考える波 第 36 回 / 第 XIII 部・最先端を波として見る
不確定性は「総量」の話であって、「配分」の話ではない
圧搾光 ──
AM の雑音を、FM へ寄せる
\(\Delta X_1\cdot\Delta X_2\ge1/4\) が破れないのは ── 力学が位相空間の面積を保つからでした(数値で \(\det M=1.0000000000\))。
★★ だから片方を \(e^{-r}\) に縮めれば、もう片方は必ず \(e^{+r}\) に伸びる。6 dB の圧搾で観測体積が 8 倍。
★ そして損失 5 % で 13 dB が上限 ── 減衰は真空ゆらぎを混ぜ、二度と戻せません。
第 35 回で位相の自由度(角度・経路)を見ました。本回は位相の雑音です。
単色の光を二つの直交成分に分けます ── \(E(t)=X_1\cos\omega_0t+X_2\sin\omega_0t\)。\(X_1\) が振幅側(AM)、\(X_2\) が位相側(FM)(第 32 回と同じ分け方)。
第 9 回の \(\Delta t\cdot\Delta\omega\ge1/2\) と同じ形 ── フーリエ対だから
★ すると当然こう考えます ── 積が一定なら、片方を減らしてもう片方に押しつけられるのでは?それが圧搾光です。
01圧搾の量を数える
| \(r\) | \(\Delta X_1\) | \(\Delta X_2\) | 積 | 圧搾 [dB] |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 0.500000 | 0.500000 | 0.25000000 | 0.00 |
| 0.5 | 0.303265 | 0.824361 | 0.25000000 | −4.34 |
| 1.151 | 0.158160 | 1.580676 | 0.25000000 | −10.00 |
| 1.727 | 0.088909 | 2.811879 | 0.25000000 | −15.00 |
01節の中心
積はどこでも 0.25 ── 不確定性は破っていません。配分を変えただけ。
★ 実測の目安:LIGO(2019〜)約 3 dB、最近 約 6 dB、研究室の最高記録 約 15 dB。
音の言葉では ── 雑音を「イコライザで動かした」のと同じ。総量は変えられないが、どの直交成分に乗せるかは選べる。
02★★ AM 側波帯と FM 側波帯 ── 第 32 回の続き
搬送波 \(\omega_0\) の上下に、\(\Omega\) 離れた側波帯が一対 あるとします。搬送波を基準にした複素表示で書くと、摂動はこうまとまります。
★ 平均 \(\theta\) だけが AM か FM かを決め、差 \(\delta\) はタイミングだけ
| \(\theta_+\) | \(\theta_-\) | \(\theta\) | 振幅の振れ | 位相の振れ | 中身 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0 | 0 | 0 | 0.100000 | 0.000000 | ★ 純 AM |
| \(\pi/2\) | \(-\pi/2\) | 0 | 0.100000 | 0.000000 | ★ 純 AM(\(\delta\) だけ違う) |
| \(\pi/2\) | \(\pi/2\) | \(\pi/2\) | 0.002494 | 0.099669 | ★ 純 FM |
| \(\pi\) | 0 | \(\pi/2\) | 0.002494 | 0.099669 | ★ 純 FM(\(\delta\) だけ違う) |
| \(\pi/4\) | \(\pi/4\) | \(\pi/4\) | 0.070534 | 0.070945 | 45 度 の混合 |
02節の中心
★★★ 圧搾光とは ── 側波帯の対に相関をつけて、AM 側の雑音を FM 側へ寄せること。
第 32 回ではヒッグス=AM、ゴールドストーン=FM と見ました。同じ分け方が、ここでは「雑音をどちらに置くか」の設計になっています。
03★ 何が圧搾するのか ── 位相に依存する増幅
圧搾を作るのは非線形(第 23 回)です。二倍の周波数でばね定数を揺すります ── \(\ddot x+\omega_0^2(1+h\cos2\omega_0t)x=0\)。
増幅と減衰をきちんと分けるため、一周期の写像(フロケ行列 \(M\))の固有値を見ます。
| \(h\) | \(\det M\) | \(|\mu_+|\) | \(|\mu_-|\) | 積 | 成長率 | 予言 \(h\omega_0/4\) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 0 | 1.0000000000 | 1.00000000 | 1.00000000 | 1.000000 | 0.000000 | 0.000000 |
| 0.05 | 1.0000000000 | 1.04004817 | 0.96149392 | 1.000000 | 0.012499 | 0.012500 |
| 0.10 | 1.0000000000 | 1.08168155 | 0.92448651 | 1.000000 | 0.024993 | 0.025000 |
| 0.20 | 1.0000000000 | 1.16987402 | 0.85479289 | 1.000000 | 0.049942 | 0.050000 |
03節の中心 ── ★★★ 本回の要
\(\det M=1\) = 位相空間の面積が保存する = \(\Delta X_1\cdot\Delta X_2\) が保存する。
★ だから片方を \(e^{-r}\) に縮めると、もう片方は必ず \(e^{+r}\) に伸びます。不確定性が破れないのは、力学が面積を保つからでした。
成長率は \(h\omega_0/4\) と 4 桁 一致。
★ 第 34 回では揺すりの周波数が合っていなかったので育ちませんでした。パラメトリック増幅はちょうど二倍でないと効きません ── ブランコの立ち漕ぎが「一往復に二回しゃがむ」のと同じ理由です。
04重力波にどれだけ効くか
| 圧搾 [dB] | 雑音の振幅 | 到達距離 | ★ 観測体積 |
|---|---|---|---|
| 0 | 1.00000 | 1.00 倍 | 1.00 倍 |
| 3 | 0.70795 | 1.41 倍 | 2.82 倍 |
| 6 | 0.50119 | 2.00 倍 | ★ 7.94 倍 |
| 10 | 0.31623 | 3.16 倍 | 31.6 倍 |
04節の中心
★★ 6 dB の圧搾で到達距離が 2 倍、観測体積が 8 倍。「見える宇宙が 8 倍 になる」── 鏡もレーザーも変えずに。
★ ただしただではありません(第 22 回の標準量子限界)── 位相の雑音を減らすと振幅の雑音が増え、その振幅の雑音が鏡を蹴ります(輻射圧雑音)。低周波では輻射圧が、高周波ではショット雑音が効くので、周波数ごとに圧搾の向きを変える必要があります(周波数依存圧搾)。
05★ 限界は「損失」── 減衰が真空を混ぜる
第二項が混ざってきた真空ゆらぎ ── 失った光の代わりに入ってくる
| 透過率 \(\eta\) | 損失 | \(r=1.5\) のとき [dB] | ★ \(r\to\infty\) の限界 [dB] |
|---|---|---|---|
| 1.00 | 0 % | −13.03 | (無限に圧搾できる) |
| 0.99 | 1 % | −12.27 | −20.00 |
| 0.95 | 5 % | −10.12 | ★ −13.01 |
| 0.90 | 10 % | −8.39 | −10.00 |
| 0.50 | 50 % | −2.80 | −3.01 |
05節の中心
★★ 損失 5 % で、どんなに頑張っても 13 dB が上限。損失 10 % なら 10 dB ── これが実験の壁です。
★ 波の言葉では ── 減衰は真空ゆらぎを混ぜる操作。第 22 回の「デコヒーレンスは単調に減る」と同じで、一度 薄まったら戻せません(虚軸の現象)。
★ だから圧搾光の実験は損失との戦いになります ── 「増幅して信号を大きくする」では解決しません。増幅も雑音を足すからです。
練習問題
- 「不確定性を破らずに雑音を減らす」と聞くと矛盾に聞こえる。どこが矛盾していないか。
答えを見る
減らしているのは「測る成分の」雑音だけだからです。03 節のとおり \(\det M=1\) なので二つの直交成分の雑音の積は一定。片方を減らせば片方は増えます。
★ 干渉計は片方の直交成分しか測りません ── だから「測らないほうに捨てる」ことができる。全部を同時に測ろうとした瞬間に、得は消えます。
★★ これは第 22 回の「観測とはどの基底に射影するかの選択」そのもの。選べるのは配分だけ、という結論がここでも効いています。 - 03 節で \(\det M=1\) が本質だと分かった。摩擦のある系ではどうなるか。
答えを見る
\(\det M<1\) になり、面積が縮みます。古典的にはそれは「位相空間が収縮する」=散逸で、一見よさそうに聞こえます。
★ ところが量子ではそうなりません ── 05 節のとおり、散逸は必ず真空ゆらぎを一緒に入れてくる(揺動散逸定理)。減った分だけ雑音が足される。
★★ 「面積を縮める」ことはできず、できるのは「面積の形を変える」ことだけ。第 12 回の「散逸は \(\sin(\alpha\pi/2)\) に住む」が、ここでは圧搾の上限として現れています。 - 6 dB で観測体積が 8 倍になるなら、20 dB を目指せばよいのでは。
答えを見る
損失が許しません。05 節のとおり、20 dB には損失 1 % 以下が要ります ── 光学素子を何枚も通り、km 級の腕を往復し、検出器で受ける全経路で、です。
★ しかも輻射圧雑音とのトレードオフがあります(第 22 回)── 位相側を絞りすぎると振幅側が鏡を蹴り、低周波の感度が落ちる。
★★ だから実機は「周波数依存圧搾」を使います ── 周波数ごとに圧搾の向きを変える(低周波では振幅側を、高周波では位相側を絞る)。フィルター共振器を一本 足すことで実現されています。
まとめ 不確定性は総量の話で、配分の話ではなかった
\(\Delta X_1\cdot\Delta X_2\ge1/4\) は積の話です。だから片方を減らして、もう片方に押しつけられます。
★ 側波帯の言葉に直すと見通しがよくなります ── 摂動は \(P(t)=2ae^{i\theta}\cos(\Omega t+\delta)\) とまとまり、二つの側波帯の位相の平均 \(\theta\) だけが AM か FM かを決めます(差 \(\delta\) はタイミングだけ)。圧搾光とは、側波帯の対に相関をつけて AM 側の雑音を FM 側へ寄せることでした ── 第 32 回の AM/FM がそのまま設計指針になります。
★★★ そして本回の要は \(\det M=1\) でした。
フロケ行列の固有値は \(|\mu_+||\mu_-|=1.000000\) で、成長率は \(h\omega_0/4\) と 4 桁 一致。
位相空間の面積が保存するから、片方を縮めればもう片方が必ず伸びる。
★ 不確定性が破れないのは「力学が面積を保つから」 ── 第 34 回でパラメトリック増幅が効かなかったのは揺すりの周波数がちょうど二倍でなかったからで、その伏線もここで回収されました。
効果は大きく、6 dB の圧搾で到達距離 2 倍、観測体積 8 倍(鏡もレーザーも変えずに)。ただし標準量子限界のトレードオフがあるので、周波数ごとに圧搾の向きを変える必要があります。
★ そして限界は損失でした ── 5 % の損失で 13 dB が上限、10 % なら 10 dB。減衰は真空ゆらぎを混ぜる操作で、一度 薄まったら戻せません。増幅で取り返すこともできません(増幅も雑音を足すから)。
★ 乱れた媒質に波を入れると ── ある条件を超えると波は伝わらなくなります(アンダーソン局在)。吸収がないのに止まる。
★★ そしてそれは次元に依ります ── 1 次元と 2 次元では必ず止まり、3 次元だけが「移動度端」を持つ。第 30 回の「次元と階数」が、ここでもう一度 効きます。
この文書は「考える波」シリーズ第 36 回です。計算は kenshou/asshuku.js で行っています。本回の数値について:圧搾パラメータの表、側波帯の解析、フロケ行列の固有値、感度と体積、損失の効果は、すべて本稿で計算したものです。圧搾状態と \(\Delta X_1\Delta X_2=1/4\)、パラメトリック増幅による圧搾の生成、損失による \(S=\eta e^{-2r}+(1-\eta)\)、LIGO での利用と周波数依存圧搾は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「AM 雑音と FM 雑音の配分」という一つの言葉に翻訳し、\(\det M=1\) が不確定性の保存そのものであることを数値で示したことです。03 節は古典のマシュー方程式による類推で、量子的な圧搾の生成(縮退パラメトリック下方変換)そのものを解いてはいません。ただし「二つの直交成分が \(e^{\pm r}\) 倍され、面積が保たれる」という構造は同じです。圧搾量の実測値(LIGO 約 3〜6 dB、研究室 約 15 dB)は報告値で、本稿が検証したものではありません。04 節の「体積 8 倍」は感度が距離に反比例し、天体が一様分布するという単純化の下での値です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。