考える波 第 35 回 / 第 XIII 部・最先端を波として見る

位相は、時間だけのものではなかった

光をもっと掘る ──
位相が「角度の関数」になるとき、そして「面積」になるとき 位相を方位角の関数にすると \(\ell\) は整数しか取れず、その整数は動かしても壊れません(トポロジー)。
★★ そして偏光の状態を球面上で一周させると ── 位相が「立体角の半分」として現れます(数値で \(10^{-16}\) 一致)。
★ 位相には少なくとも三つの出どころがありました ── 時間、角度、経路。

必要な道具:第 1, 5, 9, 13, 21, 31 回計算:kenshou/hikari2.js

第 1 回から 34 回まで、位相はいつも時間の関数でした ── \(\varphi(t)=\omega t\)、階数 \(\alpha\) は「位相が \(90\alpha\) 度 回ること」。
★ 本回は位相に二つの新しい軸を足します。

01位相が角度の関数になる ── らせんの波面

ラゲール・ガウス ── 位相が方位角 \(\phi\) に比例する場 $$u(r,\phi)\propto r^{|\ell|}e^{-r^2/w^2}\,e^{i\ell\phi}$$

波面はらせん階段になります

\(\ell\)\(r=0\) の強度ピーク半径(数値)予言 \(w\sqrt{|\ell|/2}\)
01.00000(中心)──
10.00000.707100.70711
50.00001.581101.58114
100.00002.236102.23607

01節の中心

★ ① \(\ell\ne0\) では中心の強度がきっかりゼロ(位相が定義できないから)── ドーナツ形のビーム。ピーク半径は \(w\sqrt{|\ell|/2}\)。
★★ ② \(\ell\) は整数しか取れません ── 一周して元の値に戻る必要があるので \(e^{i\ell\cdot2\pi}=1\)。
これは第 5 回の「境界条件が離散モードを作る」の角度版です。導波管では横方向の壁が、ここでは「一周すると戻る」が離散化しています。

02巻き数は、動かしても壊れない

位相の巻き数を数値で数えます ── 閉じた経路を回って位相の増分を足すだけ(\(\frac{1}{2\pi}\oint d\varphi\))。試験場は \(u=(x+iy)^2-a^2\)(\(x=\pm a\) に渦が二つ)。

\(a\)大きな円 \(R=10\)\(+a\) まわり \(R=0.1a\)原点まわり \(R=0.1a\)
0.0012.0000001.0000000.000000
0.12.0000001.0000000.000000
3.02.0000001.0000000.000000

02節の中心

大きな円ではいつもちょうど 2 ── 渦をどこへ動かしても変わりません。小さな円は、中に渦があれば 1、なければ 0 ── 整数しか出ません。
★★★ 巻き数は連続に変えられない量です(トポロジカルな保存量)。振幅や位相はいくらでも連続に動かせるのに、巻き数だけは飛びます。

★ 第 13 回の離散スケール不変性とは別の離散性です ── 第 13 回は対数軸で等間隔(連続対称性が離散に破れた)、本回は一周して戻るという条件(トポロジー)。どちらも「離散」ですが、出どころが違います。

03★★ 位相が「面積」になる ── 幾何学的位相

こんどは偏光です。偏光の状態はポアンカレ球の点で表せます ── \(|\psi(\theta,\phi)\rangle=(\cos\frac\theta2,\ \sin\frac\theta2 e^{i\phi})\)。北極が右円偏光、南極が左円偏光、赤道が直線偏光。

パンチャラトナム位相と立体角 $$\gamma=-\arg\big[\langle A|B\rangle\langle B|C\rangle\langle C|A\rangle\big]\qquad\text{vs}\qquad -\frac{\Omega}{2}$$
三角形\(\gamma\) [rad]\(-\Omega/2\) [rad]
八分の一球−0.78539816−0.785398161.1e−16
小さな三角形0.016803060.016803066.9e−18
大きな三角形−2.13508004−2.135080040
ほぼ潰れた三角形0.000000220.000000223.3e−19

03節の中心

★★★ \(\gamma=-\Omega/2\) ── 位相が「面積(立体角)」として現れました。

★ 第 1 回の位相は時間の遅れでした。本節の位相は時間とまったく関係ありません ── 経路の形だけで決まります。

経路を細かくしても同じか。緯度 \(\theta\) の円を \(N\) 角形で近似します。

\(\theta\)\(N\)積み上げた \(\gamma\)\(-\pi(1-\cos\theta)\)
1.0012−1.41629693−1.444182902.8e−2
1.00100−1.44378740−1.444182904.0e−4
1.002000−1.44418191−1.444182909.9e−7

\(N\) を増やすと \(-\pi(1-\cos\theta)\) に収束します ── どんな速さで回っても、どんな刻み方でも同じ値。だから「幾何学的」位相と呼ばれます。

04★ 角度と \(\ell\) は、フーリエの対 ── ただし片方が周期的

位相が \(e^{i\ell\phi}\) なら、\(\phi\) と \(\ell\) はフーリエ変換の対です。ただし \(\phi\) は周期的(\(0\)〜\(2\pi\))── だから \(\ell\) は離散(整数)。これは第 31 回で見た構造と同じです。

周期的なほう離散になるほう出てくる場所
時間を標本化(周期 \(T\))周波数が \(2\pi/T\) で折り返す第 31 回・単位円
★ 角度 \(\phi\)(周期 \(2\pi\))★ 軌道角運動量 \(\ell\) が整数★ 本回
結晶の格子(周期 \(a\))逆格子・ブリルアンゾーン固体物理
★ 帯域幅定理の角度版 $$\ell\le\frac{2\pi r}{\lambda}\qquad\text{──「円周が波長 何個 ぶんか」}$$

半径 \(r\) の円周上で \(e^{i\ell\phi}\) の縞を分解するには、縞の間隔が波長の半分より広い必要がある

開口半径 \(r\)波長 \(\lambda\)★ \(\ell\) の上限
1 mm1.55 µm4054光ファイバ級
1 cm1.55 µm40537望遠鏡の小口径
1 m1.55 µm4.05e+6大口径
1 cm1 cm(30 GHz)6.28マイクロ波

04節の中心

「使える \(\ell\) の本数 = 円周が波長 何個 ぶんか」 ── 第 9 回の \(\Delta t\cdot\Delta\omega\ge1/2\) が \(\Delta\phi\cdot\Delta\ell\ge1/2\) になっただけ。情報を載せられる本数もここで決まります(第 21 回)。

05スピンと軌道の違いを、数で見る

種類一光子あたり取りうる値正体
スピン(偏光)\(\pm\hbar\)★ 2 通りだけ場のベクトルの向き
★ 軌道(OAM)\(\ell\hbar\)★ 整数 すべて位相のらせん

05節の中心

スピンは 2 通りしかないのに、軌道は上限がありません(開口が許す限り)。だから情報を載せるなら軌道のほうが有利で、実験では \(\ell=10010\) まで作られたと報告されています。

★ 波の言葉で並べると ── 偏光 = 場がどちらを向いているか(振幅側の自由度、2 個)、OAM = 位相がどれだけ巻いているか(位相側の自由度、無限個)。
第 32 回で「ヒッグス=AM、ゴールドストーン=FM」と書きました。ここでも同じ分け方が効いています。

練習問題

  1. 渦を二つ持つビームを、連続に変形して渦を一つにできるか。
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    外の巻き数を変えずには、できません。02 節のとおり大きな円での巻き数はいつも 2 で、渦をどこへ動かしても変わりませんでした。
    ★ 渦を減らすには逆向きの渦(\(\ell=-1\))を外から持ち込んで対消滅させるしかありません ── そのとき外の巻き数も一緒に変わります。
    ★★ 「連続変形では変えられない量」= トポロジカルな量で、これが OAM が通信に使える理由でもあります(少々の乱れで整数が飛ばない)。
  2. 幾何学的位相は「時間に依らない」と言った。では待っている間の位相はどこへ行くのか。
    答えを見る
    別勘定です。実際の位相は力学的位相(\(-Et/\hbar\)、時間に比例)幾何学的位相(経路だけで決まる)の和になります。
    ★ 03 節で測ったのは後者だけで、ゆっくり回しても速く回しても同じ値でした(力学的位相は速さで変わるのに)。
    実験ではこの分離が要ります ── 同じ始点終点で経路だけ変えて差を取る、というのが定石です。
    ★★ このシリーズの言葉では ── 力学的位相は「時間軸の位相」、幾何学的位相は「状態空間の位相」。住む空間が違うので足せます(第 29・30 回の作法)。
  3. 04 節の \(\ell\le2\pi r/\lambda\) は、第 9 回の不確定性と同じものか。
    答えを見る
    同じ定理の別の軸での言い方です。フーリエ対の一般則 \(\Delta x\cdot\Delta k\gtrsim1\) を、\(x\to\phi\)(角度)、\(k\to\ell\) に置き換えただけ。
    ★ ただし一つだけ違いがあります ── \(\phi\) は周期的なので \(\Delta\phi\le2\pi\) と上限があり、そのぶん \(\ell\) が離散になります。時間・周波数には周期性がないので、こうはなりません。
    ★★ 第 31 回で「標本化すると周波数が折り返す」と見たのは、同じ双対性を逆向きに使った場合でした。

まとめ 位相の出どころは、少なくとも三つある

第 1 回から 34 回まで、位相はいつも時間の関数でした。本回は二つの新しい軸を足しました。

① 位相を方位角の関数にする(軌道角運動量)。\(u\propto r^{|\ell|}e^{-r^2/w^2}e^{i\ell\phi}\) の中心は強度きっかりゼロ、ピーク半径は \(w\sqrt{|\ell|/2}\)(\(\ell=10\) まで 5 桁 一致)。そして\(\ell\) は整数しか取れません ── 一周して戻る条件。第 5 回の「境界条件が離散モードを作る」の角度版です。

その整数は動かしても壊れません。\(u=(x+iy)^2-a^2\) で渦を動かしても、大きな円での巻き数はいつもちょうど 2。小さな円では 1 か 0 しか出ません。★ 巻き数は連続に変えられない ── トポロジカルな保存量で、第 13 回の離散スケール不変性とは出どころの違う離散性です。

★★ ② 偏光の状態を球面上で一周させると、位相が「立体角の半分」として残ります。
\(\gamma=-\Omega/2\)(数値で \(10^{-16}\) 一致)、そして \(N\) 角形で刻んでも \(-\pi(1-\cos\theta)\) に収束。

どんな速さで回っても、どんな刻み方でも同じ値 ── だから「幾何学的」位相。第 1 回の位相が「時間の遅れ」だったのに対し、こちらは時間とまったく関係ありません。

おまけに構造も見えました ── 角度と \(\ell\) はフーリエの対で、角度が周期的だから \(\ell\) が離散(第 31 回の単位円と同じ双対性)。帯域幅定理にも角度版があり、\(\ell\le2\pi r/\lambda\) =「円周が波長 何個 ぶんか」(1 cm の開口で通信波長なら 4 万本)。そしてスピンは 2 通り、軌道は無限 ── 振幅側の自由度と位相側の自由度という、第 32 回と同じ分け方でした。

この文書は「考える波」シリーズ第 35 回です。計算は kenshou/hikari2.js で行っています。本回の数値について:ラゲール・ガウスの強度分布とピーク半径、巻き数の数値計算、パンチャラトナム位相と立体角の比較、\(N\) 角形近似の収束は、すべて本稿で計算したものです。ラゲール・ガウスビームと位相特異点、軌道角運動量が \(\ell\hbar\) であること、パンチャラトナム=ベリー位相が立体角の半分であること、巻き数のトポロジカルな保存は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「位相の出どころ」という一本の軸に並べ、時間・角度・経路の三つに整理したことです。01 節の式は動径方向のラゲール多項式(\(p=0\) 以外)を省いた最も簡単な形で、一般の LG モードには節がもう一本入ります。04 節の \(\ell\le2\pi r/\lambda\) は「円周上の縞をナイキストで分解する」という素朴な見積もりで、実際の通信路容量は開口の形・伝搬距離・大気の乱れに依存します。\(\ell=10010\) は報告値で、本稿が検証したものではありません。05 節の「スピン 2 通り」は自由空間の横波としての数え方です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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