考える波 第 37 回 / 第 XIII 部・最先端を波として見る
きれいな媒質という仮定を、壊す
アンダーソン局在 ──
止まるかどうかは、波が原点に戻るかで決まっていた
乱れた媒質では吸収がなくても波が止まります。1 次元ではどんなに弱い乱れでも必ず局在(\(\xi\propto W^{-2}\)、測った傾き −1.97)。
★★ そして次元で決まる理由が出ました ── 波が戻ってこないと自分と干渉できない。
★ 局在の次元依存は、ポリアの再帰定理そのものでした。
ここまで 36 回、媒質はきれいに揃っているとしてきました。本回はそれを壊します。
素朴な予想は「散乱されて拡散になるだろう」── ところが、ある条件を超えると拡散すらしなくなります(アンダーソン局在、1958)。
★ これは量子に限りません ── 光・音・マイクロ波・水面波・冷却原子、どれでも起きる純粋に波の現象です。
011 次元で、局在長を測る
転送行列の伸び率(リャプノフ指数 \(\gamma\))を測り、局在長 \(\xi=1/\gamma\) とします
| 乱れ \(W\) | \(\gamma=1/\xi\) | 局在長 \(\xi\) [格子] | \(\xi W^2\) |
|---|---|---|---|
| 0.25 | 7.2262e−4 | 1383.86 | 86.49 |
| 0.50 | 2.8142e−3 | 355.34 | 88.84 |
| 1.00 | 1.1115e−2 | 89.97 | 89.97 |
| 2.00 | 4.3764e−2 | 22.85 | 91.40 |
| 4.00 | 1.6989e−1 | 5.89 | 94.18 |
01節の中心
\(\ln\xi\) を \(\ln W\) で回帰した傾きは −1.97(弱乱れの予言 −2)。
★★ \(W\) がどんなに小さくても \(\xi\) は有限 ── 必ず局在します。
★ ただし \(\xi\propto W^{-2}\) なので、弱い乱れでは途方もなく長くなる ── \(W=0.01\) で \(\xi\approx8.6\times10^5\) 格子、\(W=0.001\) で \(8.6\times10^7\) 格子。
★ だから実験では「局在していない」ように見えます ── 試料が短いだけ。第 5 回の「宇宙年齢より長い周期は定数と区別がつかない」と同じ構図です。
02同じ「指数減衰」でも、原因が違う
| 現象 | 形 | 原因 | ゆらぐか |
|---|---|---|---|
| エバネッセント(第 6 回) | \(e^{-\kappa x}\) | \(k^2<0\)(決定論) | ゆらがない |
| トンネル(第 28 回) | \(e^{-2\kappa a}\) | \(k^2<0\)(決定論) | ゆらがない |
| ★ アンダーソン局在 | \(e^{-x/\xi}\) | ★ 多重散乱の干渉(統計) | ★★ ゆらぐ |
「ゆらぐ」を数値で見ます ── 同じ \(W=1\) で乱数の種だけ変えると \(\xi\) は 84.98〜91.86 に散らばり、相対標準偏差 2.46 %。
02節の中心
試料ごとに違う値になります ── これが統計的な指数の特徴。(\(N\) を増やすとばらつきは \(1/\sqrt N\) で縮む ── 自己平均。)
★ エバネッセント波には、そもそもばらつきがありません。
03★★ なぜ次元で決まるのか ── 波が原点に戻るか
局在は次元で振る舞いが変わります ── 1・2 次元ではどんなに弱い乱れでも必ず局在、3 次元では弱ければ拡散(移動度端がある)。
★ なぜ 2 次元が境目なのか。局在は波が戻ってきて自分と干渉することで起きるので、戻ってくる回数が効きます。
| 格子の細かさ | \(d=1\) | \(d=2\) | ★ \(d=3\) |
|---|---|---|---|
| 20 | 7.00 | 3.18 | 1.743111 |
| 40 | 13.67 | 3.64 | 1.655221 |
| 80 | 27.00 | 4.08 | 1.598384 |
| 160 | 53.67 | 4.53 | 1.563634 |
03節の中心 ── ★★★ ポリアの定理(1921)
\(d=1\) と \(d=2\) は細かくするほど増え続けます(発散)。\(d=3\) だけ有限値に落ち着きます(ワトソン積分 1.516386…。\(1/N\) でしか近づかないので収束は遅い)。
★ \(d\le2\) のランダムウォークは必ず原点に戻る(再帰的)
\(d\ge3\) では戻らないことがある ── 3 次元で帰還確率は \(1-1/1.516386=0.340537\)
★★ 局在の次元依存は、ここから来ていました。
波が戻ってこないと自分と干渉できない → 局在しない。\(d\le2\) では必ず戻るので干渉が積み上がる → 必ず局在。\(d=3\) では帰還が 34 % ── 乱れが強くないと足りない。
04弱局在の補正を、次元ごとに数える
| \(\tau_\phi/\tau\) | \(d=1\)(\(\propto\sqrt t\)) | ★ \(d=2\)(\(\propto\ln t\)) | \(d=3\)(収束) |
|---|---|---|---|
| \(10^{2}\) | 5.078 | 0.366468 | 0.04040710 |
| \(10^{4}\) | 55.85 | 0.732936 | 0.04444781 |
| \(10^{6}\) | 563.6 | 1.099403 | 0.04485188 |
| \(10^{8}\) | 5641.3 | 1.465871 | 0.04489229 |
04節の中心
\(d=1\) は \(\sqrt{\tau_\phi}\) で伸び、\(d=2\) は \(\ln\tau_\phi\) で伸び(2 桁 ごとに 0.3665 ずつ)、\(d=3\) は止まります。
★ \(d\le2\) では補正がいくらでも大きくなり、摂動が破綻する = 拡散という描像自体が壊れる = 局在。\(d=3\) では補正が有限に留まるので、弱い乱れなら拡散のまま。
★★★ \(d=2\) が「対数」になる ── これが境界次元の印です。
05★ 第 30 回の \(d=2\) と、本回の \(d=2\) は同じものか
| 回 | 何が \(d=2\) で起きるか | 出どころ |
|---|---|---|
| 第 30 回 | \(1/r^2\) が臨界 \(\lambda=1/4\) ちょうど | 球対称化の幾何(\(l(l+1)\) の最小値) |
| ★ 本回 | 戻る確率が発散しはじめる | 拡散の \(P(t)\propto t^{-d/2}\) の積分 |
05節の中心 ── ★ 点検(第 29・30 回の作法)
判定:別の出どころですが、根は共通です。
どちらも「\(d=2\) で対数が出る」ことが原因 ── 第 30 回では \(l=(d-3)/2\) が \(-1/2\) になって \(l(l+1)\) が最小になり、本回では \(\int dt\,t^{-d/2}\) が \(d=2\) で対数発散します。
★★★ 対数が出る次元は、どちらも「べき乗の指数が \(-1\) になる次元」。これは第 27 回で見た「1/f が対数一様から出る」のと同じ数学です ── 指数が \(-1\) になると積分が対数になる、それだけ。
★ ただし言いすぎないように:「同じ定理から出た」のではなく「同じ積分の発散」が両方に現れた。物理の中身(幾何 vs 干渉)は別です。
06波なら何でも起きる
| 系 | 波 | 次元 | 観測されたこと |
|---|---|---|---|
| 乱れた光導波路 | 光 | 2(横方向) | ★ ビームが広がらない |
| マイクロ波の導波管 | マイクロ波 | 1 | ★ 透過が指数で落ちる |
| 超音波 | 音 | 3 | ★ 移動度端が観測された |
| 冷却原子 | 物質波 | 1・3 | ★ 膨張が止まる |
06節の中心
「量子的な現象」に見えて、干渉だけで説明できます。
★ 第 8 回で「不確定性は帯域幅定理に \(\hbar\) を掛けただけ」と書いたのと同じ構図 ── \(\hbar\) は舞台装置で、本質は波であること。
練習問題
- 「1 次元では必ず局在する」なら、なぜ銅線に電流が流れるのか。
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三つ理由があります。① 銅線は 1 次元ではない(横方向にも何 \(10^7\) 本ものチャンネルがある = 実質 3 次元)。② 局在長が試料より長い ── 01 節のとおり \(\xi\propto W^{-2}\) で、きれいな金属では天文学的。③ ★ 位相が保たれない ── 局在は干渉の現象なので、フォノンや電子どうしの散乱で位相が壊れれば成立しません。
★ ③が実験でいちばん効きます。だから局在の実験は低温でやります ── 位相を壊す散乱を止めるため。
★★ これは第 22 回のデコヒーレンスそのもの:位相が生き残る長さ \(L_\phi\) が \(\xi\) より短ければ、局在は見えません。 - 02 節で「局在の指数はゆらぐ」と分かった。これは測定として何を意味するか。
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1 個の試料を測っても代表値が出ないということです。伝導度そのものではなく \(\ln\) の平均を取るのが正しい(対数正規分布になるので)。
★ 逆に言えば ── ゆらぎの大きさ自体が情報を持ちます。普遍伝導度ゆらぎ(UCF)という名前がついていて、試料の詳細によらず \(e^2/h\) の桁になることが知られています。
★★ 「平均ではなく分布を見る」のが、統計的な指数と決定論的な指数を分ける実務上の違いです(第 27 回で 1/f の \(\beta\) が散らばったのと同じ作法)。 - 03 節の「戻るかどうか」は、第 30 回の「尾を引くかどうか」と関係あるか。
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直接の関係はありません ── 別の問いです。第 30 回は乱れのない媒質で、波の前面のあとに何が残るか(ホイヘンスの原理)。本回は乱れた媒質で、波が広がり続けるかどうか。
★ それでも共通点はあります ── どちらも「\(d=2\) で対数が出る」ことが境目でした(05 節)。
★★ このシリーズで何度も出てきた注意:同じ数字(ここでは \(d=2\))を見たら、まず「何の積分が発散したか」を確かめる。数が同じでも、発散している積分が違えば別の現象です。
まとめ 止まるかどうかは、戻ってくるかで決まっていた
媒質を乱すと、吸収がなくても波は止まります(アンダーソン局在)。
★ 1 次元ではどんなに弱い乱れでも必ず局在します。転送行列でリャプノフ指数を測ると \(\xi W^2\) がほぼ一定(86〜94)で、\(\ln\xi\) 対 \(\ln W\) の傾きは −1.97(予言 −2)。ただし \(W=0.001\) なら \(\xi\approx8.6\times10^7\) 格子 ── 実験で見えないのは試料が短いからです(第 5 回と同じ構図)。
同じ指数減衰でも原因が違います ── エバネッセント波は \(k^2<0\) の決定論的な指数でゆらがないのに対し、局在は多重散乱の干渉による統計的な指数で試料ごとに 2.5 % ばらつきます。
★★★ そして次元依存の理由が出ました ── ポリアの再帰定理。
\(d\le2\) のランダムウォークは必ず原点に戻り、\(d=3\) では帰還確率が 0.340537。
波が戻ってこないと自分と干渉できないので、\(d\le2\) は必ず局在、\(d=3\) は乱れが強くないと足りない。
弱局在の補正も同じことを言います ── \(d=1\) は \(\sqrt{\tau_\phi}\)、\(d=2\) は \(\ln\tau_\phi\)、\(d=3\) は収束。\(d\le2\) では補正が発散して拡散の描像自体が壊れます。
★ 第 30 回でも \(d=2\) が特別でしたが、点検すると別の出どころでした(幾何 vs 干渉)── ただし根は共通で、どちらも「べき乗の指数が \(-1\) になって積分が対数になる」次元。第 27 回の 1/f と同じ数学です。
最後に ── この現象に量子力学は要りません。光でも音でもマイクロ波でも起きます。\(\hbar\) は舞台装置で、本質は波であることでした(第 8 回と同じ結論)。
★ 多くの理論が、同じ奇妙なことを言っています ── 短い距離では「次元」が 4 から 2 へ走る(スペクトル次元の減少)。
★★ 第 30 回で \(\alpha=(d-3)/2\) と分かったので、これは ── ★ 階数が走るということになります。そして \(d=2\) は、第 30 回で臨界だった次元でした。
この文書は「考える波」シリーズ第 37 回です。計算は kenshou/kyokuzai.js で行っています。本回の数値について:1 次元の局在長、試料ごとのばらつき、格子上の帰還回数の積分、弱局在の補正は、すべて本稿で計算したものです。アンダーソン局在、1 次元での完全局在と \(\xi\propto W^{-2}\)、スケーリング理論による次元依存、ポリアの再帰定理とワトソン積分 1.516386、弱局在の次元依存は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「波が戻ってくるか」という一本の言葉に並べ、局在の次元依存とポリアの定理の対応を数値で示したことです。03 節の帰還回数は自由なランダムウォークの計算で、局在そのものの計算ではありません(弱局在の摂動論が実際に使う量に対応します)。「\(d\le2\) で必ず局在」はスケーリング理論の結論で、本稿は 1 次元のみ直接 検証しています。\(\xi W^2\) が完全に一定でないのは、\(W\) が大きい側で弱乱れの近似が外れるためです。06 節の実験の並びは報告例で、本稿が検証したものではありません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。