考える波 第 48 回 / 第 XVII 部・軸の端を探す
自分の道具が、どこで使えなくなるか
階数という軸の端 ──
使える条件はただ一つだった
第 43 回の練習問題で「三度目の試練があるとすれば、冪則そのものが成り立たない場所だ」と書きました。★ この回は、それを自分で探しに行きます。
★ 局所的な階数 \(\alpha(\omega)=d\ln|H|/d\ln\omega\) を測ると ── 指数関数では \(\alpha=-\omega\)、上限がありません(軸の目盛りを振り切る)。
★★ そして限界的な結合は \(1/\ln\mu\) で 0 に近づくだけ ── 32 桁 走っても \(-0.0130\)。「階数 0 の冪則」とは言えません。
第 41 回で軸に乗らない量(整数)が出て、第 42 回で軸が一本でなくなる場所(分布)が出ました。
★ 残る三つめは ── そもそも冪則が無い場所です。これは「軸を守る」ための回ではなく、軸の使用条件を確定させるための回です。
01まず、軸がうまく働く場合を確認する
| \(\omega\) | \(H=\omega^{0.5}\) | \(H=\omega^{-5/6}\) | 一定か |
|---|---|---|---|
| \(10^{-3}\) | 0.50000000 | −0.83333333 | ★ はい |
| 1 | 0.50000000 | −0.83333333 | ★ はい |
| \(10^{6}\) | 0.50000000 | −0.83333333 | ★ はい |
★ ここでは「階数」は良い座標です ── どの周波数で測っても同じ値が出る。\(-5/6\) は第 42 回の乱流(K41)の階数でした。
02★ 端 その 1 ── 局所的な階数が、周波数の関数になる
| \(\omega\) | ローレンツ \(\frac1{1+\omega^2}\) | 対数 \(\ln(1+1/\omega)\) | 指数 \(e^{-\omega}\) | 伸びた指数 \(e^{-\sqrt\omega}\) |
|---|---|---|---|---|
| \(10^{-2}\) | −0.00020 | −0.21453 | −0.01000 | −0.05000 |
| 1 | −1.00000 | −0.72135 | −1.00000 | −0.50000 |
| \(10^{1}\) | −1.98020 | −0.95382 | −10.00000 | −1.58114 |
| \(10^{3}\) | −2.00000 | −0.99950 | ★ −1000.00000 | −15.81139 |
02節の中心
★ ローレンツ:0 から \(-2\) へ連続に動きます。両端では冪則に戻る ── だから「低域では 0 次、高域では \(-2\) 次」という言い方ができる。
★★ 指数関数:\(\alpha=-\omega\) で上限がありません。★ これは「軸に乗らない」のではなく、軸の目盛りを振り切るという別の終わり方です。
★ 第 28 回で「指数関数が出る源は二つ」と整理しましたが、そのどちらの場合も階数の軸からは外れるということでした。
03どれくらいの範囲なら「冪則」と言ってよいか
第 27 回で使った測り方 ── \(\alpha(\omega)\) がある値の \(\pm0.1\) に入る桁数(全 12 桁のうち)。
| \(H\) | 目標の階数 | ★ \(\pm0.1\) に入る桁数 |
|---|---|---|
| \(\omega^{0.5}\) | 0.50 | ★ 12.000 桁(全部) |
| ローレンツ(低域側) | 0.00 | 5.361 桁 |
| ローレンツ(高域側) | −2.00 | 5.360 桁 |
| 対数 \(\ln(1+1/\omega)\) | 0.00 | 1.658 桁 |
| 指数 \(e^{-\omega}\) | −1.00 | ★ 0.087 桁 |
03節の中心
★ 指数関数は、どの階数を目標にしてもほとんど桁を稼げません(0.087 桁)── 「冪則ではない」が数字になりました。
★★ ローレンツは 5.36 桁ずつ、二つの冪則で説明できます ── 合わせて 10.7 桁、残り 1.3 桁が「曲がっている部分」。
★ この測り方の良いところは、「冪則かどうか」をゼロか 1 かではなく桁数で答える点です ── 第 27 回で \(\beta\) を決める比を作ったときと同じ考え方。
04★★ 端 その 2 ── くりこみ群の「限界的」な場合
| \(\mu\) | \(g(\mu)\) | ★ 局所的な階数 | \(\alpha\times\ln\mu\) |
|---|---|---|---|
| \(10^{1}\) | 0.17743337 | −0.17743337 | −0.408555 |
| \(10^{4}\) | 0.07972146 | −0.07972146 | −0.734262 |
| \(10^{16}\) | 0.02489129 | −0.02489129 | −0.917029 |
| \(10^{32}\) | 0.01298431 | ★ −0.01298431 | −0.956719 |
04節の中心 ── ★★★
「限界的」とは、階数が 0 なのではなく、
階数が 0 へ対数的に近づくことだった。
★ 32 桁 走ってもまだ \(-0.0130\) ── 「階数 0 の冪則」とは言えません。
★★ \(\alpha\times\ln\mu\) が \(-1/b=-1\) に近づくのが、\(1/\ln\mu\) という形の印です。
★ 物理でいう「限界的な結合」── 4 次元の \(\phi^4\)、QCD の \(\alpha_s\)、2 次元の弱局在(第 37 回)── はすべてここに居ます。だから対数が出るのです。
05★ 端 その 3 ── 系が有限だと、指数すら定義できない
1 次元イジング(周期境界、サイズ \(L\))は厳密に解けます ── \(\langle s_0s_r\rangle=\dfrac{t^r+t^{L-r}}{1+t^L}\)、\(t=\tanh K\)。無限鎖なら純粋な指数ですが、有限だと後半で折り返します。
| \(r\) | \(L=16\) | \(L=32\) | \(L=64\) | 無限鎖 |
|---|---|---|---|---|
| 2 | 0.251472 | 0.272063 | 0.272341 | 0.272341 |
| 4 | 0.215003 | 0.271513 | 0.272341 | 0.272341 |
| 8 | ★ 0.000000 | 0.265120 | 0.272340 | 0.272341 |
| 12 | ★ −0.215003 | 0.215003 | 0.272331 | 0.272341 |
05節の中心(表は局所的な減衰率 \(-d\ln\langle ss\rangle/dr\))
★★ \(L=16\) では \(r=8\) で減衰率が 0 になり、その先では負になります。距離とともに増えていく ── もはや「減衰定数」という言葉が意味を持ちません。
★ つまり有限の系では「一つの指数」も「一つの階数」も定義できません。
★★ 第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」の空間版です ── 系より長い相関は、系の中では見えない。
06臨界指数を階数として読むと ── イプシロン展開の精度
| \(\epsilon=4-d\) | \(\nu\)(1 次まで) | \(\eta\)(2 次まで) | 文献の 3 次元値 |
|---|---|---|---|
| 0.00 | 0.500000 | 0.000000 | |
| 0.50 | 0.541667 | 0.004630 | |
| 1.00 | 0.583333 | 0.018519 | \(\nu=0.6300,\ \eta=0.0363\) |
06節の中心
★ \(\epsilon=1\)(3 次元)でのずれ ── \(\nu\) は 7.4 %、\(\eta\) は 49.0 %。
★★ 「階数が次元とともに連続に変わる」は \(d=4\) の近くでは良い近似ですが、3 次元まで来ると 1 次では足りません。
★ 第 30 回の \(\alpha=(d-3)/2\) は自由場の話でした。相互作用が入ると、階数は次元の一次関数ではなくなります。★ これも「軸が使えなくなる」ではなく「軸の目盛りが非線形になる」という話です。
07軸が終わる形を、まとめて並べる
| 終わり方 | どこで出たか | 何が起きているか |
|---|---|---|
| ① 軸に乗らない量が出る | 第 41 回 | 整数(巻き数・チャーン数) |
| ② 軸が一本でなくなる | 第 42 回 | 階数が分布になる |
| ★ ③a 目盛りを振り切る | 本回 02 節 | ★ 指数関数:\(\alpha\) が発散 |
| ★ ③b 0 に対数的に近づく | 本回 04 節 | ★ 限界的な結合:\(1/\ln\mu\) |
| ★ ③c 系が有限 | 本回 05 節 | ★ 折り返して指数すら定義できない |
07節の中心 ── ★★★ 本回の結論
三つとも「軸が間違っている」わけではありません。
「軸が使える条件」が はっきりしただけです ──
スケール不変性が、ある桁数にわたって成り立っていること。
★ そして物理で冪則がよく出るのは、その条件がよく成り立つからでした ── 臨界点の近く、相関距離より短く系より長い範囲、慣性領域、地平線の外。どれも「特徴的な長さが無い」領域です。
★★ 裏を返すと ── 特徴的な長さが一つでも入ると、軸は局所的な座標にしかなりません。
08波として言えること・言えないこと
| 項目 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 冪則なら \(\alpha\) は一定 | ◎ 数値 | 軸が働く場合 |
| ★ 指数関数では \(\alpha\) が発散 | ◎ 数値 | ★ \(\alpha=-\omega\)、上限なし |
| ローレンツは 0 → −2 に連続 | ◎ 数値 | 両端でだけ冪則に戻る |
| ★ 限界的な結合は \(1/\ln\mu\) | ◎ 数値 | ★ 32 桁 走っても −0.0130 |
| ★ 有限サイズで指数も定義不能 | ◎ 数値 | ★ 1 次元イジングで実演 |
| イプシロン展開の精度 | ◎ 数値 | 3 次元で \(\nu\) 7 %、\(\eta\) 49 % |
| ★ 軸を置き換えるもの | × 出ない | ★ 本稿では見つかりませんでした |
練習問題
- 02 節で指数関数の \(\alpha\) が発散した。これは「指数関数には階数が無い」ということか。
答えを見る
「無い」のではなく「有限の値に定まらない」です。各点では \(\alpha(\omega)=-\omega\) と一意に決まっており、定義できないわけではありません。
★ 問題は「\(\omega\) を変えても同じ値でいる範囲」がゼロに近いこと(03 節で 0.087 桁)── つまり「階数」という要約が役に立たない。
★★ 第 1 回で「dB/oct」を導入したのは、一つの数でスペクトルを要約できるからでした。★ 要約できないものに要約を当てても、情報は減るだけです。指数関数を要約するなら、階数ではなく時定数を使うべきです。 - 04 節で「限界的」は \(1/\ln\mu\) だと分かった。これは第 42 回の「階数が分布になる」とどう違うか。
答えを見る
第 42 回は「同じ場所で測っても、どのモーメントで測るかによって違う」でした。空間の各点が違う階数を持っている。
★ 本回 04 節は「どのモーメントで測っても同じだが、その値が \(\mu\) とともにゆっくり動く」── ばらつきではなく、ドリフトです。
★★ 測り方で区別できます ── 分布なら高次モーメントが曲がる(第 42 回)。ドリフトなら、どのモーメントでも同じように \(\ln\mu\) で動く。
★ そして両方が同時に起きることもあり得ます ── 本稿はそこまで扱っていません。 - 07 節で「特徴的な長さが無い領域でだけ冪則が出る」と書いた。では冪則が見えたら、何が分かったことになるか。
答えを見る
「その桁数の範囲に、特徴的な長さ(時間)が入っていない」ことが分かります。これは意外に強い情報です。
★ たとえば第 2 回の \(1/f\) が 6 桁 続いていれば、その 6 桁のどこにも特別な時定数が無い── 単一の緩和過程では説明できない。だから「多数の時定数の重ね合わせ」が要る。
★★ 第 27 回で \(\beta\) を決める比を作ったのも、この考え方です ── 「何桁 続いているか」が、機構を絞り込む。
★ 逆に、冪則が 1 桁しか続いていないのに「冪則だ」と言うのは、ほとんど何も言っていないことになります(03 節の指数関数が 0.087 桁だったことを思い出してください)。
まとめ 軸は間違っていない。使える条件が分かっただけ
第 43 回の練習問題で予告した「三度目の試練」を、自分で探しに行きました。局所的な階数 \(\alpha(\omega)=d\ln|H|/d\ln\omega\) を測ると ──
★ ローレンツは 0 から \(-2\) へ連続に動き、両端でだけ冪則に戻ります(各 5.36 桁)。
★★ 指数関数は \(\alpha=-\omega\) で上限がありません ── 軸に乗らないのではなく、目盛りを振り切る。どの階数を目標にしても \(\pm0.1\) に入るのは 0.087 桁だけ。
★★★ そして「限界的」の正体 ──
階数が 0 なのではなく、階数が 0 へ対数的に近づくことだった。
32 桁 走ってもまだ \(-0.0130\)。
有限サイズでは指数すら定義できません ── 1 次元イジング(\(L=16\))では \(r=8\) で減衰率が 0 になり、その先で負になります。第 5 回の「宇宙年齢より長いものは定数と区別がつかない」の空間版です。
臨界指数も、\(\epsilon=1\)(3 次元)では 1 次のイプシロン展開が \(\nu\) で 7.4 %、\(\eta\) で 49.0 % ずれます ── 第 30 回の \(\alpha=(d-3)/2\) は自由場の話で、相互作用が入れば目盛りは非線形になる。
★★★ 本回の結論 ── 三つの終わり方はどれも「軸が間違っている」ではありません。
「軸が使える条件」が はっきりしただけです ──
スケール不変性が、ある桁数にわたって成り立っていること。
★ そして物理で冪則がよく出るのは、その条件がよく成り立つからでした ── 臨界点の近く、慣性領域、地平線の外。どれも「特徴的な長さが無い」領域です。
★ 正直に:軸を置き換えるもの(もっと広く使える一つの座標)は、本稿では見つかりませんでした。
★ 次回は、この軸を道具として使う側に回ります ── 測定データを渡されたとき、どう読むか。
★★ 「傾きを測る」「桁数を数える」「どのモーメントで測ったか確かめる」「特徴的な長さを探す」── このシリーズで作った手順を、一枚の手引きにまとめます。第 15 回・第 43 回が「何を言い当てたか」の採点なら、次回は「どう使うか」の取扱説明書です。
この文書は「考える波」シリーズ第 48 回です。計算は kenshou/hate.js で行っています。本回の数値について:局所的な階数の測定、\(\pm0.1\) に入る桁数、限界的な結合の走り、1 次元イジングの相関関数と局所的な減衰率は、すべて本稿で計算したものです。局所的な冪指数という考え方、限界的な結合の対数的な走り \(g\propto1/\ln\mu\)、1 次元イジングの厳密な相関関数、有限サイズスケーリング、そしてイプシロン展開 \(\nu=\frac12+\frac{\epsilon}{12}\)・\(\eta=\frac{\epsilon^2}{54}\) と 3 次元イジングの文献値(\(\nu=0.6300,\ \eta=0.0363\))── これらはいずれもよく知られた結果・文献値で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「本シリーズの軸はどこで使えなくなるか」という一つの問いの下に集め、「\(\pm0.1\) に入る桁数」という同じ尺度で比べたことだけです。03 節の「桁数」は \(\pm0.1\) という本稿の便宜的な基準に依存し、基準を変えれば値も変わります。05 節の 1 次元イジングは \(K=1\) の非臨界の例で、臨界点そのものでの有限サイズスケーリングは扱っていません。06 節のイプシロン展開は 1 次(\(\eta\) は 2 次)までで、高次まで取れば 3 次元値に近づくことが知られています。本稿は「より広く使える軸」を提案していません ── 見つからなかった、というのが本稿の結果です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。