考える波 第 45 回 / 第 XV 部・媒質を自分で作る

「何もない」を波として見る

真空を揺らす ──
熱の正体は、時間が対数になったことだった ゼロ点エネルギーの和は発散しますが、発散する項は体積に比例するので引けます ── 残るのは \(-1/12\)(数値でも \(-0.0833333\))。
★ 境界を揺らすと何もない所から光子が出ます(\(n=|\beta|^2\))。そして \(|\alpha|^2-|\beta|^2=\det M=1\) ── 第 36 回そのものです。
★★ 加速した人が真空を熱く見る理由は ── ガンマ関数 → \(\sinh\) → \(1/(e^x-1)\)時間を対数で測ったから、プランク分布が出た。

必要な道具:第 9, 17, 18, 20, 28, 36, 40, 44 回計算:kenshou/shinku.js

第 44 回で時間変調が波を育てるところまで来ました。
★ では、育てる元の波が一本も無いときはどうなるか ── それがこの回です。

01無限を引き算する ── 引けるのは、発散が体積に比例するから

間隔 \(a\) の壁の間のモードは \(\omega_n=n\pi c/a\)。\(E=\frac\hbar2\sum\omega_n\) は発散します。切断 \(e^{-\delta n}\) を入れて、何が発散しているのかを見ます。

\(\delta\)\(\sum n e^{-\delta n}\)(数値)\(1/\delta^2\)★ 差\(-1/12\)
0.199.91670832100.00000000−0.08329168−0.08333333
0.019999.9166670810000.00000000−0.08333292−0.08333333
0.003111111.02777781111111.11111111★ −0.08333330−0.08333333

01節の中心

\(\sum n e^{-\delta n}=\dfrac1{4\sinh^2(\delta/2)}=\dfrac1{\delta^2}-\dfrac1{12}+O(\delta^2)\)。
★★ 発散する項 \(1/\delta^2\) は \(a\) に比例します ── 壁が無くても同じ「体積の項」。だから引ける。
★ 残るのは \(-1/12\) ── 有限で、しかも
★★ 「無限大を引いた」のではなく、「壁があるときと無いときの差を取った」 ── これが正しい読み方です。第 7 回の「無次元量だけが物理」と同じく、比べられる量だけが意味を持つ。

一次元スカラー場の結果 $$E(a)=-\frac{\pi\hbar c}{24a},\qquad F=-\frac{dE}{da}=-\frac{\pi\hbar c}{24a^2}\quad(\text{引力})$$

02三次元の電磁場 ── 実際の大きさ

間隔 \(a\)\(|P|\)[Pa]大気圧との比
1 mm1.3001e−151.283e−20
1 μm1.3001e−31.283e−8
100 nm1.3001e+11.283e−4
10 nm1.3001e+51.283★ 大気圧を超える

02節の中心

\(P=-\pi^2\hbar c/(240a^4)\)。★ 10 nm まで詰めると大気圧の 1.28 倍 ── 「何もない」が押す力です。
★ \(a^{-4}\) なので1 桁 縮めると 10000 倍だから 1 mm ではまったく測れず、100 nm では MEMS の設計に効いてきます。

03★ 揺すると、何もない所から光子が出る

モードの周波数を揺らす(第 40・44 回と同じ式) $$\ddot x+\omega_0^2\bigl(1+h\cos\Omega t\bigr)x=0$$

一周期の単値行列 \(M\) からボゴリューボフ係数を取ります ── \(\alpha=\frac{M_{11}+M_{22}}2-i\frac{M_{12}-M_{21}}2\)、\(\beta=\frac{M_{11}-M_{22}}2+i\frac{M_{12}+M_{21}}2\)。

\(h\)\(\det M\)\(|\alpha|^2\)\(|\beta|^2=n\)\(|\alpha|^2-|\beta|^2\)
01.000000001.00000000★ 0.000000001.00000000
0.051.000000001.001542710.001542711.00000000
0.101.000000001.006177880.006177881.00000000
0.401.000000001.10115948★ 0.101159481.00000000

周期を重ねると、生成された光子は指数的に増えます(\(h=0.1\))。

周期の数\(n=|\beta|^2\)\(|\alpha|^2-|\beta|^2\)
10.0061781.000000000
100.7540981.000000000
205.2909341.000000000
603089.030869★ 1.000000000

03節の中心 ── ★★★

\(|\alpha|^2-|\beta|^2=\det M=1\)。
光子が 3089 個 出ても、この 1 は動かない。

第 36 回で「\(\det M=1\) は不確定性の保存」と見ましたが、これはその粒子数版です。
★★ \(h=0\) なら \(n=0\) ── 揺すらなければ何も出ません。出るのは、揺すった人の仕事です。
第 44 回 06 節の「時間のギャップの中では育つ」を、光子の数で数え直したのが本節です。

04ウンルー ── 加速すると真空が温かく見える

加速度と温度 $$T=\frac{\hbar a}{2\pi c k_B}$$
加速度 \(a\)[m/s²]\(T\)[K]
9.83.9739e−20地上の重力
\(10^{10}\)4.0550e−11強い電場中の電子
2.47e+201.0016★ \(T=1\) K
\(10^{26}\)4.0550e+5★ 室温の 1350 倍

04節の中心

1 K を出すのに \(2.5\times10^{20}\) m/s² ── だから直接は測られていません。
逆に言えば、これは「日常では真空が冷たい」ことの定量的な理由です。第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」と同じ構図 ── 効果が無いのではなく、届かない。

05★★ なぜ「熱」になるのか ── 対数時間と指数写像

加速する観測者の固有時 \(\eta\) と、ミンコフスキー時間 \(t\) $$a\,t=e^{a\eta}\qquad\Longrightarrow\qquad e^{-i\omega t}\ \to\ e^{-i(\omega/a)e^{a\eta}}$$

これを \(\eta\) でフーリエ変換すると ── ガンマ関数が出ます

★ ここで指数が生まれる $$\int d\eta\,e^{i\Omega\eta}e^{\mp i(\omega/a)e^{a\eta}}=\frac1a\Gamma\!\left(\frac{i\Omega}{a}\right)\left(\pm\frac{ia}{\omega}\right)^{i\Omega/a},\qquad (\pm i)^{i\Omega/a}=e^{\mp\pi\Omega/(2a)}$$
\(\Omega/a\)\(|\beta/\alpha|^2=e^{-2\pi\Omega/a}\)★ \(n=1/(e^{2\pi\Omega/a}-1)\)
0.15.334881e−11.143568
0.54.321392e−24.516571e−2
1.01.867443e−31.870937e−3
2.03.487342e−63.487355e−6

ガンマ関数の恒等式も数値で確かめます ── \(|\Gamma(iy)|^2=\pi/(y\sinh\pi y)\)。

\(y\)\(|\Gamma(iy)|^2\)(数値)\(\pi/(y\sinh\pi y)\)
0.19.83738115e+19.83738115e+11.000000
1.02.72029055e−12.72029055e−11.000000
2.05.86676483e−35.86676483e−31.000000

05節の中心 ── ★★★ 本回の要

時間が対数になる ⟹ 位相に指数が入る ⟹ ガンマ関数 ⟹ \(\sinh\) ⟹ \(1/(e^x-1)\)。
「熱」の正体は、時間の測り方だった。

第 20 回で「\(c\cdot t=\)一定 の座標系は対数時間」と見ました。ここに出てくる \(at=e^{a\eta}\) はまったく同じ形です。
★★ 第 28 回で「指数関数が出る源は二つ、そのひとつは足し算が掛け算になること」と整理しました。加速は、時間の足し算を時間の掛け算に変える操作でした。
温度 \(T=a/2\pi\) は、\(e^{-2\pi\Omega/a}\) の肩そのもの ── 温度という量が、ここでは「対数時間の目盛りの細かさ」でした。

06温度が「見る人による」ということ

立場見える状態本シリーズの言葉
静止している真空(\(n=0\))第 9 回:ゼロ点だけ
★ 一定加速している熱浴(\(T=a/2\pi\))★ 対数時間で見ている
★ 鏡を揺らしている光子が出る★ 第 40・44 回のパラメトリック

06節の中心

★★ 「粒子が何個あるか」は、座標の取り方に依る量でした。
波として見れば当たり前です ── どの基底で展開するかの問題だから。正弦波で展開するか、ウェーブレットで展開するか(第 22 回)で「成分の数」が変わるのと同じ。
★★ 第 7・15 回の「無次元量だけが物理」と同じ注意がここでも要ります ── 座標に依る量を、物理だと思ってはいけない。

07それでも、ただでは取り出せない

門番本回での効き方
受動性(第 17・18 回)鏡を揺らす仕事が、そのまま光子のエネルギー源
\(\det M=1\)(第 36 回)★ \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\) ── 増える分は必ず対で出る
総和則(第 44 回)ある周波数で得れば、別の周波数で損する

07節の中心

カシミール力は「引き出せるエネルギー」ではなく、位置の関数の勾配です。一度 板をくっつけたら、離すのに同じだけの仕事が要ります。
★★ 動的カシミールの光子も、揺すった人の仕事がそのまま出ているだけ。
「真空エネルギーを取り出す」という話を聞いたら、まずどこに仕事をしている人がいるかを探す ── 本シリーズの三つの門番が、必ずどれかで塞いでいます。

08波として言えること・言えないこと

項目判定根拠
発散は体積に比例(引ける)◎ 数値\(1/\delta^2\) を引くと \(-1/12\)
カシミール圧 \(\propto a^{-4}\)◎ 数値10 nm で大気圧の 1.28 倍
★ 揺すると \(n=|\beta|^2\)◎ 数値★ \(h=0\) では \(n=0\)
★ \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\)◎ 数値★ 第 36 回の粒子数版
ウンルー温度◎ 数値1 K に \(2.5\times10^{20}\) m/s²
★ 熱の正体は対数時間◎ 解析★ \(\Gamma\to\sinh\to1/(e^x-1)\)
\(|\Gamma(iy)|^2\) の恒等式◎ 数値比 1.000000
★ ただでエネルギーは出ない◎ 論理受動性・\(\det M=1\)・総和則
★ 宇宙定数問題× 扱えない★ 引き算できない量だから

08節の中心 ── ★ いちばん大事な但し書き

01 節で「発散は引ける」と書きましたが、それは「壁があるときと無いときの」を取れたからです。
★★ 重力は差ではなく絶対値に応答します ── だから真空のエネルギー密度そのものを問うと、引き算する相手がありません。
これが宇宙定数問題で、本稿の道具ではまったく扱えません「カシミール効果が測れたのだから真空エネルギーは実在する」という論法は、ここで止まります ── 測れたのはだけです。

練習問題

  1. 03 節で光子が 3089 個 出ても \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\) が動かなかった。これは何を守っているのか。
    答えを見る
    交換関係、つまり不確定性です。ボゴリューボフ変換が正準変換であるための条件が \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\) で、これは古典的には \(\det M=1\)(位相空間の面積保存)。
    第 36 回で「スクイーズしても \(\Delta X_1\Delta X_2=1/4\) は動かない」と見たのと同じ式です。
    ★★ つまり動的カシミールで出る光子は、必ずで出ます(\(\beta\) が増えれば \(\alpha\) も増える)── 片方だけ増やすことはできません。★ 実験で「相関した光子対」が見られるのは、この式の直接の帰結です。
  2. 05 節で「熱の正体は対数時間」と言った。では逆に、対数時間で測れば何でも熱く見えるのか。
    答えを見る
    いいえ ── 「時間が対数になる」だけでは足りません。必要なのはその座標系が真空の一部しか見られないことです。加速する観測者には地平線があり、向こう側が見えません。
    見えない部分を「捨てる」(トレースアウトする)と、残った部分は混合状態になります ── それが熱に見える理由。対数時間は、その地平線を作る座標変換の形として現れています。
    ★★ だから第 20 回の「\(c\cdot t=\)一定 の座標系」で対数時間を使っても、それだけでは熱は出ません。必要なのは「見えない領域があること」── 情報を捨てたぶんだけ、エントロピーが出る(第 21 回)。
  3. 02 節でカシミール圧は \(a^{-4}\) だった。この指数はどこから来るか。
    答えを見る
    次元解析だけで出ます。使える量は \(\hbar,c,a\) だけ。圧力の次元は[エネルギー]/[長さ]³ で、\(\hbar c\) は[エネルギー]×[長さ]。したがって \(P\propto\hbar c/a^4\) ── 係数以外は一行です。
    第 43 回の「階数の一枚の表」で言えば、\(a^{-4}\) は三次元の帰結です。\(d\) 次元なら \(P\propto\hbar c/a^{d+1}\)── 01 節の一次元では \(F\propto1/a^2\) でした(\(d=1\) で \(a^{-2}\)、合っています)。
    ★★ 係数(\(\pi^2/240\))だけが「波の数え方」から出ます ── 指数は次元が決め、係数はモードの数え方が決める。第 30 回とまったく同じ分業です。

まとめ 熱の正体は、時間が対数になったこと

ゼロ点エネルギーの和は発散しますが、発散する項 \(1/\delta^2\) は体積に比例するので、壁があるときと無いときのを取れば消えます ── 残るのは \(-1/12\)(数値でも \(-0.0833333\))。「無限を引いた」のではなく「差を取った」というのが正しい読み方です。一次元では \(E=-\pi\hbar c/(24a)\)、力は引力。

三次元の電磁場では \(P=-\pi^2\hbar c/(240a^4)\) ── 10 nm で大気圧の 1.28 倍\(a^{-4}\) なので 1 桁 縮めると 10000 倍です。

境界を揺らすと、何もない所から光子が出ます。\(h=0\) なら \(n=0\)、\(h=0.4\) なら \(n=0.101\)、60 周期 重ねれば \(n=3089\)。

★★★ そして光子が 3089 個 出ても \(|\alpha|^2-|\beta|^2=\det M=1\) は動きません ──
第 36 回の「\(\det M=1\) は不確定性の保存」の、粒子数版でした。

加速すると真空は熱く見えます(\(T=\hbar a/2\pi ck_B\))。1 K を出すのに \(2.5\times10^{20}\) m/s² ── 日常では届きません。

★★★ その「熱」の正体は ──
加速する人の時間が対数になる(\(at=e^{a\eta}\))⟹ 位相に指数が入る
⟹ ガンマ関数 ⟹ \(\sinh\) ⟹ \(1/(e^x-1)\)。
温度 \(T=a/2\pi\) は、\(e^{-2\pi\Omega/a}\) の肩そのものでした。

数値でも確かめました ── \(|\Gamma(iy)|^2=\pi/(y\sinh\pi y)\) が比 1.000000。★ 第 20 回の「対数時間」と第 28 回の「足し算→掛け算」が、ここで合流します。

そしてただでは取り出せません ── 受動性、\(\det M=1\)、総和則の三つが塞いでいます。カシミール力は勾配であって在庫ではなく、動的カシミールの光子は揺すった人の仕事です。
★★ いちばん大事な但し書き:01 節で引けたのはだからで、重力は絶対値に応答しますだから「カシミールが測れたから真空エネルギーは実在する」という論法はここで止まり、宇宙定数問題は本稿の道具ではまったく扱えません。

この文書は「考える波」シリーズ第 45 回です。計算は kenshou/shinku.js で行っています。本回の数値について:切断つきモード和と \(-1/12\) の抽出、カシミール圧の数値、単値行列からのボゴリューボフ係数と生成光子数、ウンルー温度、\(|\Gamma(iy)|^2\) の恒等式は、すべて本稿で計算したものです。カシミール効果とその \(a^{-4}\) 則、ゼータ関数正則化(\(\zeta(-1)=-1/12\))、ボゴリューボフ変換と \(|\alpha|^2-|\beta|^2=1\)、動的カシミール効果、ウンルー効果と \(T=\hbar a/2\pi ck_B\)、リンドラー座標におけるガンマ関数からプランク分布が出る計算 ── これらはいずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「対数時間」(第 20 回)と「\(\det M=1\)」(第 36 回)という本シリーズの二つの道具の下に並べ直したことだけです。03 節は単一モードの最小模型であり、実際の動的カシミール効果は多モードの問題です(超伝導回路を用いた実験報告がありますが、本稿はそれを再現したものではありません)。01 節の \(-1/12\) は指数的な切断を用いた一つの正則化による値で、正則化の取り方に依らないことは本稿では確かめていません(文献では確かめられています)。08 節に書いたとおり、本稿が扱えたのはエネルギーの差だけで、真空のエネルギー密度そのもの(宇宙定数問題)は扱えていません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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