考える波 第 33 回 / 第 XIII 部・最先端を波として見る

レプトンの質量に、関係式はあるか

小出の式を波として読む ──
交流と直流の実効値が、等しかった 三つの \(\sqrt m\) を 120° 間隔で標本化した正弦波と見ると、小出の式は一行になります。
\(K=2/3\ \Longleftrightarrow\ A=\sqrt2\ \Longleftrightarrow\) 交流の実効値 = 直流成分(実測で比 0.99999077、0 dB)。
★ ただし走らせると 200 倍 悪化します ── これは「極質量」というスキームだけの関係でした。

必要な道具:第 1, 7, 18, 28, 29, 32 回計算:kenshou/koide.js

第 32 回で、ヒッグスは一つの次元 \(v\) を配る装置だと分かりました。けれど配る比(湯川結合)は何も説明できませんでした ── \(y_{\rm top}/y_e=3.4\times10^5\)。
★ では、質量どうしに関係式はないのか。荷電レプトン 3 つには、一つだけ 知られた関係があります。

小出の式(1981) $$K=\frac{m_e+m_\mu+m_\tau}{\left(\sqrt{m_e}+\sqrt{m_\mu}+\sqrt{m_\tau}\right)^2}=\frac23$$

01まず実測で確かめる ── そして K の取りうる範囲

PDG の極質量を入れる $$K=0.666660511\qquad \frac23=0.666666667\qquad \text{相対差}\ -9.23\times10^{-6}$$

10 万分の 1 で合っています。まず「\(K\) は何でも取れる値なのか」を確かめます。\(x_i=\sqrt{m_i}\) と置くと \(K=|x|^2/(\sum x)^2\) で、範囲は決まっています。

状況\(K\)
三つとも等しい0.333333(下限)
一つだけ極端に大きい1.000000(上限)
★ 小出0.666667 ── ちょうど真ん中

01節の中心

\(K\) は \(1/3\)〜\(1\) の間しか取れず、\(2/3\) はその真ん中です。だから「2/3 が出た」こと自体は、そこまで驚くことではありません。
★★ 驚くのは精度のほうです(\(10^{-5}\))。07 節でそこを測ります。

02幾何で読む ── 45 度

ベクトル \(x=(\sqrt{m_e},\sqrt{m_\mu},\sqrt{m_\tau})\) と対角線 \(n=(1,1,1)/\sqrt3\) の角度 $$\textstyle\sum\sqrt m=\sqrt3\,|x|\cos\theta\qquad\Longrightarrow\qquad K=\frac{1}{3\cos^2\theta}$$
★ 測った角度 \(\theta\)44.999735 度
\(K=2/3\) なら45 度 ちょうど
\(\theta\) の取りうる範囲0 〜 54.7356 度

02節の中心 ── ★ 第 29・30 回の作法を使う

45 度 と 5 桁 で一致します。では、この 45 度 は「半階の位相 45 度」(第 1 回)と同じものか。

★★ 却下します。別物です。
第 1 回の 45 度 は複素平面での位相(時間の遅れ)。本節の 45 度 は実 3 次元でのベクトルの向き
住んでいる空間が違います。数字が同じでも、意味は共有しません。

03★★ 波として読む ── 120 度 間隔で標本化した正弦波

三つの \(\sqrt m\) を、一本の正弦波の 3 点標本とみる $$\sqrt{m_k}=\mu\left(1+A\cos\left(\delta+\frac{2\pi k}{3}\right)\right),\qquad k=0,1,2$$

直流 \(\mu\)、交流の振幅 \(\mu A\)、位相 \(\delta\) ── 3 点の DFT そのもの

実測から
直流 \(\mu=(\sum\sqrt m)/3\)17.715562 \(\sqrt{\rm MeV}\)
★ 振幅比 \(A\)1.41420051
位相 \(\delta\)132.7328 度

ここで三相の恒等式を使います ── \(\sum_k\cos(\delta+2\pi k/3)=0\)、\(\sum_k\cos^2=3/2\)。δ を振っても \(3/2\) のまま(数値で 12 桁 確認)。これは三相交流の電力が一定になるのと同じ恒等式です。

すると \(K\) が手で出る $$\textstyle\sum\sqrt m=3\mu,\qquad \sum m=\mu^2\left[3+\tfrac32A^2\right]\qquad\Longrightarrow\qquad \boxed{\ K=\frac{1+A^2/2}{3}\ }$$

03節の中心

★★★ 小出の式 \(K=2/3\) とは、\(A=\sqrt2\) のことでした。

\(\dfrac{1+A^2/2}{3}=\dfrac23\ \Longleftrightarrow\ A^2=2\)。実測 \(A=1.41420051\)、\(\sqrt2=1.41421356\) ── 相対差 \(-9.2\times10^{-6}\)

04★★★ \(A=\sqrt2\) の意味 ── 交流と直流の実効値が等しい

振幅 \(A\) の正弦波の実効値(RMS)は \(A/\sqrt2\) です。だから ── \(A=\sqrt2\ \Longleftrightarrow\) 実効値 = 1 = 直流成分。

成分値 [\(\sqrt{\rm MeV}\)]
直流 \(\mu\)17.715562
★ 交流の実効値 \(\mu A/\sqrt2\)17.715398
★★ 比0.99999077 ── \(-8.0\times10^{-5}\) dB

04節の中心 ── ★ 本回の結論

★★★ 小出の式とは ──
「\(\sqrt{\text{質量}}\) の波の、交流と直流の実効値が等しい」

2/3 という半端な数より、こちらのほうが言いたいことが見えます。交流成分が担う「電力」と、直流成分が担う「電力」が、ちょうど半々。

05予言する ── \(\tau\) の質量

\(m_e\) と \(m_\mu\) だけを入れて、\(K=2/3\) から \(m_\tau\) を解きます。

値 [MeV]
★ 予言 \(m_\tau\)1776.969
実測 \(m_\tau\)1776.86 ± 0.12
★ 何 \(\sigma\) か0.91 σ

入力を 1 ppm 動かすと予言は \(m_e\) で 0.156 keV、\(m_\mu\) で 1.62 keV 動きます。効くのは \(\mu\) の質量ですが、いまの精度(2.3e−8)なら十分。つまりこの式は反証可能です ── \(\tau\) の測定が 10 倍 精しくなれば決着します。

06★ 走らせると壊れる ── これは極質量の関係だった

このシリーズは第 5・18・28 回で「質量は走る」と繰り返してきました。小出比は無次元量なので(第 7 回の基準は満たす)、走らせても意味があります。

スキーム\(m_e\)\(m_\mu\)\(m_\tau\)\(K\)2/3 との差
極質量0.51100105.6581776.860.666661−0.0009 %
★ \(\overline{\rm MS}\) @ \(M_Z\)0.48657102.7181746.240.667929★ +0.1894 %

振幅比で見ると \(A\) は \(1.414201\to1.416889\)(\(\sqrt2=1.414214\))。★★ ずれが 200 倍 悪化します。

06節の中心 ── ★ 重要な限界

小出の関係は「極質量というスキームでだけ」成り立っています。
基本的な関係式なら、ふつうはある物理的なスケールで成り立ってほしい。極質量は粒子ごとに違うスケールなので、理論的には落ち着きが悪い。

★ 二つの読み方があります(どちらが正しいかは本稿では決められません):
① 偶然である(07 節で確率を測ります)
② 極質量に意味がある ── 第 28 回で書いたとおり、極質量は「その粒子が実際に飛ぶときの質量」。この読みを取るなら、小出の式は各レプトンを自分のスケールで測ったときの関係ということになります。検証の手立ては今のところ不明。

07★ どれくらい驚くべきか ── 対照実験

\(K\) は \(1/3\)〜\(1\) に収まり、\(2/3\) はその真ん中でした。では適当な三つ組で \(K\) が \(2/3\) の近くに来る確率は?\(\sqrt m\) を 0.7〜42(実際のレプトンと同じ広がり)で対数一様に \(2\times10^7\) 組 作りました。

相対差より近い当たった組割合何組に 1 つ
\(10^{-2}\)3154741.58e−21 / 63
\(10^{-3}\)316751.58e−31 / 631
\(10^{-4}\)31921.60e−41 / 6270
\(10^{-5}\)3061.53e−5★ 1 / 65,000

07節の中心 ── 正直な評価

★ 「2/3 が出た」ことはそこまで珍しくありません(範囲の真ん中だから)。
★★ 珍しいのは精度です ── 実測は \(9.2\times10^{-6}\)、乱数だと約 65,000 組に 1 つ
ただし 06 節のとおり走らせると壊れるので、何かの近似かもしれません。

同じ式をクォークに使うと ──

三つ組\(K\)\(A\)2/3 との差
荷電レプトン0.6666611.414201−0.001 %
上型クォーク (u,c,t)0.8489811.758944+27.3 %
下型クォーク (d,s,b)0.7314281.545499+9.7 %

クォークでは合いません。荷電レプトンだけの関係です ── そこも説明がついていません。

08おまけ ── 位相 \(\delta\) の数値

振幅 \(A\) は \(\sqrt2\) に決まりましたが、位相 \(\delta\) は何にも決まっていません。実測の値を見ておきます。

有名な「気になる一致」 $$\delta-120^\circ=12.73282^\circ=0.2222296\ \text{rad}\qquad\text{vs}\qquad \frac29=0.2222222\quad(\text{相対差 }3.3\times10^{-5})$$

08節の中心 ── ★ 保留

正直に書きます。\(\delta\) はデータに合わせた 1 個の自由パラメータです。
自由パラメータが単純な分数に 4 桁 で近いのは、確率 \(10^{-4}\) 程度の出来事「気になる」止まりで、証拠ではありません。仕組みが要ります。
★ しかも 06 節のとおり \(\delta\) もスキーム依存です(走らせると動く)。

練習問題

  1. なぜ \(m\) ではなく \(\sqrt m\) なのか。波の言葉で言えるか。
    答えを見る
    言えません ── そこが未解決です。ただし手がかりはあります:★ 第 32 回で \(m_f=y_f v/\sqrt2\) と見たので、\(\sqrt m\propto\sqrt{y}\)。つまり小出の式は「湯川結合の平方根」についての関係です。
    ★ 別の読み方として、振幅と強度の関係があります ── 波では強度 ∝ 振幅²。もし \(m\) が「強度」なら \(\sqrt m\) が「振幅」で、★ 小出の式は「振幅を三相で並べた」式になります
    ★ ただしこれは語呂合わせの域を出ません。なぜ質量が強度なのかを言えていないからです。第 32 回の「値は説明できない」がここでも効いています。
  2. 07 節で「65,000 組に 1 つ」と出た。これは「小出の式は本物」の証拠か。
    答えを見る
    証拠としては弱いです。理由は探索の自由度(look-elsewhere)。質量 3 つから作れる無次元の組み合わせは無数にあり、そのうち一つが \(10^{-5}\) で簡単な分数に当たる確率は、単一の式を事前に指定した場合よりずっと高い。
    ★ 小出の式が1981 年に τ の精密測定より前に提出されたという点は効きます(事後の当てはめではない)。
    ★★ 決着をつけるのは 05 節の反証可能性のほう ── \(m_\tau\) の測定精度が 10 倍 上がれば、0.9 σ が 9 σ になるか 0.9 σ のままかで判定できます。確率論ではなく、次の測定が決めます。
  3. 06 節で「走らせると壊れる」と分かった。それでもこの式を追う価値はあるか。
    答えを見る
    あります。ただし「何を説明すべきか」が変わります。走らせて壊れるということは、もし本物なら、極質量というスキームに物理的な意味があることになる ── これは強い主張で、検証できれば大きい。
    ★ 逆に言えば、「ある特定のスキームでだけ成り立つ関係」は、ふつう近似か偶然です。本稿はどちらとも決められません。
    ★ ★ 本回が付け加えたのは言い換えだけです ── ただし「なぜ 2/3 か」より「なぜ交流と直流の実効値が等しいのか」のほうが、探すべき仕組みの形がはっきりします。

まとめ 小出の式とは、AC = DC のことだった

第 32 回が残した「湯川結合の階層は説明できない」を受けて、荷電レプトンの唯一 知られた関係式を波として読みました。

三つの \(\sqrt m\) を 120° 間隔で標本化した正弦波 \(\sqrt{m_k}=\mu(1+A\cos(\delta+2\pi k/3))\) と見ると、三相の恒等式 \(\sum\cos^2=3/2\)(三相交流の電力が一定になるのと同じもの)から \(K=(1+A^2/2)/3\) が手で出ます。

★★★ したがって \(K=2/3\) とは \(A=\sqrt2\) のこと。そして振幅 \(A\) の正弦波の実効値は \(A/\sqrt2\) なので ──

★ 小出の式 =「\(\sqrt{\text{質量}}\) の波の、交流と直流の実効値が等しい」
実測の比 0.99999077(\(-8\times10^{-5}\) dB)

幾何では \((\sqrt m)\) が対角線と 44.999735 度(45 度 と 5 桁 一致)。ただしこの 45 度 は第 1 回の「半階の位相 45 度」とは別物です ── 実 3 次元の向きと複素平面の位相では住む空間が違う(第 29・30 回の作法)。

予言力もあります ── \(m_e,m_\mu\) から \(m_\tau=1776.969\) MeV(実測 1776.86 ± 0.12、0.91 σ)。\(\tau\) の測定が 10 倍 精しくなれば決着します。

ただし限界も明確です。\(M_Z\) まで走らせると \(K\) は \(2/3\) から 0.19 % ずれ、ずれが 200 倍 悪化 ── これは「極質量」というスキームだけの関係でした。クォークでは 10〜27 % 合いません。乱数の対照実験では \(10^{-5}\) 以内に来るのは約 65,000 組に 1 つで、精度は印象的ですが決定的ではありません。\(\delta\approx2/9\) の一致は自由パラメータ 1 個の 4 桁 一致で、保留です。

本回が付け加えたのは言い換えだけで、説明ではありません。なぜ \(A=\sqrt2\) なのかは分かっていません。ただ「2/3」より「AC = DC」のほうが、何を説明すべきかは はっきりします。

この文書は「考える波」シリーズ第 33 回です。計算は kenshou/koide.js で行っています。本回の数値について:\(K\) の値、角度、3 点 DFT による \(\mu,A,\delta\)、三相恒等式の確認、\(m_\tau\) の予言と感度、走らせた場合の比較、乱数の対照実験は、すべて本稿で計算したものです。レプトンの極質量は PDG、\(M_Z\) での \(\overline{\rm MS}\) 質量とクォーク質量は文献の代表値です(後者は出典により数 % 動くので、06・07 節の数字はその程度の幅で読んでください)。小出の関係式そのもの、\(\sqrt{m_k}=\mu(1+\sqrt2\cos(\delta+2\pi k/3))\) というパラメータ表示、\((1,1,1)\) と 45 度 という幾何的な読み、\(\delta\approx2/9\) という一致は、いずれも既に知られている事実で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これを「3 点 DFT の交流と直流」という波の言葉に翻訳し、\(A=\sqrt2\Leftrightarrow\) 実効値が等しい、という形に書き直したことと、走らせた場合の悪化と乱数の対照実験を実際に測ったことです。07 節の確率は「\(\sqrt m\) が対数一様」という仮定の下での値で、別の仮定を置けば変わります。また探索の自由度(look-elsewhere)は補正していません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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