考える波 第 56 回 / 第 XIX 部・道具を持って 物理へ戻る

いちばん桁の長い所へ、新しい道具で

\(1/f\) に戻る ──
「多数の時定数」には値段がついていた 第 2 回で「\(1/f\) は多数の時定数の重ね合わせ」と書きました。★ その「多数」は、いくつなのか。
★ 測ると ── \(1/f\) の桁数 = \(\tau\) の桁数 \(-\ 2.2\)(傾き 0.9916、切片 \(-2.17\))。端で必ず 2.2 桁 失います。
★★ そして「\(1/f\) に下端は無い」は、測れる主張ではありませんでした ── 折れ曲がりを見るには観測時間が \(\tau_{\max}\) を超える必要があるから(第 5 回)。

必要な道具:第 2, 5, 27, 51, 53, 55 回計算:kenshou/ichif.js

第 XVIII 部で「どこまで言えるか」の道具が揃いました。
★ その道具を持って、いちばん桁の長い所 ── 第 2 回の \(1/f\) ── へ戻ります。

01第 2 回の作り方を、そのまま使う

重ね合わせの積分 $$S(\omega)=\int g(\tau)\frac{\tau}{1+\omega^2\tau^2}d\tau,\qquad g(\tau)\propto\tau^{-\gamma}\ \Longrightarrow\ S\propto\omega^{\gamma-2},\quad \beta=2-\gamma$$
\(\omega\)局所的な \(\beta\)\(|\beta-1|\)
\(10^{-5}\)0.9310176.9e−2
\(10^{-3}\)0.9993496.5e−4
11.000000★ 2.7e−15
\(10^{3}\)1.0006516.5e−4
\(10^{5}\)1.0689836.9e−2

\(\tau\) が 12 桁(\(10^{-6}\sim10^{6}\))にわたるとき、真ん中では \(\beta=1\) にきれいに乗り、端で外れます。

02★★★ 端でどれだけ失うか ── 「\(\tau\) の桁数 \(-\ c\)」

\(\tau\) が \(T\) 桁 にわたるとき、\(\beta=1\) が \(\pm0.05\) に入るのは何桁 か。

\(\tau\) の桁数 \(T\)★ \(1/f\) の桁数★ 失った分
30.8622.138
41.7612.239
63.7482.252
85.7452.255
107.7462.254
129.7512.249

02節の中心 ── ★★★ 本回の要

\(1/f\) の桁数 \(=0.9916\times T-2.17\)
── 傾きはほぼ 1、切片は \(-2.2\)。

つまり「\(\tau\) の桁数から 約 2.2 桁 引いたぶん」が \(1/f\) になります。端の 2.2 桁 は、どれだけ \(T\) を伸ばしても必ず失われます。
★★ 第 2 回は「多数の時定数の重ね合わせ」と書きましたが、その「多数」には値段がついていました ── 見たい桁数 + 2.2 桁 の \(\tau\) が要る。
たとえば「\(1/f\) を 6 桁 見た」と報告するには、\(\tau\) が少なくとも 8.2 桁にわたっていなければなりません。

03第 27 回の「\(\beta\) を決める比」を測り直す

\(\gamma\)予言 \(\beta=2-\gamma\)★ 実測 \(\beta\)(中央で)
0.61.4000001.3998701.3e−4
0.81.2000001.1999909.7e−6
1.01.0000001.0000002.7e−15
1.20.8000000.8000109.7e−6
1.40.6000000.6001301.3e−4

03節の中心

★★ \(\beta=2-\gamma\) が数値でも確認できました。
第 27 回の言い方に直すと ── \(D(E)\) が「\(\tau\) 1 桁 あたりどれだけ変わるか」が \(\gamma\) を決め、それがそのまま \(\beta\) を決めます。
★★★ そしてこれは反証可能です ── \(D(E)\)(活性化エネルギーの分布)を独立に測れば、\(\beta\) は予言できる。

04★ 「\(1/f\) はどこまでも続く」は、測れる主張か

低域の折れ曲がりは \(\tau_{\max}\) のところに出ます。それを見るには、観測時間が \(\tau_{\max}\) より長くなければなりません。

観測時間見える下端[Hz]★ 見える桁数(上端 1 kHz として)
1 秒1.0e+03.00
1 時間2.8e−46.56
1 日1.2e−57.94
1 年3.2e−810.50
10 年3.2e−9★ 11.50

04節の中心

10 年 測っても 11.5 桁実験で報告されるのは、たいてい 6 桁 前後です。
★★★ つまり「\(1/f\) に下端は無い」という主張は、「観測時間より長い \(\tau\) は見えない」と言っているだけかもしれません。
★★ 第 55 回の言葉では ── これは「測れない」であって「無い」ではない。第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」と、まったく同じ形です。
そして 02 節と合わせると ── 6 桁 の \(1/f\) を見たなら、\(\tau\) は 8.2 桁 以上。それは「見えている下端より 2 桁 以上 長い \(\tau\) がある」ということでもあります。

05では、何を測れば決着するか

やること判定理由
★ \(D(E)\) を独立に測る◎ 決着する★ \(\beta\) が予言できる(03 節)
観測時間を伸ばす△ 対数でしか伸びない第 53 回。10 倍 で 1 桁
\(\tau_{\max}\) を別に見積もる◎ 有望活性化エネルギーの上限から
★ 温度を変える◎ 有望★ \(\tau=\tau_0e^{E/kT}\) なので全体がずれる
試料を小さくする◎ 有望★ 欠陥の数が減り、離散的になるはず
\(E\)[eV]\(T=100\)K\(T=200\)K\(T=300\)K\(T=400\)K
0.31.3e+153.6e+71.1e+56.0e+3
0.51.6e+254.0e+122.5e+82.0e+6
1.02.5e+501.6e+25★ 6.3e+164.0e+12

05節の中心(表は \(\tau/\tau_0\))

★★★ 300 K で \(E=1.0\) eV の \(\tau\) は \(\tau_0\) の \(6\times10^{16}\) 倍 ── \(\tau_0=10^{-13}\) s なら \(\tau\approx6\times10^3\) s。観測できる範囲です。
温度を下げるとこの \(\tau\) は急に長くなり、\(1/f\) の下端が下がるはず。
★★ そこが動くかどうかが、第 2 回の「活性化の重ね合わせ」のいちばん直接的な検証になります ── 観測時間を伸ばすより、温度を変えるほうが速い。第 53 回の「範囲は時間では買えない」がここでも効いています。

06波として言えること・言えないこと

項目判定根拠
\(\beta=2-\gamma\)◎ 数値\(10^{-6}\) の精度で一致
★ \(1/f\) の桁数 \(=T-2.2\)◎ 数値★ \(T=3\sim12\) で切片が一定
第 27 回の比を再確認◎ 数値\(D(E)\) が \(\beta\) を決める
★ 「下端が無い」は測れない主張◎ 論理★ 観測時間が \(\tau_{\max}\) を超えないと見えない
10 年 測っても 11.5 桁◎ 数値実験の報告はたいてい 6 桁 前後
★ 温度を変えるのがいちばん強い○ 提案★ \(\tau=\tau_0e^{E/kT}\)
★ 実データでの検証× 未着手★ 本稿も合成データのみ

練習問題

  1. 02 節の「2.2 桁」はどこから来るのか。
    答えを見る
    ローレンツ関数の裾の広がりです。1 個のローレンツ \(\tau/(1+\omega^2\tau^2)\) は、\(\omega\tau=1\) の前後 1 桁 ほどかけて傾きが 0 から \(-2\) へ変わります(第 48 回 03 節で「各 5.36 桁」と測ったのと同じ構造)。
    重ね合わせの端では、その「まだ曲がりきっていない」ローレンツが効いてしまいます。
    ★★ つまり 2.2 桁 は「両端で 1.1 桁 ずつ」 ── 1 個のローレンツの曲がりの幅とほぼ同じです。
    判定基準を緩めれば(\(\pm0.1\) にすれば)この 2.2 は小さくなります ── 本稿の 2.2 は \(\pm0.05\) という基準での値です。★ 第 55 回のとおり、基準も一緒に書くべき数字でした。
  2. 04 節で「下端が無いは測れない」と書いた。では第 2 回の主張は無意味だったのか。
    答えを見る
    いいえ ── 第 2 回の主張は「下端が無い」ではありません。第 2 回が言ったのは「\(1/f\) は単一の時定数では作れず、多数の重ね合わせが要る」で、それは観測できた桁数の範囲で言えています(02 節:6 桁 見えたなら \(\tau\) は 8.2 桁)。
    測れないのは「その先も続くか」だけ ── 主張の本体は無事です。
    ★★ 第 49 回の手引きの言い方では ── 「\(1/f\) が \(N\) 桁 続く」と書けばよく、「どこまでも続く」と書いてはいけない。
    本シリーズも第 2 回で「どこまでも」とは書いていませんが、桁数を明記してもいませんでした ── そこが今回の改善点です。
  3. 05 節で「温度を変えるのがいちばん強い」と出た。第 54 回のどの買い方にあたるか。
    答えを見る
    ③「系そのものを変える」です。温度を変えると \(\tau=\tau_0e^{E/kT}\) が全体としてずれるので、同じ試料・同じ装置のまま、見える \(\tau\) の窓が動きます。
    しかも指数的に動く ── \(E=1.0\) eV なら 300 K → 200 K で \(\tau\) が \(6\times10^{16}\) → \(1.6\times10^{25}\)、8 桁 以上 動きます。
    ★★ 第 54 回で「\(Re\) を上げるのは \(\log Re\) でしか効かない」と書きましたが、ここは指数なので効きが桁違いです。
    ★★★ つまり「活性化」という機構そのものが、範囲を買う手段を与えている ── 第 28 回の「足し算 → 掛け算」が、測定の側でも効いています。

まとめ 「多数」には値段がついていた

第 XVIII 部で揃えた道具を持って、第 2 回の \(1/f\) に戻りました。

まず\(\beta=2-\gamma\) を \(10^{-6}\) の精度で確認(\(g(\tau)\propto\tau^{-\gamma}\))。第 27 回の「\(D(E)\) が \(\beta\) を決める」は健在で、\(D(E)\) を独立に測れば \(\beta\) は予言できます ── 反証可能な形のままです。

★★★ 本回の要 ──
\(1/f\) の桁数 \(=0.9916\times(\tau\) の桁数\()-2.17\)。
端で必ず 2.2 桁 失う。

第 2 回の「多数の時定数の重ね合わせ」には、値段がついていました ── 見たい桁数 + 2.2 桁 の \(\tau\) が要る。「\(1/f\) を 6 桁 見た」と言うには、\(\tau\) が 8.2 桁 以上 にわたっていなければなりません。

★★ そして「\(1/f\) に下端は無い」は、測れる主張ではありませんでした ── 折れ曲がりを見るには観測時間が \(\tau_{\max}\) を超える必要があり、10 年 測っても 11.5 桁 です。第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」と同じ形で、第 55 回の言葉では「測れない」であって「無い」ではありません。

ただし第 2 回の主張の本体は無事です ── 「単一の時定数では作れない」は、観測できた桁数の範囲で言えています。直すべきは書き方だけ「\(N\) 桁 続く」と書き、「どこまでも」とは書かない。

★★ 決着させる手として、温度を変えるのがいちばん強い ── \(\tau=\tau_0e^{E/kT}\) なので、300 K → 200 K で \(\tau\) が 8 桁 以上 動きます。第 54 回の「系そのものを変える」にあたり、しかも指数的に効く ── 観測時間を伸ばすより、はるかに速い。

この文書は「考える波」シリーズ第 56 回です。計算は kenshou/ichif.js で行っています。本回の数値について:重ね合わせ積分の数値計算、局所的な \(\beta\) の測定(第 51 回の窓当てはめ)、\(1/f\) の桁数と \(\tau\) の桁数の関係、観測時間と見える桁数、活性化による \(\tau/\tau_0\) は、すべて本稿で計算したものです。デバイ緩和の重ね合わせが \(1/f\) を作ること、\(\beta=2-\gamma\)、および \(\tau=\tau_0e^{E/kT}\) の活性化型の時定数 ── これらはいずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、第 51〜55 回の道具で「何桁 と言えるか」を測り、\(1/f\) の桁数と \(\tau\) の桁数の関係を数字にしたことです。02 節の「2.2 桁」は \(\pm0.05\) という判定基準と、窓幅 0.2 桁 での測定に依存します。基準を \(\pm0.1\) にすればこの値は小さくなります(第 55 回のとおり、基準も一緒に書くべき数字です)。04 節の「実験の報告はたいてい 6 桁 前後」は代表的な状況を述べたもので、特定の文献の値ではありません。05 節の \(\tau_0=10^{-13}\) s は典型的な格子振動の周期からの見積もりです。本稿も合成データのみで、実際の測定データには当てていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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