考える波 第 49 回 / 第 XVII 部・軸の端を探す
48 回で作った手順を、一枚にまとめる
手引き ──
測定データを渡されたら、どう読むか
「傾きを測る」だけでは足りません。必ず一緒に見るべきものが二つあります ── 何桁 続くかと、位相はどうか。
★ 位相は振幅の傾きだけから予言できます(ボーデの利得位相関係、数値で 0.01 度 以内で一致)── ずれていたら、余分な遅延があるということ。
★★ そして本回の山場 ── 「1/f に見えるが 1/f ではない」データを、桁数を数えることだけで見破ります。
第 15 回と第 43 回が「何を言い当てたか」の採点なら、この回は「どう使うか」の取扱説明書です。
★ 48 回で作った手順を、そのままプログラムにしました ── 六つの「未知のデータ」に機械的に当てて、何が言えるかを見ます。
01手引き ── 七つのステップ
| ステップ | 出どころ | 何のために |
|---|---|---|
| ① 対数対数で描く | 第 1 回 | まずこれ。線形軸では何も見えない |
| ② 局所的な階数を測る | 第 48 回 | \(\alpha(\omega)=d\ln|H|/d\ln\omega\) |
| ★ ③ 何桁 一定か 数える | 第 27・48 回 | ★ 「冪則か」を桁数で答える |
| ④ 曲がっている所を探す | 第 16 回 | 特徴的な周波数(時定数)が居る |
| ★ ⑤ 位相も測る | 第 1・8 回 | ★ 位相 \(=90\alpha\) 度 か? ずれたら余分な遅延 |
| ⑥ モーメントを変える | 第 42 回 | 高次で指数が動けば分布 |
| ⑦ 系の大きさと比べる | 第 5・48 回 | 観測窓より長いものは定数と同じ |
★ ①〜④ は振幅だけでできます。⑤ が入ると一気に強くなります。
02ステップ ⑤ の道具を、数値で確かめる
| 階数 \(a\) | 位相(数値)[度] | \(90a\)[度] | 差 |
|---|---|---|---|
| −2 | −179.993679 | −180 | 6.3e−3 |
| −0.5 | −44.998420 | −45 | 1.6e−3 |
| 0.5 | 44.998420 | 45 | 1.6e−3 |
| 1 | 89.996840 | 90 | 3.2e−3 |
02節の中心
★★ 振幅の傾きだけから、位相が出ます。第 1 回で書いた「位相 \(=90\alpha\) 度」は、ここから来ていました。
★★★ だから「位相が \(90\alpha\) からずれていたら、余分な遅延がある」と言えます。
★ 振幅だけ見ていては絶対に分からないことが、位相で分かる ── これが 48 回でいちばん役に立った道具です。
03六つの「未知のデータ」に、手順を当てる
中身を知らないつもりで ②〜④ を機械的に回します(判定は「階数の振れ幅が 0.1 以内で最長の窓」)。
| データ | 平均の階数 | ★ 続く桁数 | その範囲 | 曲がり |
|---|---|---|---|---|
| A 重ね合わせ(広い) | −0.4991 | 6.32 桁 | 6.1e−4 〜 1.3e+3 | 0 |
| B 単一ローレンツ | −0.0065 | 3.52 桁 | 1.0e−4 〜 3.3e−1 | 1 |
| C 冪則 \(\omega^{-5/6}\) | −0.8333 | 8.00 桁 | 全域 | 0 |
| D 指数 \(e^{-\omega}\) | −0.0144 | 3.00 桁 | 1.0e−4 〜 9.9e−2 | 1 |
| E 冪則+高域の切断 | −0.5040 | 5.34 桁 | 1.0e−4 〜 2.2e+1 | 1 |
| F 狭い分布(0.5 桁) | −0.0120 | 2.82 桁 | 1.0e−4 〜 6.6e−2 | 0 |
03節の中心 ── ★ 機械に任せたときの注意
★ 「最長の平坦な窓」は、低域の平らな部分を拾うことがあります(D と F)。それも正しい読みです ── \(e^{-\omega}\) は低域ではたしかに定数。
★★ 大事なのは「知りたい階数のところで何桁 続くか」を別に測ること。機械は「いちばん長い平坦」を返しますが、あなたが知りたいのはそこではないかもしれません。
04★★★ 山場 ── A と F を見分ける
A(広い重ね合わせ)も F(狭い分布)も、途中で 1/f 風に見えます。\(|H|\) の階数で言えば 1/f は \(-0.5\)(パワーが \(-1\))── そこで何桁 続くかを測ります。
| データ | ★ 階数 \(-0.5\) が \(\pm0.1\) で続く桁数 |
|---|---|
| A 重ね合わせ(広い) | ★ 6.898 桁 |
| F 狭い分布(0.5 桁) | ★ 0.498 桁 |
| \(\omega\) | F の \(\alpha(\omega)\) |
|---|---|
| 0.1 | −0.14406 |
| 0.3 | −0.29577 |
| 1 | −0.50000 |
| 3 | −0.68745 |
| 100 | −0.99366 |
04節の中心 ── ★★★ 本回の要
F は \(-0.5\) の近くを素通りするだけで、平坦な区間を持ちません。
ステップ ③(桁数を数える)が無ければ、F を 1/f と誤判定します。
★ A は 6 桁 以上 続きます ── ここで初めて「単一の時定数では無理」と言えます。
★★ 「1 点で傾きが \(-0.5\) だった」は、何の証拠にもなりません。どんな滑らかな関数でも、どこかで必ず \(-0.5\) を通るからです。
★ 第 2 回で「1/f は多数の時定数の重ね合わせ」と書いたとき、その「多数」を保証しているのが桁数でした。
05判定を書く ── 言ってよいことの範囲
| データ | 判定 | 言ってよいこと |
|---|---|---|
| A | ★ 冪則 \(-0.5\) が 6 桁 以上 | 機構を絞れる:単一の時定数では無理 |
| B | 冪則 2 本+曲がり 1 つ | 特徴的な周波数が 1 つ ある |
| C | ★ 冪則(窓の全域) | 窓の中に特徴的な長さが無い |
| D | 低域は定数、以後 冪則でない | ★ 階数でなく時定数で要約すべき |
| E | 冪則+切断 1 つ | 切断の位置が物理を語る |
| F | ★ 判定保留(桁が足りない) | ★ 1/f と言ってはいけない |
05節の中心
★ 判定は「冪則かどうか」ではなく「何桁の冪則か」で書く。そうすれば、次に何を測ればよいかも自動的に決まります ── 桁を伸ばす測定をすればよい。
★★ そして「判定保留」という結論を書けることが大事です ── 第 43 回で「確かめていないことは主張にしない」と決めた作法の、実務版。
06★ ステップ ⑤ でさらに分かること ── 余分な遅延を見破る
同じ振幅でも、位相が違えば中身が違います。\(|H|=\omega^{-0.5}\) に遅延 \(e^{-i\omega T}\)(\(T=0.1\))が乗った場合 ──
| \(\omega\) | ボーデの予言[度] | 遅延ありの実際[度] | 差 \(=-\omega T\)[度] |
|---|---|---|---|
| 0.1 | −44.9984 | −45.5714 | −0.5730 |
| 1 | −44.9984 | −50.7280 | −5.7296 |
| 10 | −44.9984 | −102.2942 | ★ −57.2958 |
06節の中心
★★ 振幅はまったく同じ。位相だけが \(\omega\) に比例してずれます。
★★ 「振幅から予言した位相」との差が、そのまま遅延時間になります。差を \(\omega\) で割れば \(T\) が読める。
★ 第 8 回(クラマース=クローニッヒ)のいちばん実用的な使い方です ── 因果律は、測定の道具にもなる。
07やってはいけないこと ── 48 回で見た失敗から
| やってはいけない | 出どころ | 理由 |
|---|---|---|
| 1 桁 の冪則を「冪則」と呼ぶ | 第 48 回 | 指数関数でも 0.087 桁は稼げる |
| 一つの指数が合ったら満足する | 第 42・47 回 | ★ K41 も \(\phi^2\) もそれで通ってしまう |
| 鈍感な量で理論を検証する | 第 42 回 | ★ 間欠性は dB/oct を 0.081 しか動かさない |
| 観測窓より長い周期を語る | 第 5 回 | 定数と区別がつかない |
| 座標に依る量を物理だと思う | 第 45 回 | ★ 粒子数は基底の取り方に依る |
| 整理を発見と呼ぶ | 第 43 回 | ★ 本シリーズがいちばん気をつけた点 |
08波として言えること・言えないこと
| 項目 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 七つのステップ | ◎ 整理 | 48 回ぶんの手順を一枚に |
| ★ ボーデの関係を数値で確認 | ◎ 数値 | ★ 位相 \(=90\alpha\) を 0.01 度 以内で |
| 六つのデータを自動で判定 | ◎ 数値 | 平坦な階数と桁数を自動で探す |
| ★ 手引きが救った例(F) | ◎ 数値 | ★ A は 6.9 桁、F は 0.5 桁 |
| ★ 位相で遅延を見破る | ◎ 数値 | ★ 振幅だけでは絶対に分からない |
| ★ 機構を一つに決めること | × できない | ★ 手引きは候補を絞るだけ |
| ★ 雑音のあるデータへの適用 | × 扱えない | ★ 本稿は雑音のない関数で試した |
練習問題
- 03 節で、機械が D(指数関数)の「低域の平坦」を拾った。これは手順の欠陥か。
答えを見る
欠陥ではなく、質問が足りないのです。\(e^{-\omega}\) は低域ではたしかに定数で、「階数 0 が 3 桁 続く」は正しい測定結果です。
★ 手順が答えるのは「どこが平坦か」であって「どこが面白いか」ではありません。面白い場所を決めるのは、あなたの仮説です。
★★ だから 04 節では「\(-0.5\) のところで何桁」と目標を指定して測り直しました ── 仮説があって初めて、手順は鋭くなる。★ 第 15 回で「反証可能だと宣言する」と決めたのは、この意味でも効いています。 - 06 節で位相から遅延が読めた。では「余分な遅延」が無いのに位相がずれていたら、何が起きているか。
答えを見る
最小位相系ではない、ということです。ボーデの関係が成り立つのは「右半平面に零点が無い」場合(最小位相系)だけ。
★ 零点が右半平面にあると、振幅は同じでも位相が余計に回ります ── 全域通過(オールパス)成分が乗っている。
★★ 遅延も、実は全域通過の極限です(\(e^{-i\omega T}\) は振幅 1 で位相だけ回す)── だから 06 節の遅延は、この一般則の特別な場合でした。
★ 見分けるには、ずれが \(\omega\) に比例するかを見ます ── 比例すれば純粋な遅延、そうでなければ右半平面の零点。 - 07 節の「鈍感な量で理論を検証するな」は、具体的にどう実行すればよいか。
答えを見る
「その量は、理論が変わったらどれだけ動くか」を先に計算することです。
★ 第 42 回では、間欠性を入れても dB/oct が 0.081 しか動かないと分かりました ── 測定誤差が 0.1 dB/oct なら、その測定では永遠に区別できません。
★★ 第 47 回では、\(n_s\) では \(\phi^2\) が通るのに \(r\) では棄却されました ── \(r\) のほうが感度が高い。
★ つまり「検証したい差」÷「測定誤差」を、測る前に計算する。1 より小さければ、その測定はやっても無駄です。★ これは本シリーズが 49 回かけて身につけた、いちばん実用的な習慣でした。
まとめ 傾きだけでは足りない
48 回で作った手順を、七つのステップにまとめました ── ①対数対数で描く ②局所的な階数を測る ③何桁 一定か数える ④曲がりを探す ⑤位相も測る ⑥モーメントを変える ⑦系の大きさと比べる。
位相は、振幅の傾きだけから予言できます(ボーデの利得位相関係)── 数値で \(90\alpha\) と 0.01 度 以内で一致しました。★ 第 1 回の「位相 \(=90\alpha\) 度」は、ここから来ていたのです。
六つの「未知のデータ」に機械的に当てると ── C は全域で冪則、B と E は曲がりが 1 つ、D は低域で定数。★ 機械は「いちばん長い平坦」を返すので、知りたい場所は自分で指定する必要があります。
★★★ 本回の山場 ──
A(広い重ね合わせ)も F(狭い分布)も 1/f 風に見えますが、
階数 \(-0.5\) が続くのは A で 6.898 桁、F で 0.498 桁。
F は \(-0.5\) を素通りするだけでした。
★ 「1 点で傾きが \(-0.5\) だった」は何の証拠にもなりません ── どんな滑らかな関数でも、どこかで必ず \(-0.5\) を通るから。第 2 回の「多数の時定数」を保証していたのは、桁数でした。
そして位相を見れば、余分な遅延が読めます ── 振幅はまったく同じでも、位相だけが \(\omega\) に比例してずれ、その差を \(\omega\) で割れば遅延時間 \(T\) が出ます。★ 因果律(第 8 回)は、測定の道具でもありました。
★ 正直に:手引きは候補を絞るだけで、機構を一つに決めることはできません。また本稿は雑音のない関数で試しています ── 実データでは、桁数の見積もりに誤差が乗ります。
★ 区切りとして、このシリーズが何をしてきたのかを 一枚の地図にします ── 第 1 回の一行(音を微分すると高音になる)から、ここまでの道筋。
★★ そして 「まだ手をつけていない場所」を正直に並べます。何が残っているかを書いておくのが、続きを歩く人への いちばんの引き継ぎだからです。
この文書は「考える波」シリーズ第 49 回です。計算は kenshou/tebiki.js で行っています。本回の数値について:ボーデの利得位相関係の数値確認、六つの合成データに対する自動判定(最長の平坦窓・桁数・曲がりの検出)、A と F の比較、遅延による位相のずれは、すべて本稿で計算したものです。ボーデの利得位相関係、最小位相系と全域通過成分、クラマース=クローニッヒ関係、そして「多数の時定数の重ね合わせが 1/f を作る」(第 2 回で扱ったデバイ緩和の重ね合わせ)── これらはいずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを一つの手順に並べ、その手順を実際にプログラムとして走らせて、どこで役に立ち どこで足りないかを示したことだけです。03・04 節の六つのデータはすべて本稿が作った合成データであり、実際の測定ではありません。判定に使った「振れ幅 0.1 以内」「\(\pm0.1\) に入る桁数」はいずれも本稿の便宜的な基準で、基準を変えれば桁数も変わります。本稿は雑音のない関数だけを扱っており、雑音のある実データでは桁数の推定に統計誤差が入ります(その扱いは本稿の範囲外です)。06 節の遅延の検出は、系が最小位相であることを仮定しています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。