考える波 第 47 回 / 第 XVI 部・地平線を波として見る
宇宙の原始ゆらぎを、階数として読む
インフレーション ──
宇宙の傾きは \(-0.105\) dB/oct だった
ムカノフ=ササキ方程式は、第 13 回の \(1/\tau^2\) ポテンシャルそのものです ── \(s=\frac12\pm\nu\)。第 13 回・第 39 回(AdS)・本回が、同じ二次方程式の三つの顔でした。
★ \(x=-k\tau\) と置くと式から \(k\) が消えます ── これがスケール不変性の正体。
★★ そして観測された \(n_s=0.9649\) を dB/oct に直すと \(-0.105\) ── 第 42 回の「乱流の間欠性 0.081 dB/oct」と同じ桁です。
ここまで 46 回、波は必ず「何かの中」を進んできました。
★ この回は、その「何か」自身が波を作る話です ── 宇宙の膨張が真空を揺らし、そのゆらぎが 138 億年後に空の温度のむらとして見える。
01★★ ムカノフ=ササキ方程式は、第 13 回の式だった
01節の中心
★ \(k\) が消えること ── これがスケール不変性の正体です。「どの波長でも同じ形の方程式に従う」から、どの波長も同じ振幅で出てくる。
★★ そして \(x\ll1\)(地平線の外)では 1 が効かなくなり ── \(v_{xx}=\dfrac{\nu^2-\frac14}{x^2}v\)、第 13 回の \(1/r^2\) ポテンシャルそのもの。\(v\sim x^s\)、\(s=\frac12\pm\nu\)。
| \(\nu\) | \(s=\frac12\pm\nu\) | 第 13 回の \(\lambda\) | 第 39 回の \(m^2L^2\)(\(d=3\)) |
|---|---|---|---|
| 0.5 | 1, 0 | 0 | −2 |
| 1.0 | 1.5, −0.5 | −0.75 | −1.25 |
| 1.5 | 2, −1 | −2 | 0 |
| 2.0 | 2.5, −1.5 | −3.75 | 1.75 |
★★★ 三つの顔
第 13 回(臨界 \(1/r^2\) ポテンシャル)
第 39 回(AdS の \(\Delta=\frac d2\pm\nu\))
本回(インフレーションの \(s=\frac12\pm\nu\))
── すべて同じ二次方程式でした。
02実際に解いて、スペクトル指数を測る
\(|\tau_{\rm end}|=1\) に固定し、地平線の内側(\(x=400\))からバンチ=デイヴィス条件で始めて積分し、\(P(k)=k^2|v(x{=}k)|^2\) を測ります。
| \(\nu\) | 傾き(実測) | \(3-2\nu\) | 差 | \(n_s\) |
|---|---|---|---|---|
| 1.500 | 0.00000515 | 0.000000 | 5.2e−6 | ★ 1.00000 |
| 1.450 | 0.10000572 | 0.100000 | 5.7e−6 | 1.10000 |
| 1.400 | 0.20000642 | 0.200000 | 6.4e−6 | 1.20000 |
| 1.600 | −0.19999571 | −0.200000 | 4.3e−6 | 0.80000 |
02節の中心
★ \(n_s-1=3-2\nu\) が \(10^{-6}\) の精度で出ました。\(\nu=3/2\) ちょうどで \(n_s=1\)(完全なスケール不変)。
★★ 本シリーズの言葉では、\(\nu\) は階数です ── 第 39 回で「バルクの質量が境界の階数を決める」と見たのと同じ \(\nu\)。ここではインフラトンのポテンシャルの形が \(\nu\) を決めています。
03地平線を出ると、凍りつく
曲率ゆらぎ \(\zeta=v/z\)、\(z\propto(-\tau)^{1/2-\nu}\) なので \(|\zeta|\propto|v(x)|\,x^{\nu-1/2}\)。
| \(x=k|\tau|\) | \(|v(x)|\) | ★ \(|\zeta|\) | 状態 |
|---|---|---|---|
| 10 | 1.00499 | 10.04985 | 地平線の内側(振動) |
| 3 | 1.05409 | 3.16228 | 地平線の内側(振動) |
| 1 | 1.41421 | 1.41421 | ★ 地平線を出る |
| 0.1 | 10.04986 | 1.00499 | ★ 凍る |
| 0.01 | 100.00486 | ★ 1.00005 | ★ 完全に凍る |
03節の中心
★★ \(x<1\) になると \(|\zeta|\) が一定になります(1.41 → 1.005 → 1.00005)── これが「凍りつく」。
★ 地平線を出たゆらぎは、もう変化しません。だから 38 万年後の宇宙背景放射に、そのまま残っている。
★★ 波の言葉では「進めなくなった波」 ── 第 28 回のエバネッセントの親戚です。あちらは空間で進めず指数的に減り、こちらは時間で追いつけなくなって止まる。
04模型ごとの \(n_s\) と \(r\) ── 観測と比べる
観測は \(n_s=0.9649\pm0.0042\)、\(r<0.036\)。\(V\propto\phi^p\) なら \(n_s-1=-\dfrac{p+2}{2N}\)、\(r=\dfrac{4p}{N}\)。
| 模型 | \(N\) | \(n_s\) | \(r\) | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| \(V\propto\phi^2\) | 60 | 0.966667 | 0.133333 | \(n_s\) ◎ / ★ \(r\) 棄却 |
| \(V\propto\phi^4\) | 60 | 0.950000 | 0.266667 | \(n_s\) × / ★ \(r\) 棄却 |
| \(V\propto\phi^1\) | 60 | 0.975000 | 0.066667 | \(n_s\) ◎ / ★ \(r\) 棄却 |
| スタロビンスキー(\(R^2\)) | 60 | 0.966667 | 0.003333 | ★ \(n_s\) ◎ / \(r\) ◎ |
04節の中心
★★ \(n_s\) だけ見ると \(\phi^2\) も通りますが、\(r\) で棄却されます。
★ 「指数が一つ合った」だけでは足りない ── 第 42 回で「\(-5/3\) がよく合うのは 2 次モーメントが鈍感だから」と書いたのと、まったく同じ教訓です。
★★ \(r\)(テンソル・スカラー比)は、いまのところ上限しか得られていません。★ これが本シリーズでいう「感度のある量を選べ」の実例です。
05★★★ \(n_s\) を dB/oct に直す
| 物理 | 傾きのずれ[dB/oct] | 何からのずれか |
|---|---|---|
| ★ 宇宙の原始ゆらぎ | −0.1053 ± 0.0126 | ★ 完全スケール不変(\(n_s=1\))から |
| ★ 乱流の間欠性(第 42 回) | +0.0812 | ★ コルモゴロフ(\(-5/3\))から |
05節の中心 ── ★★★ 本回の要
物理でいちばん精密に測られた「傾きのずれ」が、
宇宙でも乱流でも 0.1 dB/oct 級。
★ 偶然ではあります ── 二つの 0.1 dB/oct に共通の起源はありません。本稿は同じ目盛りに載せたら近い値だったと言っているだけです。
★★ ただし「ずれていること自体が理論の中身を語っている」点は共通です ── 宇宙では「インフレーションが有限時間で終わった」こと、乱流では「カスケードが掛け算である」こと。
★ もし \(n_s\) がぴったり 1 だったら、インフレーションは終わらなかったことになります。終わったからこそ、\(\nu\) が \(3/2\) からわずかにずれた。
06何 \(e\) 倍 必要か ── 地平線問題
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 再加熱温度(例) | \(10^{15}\) GeV |
| いまの CMB 温度 | \(2.35\times10^{-13}\) GeV |
| ★ 必要な \(e\) 倍の回数(およそ) | 63.6 |
06節の中心
★ よく言われる 「\(N\approx60\)」はこの数です(本稿の見積もりはごく粗いものです)。
★★ 第 46 回では「74.5 回の \(e\) 倍で測定帯域の外へ」と出ました。地平線は、60〜75 回の \(e\) 倍で「見える/見えない」を切り替える装置です。
★ どちらも「対数で数えると 数十」という同じ桁 ── 第 20 回の「対数時間」の目盛りで見れば、宇宙全体が数十目盛りぶんの幅しかない。
07★ インフレーションは、第 44・45 回のパラメトリックそのもの
| 回 | 何を揺らすか | 何が出るか |
|---|---|---|
| 第 44 回(メタマテリアル) | 媒質の \(\varepsilon(t)\) | 運動量ギャップで増幅 |
| 第 45 回(動的カシミール) | 境界の位置 | 真空から光子 |
| ★ 本回(インフレーション) | 宇宙のスケール因子 | ★ 真空からゆらぎ |
07節の中心
どれも同じ形 ── \(v''+\omega^2(t)v=0\) で \(\omega\) が時間に依る。ボゴリューボフ係数も同じで \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\)(第 36・45 回)。
★★★ CMB のゆらぎは、膨張する宇宙の「動的カシミール光子」でした。
★ 違いはただ一つ ── 揺すった人が居ないこと。揺らしているのは宇宙自身の膨張で、そのエネルギー源はインフラトンの位置エネルギーです。第 45 回の「まず誰が仕事をしているか探せ」に従えば、ここではインフラトンが仕事をしている。
08波として言えること・言えないこと
| 項目 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| ★ MS 方程式 = 第 13 回の \(1/\tau^2\) | ◎ 解析 | ★ \(s=\frac12\pm\nu\) |
| \(x=-k\tau\) で \(k\) が消える | ◎ 解析 | スケール不変性の正体 |
| \(P(k)\propto k^{3-2\nu}\) | ◎ 数値 | \(10^{-6}\) で一致 |
| 地平線の外で \(\zeta\) が凍る | ◎ 数値 | \(x<1\) で一定 |
| \(n_s\) だけでは模型を選べない | ◎ 数値 | ★ \(\phi^2\) は \(r\) で棄却 |
| ★ \(n_s\to-0.105\) dB/oct | ◎ 解析 | ★ 乱流の 0.081 と同じ桁 |
| \(N\approx60\) の由来 | ○ 数値 | ★ ごく粗い見積もり |
| ★ インフレーションの実在 | × 扱えない | ★ 本稿は模型の中の計算のみ |
| ★ インフラトンが何か | × 扱えない | ★ 素粒子的な正体は不明のまま |
練習問題
- 05 節で二つの 0.1 dB/oct を並べた。これは意味のある一致か。
答えを見る
いいえ ── 偶然です。本稿もそう書いています。宇宙の \(n_s\) はインフレーションが有限時間で終わったことから、乱流の \(\zeta_p\) の曲がりはカスケードが掛け算であることから来ており、共通の起源はありません。
★ では何が言えるか ── 「同じ目盛りに載せられる」ということです。第 43 回の表に、また一行 増えました。
★★ そして「ほとんどゼロだがゼロではない」という形が二度出たのは示唆的です ── どちらも「理想的な対称性がわずかに破れている」を意味している。★ ただしそこから先へ進むには、二つを結ぶ機構が要ります。本稿にはありません。 - 03 節で \(\zeta\) が凍った。なぜ「凍る」と情報が保存されるのか。
答えを見る
変化しないものは、記録になるからです。地平線の外では因果的に何も届かないので、\(\zeta\) を変える要因がありません。
★ 波の言葉では「\(\omega\to0\) のモード」 ── 第 4 回で「積分定数は \(\omega=0\) に住む」と書いたのと同じ場所です。\(\omega=0\) は時間に依らない = 定数。
★★ そして第 46 回では、同じ \(\omega\to0\) が「測れない」を意味しました。ここでは逆に「消えない」を意味しています。★ 違いは、後で地平線が広がって また見えるようになるかどうか── インフレーションでは広がる(だから見える)、ブラックホールでは広がらない。 - 01 節で「\(k\) が式から消える」ことがスケール不変性の正体だと書いた。では \(n_s\ne1\) はどこから来るのか。
答えを見る
\(z''/z\) がぴったり \(2/\tau^2\) ではないことからです。厳密なデシッター(\(H\) が完全に一定)なら \(\nu=3/2\) で \(k\) が完全に消え、\(n_s=1\)。
★ しかし \(H\) がゆっくり減れば \(\nu\) が \(3/2\) からずれ、そのぶんだけ \(k\) 依存が戻ってきます ── \(n_s-1=3-2\nu\)。
★★ つまり \(n_s\ne1\) は「インフレーションが完全なデシッターではなかった」ことの直接の測定です。完全なデシッターは永遠に続いてしまうので、終わるためには必ずずれていなければならない。★ \(n_s=1\) がもし精密に成り立っていたら、そのほうが困る ── これは第 15 回の「外れたほうが情報が多い」の実例です。
まとめ 宇宙の傾きは \(-0.105\) dB/oct だった
ムカノフ=ササキ方程式は、第 13 回の \(1/\tau^2\) ポテンシャルそのものでした ── \(x=-k\tau\) と置けば \(v_{xx}+[1-(\nu^2-\frac14)/x^2]v=0\) となり、★ 式から \(k\) が消えます。これがスケール不変性の正体です。地平線の外では \(v\sim x^{1/2\pm\nu}\)。
★★★ 第 13 回(臨界ポテンシャル)・第 39 回(AdS)・本回(インフレーション)は、
同じ二次方程式の三つの顔でした。
実際に解いて \(P(k)\propto k^{3-2\nu}\) を確かめました(\(10^{-6}\) で一致)── \(\nu=3/2\) で \(n_s=1\)。そして \(x<1\) になると \(|\zeta|\) が一定になり凍りつきます(1.41 → 1.005 → 1.00005)── 第 4 回の「\(\omega=0\) に住む積分定数」と同じ場所で、だから 38 万年後まで残る。
模型を観測と比べると ── \(V\propto\phi^2\) は \(n_s\) では通るが \(r=0.133\) で棄却、スタロビンスキー型(\(n_s=0.9667\)、\(r=0.0033\))は両方 通ります。★ 第 42 回と同じ教訓 ── 指数が一つ合っただけでは足りない。
★★★ そして本回の要 ── \(n_s=0.9649\) を第 1 回の目盛りに載せると
\(3(n_s-1)=-0.1053\pm0.0126\) dB/oct。
第 42 回の乱流の \(+0.0812\) dB/oct と、同じ桁。
★ これは偶然で、共通の起源はありません(本稿もそう書いています)。★ ただし「ずれていること自体が理論の中身を語っている」点は共通です ── 宇宙では「インフレーションが有限時間で終わった」こと、乱流では「カスケードが掛け算である」こと。\(n_s\) がぴったり 1 なら、インフレーションは終わらなかったことになります。
★ そしてインフレーションは、第 44・45 回のパラメトリックそのものでした ── \(v''+\omega^2(t)v=0\)、\(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\)。CMB のゆらぎは、膨張する宇宙の「動的カシミール光子」です。違いはただ一つ、揺すった人が居ないこと ── 揺らしているのは宇宙自身の膨張で、エネルギー源はインフラトンの位置エネルギーです。
★ 次回はその軸の端を探します ── 第 43 回の練習問題で「三度目の試練があるとすれば、冪則そのものが成り立たない場所だ」と書きました。
★★ 相転移の臨界点、有限サイズ効果、そして「対数が冪を置き換える場所」。くりこみ群の固定点を波として見ると、階数という軸がどこで終わるのかが見えます。
この文書は「考える波」シリーズ第 47 回です。計算は kenshou/uchu.js で行っています。本回の数値について:ムカノフ=ササキ方程式の数値解とスペクトル指数の測定、\(\zeta\) の凍結の確認、模型ごとの \(n_s\) と \(r\)、dB/oct への換算、必要な \(e\) 倍数の見積もりは、すべて本稿で計算したものです。ムカノフ=ササキ方程式、バンチ=デイヴィス真空、\(n_s-1=3-2\nu\)、地平線外での曲率ゆらぎの凍結、スローロール公式 \(n_s-1=-6\epsilon+2\eta\) と \(r=16\epsilon\)、\(V\propto\phi^p\) およびスタロビンスキー模型の予言、そして \(n_s=0.9649\pm0.0042\)・\(r<0.036\) という観測値 ── これらはいずれもよく知られた結果・文献値で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを第 13 回・第 39 回と同じ二次方程式として並べ、\(n_s\) を第 1 回の dB/oct の目盛りに載せたことだけです。05 節の「宇宙も乱流も 0.1 dB/oct 級」は偶然の一致であり、共通の機構を主張するものではありません。06 節の \(e\) 倍数の見積もりは再加熱温度を一つ仮定したごく粗いもので、実際の \(N\) は再加熱の詳細に依存します。04 節の \(n_s\) 判定は \(3\sigma\) を基準にした本稿の便宜的なもので、正式な模型選択は同時フィットで行われます。インフレーションが実際に起きたかどうかは本稿では扱えません(代替模型も存在します)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。