考える波 第 57 回 / 第 XIX 部・道具を持って 物理へ戻る
2.2 桁 の出どころを突き止める
端で何が起きるか ──
端はすべて「最低次の補正項」だった
第 56 回の「端で 2.2 桁 失う」を、測るのではなく導きます。\(\gamma=1\) なら厳密解があり、答えは \(2\log_{10}\!\big(2/(\pi\varepsilon)\big)=2.2098\)。
★ そこから一般法則 ── 失う桁数 \(=(1/n)\log_{10}(1/\varepsilon)+\)定数。\(n\) は最低次の補正のべき。
★★★ そして予想が外れました ── 傾きは \(2\) ではなく \(2/[\gamma(2-\gamma)]\)。これは \(\gamma=1\)、ちょうど \(1/f\) で最小になります。
第 56 回は「端で 2.2 桁 失う」を実測しました。★ 今回はその 2.2 がどこから来るのかを突き止め、シリーズ中の「端」を一つの式に畳みます。
01まずローレンツ 1 個の「曲がりの幅」
| \(\varepsilon\) | 平らな側の端 \(x\) | \(-2\) 側の端 \(x\) | 幅[桁] | \(\log_{10}(2/\varepsilon)\) |
|---|---|---|---|---|
| 0.2 | 0.3333 | 3.000 | 0.9542 | 1.0000 |
| 0.05 | 0.1601 | 6.245 | 1.5911 | 1.6021 |
| 0.01 | 0.0709 | 14.107 | 2.2989 | 2.3010 |
| 0.005 | 0.0501 | 19.975 | 2.6010 | 2.6021 |
★ 幅 vs \(\log_{10}(1/\varepsilon)\) の傾きは 1.000299(予言 1)。両側とも最低次の補正が \(x^2\) なので、各側 \(1/2\) 桁ずつ、合計 1 です。
02★★★ 第 56 回の「2.2 桁」を導く
\(\gamma=1\) なら重ね合わせの積分は厳密に解けます。
| \(\varepsilon\) | \(1/f\)[桁] | ★ 失った[桁] | \(2\log_{10}\!\frac{2}{\pi\varepsilon}\) |
|---|---|---|---|
| 0.2 | 10.894 | 1.106 | 1.006 |
| 0.1 | 10.327 | 1.673 | 1.608 |
| 0.05 | 9.753 | ★ 2.2475 | ★ 2.2098 |
| 0.01 | 8.384 | 3.616 | 3.608 |
| 0.005 | 7.786 | 4.214 | 4.210 |
02節の中心 ── 2.2 の正体
\(\varepsilon=0.05\) での失う桁数 \(=2\log_{10}\dfrac{2}{\pi\varepsilon}=2.2098\)
★ 第 56 回が測った 2.249 / 2.255 と一致します ── あの 2.2 は、両端の \(\arctan\) の裾 \(2/(\pi x)\) から来ていました。
★★ 測った数字が、導けた。第 49 回の手引きが言う「数値が出たら解析形を探す」を、シリーズ自身に適用した一例です。
★ 傾きは \(\varepsilon\le0.002\) で測って 1.9988(予言 2)。両端がそれぞれ \(1/x\) の補正(\(n=1\))を持ち、各側 1 桁ずつです。
03★★ 予想が外れました ── 傾きは \(\gamma\) に依存する
ここで私は「傾きはどの \(\gamma\) でも 2 だろう」と予想しました。外れました。
| \(\gamma\) | \(\varepsilon=0.05\) で失う | ★ 傾き(実測) | ★ 予言 \(\frac{2}{\gamma(2-\gamma)}\) |
|---|---|---|---|
| 0.6 | 2.4695 | 2.3695 | 2.3810 |
| 0.8 | 2.2980 | 2.0751 | 2.0833 |
| 1.0 | 2.2475 | ★ 1.9926 | ★ 2.0000 |
| 1.2 | 2.2980 | 2.0751 | 2.0833 |
| 1.4 | 2.4695 | 2.3695 | 2.3810 |
外れたので理由を探すと、端の漸近形が見えました ── 低域側で \(\tau_{\max}\) を切ったことの効き目は \((\omega\tau_{\max})^{-\gamma}\)、高域側は \((\omega\tau_{\min})^{2-\gamma}\)(\(\tau\to1/\tau\) の裏返しで \(\gamma\to2-\gamma\) になるため)。よって傾きは \(1/\gamma+1/(2-\gamma)=2/[\gamma(2-\gamma)]\)。
03節の中心 ── ★★★ 本回いちばんの収穫
\(2/[\gamma(2-\gamma)]\) は \(\gamma=1\) で最小値 2 をとる。
★★★ \(\gamma=1\) はちょうど \(\beta=1\)、つまり \(1/f\) です。
★★ つまり \(1/f\) は「端の代金がいちばん安い」スペクトルでもありました ── \(\beta\) がどちらへずれても、同じ \(\tau\) の桁数から取れる桁数は減ります。
★ 予想(傾き 2)が外れたおかげで出てきた結果です。外れた予想のほうが、当たった予想より多くを教えることがあります。
04別の端 ── 第 16 回の分散、第 44 回のバンド端
離散化した弦の分散 \(\omega=(2c/a)\sin(ka/2)\)。直線 \(\omega=ck\) からのずれが \(\varepsilon\) 以内の範囲は?
| \(\varepsilon\) | \(x_{\max}=ka/2\) | \(\sqrt{6\varepsilon}\) | 差 |
|---|---|---|---|
| 0.2 | 1.13110 | 1.09545 | 3.6e−2 |
| 0.05 | 0.55191 | 0.54772 | 4.2e−3 |
| 0.01 | 0.24532 | 0.24495 | 3.7e−4 |
| 0.005 | 0.17334 | 0.17321 | 1.3e−4 |
★ 失う桁数の傾きは 0.5030(予言 \(1/2\))。\(\sin x/x=1-x^2/6+\cdots\) の \(x^2\) が最低次の補正なので \(n=2\) です。バンド端(第 44 回)も \((k-k_c)^2\) で同じ族。
05第 51 回の「窓の端」も同じ族だった
第 51 回 04 節では「対称な窓+対称な曲率では偏りが消える」と分かりました。では 3 次項が残るときは?
| 半幅 \(h\) | 実測の偏り | \(\frac{3}{5}dh^2\) | 比 |
|---|---|---|---|
| 0.1 | 0.0060030 | 0.0060000 | 1.0005 |
| 0.5 | 0.1500750 | 0.1500000 | 1.0005 |
| 2.0 | 2.4011998 | 2.4000000 | 1.0005 |
★ 偏り \(\propto h^2\) なので、偏りを \(\varepsilon\) 以内に収める窓幅は \(h\propto\sqrt{\varepsilon}\) ── 傾き 0.500000、第 44 回の端とまったく同じ族です。
06★★★ 一般法則
| \(n\) | \(A\) | 実測の傾き | 予言 \(1/n\) | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 / 0.1 | 1.000000 | 1.000000 | 2.4e−15 |
| 2 | 1 / 0.1 | 0.500000 | 0.500000 | 0.0 |
| 3 | 1 / 0.1 | 0.333333 | 0.333333 | 6.7e−16 |
| 4 | 1 / 0.1 | 0.250000 | 0.250000 | 6.1e−16 |
| 6 | 1 / 0.1 | 0.166667 | 0.166667 | 3.3e−16 |
★ \(A\)(補正の大きさ)は切片だけを動かし、傾きは \(n\) だけで決まります。端の「性質」は補正の大きさではなく、そのべきに宿っていました。
07シリーズに出てきた「端」を並べる
| 端 | 最低次の補正 | \(n\) | 桁/桁 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 重ね合わせの下端 | \((\omega\tau_{\max})^{-\gamma}\) | \(\gamma\) | 1.0 | 第 2, 56 回 |
| 重ね合わせの上端 | \((\omega\tau_{\min})^{2-\gamma}\) | \(2-\gamma\) | 1.0 | 第 2, 56 回 |
| ローレンツ 1 個の端 | \(x^2\) | 2 | 0.5 | 第 5, 48 回 |
| 離散弦の分散 | \(x^2/6\) | 2 | 0.5 | 第 16 回 |
| バンド端 | \((k-k_c)^2\) | 2 | 0.5 | 第 44 回 |
| 窓当てはめ | \(\frac{3}{5}h^2\) | 2 | 0.5 | 第 51 回 |
| 周期の分解能 | \(1/N\) | 1 | 1.0 | 第 51, 53 回 |
07節の中心
★ 「端」は種類ではなく、\(n\) という連続の量で並んでいました。(桁/桁 の欄は \(\gamma=1\) の場合。)
★★ \(n=1\) の端(重ね合わせ・分解能)は \(\varepsilon\) を 10 倍 きびしくすると 1 桁 失う。\(n=2\) の端(テイラー展開・窓)は 0.5 桁 で済む。
★★★ ただし \(n\) が小さいことは「端の外側の情報が遠くまで効いている」ことでもあります ── 取りにくい端と、外が見えている端は、同じことの裏表です。
08第 53 回との関係
| 投資 | 桁数の伸び方 | 10 倍 で | 出典 |
|---|---|---|---|
| 観測時間 \(T\) | \(\log_{10}T\) | +1.0 桁 | 第 53 回 |
| 標本数 \(N\)(精度) | \(-\frac12\log_{10}N\) | 精度 3.2 倍 | 第 53 回 |
| 厳しさ \(\varepsilon\)(\(n=1\)) | \(\log_{10}(1/\varepsilon)\) | −1.0 桁 | 本回 |
| 厳しさ \(\varepsilon\)(\(n=2\)) | \(\frac12\log_{10}(1/\varepsilon)\) | −0.5 桁 | 本回 |
| \(1/f\) の両端(\(\gamma=1\)) | \(2\log_{10}(1/\varepsilon)\) | −2.0 桁 | 本回 |
| 温度(活性化) | \(E/kT\) を直接 | 桁違い | 第 56 回 |
★ 第 53 回の「範囲は対数でしか買えない」は、端でもそのまま成り立ちます。ただし係数が \(1/n\) ── 端の \(n\) を知らないと、必要な精度を 2 倍 見誤ります。
練習問題
- 03 節で予想(傾きはどの \(\gamma\) でも 2)が外れた。外れ方から何が分かったか。
答えを見る
傾きが \(\gamma=1\) で最小になること ── つまり \(1/f\) の特別さが、もう一つ見つかりました。
★ 予想どおり 2 だったら、「端は \(\gamma\) によらない」で話は終わっていました。★★ 外れたので端の漸近形を調べ直し、\((\omega\tau_{\max})^{-\gamma}\) と \((\omega\tau_{\min})^{2-\gamma}\) という非対称な組が見えました。
★★★ \(\tau\to1/\tau\) の裏返しで \(\gamma\to2-\gamma\) になる ── この対称性の不動点が \(\gamma=1\) です。\(1/f\) が「端の代金が最小」なのは、それが唯一の自己双対な点だから。
★ 第 30 回で「\(1/f\) はスケール不変の固定点」と書いたのと同じ場所に、測定の側から到達したことになります。 - 07 節で「\(n\) が小さいほど端の外の情報が遠くまで効く」と書いた。これは良いことか悪いことか。
答えを見る
測る側には悪く、系を知る側には良いことです。
★ 悪い面:\(n=1\) の端は裾が \(1/x\) でゆっくり落ちるので、窓の外にある \(\tau\) がいつまでも測定に影響し、きれいな冪が取れる範囲が狭くなる。
★★ 良い面:同じ理由で、窓の外にある \(\tau_{\max}\) の情報が窓の中に漏れてきている。第 56 回で「観測時間より長い \(\tau\) は見えない」と書きましたが、厳密には「折れ曲がりは見えないが、裾は効いている」。
★★★ 原理的には、端の形を精密に測れば \(\tau_{\max}\) を窓の外から推定できます ── ただしそれは形に模型を仮定することなので、第 55 回の分類では「模型を仮定した値」になります。 - 06 節の法則は \(n\) が整数でないときも使えるか。
答えを見る
使えます ── 03 節がまさにその例です。\(\gamma=0.6\) のとき低域端の \(n\) は 0.6、高域端は 1.4 で、どちらも整数ではありません。測った傾き 2.3695 は \(1/0.6+1/1.4=2.3810\) と 0.5 % で一致しました。
★ \(n\) が整数になるのはテイラー展開が使える場合だけで、冪則の裾から来る端では \(n\) は連続量です。
★★ これは第 41〜42 回と同じ構造:階数が整数から離れるのと同じ理由で、端の \(n\) も整数から離れます。★ どちらも「冪則が整数を要求しない」という同じ事実の現れです。
まとめ 端は「最低次の補正項」だった
第 56 回の「端で 2.2 桁 失う」を、今回は測るのではなく導きました。
\(\gamma=1\) なら \(S(\omega)=[\arctan(\omega\tau_{\max})-\arctan(\omega\tau_{\min})]/\omega\) と厳密に解け、失う桁数 \(=2\log_{10}[2/(\pi\varepsilon)]\)。\(\varepsilon=0.05\) で 2.2098 ── 第 56 回の実測 2.249 / 2.255 と一致します。あの 2.2 は、両端の \(\arctan\) の裾から来ていました。
★★★ 一般法則 ──
失う桁数 \(=\dfrac{1}{n}\log_{10}\dfrac{1}{\varepsilon}+\)定数。
\(n\) は最低次の補正のべき。
★ シリーズ中の端はすべてこの式に入りました ── ローレンツ 1 個(\(n=2\))、離散弦の分散(\(n=2\)、第 16 回)、バンド端(\(n=2\)、第 44 回)、窓当てはめ(\(n=2\)、第 51 回)、分解能(\(n=1\))、重ね合わせ(\(n=\gamma\) と \(2-\gamma\))。端は種類ではなく、\(n\) という連続の量で並んでいました。
★★ そして予想が外れました。「傾きはどの \(\gamma\) でも 2」と思っていましたが、正しくは \(2/[\gamma(2-\gamma)]\) です。これは \(\gamma=1\) ── ちょうど \(1/f\) ── で最小値 2 をとります。★★★ \(\tau\to1/\tau\) の裏返しが \(\gamma\to2-\gamma\) を引き起こし、その不動点が \(\gamma=1\) だから ── \(1/f\) は「端の代金がいちばん安い」スペクトルでもありました。
★ 第 53 回の「範囲は対数でしか買えない」は端でも成り立ちます ── ただし係数が \(1/n\)。端の \(n\) を知らないと、必要な精度を 2 倍 見誤ります。
★ 次回はそれを裏返します ── 窓の外にあるものが、窓の中にどう漏れてくるか。
★★ 第 40 回の窓関数、第 51 回の漏れ、そして第 45 回のボゴリューボフ変換 ── 「外のものが中に現れる」という点で、これらは同じ形をしているかもしれません。★ 測れる形にして調べます。
この文書は「考える波」シリーズ第 57 回です。計算は kenshou/hashi.js で行っています。本回の数値について:ローレンツの曲がりの幅、\(\gamma=1\) の厳密解からの失う桁数、\(\gamma\) を振ったときの傾き、離散弦の分散の有効範囲、窓当てはめの偏り、\(Q=1+Ax^n\) の一般則は、すべて本稿で計算したものです。\(\arctan\) による \(\gamma=1\) の閉じた形、\(\sin x/x\) の展開、最小二乗の偏りが \(h^2\) で効くこと ── これらは標準的な結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、それらを「失う桁数 \(=(1/n)\log_{10}(1/\varepsilon)\)」という一つの形にまとめ、シリーズ中の端を並べたこと、および傾きが \(2/[\gamma(2-\gamma)]\) で \(\gamma=1\) に最小をもつことを示したことです。03 節の傾きは \(\varepsilon\le0.01\)、01・02・04 節の傾きは \(\varepsilon\le0.002\) で測っています ── 大きい \(\varepsilon\) では高次の補正が残り、傾きが漸近値に達しません(表の値が予言から 4 % ほどずれているのはこのためです)。07 節の「桁/桁」は \(\gamma=1\) の場合の値です。本稿も合成データのみで、実際の測定データには当てていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。