考える波 第 44 回 / 第 XV 部・媒質を自分で作る

分散関係を、設計する

メタマテリアル ──
空間に周期を入れれば周波数の穴、時間に周期を入れれば運動量の穴 ここまで媒質は与えられたものでした。この回から自分で作ります
★ 負屈折の符号を決めているのは「損があること」── \(\mathrm{Im}\,n>0\) という因果律の条件(第 8 回)。
★★ そして時間方向に周期構造を作ると、ギャップが \(k\) に開き、その中では波が育ちます(成長率 0.024993、予言 \(hck/4=0.025\))。

必要な道具:第 8, 9, 16, 17, 18, 28, 29, 36, 40 回計算:kenshou/meta.js

第 43 回まで、波はひとりでに決まった媒質の中を進んできました。
★ ここからは逆です ── 欲しい分散関係を先に決めて、それを実現する構造を作る。ただし「作ってよいもの」は、このシリーズがすでに決めてしまっています。

01負の屈折率 ── 符号を決めるのは「損があること」

\(n^2=\varepsilon\mu\) で \(\varepsilon,\mu\) がともに負なら \(n^2>0\) ── 符号は二通りあります。決めるのは、損を入れたとき波が減衰する側(\(\mathrm{Im}\,n>0\))。

\(\varepsilon\)\(\mu\)主値 \(\sqrt{\varepsilon\mu}\)★ 正しい \(n\)状態
\(+1+0.01i\)\(+1+0.01i\)\(1.000+0.010i\)\(1.000+0.010i\)普通
\(-1+0.01i\)\(+1+0.01i\)\(0.000+1.000i\)\(0.000+1.000i\)★ エバネッセント
\(-1+0.01i\)\(-1+0.01i\)\(1.000-0.010i\)★ \(-1.000+0.010i\)★ 負屈折
\(-4+10^{-4}i\)\(-1+10^{-4}i\)\(2.000-0.0001i\)★ \(-2.000+0.0001i\)★ 負屈折

01節の中心

★★ \(\varepsilon<0\) かつ \(\mu<0\) のときだけ \(\mathrm{Re}\,n<0\)。片方だけなら \(n\) はほぼ純虚数 ── 第 28 回のエバネッセント(\(k^2<0\) で進めない波)です。
符号を決めたのは「損」でした。損がゼロの理想媒質では、二つの符号は数学的に区別できません。「わずかでも損がある」と認めた瞬間に、減衰する側が一つに決まる。
★★ 第 8 回の因果律が、ここで符号を選ぶ役をしています。

02分散なしには作れない ── エネルギーが負になってしまう

分散性媒質のエネルギー密度が正であるための条件 $$\frac{d(\omega\varepsilon)}{d\omega}>0\qquad\text{(分散が無ければ } \varepsilon>0 \text{ と同じことになる)}$$
\(\omega/\omega_p\)\(\varepsilon=1-\omega_p^2/\omega^2\)\(d(\omega\varepsilon)/d\omega\)判定
0.3−10.111111★ +12.111111★ OK(\(\varepsilon<0\) なのに)
0.5−3.000000+5.000000OK
0.8−0.562500+2.562500OK
1.5+0.555556+1.444444OK

02節の中心

\(d(\omega\varepsilon)/d\omega=1+\omega_p^2/\omega^2\) は必ず正 ── 分散があるおかげで、\(\varepsilon\) が負でもエネルギーは正でいられます。
★★ 逆に言うと「分散のない負の \(\varepsilon\)」は作れません。
これが、負屈折の媒質が必ず狭帯域である理由です ── 広帯域で \(\varepsilon<0\) にすると、どこかで \(d(\omega\varepsilon)/d\omega\) が負になってしまう。

03総和則 ── 全部の周波数で得をすることはできない

f 総和則(第 8 回の因果律の帰結) $$\int_0^\infty \omega\,\mathrm{Im}\,\varepsilon(\omega)\,d\omega=\frac{\pi}{2}\omega_p^2$$
数値積分(ローレンツ、\(\omega_0=2,\gamma=0.1\))1.57077133
\((\pi/2)\omega_p^2\)1.57079633
0.99998

03節の中心

★★ 右辺は \(\omega_0\) にも \(\gamma\) にも依りません ── 共振をどこに置いても、どれだけ鋭くしても、総量は同じ。
「ある周波数で強くしたら、別の周波数で弱くなる」が、式で言えています。設計者が動かせるのは配分だけで、総額ではない。
★★ 第 15 回の「無次元量だけが物理」と同じく、これは設計の上限そのものです。

04一次元フォトニック結晶 ── ギャップと、遅い光

屈折率 \(n_1,n_2\) の層を交互に積み、一周期の転送行列 \(M\) を作ります。\(|\mathrm{tr}\,M/2|>1\) の帯がバンドギャップ(=進めない)。

\(n_2/n_1\)第 1 ギャップ下端上端★ 相対幅
1.053.0174203.1125400.031034
1.22.6919803.0196400.114735
1.52.2034202.8154600.243895
2.01.6821402.4619200.376336
3.01.1356601.8718600.489573

そしてバンドの端に近づくと、群速度が 0 へ向かいます(\(n_2=2\)、第 1 バンドの上端 \(\omega=1.68214\))。

\(\omega\)\(KL\)(ブロッホ位相)★ \(v_g/c\)
0.5000.792540.627547
1.4002.296360.528187
1.6702.990050.157780
1.68203.12559(≈\(\pi\))★ 0.017166

04節の中心

ギャップの中は「進めない」 ── 第 28 回の \(k^2<0\) とまったく同じ状態です。ブロッホ位相が \(\pi\) に達すると、そこから先は複素数になる。
★★ ギャップの端では \(v_g\to0\)(0.628 → 0.017、37 分の 1)── これが「遅い光」。
ただし端に近づくほど使える帯域も狭くなります。次の節がそれです。

05★ 遅延と帯域は交換するしかない

\(\gamma\)最大群遅延 \(\tau\)帯域 \(\Delta\omega\)★ \(\tau\cdot\Delta\omega\)
0.4001.1065660.4000.442627
0.2001.3371110.2000.267422
0.1002.1959690.1000.219597
0.0505.3147470.0500.265737
0.02515.9237080.0250.398093

05節の中心 ── ★ 正直に

遅延だけなら 1.11 → 15.92(14 倍)まで伸ばせます(\(\gamma\) を 16 分の 1 に)。
★★ ところが積は 0.44 → 0.22 → 0.40 と、2 倍の幅にしか動きません。
正直に書くと単調ではありません(\(\gamma=0.1\) 付近で最小)。「一定」と言うのは言い過ぎです。言えるのは「\(\gamma\) を 16 倍 変えても、積は 2 倍以内にとどまる」まで。
★★ それでも設計の含意ははっきりしています ── 遅延を稼げば、その分だけ帯域を失う。第 9 回の帯域幅定理が、ここでも効いています。

06★★ 時間方向に周期構造を作る ── 運動量のギャップ

誘電率を時間の関数にする(空間は一様のまま) $$\frac{d^2E}{dt^2}+c^2k^2\bigl(1+h\cos\Omega t\bigr)E=0\qquad\text{── 第 40 回のマシュー方程式}$$
\(k\)\(\det M\)\(\mathrm{tr}\,M\)\(|\mu|\)成長率判定
0.901.000000−1.9067691.0000000通る
0.951.000000−1.9807781.0000000通る
1.001.000000−2.0061681.081682★ 0.024993★ ギャップ(増幅)
1.051.000000−1.9823141.0000000通る
1.101.000000−1.9098031.0000000通る

06節の中心 ── ★★★ 本回の要

空間が周期的 ⟹ 周波数のギャップ。中では減衰
時間が周期的 ⟹ 運動量のギャップ。中では増幅

ギャップの中心は \(k=\Omega/2c=1.000\) ── 第 40 回のパラメトリック共振とまったく同じ条件です。成長率は 0.024993、予言 \(hck/4=0.025\)。
★★ 減衰か増幅かの違いは、「どちらの向きに進めないか」の違いです。空間で進めないなら、遠ざかるほど減る。時間で進めないなら ── 時間は止められないので、代わりに育つ
\(\det M=1.000000\) も出ています ── 第 36 回と同じ。増える解と減る解が必ず対で出る。

07作ってはいけないもの ── 三つの門番

門番条件意味
受動性(第 17・18 回)\(\mathrm{Re}\,Z\ge0\)外から入れずに増幅はできない
オストログラツキー(第 29 回)時間微分は 2 階まで3 階以上は必ず不安定
総和則(第 8 回・本回 03 節)\(\int\omega\,\mathrm{Im}\,\varepsilon\,d\omega\) 一定★ どこかで強くすれば どこかで弱くなる

07節の中心

メタマテリアルが「自由に作れる」のは、この三つの外側だけです。
★★ 負屈折は三つとも破っていません ── だから作れました。(分散を持ち、狭帯域で、損がある。)
「完全レンズ」が難しいのは、損 \(\mathrm{Im}\,\varepsilon\) をゼロにできないからです ── そして 01 節で見たとおり、その損こそが \(n\) の符号を決めていた。損を消すと、負屈折そのものが定義できなくなります。
★★ 06 節の時間変調は受動性を破っているように見えますが、破っていません ── \(\varepsilon(t)\) を揺らすには外から仕事が要るからです(第 40 回と同じ)。

08波として言えること・言えないこと

項目判定根拠
\(n\) の符号は損が決める◎ 数値\(\varepsilon<0\) かつ \(\mu<0\) のときだけ
分散なしの \(\varepsilon<0\) は禁止◎ 数値\(d(\omega\varepsilon)/d\omega>0\)
総和則◎ 数値\((\pi/2)\omega_p^2\) と 4 桁一致
ギャップ=進めない帯◎ 数値\(|\mathrm{tr}\,M/2|>1\)
バンド端で \(v_g\to0\)◎ 数値0.628 → 0.017
遅延×帯域の交換○ 数値★ 単調ではない(16 倍 で 2 倍以内)
★ 時間周期 → 運動量ギャップ◎ 数値★ しかも中では増幅
★ 実際の素子の設計× 扱えない★ 本稿は一次元の模型のみ
★ 三次元での実現可能性× 扱えない★ 等方的な \(\mu<0\) は別の困難

練習問題

  1. 06 節で「時間のギャップの中では波が育つ」と出た。エネルギーはどこから来るのか。
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    \(\varepsilon(t)\) を揺らしている装置からです。誘電率を変えるには仕事が要り、その仕事が波に移っています。
    第 40 回のブランコと同じ ── ブランコを漕ぐ人が \(\varepsilon(t)\) にあたります。
    ★★ だから受動性(第 17・18 回)は破られていません ── 系全体としては外部から駆動されている。★ 「メタマテリアルで増幅できた」と聞いたら、まずどこから電力を入れているかを探すのが正しい読み方です。
  2. 03 節の総和則は「総量が決まっている」と言う。では負屈折は何を犠牲にしているのか。
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    帯域と、損です。02 節のとおり \(\varepsilon<0\) は必ず分散を伴い、分散が強いほど帯域は狭い。そして分散が強いということは、クラマース=クローニッヒにより近くに大きな \(\mathrm{Im}\,\varepsilon\) があるということ ── つまり損が大きい。
    「負屈折は狭帯域で損が大きい」は、実験上の都合ではなく因果律の帰結です。
    ★★ これは第 8 回の「実部と虚部は独立に設計できない」がそのまま効いた例です。★ だから「損のない広帯域の負屈折」を目指す設計は、原理的に行き止まりです。
  3. 04 節でギャップの中を「エバネッセント」と呼んだ。第 41 回のトポロジカルなギャップと何が違うのか。
    答えを見る
    ギャップそのものは同じで、違うのは端に何があるかです。どちらも「バルクでは進めない帯」。
    ★ ところが第 41 回ではバルクの整数(巻き数・チャーン数)が 0 でないので、端に必ず状態が現れます(バルク=端対応)。ふつうのフォトニック結晶では整数が 0 なので、端に何も出ません。
    ★★ つまり「ギャップを作る」だけなら本回の 04 節で足りますが、「端に一方向の道を作る」には整数を 0 でなくする必要がある── そのためには時間反転対称性を破る(磁場や、06 節のような時間変調)必要があります。★ 本回の 06 節は、その入口でもあります。

まとめ メタマテリアルとは、分散関係を設計すること

負屈折の符号を決めているのは「損があること」でした。\(\varepsilon<0\) かつ \(\mu<0\) のときだけ \(\mathrm{Re}\,n<0\) になり、片方だけなら \(n\) はほぼ純虚数 ── 第 28 回のエバネッセントです。損がゼロの理想媒質では、二つの符号は区別できません。

そして分散なしには作れません。\(d(\omega\varepsilon)/d\omega>0\) がエネルギーの条件で、ドルーデでは \(1+\omega_p^2/\omega^2\) が必ず正 ── 分散があるから \(\varepsilon<0\) が許される。負屈折が必ず狭帯域なのは、この帰結です。

さらに総和則 \(\int\omega\,\mathrm{Im}\,\varepsilon\,d\omega=(\pi/2)\omega_p^2\)(数値 1.57077 対 理論 1.57080)── 右辺は共振の位置にも鋭さにも依らない。設計者が動かせるのは配分だけで、総額ではありません。

一次元フォトニック結晶では \(|\mathrm{tr}\,M/2|>1\) がギャップで、屈折率比 2 なら相対幅 0.376。バンド端では \(v_g/c\) が 0.628 → 0.017 と 37 分の 1(遅い光)。ただし遅延を 14 倍 稼いでも、遅延×帯域は 2 倍の幅にしか動きませんでした(★ 単調ではなく、「一定」と言うのは言い過ぎです)。

★★★ 本回の要 ──
空間が周期的なら 周波数のギャップ。中では減衰
時間が周期的なら 運動量のギャップ。中では増幅

時間変調の式は第 40 回のマシュー方程式そのもので、ギャップの中心は \(k=\Omega/2c\)、成長率は 0.024993(予言 \(hck/4=0.025\))、\(\det M=1.000000\)。★ 減衰か増幅かは「どちらの向きに進めないか」の違いでした ── 空間で進めないなら遠ざかるほど減り、時間で進めないなら ── 時間は止められないので育つ。

そして作ってよいものは三つの門番が決めています ── 受動性(第 17・18 回)、オストログラツキー(第 29 回)、総和則(第 8 回)。負屈折は三つとも破っていないから作れました。完全レンズが難しいのは損を消せないからで、その損こそが \(n\) の符号を決めていたのです。

この文書は「考える波」シリーズ第 44 回です。計算は kenshou/meta.js で行っています。本回の数値について:屈折率の分枝の選択、\(d(\omega\varepsilon)/d\omega\)、総和則の数値積分、転送行列によるバンド構造と群速度、群遅延と帯域の積、時間変調のフロケ乗数は、すべて本稿で計算したものです。負の屈折率(ヴェセラゴ、ペンドリー)、\(\mathrm{Im}\,n>0\) による分枝の決定、分散性媒質のエネルギー密度の条件、f 総和則、一次元フォトニック結晶の転送行列とバンドギャップ、遅延帯域積、そして時間変調媒質(フォトニック時間結晶)における運動量ギャップと増幅 ── これらはいずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「何が作れて何が作れないか」という一つの問いの下に並べ、空間の周期と時間の周期を対にして書いたことだけです。05 節の遅延帯域積は「一定」ではありません。本稿の模型・パラメータでは \(\gamma\) を 16 倍 変えて積が 2 倍以内に収まりますが、単調ではなく(\(\gamma\approx0.1\) で最小)、普遍的な定数ではありません。04・06 節はいずれも一次元・二成分の最小模型で、実際の三次元素子の設計とは別の問題です(とくに等方的な \(\mu<0\) の実現は本稿が扱っていない困難を伴います)。01 節で用いた損は数値を安定させるための小さな値で、実際の材料の損失とは異なります。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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