考える波 第 34 回 / 第 XIII 部・最先端を波として見る

マクスウェルとの違いは、たった一行

ヤン=ミルズを波として見る ──
自分を散乱する波が、自由粒子になれない 違いは一行だけ ── 源に \(A\) 自身が入る。それだけで、重ね合わせが壊れ、古典の段階でカオスになります
★★ そして決定的なのはここです ── グルーオンの応答関数が負になる(0.31 fm で符号反転)。
★ 「波が自由粒子になれない」── それが閉じ込めの、波の言葉でした。

必要な道具:第 5, 6, 12, 18, 19, 23, 25 回計算:kenshou/yangmills.js

電磁波とヤン=ミルズ $$\text{マクスウェル}:\ \Box A=J\qquad\qquad \text{ヤン=ミルズ}:\ \Box A=J+g[A,\partial A]+g^2[A,[A,A]]$$

★ 源に \(A\) 自身が入る ── 波そのものが源になる

波の言葉で言えば ── ★ 自分を散乱する波。
第 23 回で「非線形はフィルタという言葉を壊す」と書きました。ヤン=ミルズは、それが基本法則の側にある場合です。

01重ね合わせが壊れることを、直接 見る

一様(空間依存を落とした)SU(2) ヤン=ミルズは、これだけになります ── \(V=\frac12g^2x^2y^2\)(\(x,y\) は二つの色の振幅)。一色だけなら力はゼロで、自由に飛びます。

初期条件\(t=20\) での \(x\)\(t=20\) での \(y\)
(A) \(x\) だけ励起0.0465611.453494
(B) \(y\) だけ励起1.4652450.105107
(C) 両方 同時−2.973227−0.127884
★ 重ね合わせなら (A)+(B)1.5118061.558601
\(t\)(C) の \(x\)(A)+(B) の \(x\)
0.51.0053361.1425691.37e−1
2.0−0.2234591.0861971.31e+0
20.0−2.9732271.5118064.49e+0

01節の中心

電磁波なら、この差は常にゼロです(マクスウェルは線形)。ヤン=ミルズでは最初から違い、時間とともに開きます。

★ エネルギーも二つの色の間を行き来します(運動エネルギーが入れ替わり、総量は 0.180000000 で保存)。
── 光は光を散乱しない(第 23 回)。★ グルーオンはグルーオンを散乱する。そこだけが違いです。

02★ 古典の段階で、もうカオス

同じ模型でリャプノフ指数を測ります(近い二つの初期条件がどれだけ速く離れるか)。比較のため可積分な系も同じ方法で測ります。

ポテンシャルリャプノフ指数 \(\lambda\)判定
調和振動子(可積分)\(\frac12(x^2+y^2)\)2.4e−9★ ゼロ
★ ヤン=ミルズ(一様 SU(2))\(\frac12x^2y^2\)0.179128★★ 正 = カオス

02節の中心

予測可能な時間の目安は \(1/\lambda=5.58\)(模型の単位)。
★ 第 23 回では「非線形は重ね合わせを壊す」と書きました。★★ ヤン=ミルズはもう一段 進んで、予測可能性そのものを壊します。
電磁波なら初期条件を \(10^{-8}\) ずらしても永久に \(10^{-8}\) のまま。ヤン=ミルズでは指数で開きます。

03走る結合 ── 真空が「分散性の媒質」になっている

強い力のベータ関数(第 5 回) $$\beta_0=11-\frac23 n_f$$

11 はグルーオンの自己相互作用から、\(-\frac23n_f\) はクォークのループから

エネルギー \(\mu\) [GeV]波長 \(\hbar c/\mu\) [fm]\(\alpha_s\)(一ループ)
10.197330.52513
4.180.047210.27401
91.190.002160.13494

03節の中心

結合が波長で変わる = 真空が分散性の媒質。第 16 回の「実効光速は分散関係の傾き」と同じ構図で、ここでは実効的な結合の強さが波長に依ります。
★★ そして符号が電磁気と逆です ── 電磁気は遮蔽(近づくと強くなる)、強い力は反遮蔽(近づくと弱くなる)
★ 「反遮蔽」= 波が媒質を硬くする。ふつうの媒質は波のエネルギーを吸って柔らかくなりますが、グルーオンの海は遠ざかるほど張力が上がります(第 25 回の弦)。

04★★ 正値性が破れる ── 波が自由粒子になれない

ここが本回の中心です。伝播関数を「波の応答」として読みます。

ふつうの粒子 vs グルーオン $$\text{湯川型}:\ D(k)=\frac{1}{k^2+m^2}\qquad\qquad \text{★ グリボフ型}:\ D(k)=\frac{k^2}{k^4+M^4}$$

グリボフ型は \(k=0\) でゼロになり、極が複素数(\(k^2=\pm iM^2\))── 実の質量がない

シュウィンガー関数(時間方向の相関)\(C(t)=\frac1\pi\int_0^\infty D(k)\cos kt\,dk\) を数値で作ります(\(M=0.7\) GeV)。

\(t\) [1/GeV]\(t\) [fm]湯川型 \(C(t)\)★ グリボフ型 \(C(t)\)符号
1.000.19733.547e−11.247e−1
1.500.29602.500e−11.459e−2
1.600.31572.331e−1−2.125e−3★★ 負
3.000.59208.747e−2−1.042e−1★★ 負
4.000.78934.344e−2−9.173e−2★★ 負
最初にゼロを切る時刻 $$t_0=1.5867\ \text{GeV}^{-1}=0.3131\ \text{fm}\qquad\text{解析の予言}\ \frac{\pi}{4}\cdot\frac{\sqrt2}{M}=1.5867\ \text{GeV}^{-1}$$

04節の中心 ── ★★★ 本回の核心

応答関数が負になります。

★ 応答関数が正であることは、「その波が自由粒子として存在できる」条件です(確率が正である、という要請から来ます)。
★★ 負になる = グルーオンは単独の波としては存在できない。
★ 湯川型(ふつうの粒子)はどこまで行っても正のまま ── この違いが、閉じ込めの波の言葉での正体です。

第 19 回・第 21 回で「情報は虚軸に住む」と書きました。グルーオンの極は実軸になく、複素平面の斜めにあります。だから振動しながら減衰し、符号が変わる。

05質量ゼロなのに、低周波の遮断がある

第 6 回:質量 = 遮断周波数。グルーオンの質量はゼロです。ところが観測される最軽量のグルーボールは 1.73 GeV(対応する長さ 0.114 fm)── 遮断がある。

中身の波遮断の理由
導波管(第 6 回)光(質量ゼロ)★ 横方向の境界
ニオブの光子(第 18 回)光(質量ゼロ)★ 凝縮体(背景場)
★ グルーオングルーオン(質量ゼロ)★ 自己相互作用(非線形)

05節の中心

「質量ゼロの波でできた媒質に、低周波の遮断がある」── これは導波管です。
★★ 遮断の作り方は三通りあることになります ── 境界で作る、背景場で作る、★ 自分で作る。
第 25 回で「切片の作り方は二通り」と書きましたが、本回で三つ目(自己相互作用)が加わりました。

06線形の語彙のうち、何が生き残るか

線形の語彙判定理由
重ね合わせ× 壊れる★ 波が源になるので足せない
伝達関数 \(H(\omega)\)× 壊れる入力によって応答が変わる(第 23 回)
★ 予測可能性× 壊れるリャプノフ指数が正(02 節)
★ 正値性× 壊れる★★ 応答関数が負になる(04 節)
因果律◎ 生き残る前進波のみ。第 12 回の制約はそのまま
エネルギー保存◎ 生き残る色間を移るが総量は不変
ゲージ不変性◎ 生き残る★ そもそもこれが非線形の出どころ
無次元量が効く◎ 生き残る\(\alpha_s\)、\(N_c=3\)、R 比(第 25 回)

06節の中心

第 23 回で「壊れたのはフィルタという語彙だけ」と書きました。★★ ヤン=ミルズではもう二つ壊れます ── 予測可能性と正値性。
そして正値性が壊れることが、閉じ込めでした。

練習問題

  1. 「光は光を散乱しない」と言ったが、量子効果では光子・光子散乱がある。矛盾しないか。
    答えを見る
    矛盾しません ── 階が違います。古典マクスウェルは厳密に線形で、光は光をまったく散乱しません。量子効果(電子ループを介したオイラー=ハイゼンベルク項)で初めて \(\alpha^4\) の小さな非線形が出ます。
    ★ 第 16 回で計算した真空複屈折 \(\Delta n=3.97\times10^{-24}B^2\) が、まさにその大きさです ── 地球の磁場なら \(10^{-33}\)。
    ★★ ヤン=ミルズの非線形は「ループの補正」ではなく「基本法則そのもの」で、大きさも \(g^2\) の桁。そこが決定的に違います。
  2. 04 節の \(D(k)=k^2/(k^4+M^4)\) が \(k=0\) でゼロになることは、波としてどう読めるか。
    答えを見る
    「無限に長い波長では応答がゼロ」── つまり遠くまで届かない。ふつうの伝播関数 \(1/(k^2+m^2)\) は \(k\to0\) で \(1/m^2\) と有限に残り、それが湯川ポテンシャル \(e^{-mr}/r\) の「届く範囲」を作ります。
    グリボフ型はそこがゼロ ── 長距離の応答が消えている
    ★★ そして 04 節で見たとおり、その代償が時間領域で符号が変わることでした。「長距離に出さない」と「自由粒子になれない」は、同じ一つの性質の二つの見え方です。
  3. 02 節でカオスだと分かった。では量子化すると、閉じ込めはカオスのせいか。
    答えを見る
    そうとは言えません ── 本稿はそこを示していません。古典カオスと量子的な閉じ込めは別の現象で、両者を結ぶ議論は確立していません。
    ★ 言えるのは「同じ自己相互作用が、古典ではカオスを、量子では正値性の破れを生む」という並びだけです。
    ★★ 正直に書くべき境界です ── このシリーズの作法(第 29・30 回)に従えば、「同じ原因から出た二つの現象」と「一方が他方を引き起こす」は別の主張。後者を言うには、示していない中身が要ります。

まとめ 自分を散乱する波は、自由粒子になれない

マクスウェルとの違いは一行でした ── 源に \(A\) 自身が入る。波そのものが源になる。

その一行から重ね合わせが壊れます。一様 SU(2) の模型で、(A) \(x\) だけ・(B) \(y\) だけ・(C) 両方 を解き比べると、(C) と (A)+(B) の差は \(t=20\) で 4.5 ── 電磁波なら常にゼロです。二つの色の間でエネルギーが行き来し、総量は保存(9 桁)。

古典の段階でもうカオスです。リャプノフ指数は \(\lambda=0.179\)(調和振動子は \(2\times10^{-9}\))── 第 23 回の「重ね合わせが壊れる」から一段 進んで、★ 予測可能性そのものが壊れます。

結合が波長で変わるのは真空が分散性の媒質だから。しかも \(\beta_0=11-\frac23n_f\) の符号が電磁気と逆で、反遮蔽 ── 波が媒質を硬くします。

★★ そして決定的なのは、グルーオンの応答関数が負になることでした。
グリボフ型の \(C(t)\) は \(t_0=0.3131\) fm で符号が反転(解析の予言と一致)。
湯川型(ふつうの粒子)はどこまでも正のまま。

応答関数が正 = その波が自由粒子として存在できる、という条件です。負になるということは、グルーオンは単独の波としては存在できない ── これが閉じ込めの、波の言葉での正体でした。

おまけに、質量ゼロなのに遮断がある(グルーボール 1.73 GeV)── 遮断の作り方は三通り:境界で作る、背景場で作る、★ 自分で作る。第 25 回の「二通り」に三つ目が加わりました。線形の語彙のうち壊れたのは、重ね合わせ・伝達関数・予測可能性・正値性の四つ。因果律・エネルギー保存・ゲージ不変性・無次元量は生き残ります。

この文書は「考える波」シリーズ第 34 回です。計算は kenshou/yangmills.js で行っています。本回の数値について:重ね合わせの検証、エネルギーの移動、リャプノフ指数、\(\alpha_s\) の走り、シュウィンガー関数は、すべて本稿で計算したものです。一様ヤン=ミルズ(\(x^2y^2\) 模型)が古典カオスであること、漸近的自由と \(\beta_0=11-2n_f/3\)、グリボフ=ツヴァンツィガー型の伝播関数と正値性の破れ、グルーボールの質量は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「自分を散乱する波」という一つの言葉に並べ、線形の語彙のどれが壊れるかを整理したことです。01〜02 節の模型は空間依存を落とした玩具模型で、実際のヤン=ミルズ場の一部の振る舞いしか捉えていません。04 節のグリボフ型は赤外の伝播関数の一つの模型で、\(M=0.7\) GeV も代表値です(格子計算の結果は定式化に依存し、符号反転の時刻も 0.3〜1 fm 程度の幅で報告されています)。正値性の破れ自体は格子でも確認されていますが、「正値性の破れ ⇒ 閉じ込め」は必要条件の側の議論であり、閉じ込めの証明ではありません(ヤン=ミルズの質量ギャップ問題は未解決です)。05 節の弦の張力からの見積もりは桁のみで、係数は模型依存です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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