なので、矩形窓と同じ落ち方しかしません。急なスペクトル(04 節)を測るなら天井は \(\beta=2\)。
★★★ つまり「線スペクトルの分離」と「連続スペクトルの傾き」では、選ぶべき窓が逆になります。第 49 回の手引きに足すなら ── 「何を測るかを決めてから窓を選ぶ」。 - 04 節で天井の手前に「行きすぎ」が出た。これは第 51 回のどの誤差か。
答えを見る
系統誤差(偏り)です ── 統計誤差ではありません。32 realization の平均でも 5.521 のまま動かず、標本を増やしても消えません。
★ 第 51 回で「誤差を統計と系統に分ける」と書いた、まさにその系統側。しかも符号が決まっている(必ず急な側へ)ので、たちが悪い。
★★ 見分け方:窓を変えて推定値が動いたら、それは窓のせい。04 節の表で \(\beta=5\) の行を横に読むと、コサイン 4.021・ハン 5.521・\(\cos^4\) 4.980 と窓ごとにばらばら ── これが「窓のせいだ」の証拠です。
★★★ 手引きに足すべき手順:同じデータを 2 種類以上の窓で測り、一致しなければ天井に触れている。 - 05 節で「切り替えが滑らかなら粒子は作られない」と出た。宇宙論ではどう効くか。
答えを見る
第 47 回のインフレーションの「終わり方」に効きます。インフレーションから輻射優勢への移行が急なら粒子が大量に作られ(予熱)、滑らかなら作られません。
★ 05 節の言い方では ── 生成量は移行の「階数」で決まる。
★★ ただし本稿の計算は \(\omega_1=1\to\omega_2=2\) という単純な切り替えで、実際の宇宙では \(\omega\) が振動します(パラメトリック共鳴=第 40 回のフロケ)。共鳴があると話は変わり、滑らかでも指数的に増えうる。
★★★ つまり本稿の結論が効くのは「共鳴が無い場合」だけ ── 第 55 回の分類では「模型を仮定した値」。そう書いておくべき結果です。
まとめ 窓の漏れと 粒子生成は 同じ計算だった
第 57 回の「端は最低次の補正項」を裏返し、窓の端が中に持ちこむものを測りました。
★★★ 窓の裾 ── dB/oct \(=-6\alpha\)。
\(\alpha\) は「端で何階まで滑らかか」。
★ 第 1 回の物差しが、切り口の滑らかさにもそのまま使えました。矩形 \(\alpha=1\)、バートレット 2、ハン 3、\(\cos^p\) は \(p+1\) ── 実測は予言と 0.2 dB 以内で一致。
★★ ハミングは第 1 サイドローブがハンより 11 dB 低いのに、裾は矩形と同じ \(\alpha\approx1\)(端に 0.08 残るため)。「最初の裾が低い」と「遠くまで落ちる」は別のこと ── 第 57 回の「\(A\) は切片、\(n\) は傾き」と同じ分業です。
★★★ 測れる \(\beta\) には天井があり、それはちょうど \(2\alpha\) ── 矩形 2.0、コサイン 4.0、ハン 6.0(実測 1.981 / 4.021 / 5.998)。★ ただし崖ではなく、手前で行きすぎます(ハン窓で \(\beta=5\) のとき \(+0.61\))。実用上は 1 ほど余裕を取るべきで、これは統計誤差ではなく符号の決まった系統誤差です。第 40 回で「周期の整数倍で切る」必要があったのは、矩形窓の天井 \(\beta=2\) を避けるためでした。
★★★ そして同じ規則が第 45 回の粒子生成を支配していました ── 切り替えが端で \(p\) 階まで滑らかなら \(|\beta|\propto T^{-(p+1)}\)(実測 −1.06 / −1.98 / −3.03 / −3.96)。\(\beta\) は \(d\omega/dt\) のフーリエ成分なので、窓の裾を決めるのとまったく同じ積分だからです。第 45 回の「真空は観測者による」は、「窓の外が中に漏れる」の物理側の言い方でした。
★ 次回はそれを逆手に取ります ── 窓を何種類も変えて測り、動き方から真の値を推定できないか。
★★ 第 51 回の誤差の分け方、第 55 回の「仮定を数える」、そして本回の \(\alpha\) ── 三つを組み合わせると、系統誤差そのものを測る手続きが作れるはずです。
この文書は「考える波」シリーズ第 58 回です。計算は kenshou/mado.js で行っています(FFT も RK4 も自前、依存ライブラリ 0)。本回の数値について:窓の裾の dB/oct、名前つき窓の \(\alpha\) と第 1 サイドローブ、漏れの床、\(\beta\) の推定と天井、ボゴリューボフ係数の \(T\) 依存は、すべて本稿で計算したものです。窓関数の裾の落ち方が端点の不連続の階数で決まること、ハミング窓が第 1 サイドローブを下げる代わりに裾の落ちが遅いこと、突然の切り替えが粒子を生むこと ── これらはいずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、それらを「dB/oct \(=-6\alpha\)」という第 1 回の物差しで統一し、測れる \(\beta\) の天井が \(2\alpha\) であることを数値で示し、窓の裾と粒子生成が同じ指数則に従うことを同じ物差しで確かめたことです。04 節の推定値は 4096 点・32 realization の平均で、当てはめ帯域は \(k=32\sim512\) です。帯域や長さを変えれば「行きすぎ」の大きさは変わります。\(\beta=1\) でも推定値が 0.98 とわずかに低いのは、有限帯域での当てはめの偏り(第 51 回)です。05 節は \(\omega_1=1\to\omega_2=2\) の単調な切り替えに限った結果で、パラメトリック共鳴がある場合には当てはまりません(第 55 回の分類では「模型を仮定した値」)。本稿も合成データのみで、実際の測定データには当てていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。